こういった映画が私は大好きだ。ある一つのオブジェとそれを支える時代背景を舞台にした、多彩な風俗模様を醸し出す作品が。
ただ豪華過ぎる舞台と時代に比べ、登場人物が多すぎた。100点中66点という意外に低い評価はそこにある。
強盗で牧師の(ジェフ・ブリッジス)、売れない歌手(シンシア・エリヴォ)、気弱なホテルの支配人(ルイス・プルマン)、怪しい営業マン(ジョン・ハム)の4人だけで十分すぎた。
見事に再現されたホテルが、とてもいい雰囲気を醸し出してたので、キャストは彼らだけで十分だった。
しかし、余計な豪華キャスト?が足を引っ張った。強盗(クリス・ヘムズワース)とその愛人(ダコタ・ジョンソン)と娘(ケイリー・スピーニー)の3人だ。特に、ヘムスワースとスピーニーの2人は、途中からの登場だったから余計に余分だった。
友情出演かと思わせるほどの存在の中途さが、作品の半分を台無しにした。
つまり、映画はシンプルさが命である。
ホテル•エルロワイヤルと闇の時代
”1969年、カリフォルニア州とネバダ州の州境に建つ寂れたホテル「エルロワイヤル」。
偶然そこに集まった7人の男女。彼らは全員が重大な秘密を抱えていた。やがて、それぞれの正体と、ホテルに隠された衝撃の真実が浮かび上がり、最悪の夜を迎える”
との紹介だが、それ程までに重大な秘密は抱えてはいないし、それに最悪の夜でもない。いやその筈だった。しかし、不思議とそう思わせる雰囲気が、最初から漂っていた。
ただ、なんやかんやケチをつけても、この映画の主人公は、ホテル「エルロワイヤル」で決まりだ。いや、そうなるべきだった。
1926年に建てられた実在する”Cal Neva Lodge & Casino”というホテルをモデルにした。フランク・シナトラが経営者だった時期もあり、その顧客はロバート・F・ケネディだったという。
こうくれば、何を言いたいのかは明らかだろう。そうこのホテルは筋金入りの”いわく付き”なのだ。
シナトラが様々な女性をケネディに紹介し、不倫やスキャンダルに発展させた。
またシナトラは、イタリア系マフィアと強い結びつきがあり、そのマフィアからケネディに寄付金を募った事は、FBIによって暴露されてるとか。
シナトラとケネディとの関係は、モンローを挟んだ辺りから徐々に悪化し、1962年には、マフィアとの繫がりに感付いたモンローが疑惑の死を迎えた。
翌年の1963年にはケネディ大統領が、そして5年後の1968年には、ロバート•ケネディが暗殺された。
そして、その1年後の設定でのこの作品。
史実をそのまんま絵に描いた様なストーリーだが。当時のVIP御用達ホテルの怪しさと如何わしさとクラシックながらも中途な豪華さには、思わずゾクゾクっとしますね。
60年代のアメリカがそのまま蘇る?
