私の一番好きな作家ポール・オースターですが。「ムーンパレス」以来(6/13)のご無沙汰です。
”その男は死んでいたはずだった──。何十年も前、忽然と映画界から姿を消した監督にして俳優のへクター•マン。その妻からの手紙に”私”はとまどう。自身の妻子を飛行機事故で喪い、絶望の淵にあった私を救った無声映画こそが彼の作品だったのだ•••。へクターは果たして生きているのか。そして、彼が消し去ろうとしている作品とは”
このカバーストーリーだけでも惹きつけられますね。この「幻影の書」は、オースターの最高傑作の一つとされるが故、編集部も力入ってます。
心が重くなる一冊。そして、人生が重く感じられる物語。それでいて非常に潔い美しい物語。
こんな傑作を書ける作家って、今も昔もオースター以外にはいないと断言したい。小説家としての才からすれば、バルザックやモーパッサンやゾラにも劣らないと思います。
自己省察という名の幻影
飛行機事故で妻子を亡くし、人生のどん底に喘ぐ主人公のデビット・ジンマーは、ふとした事で無名の喜劇俳優であるヘクター・マンの”声無き”演技に魅せられ、彼の映画に関する唯一無二となる本を書く。
それから11年後、デビットはある一通の手紙を機に、ヘクター・マンの若くしての失踪とその謎に満ちた"音なき"生涯にのめり込んでしまう。
つまり、デビットの中にヘクターがいて、そのヘクターの中に彼が遭遇した女性たちの物語が詰まっていたのだ。
”ストーリーテラー”としてのオースターの手腕は実に見事過ぎて、訳者の柴田氏が熱く且つ冷静に語る様に、この一冊はその次元を深く更に高めている。
ハリウッドやSEX産業と言った通俗的な素材すらも、この作品のテーマでもある”自己省察”に鮮やかな彩りを与える辺りは、オースターの多才さに、読者は振り回されっ放しだろう。
「Mr Nobody」や「マーチン・フロストの内なる生」といった、ヘクターが生み出す2つ作品は、彼の内なる物語=幻影の書として自らの人生と折り重なる。
特に後者は、実際に映画化された程に熟成度が高い。個人的にはMr Nobodyの方がジーンとくる。これだけでも一冊の小説として売り出せるほどだ。
ヘクターの謎と疾走と
ヘクターの謎に満ちた生涯の中には、彼と遭遇し、彼に惹かれる女性たちの、悲しくも美しい物語が彼の人生に織り込まれ、彼の悲観で悲運な生涯に、羨ましい程の贅沢な限りの彩りを添える。
一方、ヘクターの自伝を7年間書き続け、彼の自己否定と謎に満ちた生涯を伝記化しようとするアルマという女。
それを何とか阻止しようとする妻のフリーダとのミステリアスな確執。
ヘクターに惹かれつつ、アルマにも惹かれ、恋を描く孤独な男デビットは、ヘクターの無言の問い掛けに自らの人生を重ね合わせる。
デビット、ヘクター、アルマ、フリーダの4人が織りなす不可思議なドラマは、後半の最大の見所だ。
そう、ヘクターと亡き妻ドローレンスの悲しくも美しい物語は、アルマとデビットに見事に受け継がれる。そして、最後にその悲劇は訪れる。
物語の最初に戻るが、ヘクターの最初の婚約者である若き女優のドローレンスと、彼の同棲相手であるブリジットとの三角関係は、決まった様に最悪の結末を迎える。そして、何とドローレンスはブリジットを銃殺してしまう。
いきなりオースターの”毒の一刺し”で、物語は動き始める。
ヘクターは、敢えてブリジット殺害の共犯者となり、自ら失踪する。その後、ブリジットの妹であるノーラと出会い、無謀にも彼は彼女に惹かれ、彼女も皮肉にも彼を求愛してしまう。
ヘクターはその後も逃亡を続けるが。資産家の令嬢であるフリーダと共に、広大な農場に移り住む。
後に、彼はフリーダの要求に折れ、破棄を前提として、彼は14本の映画を創りながら余生を過ごすんです。
誰もがここで、ヘクターの安泰を願った事でしょう。それに、ブリジットの呪いから放たれるかに見えますね。
一方、アルマが描いた伝記によって、ヘクターの謎が生涯が次第に明らかになる。彼の複雑に折り重なった奇怪な運命の壁が、次々と剥ぎ取られていくは様は、当然の事ながら実にミステリアスで感動的&感傷的でもある。
ヘクターは、様々な女性の寵愛から自分を逸らそうとするが、ブリジット殺害の十字架を背負い続けるには、愛は重荷だった。
そのアルマもまた、ヘクターに翻弄された女性の一人。フリーダが絶命寸前のヘクターを窒息死させると、アルマもフリーダを突き飛ばして死に至らしめ、彼女も死を選択する。
ヘクターを寵愛した女たちが次々と、その愛を折り重ねるかの如く死んでいくシーンは、実に潔くそれが故に美しい。
アルマが描き上げる筈だった”ヘクター自伝”は、フリーダの愛に阻まれ焼かれてしまうが。この”幻影の書”こそが、デビットとヘクターの接点を見いだし、デビットを絶望の淵から救い出す。
アルマを愛したデビットは、彼女の意志と死を受け継ぎ、この”幻影の書”を完成させる。
全く華麗過ぎる、そして悲し過ぎるヘクターマンの生涯でもある。
そして、そのヘクターマンの稀有な生涯を”幻影の書”として完成させる事で、デビットはヘクターの物語を受け継ぐのだ。アルマの意思と痕跡と共に。
最後に
孤独なんだけど、充実。充足なんだけど悲しい。
美しい物語には、それに見合う残酷が隠されてる。数学的に言えば、美しさを素因数分解すると、残酷と孤独という因子の積で表現されようか。そういう諸々の複雑多岐な内省と転生。これこそがオースターの作品に通じる醍醐味ですね。
ああ、何という小説を書いてくれれるんだ、オースターという人は。
女性って一度キレると怖いな。別人になっちゃう。
でも、そういう女性でも優しく包み込む転んだサンの知能の深さを感じる。
転んだサンがオースターが好きなのは、彼の知識と知欲の奥行きにあるのかな。
まるで、ヘクターマンみたいにあらゆる女性が頼りにしてくるって感じ。転んだサンをデヴィッドとヘクターマンに例えて、もう一度読んでみような。
では、バイバイ。
ほんと、ストーリーテラーというより、ブログテラーというか。あんな嫌味書かれたら、誰だってゾッとします。
でも、ブログの世界には色んな人種が集まってるから、仕方のない事でもあります。
この”幻影の書”にも色んな女性が出てきますが。みな魅力的で魅惑的で、羨ましい限りです(笑)。こういった女性なら多少はイヤミ言われても歓迎なんですが。
女性を怒らすと怖いんですね。Hooサンも怒ると別人になるんですか?
私も”鏡張りの部屋”と”大場政夫ストーリー”ブログで、ショートショートを書いてるつもりですが。結構のめり込みますね。
コールガールもベーブルースもサイコパスも連載モノにしたので、最初はパットしなかったんですが。バックナンバーを読んで下さる人がいると励みになります。
中編とか以上のものは書けませんが。短編であれば趣味として楽しめますからね。
肱雲さんの小説、読んでみたいです。カバーデザインくらいはやってもいいですよ(笑)。