空耳 soramimi

あの日どんな日 日記風時間旅行で misako

「傍聞き」 長岡弘樹 双葉社

2012-09-08 | 読書

61回 日本推理作家協会短編部門受賞作

文庫になって並んでいたので買おうかと迷っていたら、図書館からメールが来た。やっと読める。

気の利いたミステリだけれど、難しい場面はない短編集。
異常な出来事に会う、そのことの起こりが、まずヒントとともに語られるが、
最後までなかなか本筋が見えない、卓越した面白さが楽しめる。

「迷い箱」


前科かあるために生活ができない人を受け入れる施設を開いている、設楽結子と利用者の一人、碓井の話。
無骨で律儀な碓井の就職が決まらない、いつもの頼みごとに少し気がとがめながら、幼馴染の工場に世話する。
盗癖があり、その上ごみあさりが趣味の佐藤は拾ってきたテレビを碓井の餞別代りにする。
この佐藤、脇役ながらなかなか味がある。
部屋に溜め込んでいるごみに耐えかねて結子は佐藤に言う。
「とにかく、部屋を今すぐ片付けるの」
「分かりましたよ。・・・・でもなぁ」
「何よ」
「いざ捨てるとなると、なんかもったいなくて、決心がつかないんですよね」
すると、いきなり碓井が口を開いた。
「迷い箱」
「迷い箱、この前、社長が言ってた。捨てるの迷ったら、迷い箱に入れる。そしたら五.六日で捨てられる」
碓井は終業時から後に二三日不審な行動をして、川に飛び込んだ。
どこをうろついてなぜ死んだか。彼が服役することになった罪の重みも悲しい。
「迷い箱」という言葉に象徴されるような、碓井の生き方と、結子という名前まで何かを意図したような、
暖かい筆致がいい。

「899」


消防士が恋した女性の家が延焼している。そこには赤ん坊がいたはず。赤ん坊を育てながら働いている彼女は、
子供を家においてあったのか。
相棒の笠間と跳び込んだ育児室には、隅々まで見たが赤ん坊の姿はなかった。どの部屋にも気配がなかった。
が、笠間が思いがけなく、いなかったはずの赤ん坊を救助してくる。
笠間は男の子をなくして、それが大きな心の傷になっていた。彼は炊事当番の日、辛口好きの消防士たちに甘いカレーを作る。
笠間が赤ん坊を救出した経緯、相棒になった恋する消防士の心理や、周りの消防士とのつながりも暖かい、結末はなんだかほろりとする。
よくぞ短編にまとめてくれた、ほっとするような秀逸のミステリ。

「傍聞き」


母子家庭の母、羽角啓子と、娘の葉月との心理戦というか、親子喧嘩がそもそも話しのメインで、面白い。
啓子は刑事である。
仕事から帰る途中だった、なぜか近所のうちが騒がしい。「イアキ」に会ったというのだ。人がいるのに盗みに入るのを「居空き」と言う。
被害にあったのは独り暮らしの老女の家だった。苗字が啓子と同じ羽角フサノだった。
逃げていく男は目の下に大きな傷があったという。まさか自分が手錠をかけた男、横崎か?
近所に居るとしたら、薄気味悪い。
しかしフサノのことも気になる、老人の孤独死の現場に、三,四回は出向いている。
また娘からのはがきが郵便受けに入っていた、親子はまたしてもバトル中。娘は言いたいことをはがきに書いて投函する。
「時間差攻撃よ」 といっている。そして何日か無言のバトルが続く。
同じ苗字のおばあちゃんのところに間違って配達されたことがある。恥さらしである。
「郵便屋さんが悪いのよ」
「悪いのはあんたの字でしょう、番地の9を7みたいに書くから」
娘は小さいころはフサノのうちで世話になった。もっと心配してもいいはず。
通り魔事件も起きて啓子は忙しい。だが横崎が留置されて名指しで面会を求めているという。
彼はそこで重大なことを伝える。それは「漏れ聞かせ」だったのか。
タイミングよくというか僥倖に恵まれ、窃盗犯が逮捕される。

親子はまたもとの生活の戻ったが、まだ葉月のはがきはフサノを介して届いていた。
啓子は思う、娘は「漏れ聞き効果を狙ったのだ」
大雑把に言うとこうなのだけれど。読まなければ味わえない伏線、巧緻に張り巡らされた言葉の網が、「傍聞き」と言うテーマの通りキーワードになって、読者を捕らえる。

「迷走」


救急隊員の蓮川は救急要請で、義父になる予定の室伏隊長と初めで仕事をすることになった。


倒れていたのは副検事の葛井だった。
蓮川の婚約者で室伏の娘を、車椅子生活に追いやった車を運転していた。
受け入れ先はどこも医師が手一杯ですぐには空かず、走り続けている。
葛井は命令口調で一人の医師を呼び出すように言う。
葛井が不起訴になった事故、その事故の担当医師、ここのもつながりがあったのか。
事故報告書に手加減を加えたのか。
しかしその医師も出先のため役に立たず、車は走り続ける。
一度は病院の駐車場に近づきまた付近を走り回る。サイレンをならして。
住民の苦情が届き始める。
隊長はつないだままの携帯を蓮川に渡し、聞き続けるように命令する。
患者の容態は少しずつ悪化している。
病院から受け入れの連絡を受けた後もなぜ車は走り続けるのか。蓮川に音のない携帯を聞かせ続けるのは。


落ちは、すばらしい。
私は表題の「傍聞き」もいいが、この「迷走」を一位にしたい。
読者向けトリックは思いもつかない方法で、新鮮だ。

すべて作品に、初期の段階で手ががりがある。情景描写だったり心理描写だったり、単に話の流れにうまく滑り込ませている。最後まで読んで、そうだったのか、と気持ちよ興奮を感じる。

★5

コメント
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