空耳 soramimi

あの日どんな日 日記風時間旅行で misako

「深紅」 野沢尚 講談社文庫

2015-06-18 | 読書

第22回吉川英治文学新人賞受賞



江戸川乱歩賞の「破線のマリス」は面白かった。その後も評判のいい本があったので買ってきて積んでいたが、この「深紅」がミステリを語る中で何度も目に入ったので読んでみた。衝撃的な出だしからすっかり夢中になって時間を忘れて最後まで読んでしまった。
目次は第一章から第五章まである。

まず第一章
事件が起きたとき修学旅行で信州の高原にいた小学校六年生の秋葉奏子(かなこ)の話。
旧友たちとふざけながら寝る用意をしていた時、緊張した気配で担任が部屋に入ってきて、すぐ自宅に帰れと言った。よくない予感がしたが、付き添われて高速道路を使って帰ってきた。行き先が監察医務院だと言う。不安は的中して、霊安室で両親と二人の弟に対面した。頭があるところがへこみ白布の上からでもいびつな形をしていた。家族思いで仕事も順調に成長し、新しい家も買った優しい父。ハミングしながら台所で働いていた母、可愛い年子の弟たち。呆然としている間に父方の叔母がきて、滞りなく葬儀が終わった。一人生き残った奏子に事件の話はひた隠しにされたが、テレビや週刊誌で自然に目に入ってきた。頭を金槌で殴られて倒れていった両親、可愛い幼い弟たち、床に広がった深紅、どんなに痛く苦しかっただろう。世間は一家に同情して、生き残った奏子に優しかった。事件現場で茫然自失の様子で座り込んでいた犯人はその場で逮捕された。人でなしの犯人は死刑にしろ。という。

第二章
犯人都築則夫の上申書が一回目の公判前に裁判長に提出された。

秋葉則夫は家庭が崩壊した農家の生まれで、高校卒業後教材会社に就職、関東以北の土地を営業で回っていた。知り合った学校職員の千代子と結婚し娘・未歩が生まれた。その頃は営業一課の係長になっていた、幸せだった。
その頃、秋葉由紀彦と知り合った。由紀彦の会社から機器を仕入れ、自社製品とセットにして売った。その利益の1%を秋葉の会社の口座に振り込んでいた。秋葉は取引先の要人という立場をとり目上の付き合いだった。
秋葉の実家は開業医だったが、能力がなくその劣等感をバネにしてきたが、成功して独立するのでよろしくといった。もちろん否といえる立場ではなかった。
その頃体が弱かった妻が死んで保険金が入った。8千万という金は今まで家を買い未歩の学資にと切り詰めてきた夫婦の気持ちが無念さだった。
世話になった秋葉は葬式の時にそっと涙をためて妻を見送ってくれた。それにほだされて、秋葉の父が予備校を開設するという、その資金の保証人を引き受けた。秋葉と連帯保証人ということだったが蓋を開けるとあ秋葉の名前が無く、全て自分の借金になっていた。取立て屋が来る頃は一千万円が二千五百万に膨れ上がっていた。それを貯金から返済した。秋葉はのらりくらりと言葉を濁し、ついに詐欺だったことがわかったのだが、秋葉の会社に依存して業績を伸ばした手前、会社の命運もかかっていた。バックマージンを2%に上げて分割で返していくと秋葉は言った。謹厳実直な性格はそれを許すことが出来ず、犯行に及んでしまった。夫婦を殺したことは覚えているが子供のことはショック状態で何も覚えていないと言う。心神耗弱か喪失常態か、裁判は子供殺しの点で紛糾した。上申書が公表されると、世間の風向きが変わってきた、だが一審の判決は死刑だった。
都築は控訴した。死刑は覚悟している罪は認めて償うといっていたが。


