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1/31以来約1ヶ月ぶりの大場ストーリーです。寄り道が度を過ぎまして、更新が遅れました、悪しからずです。
さてと、これまでの3Rまでの展開をざっと振り返ります。1Rは大場のいきなりの奇襲が見事にハマり、サラテをビクつかせますが。終了間際にサラテの左フックをモロに食らいダウン(10−9でサラテ)。
2Rは、今度は大場がサラテのボディを抉り、悶絶させると、剥きになったサラテに左を合わせ、ダウンを奪う(10−7で大場)。
3R、本気になったサラテは狂った様に猛攻を仕掛け、大場は自らカンバスに膝を落とす。仕留めに掛かるサラテのがら空きのボディをカウンターで突き刺し、今度はサラテがダウン(8−7でサラテ)。
解説の小林は、序盤は大場が有利と見た。
”大場君が有利には違いないんですが、このままでは体力が持たないでしょうね。スタミナは徹底した走り込みのお陰で何とかなる筈ですが。サラテの重いパンチにどれだけ耐えられるかですね”
事実、サラテのパンチは思った異常に重かった。スピードはそれ程ではないが、強くて重い、ズシンとくる殺戮の破壊力が備わっていた。
”少しでも油断したら、二度目のダウンではテンカウントを聞く羽目になるかもしれない”
大場は有利に試合を運びながらも、慎重さと警戒を失わなかった。
セコンドの桑田は、リング中央へ出ていこうとする大場に囁いた。
”次のラウンドは様子を見ようぜ。サラテがどう出るかを注視するんだ。攻めるか守るかは俺が指示を出す。それまでは大人しくしてろ”
第4Rのゴングが鳴る。
3Rに、再びボディにダメージを食らったサラテだが、殺戮のオーラは消えてはいなかった。相変わらずのデススタイルで、右でボディをガードし、左はだらりと下げ、大場の出方を伺う。
大場もサラテのアッパーとフックを警戒し、注意深く距離をとり、ジャブと左ストレートを放ちながら、軽快にリングを舞う。
サラテが少しでも距離を詰めようとすると、大場は左ジャブを合わせた。
時折、サラテのロングフックが大場を襲うも、バックステップで巧みにかわし、逆に左のカウンターをタイミングよくねじ込んだ。
サラテは苛立った。ベタ足では大場との距離を詰めれない。苛立ちは焦りに繋がり、今までに経験した事のない様な不安にも襲われた。
”このままじゃ奴に逃げられちまう。奴は長期戦に持ち込めば勝てると踏んでる。そうは行くか。パワーでは圧倒してるし、奴を休ませる暇はないんだ。劣勢を逆転する為に、一気に攻め込むか”
サラテは3R同様、序盤から一気に攻め込んだ。殺戮の王は、フルスロットルで大場に襲いかかった。大場はサラテの無類のスタミナに少し戸惑った。
”タフな奴だな。疲弊したボディにあれだけのパンチをもらっても、まだ平気なのか”
サラテの闘牛みたいな突進を、大場は左右の的確な速射砲で応じる。このラウンドも壮絶な殴り合いとなった。しかし、スピードと精度で勝る大場に軍配が上がる。
サラテは、大場の狙いすました左カウンターをモロに食らい、右目尻を大きくカットした。右をフェイクに使い、強烈な左をサラテの殺戮の右に合わせた、高度なテクニックがなせる技だ。
サラテ陣営はレフェリーを怒鳴りつけた。
”あれは故意なバッティングじゃないか、大場に注意を与えるべきだ”
レフェリーはすかさず試合を中断し、ドクターを呼ぶ。傷の深さを確認し、バッティングによるものか?パンチによるものか?を確かめる為だ。
すかさず、桑田は大場を呼んだ。
”まだ打ち合うな、体力を温存しろ。奴の目を徹底的に狙い、スタミナと視力を奪うんだ”
レフェリーはパンチによる負傷として、そのまま試合を続行する。
大場はサラテの右目に左ストレートを集中した。サラテの左のガードが上がるとすかさず、右のロングをボディに打ち込んだ。
ねじ込むような大場の左ストレートが、サラテの目尻の傷を大きく広げていく。
突然サラテの脚が止まった。しかし、桑田は”ゴー”のサインを出し渋る。
大場は迷った。”セコンドを無視して、このまま一気に仕留めるか、それとも桑田の指示を待つか”
大場は前者を選択した。大場もサラテ同様、長期戦は不可能だと考えていた。
”これまでキツい練習に何度も耐え抜いてきたんだ。サラテだって人間だ。的確なパンチを続けざまに喰らえば、立ちあがる事は出来ない筈さ。今までとは全く違う大場を、本当の大場をここで見せつけてやる”
大場はトドメとなる筈の、渾身の力を込めた”狂気の右ストレート”をサラテの顎に突き刺した。いやそのつもりだった。頭の中で描いた青写真は、完璧な筈だった。
しかし、マットに沈んだのは大場の方だった。サラテは大場が仕留めに来るのをずっと伺ってたのだ。わざと大場のジャブをもらい、目尻を出血させ、大場が欲を出すのを待ってたのだ。
大場の狂気の右ストレートに合わせる様に、サラテの殺戮の左アッパーが大場の顎を見事に撃ち抜いた。
マットに沈んだ大場はピクリもしない。
大場は自分を信じた。自らの才能を信じ、それに従った。しかし、その才能に溺れた形となった。
全てが終わったかに見えた。事実、会場はシーンと静まり返った。熱狂と絶頂のカーニバルが、一瞬にしてお通夜に変貌した。サラテ陣営にとって絶望が歓喜に代わる瞬間だったが、大場サイドにとっては歓喜が絶望に変わった瞬間だった。いやその筈だった。
しかし、大場は苦笑いし、何事もなかったかの様にすぐに立ちあがる。桑田にペコンと謝る仕草をし、笑ってカウントを聞いた。
”マー坊、今度欲を出したら承知しないからな。今のサラテの一撃は罰ゲームだ、分かったな”
桑田の表情に安堵が戻った。
サラテは青ざめた。”コイツは人間か?それとも怪物か?俺の殺戮の一打を食らって笑ってたヤツが、今までにいたか?”
