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ガロアの最終論文(#4の1)〜ガロア群の置換と補助方程式〜第2節

2024年03月25日 16時19分58秒 | エヴァリスト・ガロア

 前回「#3」では、ガロアの第一論文の第1節を紹介しましたが、これから紹介する第2~4節は非常に厄介で”これらの証明を完璧にする為に必要なものがあるが、僕には時間がない”と殴り書きしてる様に、ガロア自身もかなり困窮している。
 因みに、遺書の中には3つの論文が含まれ、第1論文は(フーリエとコーシーが紛失した)パリの論文を改定した有名な”ガロア理論”である。
 「序章」でも少し触れたが、第2論文はガロア理論を楕円関数のモジュラ方程式へ応用したものだが、この要約の冒頭で実質的に正規部分群の定義を述べている。更に、楕円関数のモジュラ変形方程式(p+1)次に関して、p=2,3の時に限り、べき根で解け、p=5,7,11の時に限り、p次方程式に変形できる事も述べている。これは、アーベルが予想した”一般のモジュラ方程式はべき根では解けない”事を証明した形となっている。
 「近世数学史談」の高木貞治氏は(アーベルの遺稿と比較すれば)”彼の死後3年間に、モジュラ方程式論がガロア群の発見によって如何に長足の進歩が成されたかが知られるであろう”と感服する。
 そして第3の論文だが、これこそがパリ・アカデミーが紛失したアーベルの大定理の再発見である。一般アーベル積分が3種の積分の和に帰する事を述べ、第一種積分の数がnなる時、周期が2nとなるを言い、更に第3種積分における変数とパラメータとの交換法則及び周期の関係が正確に述べてある。
 (先出の高木氏が絶賛された様に)”積分法に関するこの論文は実に夢のよう”で、1829年1月にアーベルの絶筆がクレルレ紙に登録された以上、何時かは世に出るべき積分論ではあった。が、1832年にガロアだけが認め、25年後に(彗星の如く)リーマンに発見されて初めて記録に上がったのである。

 そこで今日は、「前回」で書ききれなかったガロア群の置換を説明し、正規部分群の発見にまでコマを進めます。
 この第2節は9000文字を超えるので、2回に分けて紹介したいと思います。


第5章~ガロア群の置換の意味

 「前回」の続きになりますが、n次方程式のガロア群はn個の解の置換群である。n個の要素の全ての置換を集めたものがn次対称群なので、n次方程式のガロア群はn次対称群の部分群となる。但し、”置換群=対称群”との言い方もあるが、厳密には”置換群は対称群そのもの或いはその部分群”となる。
 実際、5次方程式のガロア群は、位数120の対称群S₅や位数60の交代群A₅、位数5の巡回群C₅や位数20のフロベニウス群F₅や位数10の2面体群D₅の5種類ある事が知られている。

 話を元に戻し、「前回」の第3章で述べた様に、”ガロア群の置換はVをVₖに置き換える置換”でもある。この置換をV→Vₖと書くと、注意すべき点は単にVをVₖに変えるだけでなく、同時に他のVも変える所にある。但し、V,V₁,V₂,⋯が(係数を変えた)共役関係にあるのは言うまでもない。
 実際に、x³+3x−2=0の例では、V=φ(a,b,c)、V₁=φ(a,c,b)、V₂=φ(b,a,c)、V₃=φ(b,c,a)、V₄=φ(c,a,b)、V₅=φ(c,b,a)であったから、V→V₁の置換は、(a,b,c→a,c,b)となるが、他の置換は
 V₁=φ(a,c,b)→φ(a,b,c)=V、
 V₂=φ(b,a,c)→φ(c,a,b)=V₄、  
 V₃=φ(b,c,a)→φ(c,b,a)=V₅、
 V₄=φ(c,a,b)→φ(b,a,c)=V₂、
 V₅=φ(c,b,a)→φ(b,c,a)=V₃となり、次の3つ の置換は同じ事を意味する。
(V→V₁)=(a,b,c→a,c,b)=(V,V₁,V₂,V₃,V₄,V₅)=(V₁,V,V₄,V₅,V₂,V₃)。これは(V→V₂),(V→V₃),⋯についても同様である。
 更に、任意のVᵢ,Vₖにても(Vᵢ→Vₖ)が(V→V₁),(V→V₂),⋯のどれかと同じ事も理解できる。
 この様に、解の置換とVの置換は同じ事なので、Vの置換で考察した方が見通しがずっと良くなる。

