前々回の”旧4の1”で述べた様に、リーマン予想というのはどうしても、ゼータ関数の解が(零点)が実軸1/2の直線上にあるとか、素数定理とか、そういった表立ったものばかりに目が行きますが。一方でゼータの特殊値を求める事からも始まったんです。
その中でも特に、ζ(2)=π²/6という”バーゼル問題”(1735年、オイラー28歳)です。
この値が求まった事で、オイラーはその後、数珠繋ぎの様に、ζ(4)、ζ(6)、、、を求め、整数のゼータ値を求めていくんです。
多分オイラーは、ゼータの正の偶数の特殊値が、π²と有理数(ベルヌーイ数)の積で表せる事を、バーゼル問題(ζ(2)=π²/6)を解いた時点で既にイメージしてたんでしょうか。
もし、正の奇数から取り組んでたら、その時点で頓挫してた筈です。ζ(3)ですら表示式を得るだけでも、1735年のバーゼル問題から37年掛かった訳ですから。それに未だに正式な表示式は得られてません。
その後、以下で述べる様に、オイラーはゼータの交代級数を使い、負のゼータ値も正の偶数のと同様に、ベルヌイ数Bₙで表現される事を突き止め、ゼータの対称等式”ζ(n)⇔ζ(1−n)”を見出し、ゼータの負の奇数の特殊値(有理数)を求めたんですね(”旧4の2”も参照です)。
リーマンが(完備)ゼータの完全対称等式”ξ(s)=ξ(1−s)”を導く大きなヒントになったのは明らかですね。
ゼータの”負の整数の特殊値”
この”負の整数の特殊値”についてもオイラーは、結果として”正しい答え”を導き出します。
本来なら、ゼータ関数ζ(s)はsが負であれば収束しない筈ですが。オイラーは大胆にも、非常に”危ない計算”をしたんですね。
結果的には、リーマンがゼータ関数を全複素領域にまで拡張したお陰で、この危ない計算が正しい事が証明されたんですが。
人生も同じで、前へ進むには時には危険な橋も渡る必要がある。赤信号みんなで渡れば怖くないじゃないですが、”ゼータも複素領域に拡張すれば怖くない”といった所でしょうか(笑)。
お陰で、このオイラーのゼータの特殊値の発見という空前絶後の大冒険が、ゼータ関数に息を吹き込む大きなキッカケになったのです。
以下、今度は負の整数の特殊値です。前回の”旧4の2”では、正の偶数での特殊値を紹介し、負の奇数の特殊値との対称性に触れましたが、実際にオイラーがどうやって求めていったのかを説明していきます。
但し、実数域のゼータ関数は負では成立しないので、数列を””で括ります。
ζ(0)="1+1+1+•••"=−1/2、
ζ(−1)="1+2+3+•••"=−1/12、
ζ(−2)="1+4+9+•••"=0、
ζ(−3)="1+8+27+•••"=1/120、
ζ(−4)="1+16+81+•••"=0、
ζ(−5)="1+32+243+•••"=−1/252、
ζ(−6)="1+64+729+•••"=0、
”旧4の2”で述ベた様に、オイラーはゼータの対称性”ζ(s)⇔ζ(1−s)”を見出し、”交代ゼータ関数”を考える事で、次々と負(整数)のゼータの特殊値を計算していきます。
こうして1739年にオイラーは、上の様な負の整数のゼータ値を見つけ出すんです。バーゼル問題から4年後の事です。
つまりオイラーは、ζ(0)="1+1+1+•••"=−1/2もζ(−1)="1+2+3+•••"=−1/12も、解析接続を使わずに素朴な無限の演算で発掘してたんですね。当時は複素関数の定義も解析接続の概念も十分でなかったでしょうから。