第三章から最終章まで
怒涛のようなショッキングな進行で読み進んだ後、ここからは8年後。奏子も未歩も二十歳を前にしている。
奏子が太めにした雑誌にッルポが乗っていた、以前取材に来た貴社の名前入りの記事だった。犯人の娘のその後が書いていった。
奏子は同じ年に生まれたその娘に合いたいと思う。立場は違っても辛い生き方は牡マジだろう、しかし自分は未歩の父のために取り返しの出来ない人生を歩む破目になっている。何とか未歩に合った自分の立場を知らせたい、娘に対して出来るなら復讐をしたい。

記者から無理に聞きだした未歩のアルバイト先に訪ねていき名前を隠して近づいていく。


あとがきは、吉川英治賞の選考委員の高橋克彦書いている。二章までの怒涛の展開、緊張感、重いテーマに絡ませる子供たちの立場、犯人の立場。稀に見る凄惨な現場を作り出した男。それを群を抜く作品として自信を持って認めた。奇跡的傑作だとある、亡き野沢さんへのオマージュの言葉と読めた。


読んでいてぞっとするほどの恐ろしい感じがある心理的に視覚的に。残された子供たち、世間の感心の深さ、マスコミの執拗さなど息が抜けない。
都築の控訴の根拠が読者に迷路を歩ませる。

三章から子供たちの話に移ると、日常生活の描写が幾分ゆるく感じられる。一、二章の流れで、読者の意識下に残虐なシーンが残っていてこそ、奏子に感情移入が出来るが、立場を変えると未歩の過去も悲惨である。
どう生きて来たか、これからどう生きるか、二人が生身でぶつかったとき、話の幕が閉じる。



44歳で亡くなった野沢さんは、多方面で心に残る作品を残している、創作でありながら孤独で悲しいこんなミステリはまだ読み足り無い。
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「まほろ駅前多田便利軒」 三浦しをん 文春文庫

2015-06-18 | 読書


135回直木賞受賞作


便利屋を営む多田啓介とそこに転がり込んだ仰天春彦と町の人々との繋がりの話。

高校時代の同級生、仰天春彦は三年間無口で過ごすようなちょっと変わった奴だったが、彼の小指の怪我に責任があると思う多田は、たまたま出合った、行く先がないという仰天と同居することになる。

草引きや池の掃除、引越しの手伝い、便利屋にはいろいろな仕事の依頼がある。
犬を預かったが、飼い主が期日になっても一向に引き取りにこない。仕方なく探して引越し先に届けにいってみると、その犬を可愛がっていた女の子は、今度の狭いアパートでは飼えないと言う。そこで仕方なく連れ帰った犬を預けようと、心から可愛がってくれそうな飼い主を探す。

まほろ駅裏はちょっと怪しげな人たちが住んでいる区域になっていた、ヤクザのヒモから逃げたい女だったが、話してみると気持ちの優しいところがあって、犬を渡してももいいと二人は思う。暫くしていって見ると、リボンをつけてもらったりして可愛がられていた。

小学生の塾の迎えをして、孤独な小生意気な男の子と少し心が通いだす。

そんな仕事のエピソードもあって、バツイチの二人組みの便利屋商売が、何とか回っていく。
子供や家庭をもったこともある二人には、今はかっての生活からも距離を置いているが、それぞれのの事情があった。
無口で変人に見える仰天と多田は、何とか巧く暮らしていけるようになる。
ソファに寝そべり犬を腹に乗せて眠る仰天の姿も見慣れてくるし、彼もなぜかいつも仕事場についてきて、気乗りしない風だったがそれでも手伝っている。

三浦しをんさんのこなれた読みやすい文章と、過去がある中年に差し掛かった二人の男の結びつきが、徐々に深まるところが暖かい。

多田は家族と別れた過去があり、仰天は不幸な子供時代がある。そんな二人をいつか包んでいるような少し筒仰天の気持ちもわかってくるような日々。
粗末な便利屋の事務所や、仕事から繋がりが出来ていく町の人たち、読んでいるとそういった世界に紛れ込んでしまう。
久し振りに読んだ三浦しをんさんの新しい顔を発見。


映画化されて多田啓介に瑛太 仰天春彦に松田龍平
二人並んだカバーがかかっているので、読み始からこの二人のイメージが定着していたが、違和感はなかった。
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