 そこで、Vの置換を使い、前回(第3章)で述べたガロア群の2つの定義を順に証明する。
 ①”ガロア群の置換で不変ならば、基礎体Kの元である”
 これは、方程式の根は全てVの多項式で表されるので、根の有理式はVの有理式となる。ここで根の有理式をF=ψ(V)とする。このFがガロア群で不変である事を言えばいい。
 上述の様に、ガロア群の置換は(V→V₁),(V→V₂),⋯,(V→Vₖ₋₁)だったので、ψ(V)=ψ(V₁)=ψ(V₂)=⋯=ψ(Vₖ₋₁)となる。故に、F=ψ(V)はガロア群で不変であり、Fはガロア方程式の係数で表せる。つまり、FはKの元である(①の証明終)。
 ②”基礎体Kの元ならば、ガロア群の置換で不変である”
 これは、根の有理式Fが基礎体Kの元とすると、Fは根の有理式よりVで表し、F=ψ(V)とする。F−ψ(V)=0より、Vをxで入れ替えたものをG(x)とする。G(x)=F−ψ(V)とするとG(x)=0となり、G(x)はガロア方程式g(x)=0と根Vを共有し、ガロア方程式は既約なので、G(x)はg(x)で割り切れる。
 つまり、g(x)=0の全ての根はG(x)=0の根でもある。従って、G(V)=G(V₁)=G(V₂)=⋯=G(Vₖ₋₁)=0となり、F−ψ(V)=F−ψ(V₁)=F−ψ(V₂)=⋯=F−ψ(Vₖ₋₁)=0を得る。つまり、F=ψ(V)=ψ(V₁)=ψ(V₂)=⋯=ψ(Vₖ₋₁)となり、Fはガロア群で不変となる(②の証明終)。

 因みに、この証明を元の方程式の根a,b,c,…の置換で証明するとややこしくなるが、Vの置換を考える事で非常にスッキリした証明を得る。
 ガロア群は基礎体Kを変えない。ガロアはこれを”有理関係を変えない”と表現した。
 これは”四則の関係を変えない”と同じ事で、明確に言えば、a,b,c,…の有理式f(a,b,c,…)にて、f=0の時、置換によりf→f’になったとしても、f’=0になる事を意味する。つまり、0は当然基礎体Kの元であり、ガロア群の置換では変化しない。故に置換によりf→f’になっても0は0のままである。
 因みに、置換の個数は方程式の根の数で決まる訳ではない。部分群の個数は全体の群の約数となるので、n次方程式のガロア群の元の個数はn次対称群の元の個数n!の約数になるに過ぎない。
 

第6章〜補助方程式から正規部分群へ

 方程式の理論としては、先に正規部分群を定義し議論すれば、簡単に第2節の結論に辿り着く事が出来る。だが、ガロアには第1論文を書き直す時間の余裕はなかった。
 冒頭でも触れた様に、この第2節は特に難解である。「ガロアの論文を読んでみた」の著者・金重明氏も”日本語に翻訳しても日本語には思えない”と困惑する。
 親友のシュバリエは”(この部分は)決闘に行く直前に慌てて書き直したに違いない”と述べている。事実、ガロアの筆は斜めに乱雑に書かれ、何か肝心な事を書き加えたかったのだろう。
 ガロアは、第2、3節で補助方程式の根を添加した場合にガロア方程式がどの様に変化するかを直接検討し、正規部分群を発見する経緯を記している。一方、第2・3論文で、モジュラ方程式やアーベルの積分論にまで進んでいたガロアは、正規部分群の定義から始めれば第2節はアッサリと片がつく事に気づいていた筈だ。しかし、ガロアには書き直す時間がなかった。  

 この第2節で、ガロアが苦闘した末に述べた定義は、”与えられた方程式に(素数p次の)既約な補助方程式の根rを添加した時、(1)方程式の群が全く変化しないか、或いはp個の群に分解する。分解された群は元の方程式に補助方程式の根を添加する時の各々の方程式に属する。(2)これらの群は最初の全ての順列に同じ文字の置換を施せば、1つの(rに関する)群から他の(r’に関する)群へ移行する”[定理2]というものだ。
 更に、以下の様に補足している。
 ”(1)は、もしrを添加してもVの方程式が既約のまままであれば、明らかに方程式の群は変化しない。また、Vの方程式が可約となれば、同じ次数で同じ形のp個の因数:f(V,r)×f(V,r')×f(V,r'')×⋯に分解する。ここで、r,r',r'',…はrの別の値であり、従って元の方程式は同じ個数の順列の群に分解する(∵Vの各々の値に対し1つの順列が対応)。そこで元の方程式に補助方程式の根r,r',r'',…を連続的に添加すれば、これらの群は元の方程式の群となるであろう。
 (2)は、全てのVは互いに有理式で表されるので、Vがf(V,r)の根でありF(V)が別の根であるとすれば、V’がf(V,r’)の根であるならF(V’)も別の根である。これは、f(F(V),r)→f(V,r)で割り切れる式であり、従って[補題1]より、f(F(V’),r’)→f(V’,r’)で割り切れる式となる。
 故に次が言える。
 rに関する群で同じ文字の置換を施せば、r’に関する群が得られる。例えば、φₚF(V)=φₙ(V)であれば、φₚF(V’)=φₙ(V’)を得る(補題1)。従って、順列(F(V))が順列(F(V’))に移行する為には、順列(V)が順列(V’)に移行するのと同じ置換を施す必要がある。[定理2]はこれにより証明された”