この様な危険な計算も”番外その5~その8”で述べた様に、振動アーベル総和法を使って証明出来ますが。
オイラーは交代ゼータと無限等比級数の公式を使い、アッサリと導いた。つまり、公比r=1を入力する荒業を使った。無限等比級数が収束するには、|r|<1である必要があるから故に”危険な計算”という訳で。
この”発散級数から有限値を引き出す”オイラーの手法を”総和法”と呼びますが。これを通常の数学として定式化するのがリーマンに引き継がれた”夢”だったんですね。そして、総和法の夢が解析接続という形で見事に実現したと。
交代ゼータ関数
そこで、”交代ゼータ”の説明です。
オイラーは”負のゼータ”を求める為に、交代ゼータφ(s)を考えます。
ζ(s)=Σ[0,∞]1/nˢに対し、φ(s)=Σ[0,∞](−1)ⁿ⁻¹/nˢという交代ゼータ関数です。
先ず、この交代ゼータ関数を、
φ(s)=1−2⁻ˢ+3⁻ˢ−4⁻ˢ+5⁻ˢ−6⁻ˢ+•••
=(1+2⁻ˢ+3⁻ˢ+•••)−2(2⁻ˢ+4⁻ˢ+6⁻ˢ+•••))
=Σ[0,∞]1/nˢ−2Σ[0,∞]1/(2n)ˢ=(1−2¹⁻ˢ)ζ(s)と変形します。
故に、ζ(1−n)=φ(1−n)/(1−2ⁿ)を得ます。
そこで、初項1公比−x(|x|<1)の無限等比級数の公式:1−x+x²−x³+・・・=1/(1−(−x))=1/(1+x)ー①を使います。
この両辺にxを掛け、両辺を微分すると、1−2x+3x²−4x³+・・・=1/(1+x)²が得られ、
以下同様に、次々と求めていきます。
1−2²x+3²x²−4²x³+・・・=(1−x)/(1+x)³、
1−2³x+3³x²−4³x³+・・・=(1−4x+x²)/(1+x)⁴、
1−2⁴x+3⁴x²−4⁴x³+・・・=(1−11x+11x²−x³)/(1+x)⁵、
1−2⁵x+3⁵x²−4⁵x³+・・・=(1−26x+66x²−26x³+x⁴)/(1+x)⁶が求まります。ここは微分電卓を使ってます。
次に①にx=1を代入すると、φ(0)=1−1+1−1+・・・=1/2を得ますが。①の両辺をよく見ると、左辺は|x|≥1では発散(振動)し、右辺はx=1で収束します。オイラーがやった”危ない計算”とはこの事です。
また上述した様に、負のゼータを””で括るのは、s≤1ではゼータは収束しないからです。しかしリーマンは、複素平面上では、s≠1の全ての複素数でゼータが存在する事を証明しました。
故にリーマンは”解析接続”で定義域を押し広げ、オイラーの”危険な計算”を正当化したのです。つまり、複素平面上で考えると、オイラーのこの”危険な計算”は正しかったんですね(”1の2”参照)。
よって、上の5式に同様にして、x=1を代入すると、
φ(−1)=1−2+3−4+・・・=1/4、
φ(−2)=1−2²+3²−4²+・・・=0、
φ(−3)=1−2³+3³−4³+・・・=−1/8、
φ(−4)=1−2⁴+3⁴−4⁴+・・・=0、
φ(−5)=1−2⁵+3⁵−4⁵+・・・=−1/4となる。
後は、ζ(1−n)=φ(1−n)/(1−2ⁿ)より、
ζ(0)=φ(0)/(1−2)=−1/2、
ζ(−1)=φ(-1)/(1−2²)=−1/12、
ζ(−2)=φ(-2)/(1−2³)=0、
ζ(−3)=φ(-3)/(1−2⁴)=1/120、
ζ(−4)=φ(-4)/(1−2⁵)=0、
ζ(−5)=φ(-5)/(1−2⁶)=−1/252、
