仁、そして、皆へ

そこから 聞こえる声
そして 今

血の掟ならⅤ

2008年05月16日 17時19分12秒 | Weblog
美咲の顔が崩れた。あの笑顔の時の涙とは違い、子供が大切な陶器の人形を落として割ってしまったときのように顔全体を崩しながら、泣き出した。ヒカルは愛おしさを感じながら抱きしめた。今度は手を払うこともなく美咲はヒカルの胸に顔をうずめた。美咲が小さく感じた。紺のブレザーの美咲は姿勢の正しさのせいか、それともあの笑顔のせいか、快活な言葉のせいか、今の美咲よりも大きかった。こうして抱きしめるとヒカルにすっぽり入るくらい小柄だった。性的な欲求のみに支配されていたヒカルの中でそれとは違うものが芽生えた。ヒカルは美咲が泣き止むのを待った。そして、両手で美咲の顔を包み込み、ヒカルのほうに向けた。ヒクヒクしているミサキの唇にヒカルは口付けた。キッスをしながら、美咲はヒカルに腕をまわし、ヒカルも抱きしめた。時間が止まってしまった。駅の切符売り場の前でまわりをはばかることもなくキッスをしていれば、注目を浴びないわけがない。しかし、今の二人の格好からそれが美咲とヒカルであることが解るのははっきりと顔を覚えている竹下くらいだろう、もし、青年部が二人を探していたとしても。
 長い抱擁の後、ヒカルは「ベース」行こうと提案した。しかし、「ベース」が青山墓地の裏手にあることを知ると美咲は必要に拒んだ。ヒカルは掲示板横の姿見に美咲を連れて行き、自分の姿を映させた。美咲は自分の変わり果てた姿を見て自ら噴き出した。機械のような笑み以外の笑い顔を始めてみたような気がしてヒカルはうれしかった。原宿に着いたら靴も買うということで美咲を納得させ、二人は電車に乗った。まだ、宵の口で活動時間には早いようだった。