 (1)はともかく(2)は正直意味不明である。だが、(1)も(2)も”正規部分群”の事を言ってるのは確かであろう。つまり、この第2節こそが正規部分群の発見と言える。
 ガロアは”方程式に補助方程式の根rを添加する”と言ってるが、現代の言い方では”与えられた方程式の係数体Kに補助方程式の根rを添加する”となり、その時、”Kを拡大したK(r)上でガロア方程式g(x)がどの様に変化するのか”が第2節のテーマと言える。
 仮に正規部分群の存在を知ってれば、何て事はないだろうが、全く見えない状況から”それ”を発見したのは、ガロアにしか出来ない偉業とも言える。当時の多くの数学者たちが同じ風景を見ていた筈だ。が、ガロアだけが正規部分群の影に気付いたのだ。
 例えば、例3のx³+3x−2=0を解く場合、まず3次方程式の次数を1つ下げた補助方程式:x²=(3/3)³+(2/2)²=2を解く必要があるが、この方程式の根の1つ√2を基礎体Kに添加すると、ガロア方程式:x⁶−54x³−729=0はK上では(これ以上因数分解が出来なく)既約となるが、K(√2)上では(x³−27+27√2)(x³−27−27√2)=0の様に因数分解されるが、これを一般的に考えようとの事である。

 以上、第2節の前半はここで終了です。次回は第2節の後半に入ります。


追記
 寄せられたコメントにある様に、元の方程式の解を入れ替えても変化しない様な特殊な性質を持つ方程式の事を”補助方程式”と呼ぶんですが、次数の高い方程式を解く場合、何とかしてその次数を下げる必要がある。
 そんな時に友好に働くのが補助方程式で、元々はラグランジュの分解式を発端としますが、複雑な計算を簡単にする為に用いられ、それでも4次方程式にまでしか通用しませんでした。
 そこで、補助方程式の根rを基礎体Kに添加し、ガロア方程式を分解する事で、解の構造が明確になります。この時、ガロア群の中に正規部分群をガロアは発見するんですが、元の方程式の根の置換まではラグランジュもルフィニも気付いてた筈ですが、それ以上は進めなかった。
 ”計算の上を飛んだ”とはこの事ですが、[補題2]にあった様に
”元の方程式の根の全ての置換により与えられる根の有理式V”こそが補助方程式でした。そのV式の根を係数体Kに添加し、ガロア拡大体K(r)を調べた所に、ガロアの桁外れの発想力があります。
 つまりガロアは最初から、補助方程式の解の置換を調べた方が簡単に元の方程式の解の構造を調べる事が出来ると気づいてたんですね。まさに夢のようですね。



2 コメント

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補助方程式についての補足 (腹打て)
2024-03-26 14:13:59
元の方程式の解を入れ替えても
変化しない特殊な性質を持つ方程式を補助方程式と呼ぶけれど
次数の高い方程式を解く場合、何とかしてその次数を下げる必要がある。
そんな時に活躍するのが補助方程式だが
ラグランジュの分解式も補助方程式のようなもんで、4次方程式までは通用したが、計算が複雑すぎて、5次方程式には通用しなかった。
つまり、計算の上を飛ばないと解けない事にガロアは気付いた。
補助方程式は2次方程式だから、この根を基礎体に添加してガロア方程式を分解しようってな訳で、そうすれば解の構造が明確になる。
実際、元の方程式の解の置換を使うよりも、ガロア方程式の解Vの置換を使った方が、ガロア群の見通しがずっと明るくなる。
すなわち、元の方程式の係数体に補助方程式の根を添加した時、ガロア群の中に正規部分群が存在する事をガロアは発見した。
正規部分群もだけど、元の方程式の解ではなく、補助方程式の根を係数体に添加するというガロアのアイデアには脱帽である。 
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腹打てサン (象が転んだ)
2024-03-26 19:20:01
目からウロコの補足
とても参考になります。
元々補助方程式はラグランジュの分解式を発端とするんですが
複雑な計算を簡単にする為に用いられたんですが、それでも4次方程式にまでしか通用しませんでした。
言われる通り、”補助方程式の根rを基礎体Kに添加し"ガロア方程式を分解する事で、解の構造が明確になります。
この時、ガロア群の中に正規部分群を発見するのですが、元の方程式の根の置換まではラグランジュもルフィニも気付いてた筈ですが、それ以上は進めなかった。

[補題2]にある様に、”元の方程式の根の全ての置換により与えられる根の有理式V”こそが補助方程式なのですが、そのV式の根を係数体Kに添加し、ガロア拡大体K(r)を調べた所に、ガロアの発想力があります。
つまりガロアは最初から、補助方程式の解の置換を調べた方が簡単に元の方程式の解の構造を調べる事が出来ると気づいてたんですね。
まさにアッパレですね。
という事で、腹打てのコメントも補足しときます。
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