仁、そして、皆へ

そこから 聞こえる声
そして 今

ジャングルに棲む奇獣Ⅱ

2008年05月20日 16時32分16秒 | Weblog
ヒデオの作ったベンチは硬かった。そこでアキコとマサミがクッションを縫った。打ち合わせなどしなかったがサイズがぴったりで座るところと背もたれが同時にできた。ヒカルはミサキをベンチに座らせた。それまで、立ったままで話していた。
 ミサキは一人で話し始めた。
「どうして、こんなことをしてしまったんだろう。」
ヒカルも不思議だった。会って間もないのに何故、自分を選んだのだろう。
「私は汚れた人間なんです。お父さんが事故にあったのも、親戚の叔父さんの会社が潰れたのも、お母さんの腰痛も、妹の喘息も、みんな、みんな、私の血が汚れているからなんです。それなのに私はまた、B様から離れようとしている。」
そう言うとミサキは胸を隠すように両腕を組んで頭をたれた。ヒロムもヒカルもじっと待った、ミサキが話し出すまで。そうしなければいけない空気が流れたいた。
ミサキは頭を垂れたまま話し出した。
「私は一番血の汚れた階級なのです。だから、B様の教えに従い血の浄化をしなければ私の周りの人たちを不幸にしてしまうんです。」
顔上げた。
「世界が滅びの道を歩んでいるのを止めるために、より多くの人を正しい道に導くために、私は、わ、た、し、が、・・・・わたしがB様に導く手助けをするはずだったのに。・・・・・・」
 ヒロムの脳裏にマサミが仁を襲ったときのことが浮かんだ。マサミはあの時、薬でリープしていたが、マサミの言動に近い物をミサキの中にも感じていた。
「でも、好き、あなたが好き、」
ミサキはヒカルのほうに向き直った。
「始めてあなたを見た時から、身体が変になってしまったの。だから、竹下が来る前にあなたのところへ行ったの。こんなの初めてなの。頭で考える前に身体が、あなたを感じるの。」
ミサキはヒカルを見つめたまま泣き出した。ヒカルは今まで女性からそんな言葉をいわれたことがなかった。まして、ミサキにそんな感情を持ったこともなかった。性的な感覚のみがヒカルを捕らえていた、ほんの2、3時間前までは。ヒカルはミサキを抱き寄せた。ミサキは静かに泣いた。ヒロムはミサキの言動に興味を持った。ヒロムも男と女の関係はあまり得意ではなかった。ただ、ミサキの心の動きが、ミサキの心を支配している思考が何なのか。ヒロムの頭は回転し始めていた。仁がいたら面白い。ヒロムは心の中でそう思った。
「もし、あなたが浄化の道を選んで、B様のまえに跪いたとしても、私とあなたをB様が指名されなかったら、私はあなたと一緒になることはできないの。そう思ったら、身体が勝手に動いていたの。あなたの部屋の前にいたの。どうして、どうしてなの。」
ミサキは身体をヒカルのほうに摺り寄せてきた。ヒカルもヒロムがいることを知りながら抱きしめた。
 もし、ヒカルが部屋にいなかったら、ミサキはどうしたのだろう。部屋の前に立ちすくし、ヒカルが帰るのを待ったのだろうか。今なら、携帯電話で所在を確認することもできるだろうが、大学生が自分の部屋に電話を引いているのも珍しい時代だ。黒い鞄を持たないで外出したことがわかればミサキは脱走したものとされ、すぐにも強制収用ということになったのだろう。ヒカルがミサキに運命的なものを感じたのも肯ける。
 ヒロムは二人を見ていた。
 制御の利かない衝動。抑圧された魂の暴走。果たして自由はどちら側にあるのか。魂の行方を誰が知ろうか。病める魂に救いを与えるのは統一された思考による矯正だろう。ミサキの場合は強制的に統一的な思考を植えつけられた可能性がある。それが彼女の思考のほとんどを支配しているのが解る。
その手法は・・・・・
 ヒロムの頭は方法論に入っていた。