よって、負のゼータと交代級数の関係が理解できますね。「ゼータへの招待(日本評論社)」を参考にです。
オイラーの非対称型関数等式も、この交代級数の値の分子を階乗の形で(分母はπ²ⁿ)表す事で、その発見に繋げました。
こうしてオイラーは負の奇数のゼータ値が有理数(ベルヌイ数)であり(負の偶数の特殊値は0)、ζ(1−n)=(−1)ⁿ⁻¹Bₙ/nと書ける事を発見(”特殊値表示Ⅱ”、1739年)します。
この証明はリーマンの第一積分表示を3つに分割し、オイラーが既に得ていたベルヌイ数の定義を使いますが、ここでは省略します。
因みに、このオイラーの非対称型関数等式:ζ(1−s)=ζ(s)2(2π)⁻ˢΓ(n)cos(πs/2)にs=3をおいて微分すると、ζ(3)=4π²ζ’(−2)という明示式を得る。これが23年後(1772)のζ(3)の研究に繫がります。
正のゼータζ(n)と負のゼータζ(1−n)
こうして、前回”旧4の2”と”旧4の3”と2回に渡り、正のゼータζ(n)と負のゼータζ(1−n)を紹介したんですが。
オイラーは、ζ(n)を太陽と、ζ(1−n)を月と喩えました(イラスト)。正のゼータζ(n)は収束し、負のゼータζ(1−n)は発散し、太陽と月が一緒に見える事がないのと同じですね。また太陽ζ(n)が無理数で、月ζ(1−n)が有理数で表現されるとは、全く見事な喩えです。
”計算の達人”と言われた、オイラーならではのやり方なんですね。このオイラーのこの奇妙な計算は、無限大になる所を上手く織込み、意味のある有限値を引き出す。
とにかく、ベルヌイ数を導入したヤコブ•ベルヌイなしには、ゼータの特殊値は語れないし、オイラーなしには、ゼータ関数は語れない。ゼータの特殊値に関するオイラーの偉業を簡単に触れました。
前回も触れましたが、sが負の偶数(−2,−4,−6,...)の時、ζ(s)=0となり、ゼータ関数の”自明な零点”(実根)を発見したオイラーのこの偉大な業績は、リーマン予想へと引き継がれるのです。
オイラーは、先ず①正の偶数のゼータ値を求め(バーゼル問題)、②π^2とベルヌーイ数との関係を見抜きます。
それから、③正の偶数のゼータとベルヌーイ数の関係式を見出し、今度は、④負の整数のゼータ値を交代ゼータを使って求めます。
そして、⑤負のゼータとベルヌーイ数の関係式を見出し、⑥2つの関係式から偶数項を比較し、
⑦ゼータの対称等式を発見します。
最後に、⑧正の奇数のゼータ値を求めたと。
でいいですかね。
つまり、8つの段階を経て、ゼータの特殊値を全て解読したんですが。まさに、計算の鬼のオイラーマジックです。
また、オイラーは調和級数から興味を持ち、リーマンは幾何学から興味を持ち、それがゼータで一致するんですが。オイラー予想の進化形こそがリーマン予想だったんですね。その4で大まかなリーマン予想の流れがつかめますね。
オイラーのバーゼル問題の証明は、ヨハンのお陰だとも言われてます。ヨハンが調和級数(1+1/2+1/3+•••)が発散する事を突き止めたお陰で、オイラーの直感に火が点いたんですが。無限級数に対するヤコブの執念も凄いです。
”もし、誰かが私たちの努力から、逃れていた発見をしてくれたなら、私たちはその人に大いに感謝します”と、ヤコブは言ってる程ですから。
スイスのバーゼル大学が産んだ、ヤコブ➡ヨハン➡オイラーと続く天才の系統は、ドイツのゲッチンゲン大学が生んだ、ガウス➡リーマンと続く天才の系統に繋がるんですね。
何時もいつも的確なpaulさんのアドバイス、ホントに助かります。