掃除機のセールスとして、一番最初に登場する“ジョン・ハム”演じるララミー・サリバン。実は、彼こそがFBI潜入官なのです。
2番目の客は、ジェフ・ブリッジス”演じるフリン神父。強盗仲間が昔に隠した大金が、このホテルの1室にある。
しかし、神父が狙ってるのは大金ではなく、あるフィルムだった。
実は、このホテルの各部屋にマジックミラーが偲ばせてあり、専用の裏通路から覗き見できる仕組みになってる。当然、隠し撮りもアリだ。
そう、この隠し撮りのフィルムには、ケネディの不倫やスキャンダルやマフィアとの付き合いの証拠が写ってる筈なのだ。
マジックミラー、FBI、強盗。これだけでも十分すぎる設定だが。そんな中、3番目の客ダリーンを演じるシンシア・エリヴォの歌唱力は、疑惑付きのホテルに一枚の華を咲かせます。全く、彼女の歌を聴いてるだけで、全てを忘れますね。
そして、このホテルの支配人は、ルイス・プルマン演じる、病的に変態男のマイルズ・ミラー。元ベトナム戦争の従軍兵士で、凄腕のスナイパーだが。戦場では多くの味方兵を射殺し、罪の意識に苛まれる。
個人的には彼を主役にしたかったが。
時間よ止まれ
ホテル・エルロワイヤルの渋い設定とその支配人と3人の訳あり客で、全ては完結済みだった。これだけで”暗黒の古きアメリカ”物語を進めた方がよかった。いや、絶対にそうするべきだった。
FBI潜入官のサリバンがホテルの謎を暴き、フリン神父が大金の在り処をとうとう見つけた。支配人のマイルズは追い詰められ、売れない歌手ダリーンは心の鬱積を神父に漏らす。
ドラマは最高潮に達した。全ては臨界状態に達した。後は点火するだけだ。点火するものは些細なモノで十分だった。
私は自分を取り巻く空間が、全て豪華過ぎるファンタジーに見えた。まるで、60年代のアメリカに舞い戻ったかの様な錯覚に襲われた。
その時、”時間よ止まれ”と、心の中で私は呟いた。
しかし、ヘムズワース”演じるビリーがいきなり乱入してきた。
ビリーはカルト系殺戮集団のリーダーで、ケイリー・スピーニー演じる少女ローズは、その集団に入信し、男の虜になってる。
洗脳されてた少女を、ダコタ・ジョンソン”演じるエミリー(第4の客)が助け、ホテルに逃げ込んで来るが。この2人を殺人鬼ビリーが追いかけ、このホテルを大惨事に巻き込むのが終盤の流れだ。
因みにこのビリーは、1969年のロマン・ポランスキーの妻で、女優のシャロン・テートら5人を無差別殺害した、チャールズ・マンソンをモデルにしてるらしい。
余計なキャストと余分な設定
映画には舞台の上に聳え立つ設定というモンがある。その設定を、このビリーの存在が全てぶち壊した。私が描いた幻想を全て狂わしてくれた。
ヘムズワースは嫌いな役者じゃない。大柄で無骨だが、微妙にガサツで大雑把な所がある。故に、この作品では余計に映った。
ビリーの物語には上述した様に、2人の女が必要となる。そして、そのエミリーとローズも全くの余計だった。
最後には、凄腕の狙撃手のマイルズが”余分な”3人を銃殺し、溜飲を下げてくれるが。ビリーの設定がなければ、支配人のマイルズは死ななくて済んだ。それが個人的には悔しいのだ。
それでもエンドロールでは、ダリーン(シンシア)の美声が全てを包み込んだ。異次元の歌声が全てを忘れさせてくれた。
アメリカの闇が集結するホテル•エルロワイヤル。そこで、一筋の光を背負うのが、この黒人女のダリーンなのだ。
結局、このホテルは全焼する。そう、アメリカの闇と暗黒の時代は、全て燃やし尽くされるのだ。
強盗だった筈のフリン神父は、新たに建て変わったこのホテルのオーナーになり、ダリーンの歌声を聴きながら微笑む所で幕を閉じる。
最後に
原題は”Bad Times at the El Royale”
直訳すれば、”エル・ロワイヤルの悪夢”となろうか。
この舞台となった時期は、アメリカの暗黒時代(Bad Times)と重なる。
慢性化した人種差別、凶悪殺人やカルトの暗躍、政府の陰謀と腐敗とスキャンダル、そしてロバート・ケネディがアメリカの介入を決定したベトナム戦争。アメリカが戦争で”真の地獄”を見た戦いだ。
しかし、それら暗黒の時代を補うかの様な、音楽の時代の幕開けでもあった。
音楽が時代の闇を浄化するという、とてもロマンチックでノスタルジックな作品だっただけに、とても惜しい作品でもあった。
「ホテル•エルロワイヤル」ですが、FBIと神父の駆け引きを見たかったんですが、ヘムズワース演じるカルトリーダーが思い切り足を引っ張った格好で。ほんと惜しい映画だと思います。
ホテルものの映画は、脇役の微妙な演技が全てなので、アクションヒーローは必要ないんですが。ホント残念です。
この映画もノスタルジック風で面白そうです。転んだサンが殆どネタバラシてるので、大まかな雰囲気は判りますが、評価は迷うところですかね。
でもサスペンスにヘムズワースですか。イマイチピ〜ンと来ません。