試合が再開すると、大場は再び自分を取り戻し、サラテの右目尻に軽快で的確なジャブを集中する。ボディ顔面に左右のストレートを打ち分け、再び大場のペースでこのラウンドも終了した。
コーナーに戻った大場に、桑田は微笑んだ。
”奴の殺戮のパンチも衰えたな。ボディが疲弊してるから踏ん張りが効かないのさ。もうヤツは死んだも同然だ。どんなプランでも勝てるぜ”
大場も微笑んだ。
”思った以上にボディが効いてますね。カウンターをもらった時はヤバイと思ったけど、ふわっとした一撃でアレレって”
しかし、すぐに桑田の表情が真剣になった。
”マー坊、次のラウンドでケリをつけろ。お遊びはここまでさ、お前の全てを出し尽すんだ。奴は腐ったゲイみたいなもんさ、さっさと消し去ってしまえ”
大場も黙って大きく頷く。
”ああ分ってます、プランXのままですね”
一方サラテ陣営は、サラテの異変にようやく気付いたようだ。動揺し、沈黙するセコンドをサラテは怒鳴りつけた。
”浅かったか、タイミングは完璧だったがな。しかし今度はヘマはしない、確実に奴を仕留める。まあ見てろって、ここからが俺様の真骨頂だ。サラテ劇場の始まりさ”
老トレーナーは静かに口を開く。
”ああ、お前がどう戦おうと知ったこっちゃない。ただヤツはお前のパンチを全て見切っている。お前の油断が全て招いた結果さ。どういう結末になろうと、俺たちはもう驚かないぜ”
そして運命の第5ラウンド。
ゴングが鳴ると、大場は間髪入れずにサラテに襲いかかる。サラテのがら空きのガードをあざ笑うかの様に、右のオーバーハンドが、今度はサラテの左目を打ち砕いた。
狂気が殺戮を粉砕した瞬間だった。
サラテの左目尻からの鮮血が、最前列まで飛び散る程の衝撃だった。流石にサラテの両ガードは顔面に集中した。大場はすかさず距離を詰め、左右のフックでサラテのボディを狂った様に、縦横無尽に抉り続けた。
完全にサラテの体は、くの字に折れ曲がった。ガードがボディに集中すると、今度はサラテのこめかみに、狂気と化した左右のフックを1ダースほど浴びせた。
腰がガクンと堕ちたサラテに、満身の力を込めた左アッパーで白目を剥かせると、トドメは打ち下ろしの右。
サラテには、もう”殺戮”の二文字は消え失せていた。そこに存在するのは、茶褐色の憐れな肉の塊だけだった。
しかし、死んだ筈のサラテは立ち上がる。倒れても倒れても不死鳥の様に立ち上がった。
サラテを見下ろす大場は、頭の中で呟いた。
”アンタはいい子だ、目を見れば分かる。傷ついた憐れな者の目だ。狂人を仕留めるには、論理を貫く必要がある。その論理こそが、今日の俺のボクシングなのさ”
死に瀕するメキシコの英雄は、テンカウントを聞きながら、甘い嫉妬と優美な絶望感に浸ってた。
サラテはもはや殺戮の王ではなく、ロマンチックなサディストの姿でカンバスに這いつくばっていた。
終了のゴングが打ち鳴らされ、会場は歓喜の渦に囲まれた。レフェリーは大場の手を上げ、勝者を讃えた。メディアやファンがリング上に殺到する。
一方、サラテ陣営は伸びたままの”怪物”を担架に載せ、誰にも挨拶をする事なく、ただ黙って姿を消した。
敗者に花道は用意されてはいない。勿論、ブロンドの愛人の姿もなかった。若い娘に敗者は似合わない。次の獲物を探すだけの事だ。
こう来ましたか。ひょっとして裏をかいて長期戦かと思いましたよ。
大場が三度ダウンで、サラテも三度ダウンで迎えた、運命の第五ラウンド。結局、狂気の右ストレートが最後には決め手となった。
イラストのサラテは、傷付いた者の目ですね。何だかカポーティのセリフみたいで、思わず笑っちゃいました。
本当はもう少し見たかったんですが。これこそがボクシングの醍醐味ですね。転んだサンのボクシングに対する強い思いが十分に伝わりましたよ。感動を有難うです。
ホントは長期戦にしようとも思いましたが。レナードvsデュランⅢでのデュランの右カウンターを見てヒントを得ました。
サラテのボディは意外に脆い設定にしました。それに少し書くのがキツくなったから、そろそろ終りにしたかっただけなんです。
最後まで読んで下さって有難うです、感謝感謝です。これからも宜しくです。