ミステリ部分は軽いノリで、荻原さん得意の滑らかな味のある作品。軽いといっても独特の雰囲気があり、重々しい警察小説に比べて親しみやすかったということで。
ユニバーサル広告社を舞台にした「オロロ畑でつかまえて」は小説すばる新人賞をとり、デビュー作ながら絶妙な舞台装置と語り口だった、続く「なかよし小鳩組」までも鮮烈ユーモア小説だった。
こういった話(地球を回すギャングとか三匹のおじさんとか)大好き人としては、完成度の高い作品でデビューしたのだから、続きがでるだろうと期待して待っていたが「シャッター通り」までで、路線変更するとは思わなかった。まだ続きを諦めてはいないけれど。
荻原さんを気にしていると耳に入ってくる。
「明日の記憶」山本周五郎賞。「二千七百の夏と冬」で山田風太郎賞「海の見える理髪店」はとうとう直木賞。それからも次々に新刊が出ている。うれしい。
私は「オロロ畑」が忘れられず、といって続いて出る作品も追いかけられず、「明日の記憶」の映画化の評判を聞いていたが原作を読みもしないで、そのうち読もうと積んできた。
これを読む機会が来たのは♯新潮文庫夏の100冊に入っていたから。よぉし読むべし読むべし。
裏表紙にはサイコ・サスペンスとある。嫌いなジャンルではないし。荻原さんのその後はいかに。
のこぎりで足首を切られた女子高生の遺体が見つかった。目黒署管内は小暮の縄張りで、本庁から応援の戸高が来てコンビになった。むさいおっさんの小暮は妻に先立たれていて娘が高校生。家に一人で残しているのが気が気でない。応援できた戸高は若く見えるがバツイチ子持ち。小暮の上司に当たる階級だが周りには逆にみえる。
さて、本題は
香水のミリエルを売るために、集めた女子高生からクチコミ、メール ネットを使って噂を拡散させようという広告社の企画で、渋谷でモニターを集める。つけていると恋がかなうとかレインマンに襲われないとか、聞いたような話だがうまく広がっていく。それで商品は大ヒットするという話がプロローグ風に始まる。
それを狙ったように女子高生の猟奇殺人が起きる。
暫くしてもう一人足首から先のない殺人が起き、すわ、連続殺人事件か。レインマンの仕業か。
小暮と戸高のコンビは、目黒署に立ち上がった捜査本部で地味な敷き鑑捜査に当たる。このコンビが面白い。人物造形の上手さに乗せられた。
くたびれた中年とバリバリの美人刑事。二人の家庭事情も話を和らげていて読みやすい。
暗い猟奇殺人に凝った固さがない。
このあたりが、荻原さんがミステリに参入した時にインパクトに欠けたのかもしれない。この「噂」の噂はこのミスでも見なかった気がする。
それでも、ちょっとありきたり感もありながら、相手が今時の女子高生。渋谷あたりで群れている連中、知り合ってみると個々にポリシーもありつつ、個性的でちょっとアホでかわいい。
もう中年のおじさん刑事は、揉まれてなつかれてちょっと嬉しかったりする。殺されたのはモニター仲間だったし、この子たちがいい感じの機動力で核心に近づいていく。
取調室に、関係者として呼んだ少女たちを集めたら
「ドラマと違ぁう」
「お腹減った」
「早くしようよ~」
仲間同士で来たものは勝手に大声で喋りあっている。そうでなければ携帯で誰かと話をしている。ポテトチップスの袋を抱えている少女もいた。小暮はホワイトボードの前に立ち、咳払いをしてから話し始めた。
「あ、今日はどうも。ごくろうさまです。え~みなさんに集まっていただいた理由は、もうわかっていますね……あの、携帯は後にしてくれないか……言うまでもないが君たちに何かの嫌疑がかかっているわけではないし、迷惑をかけるつもりもない……トイレ?……この部屋を出て右の突き当りだ……え~いま捜査中の事件に関係したことで、いろいろ話を聞きたいんです。君たちの証言が犯人逮捕の決め手になるかもしれない」
おだてたりすかしたり苦労して話をしたのだが、気にするほどのことはなかった。誰も話を聞いちゃいない。
「みんな、静粛に!」
小暮が声を張り上げると、ようやく全員がこちらに顔を向けた。
「セイシュクってなぁに?」
「静かにしゅくしゅくすることだ」
「しゅくしゅくって?」
「知らん、いいか静かにしてくれ」少し取り調べ口調になってしまう。
「分かっていますね?」
「わかんなぁ~い」
「じゃもう一度説明する、いいか……いや、いいですか」
でもこれから話が解決に向かって雪崩こむのだが。
隅で名高がちいさなガッツポーズで励ましている。
このおもしろいミステリがなぜ軽い印象を受けるか、後からなら何でも言えるが、どうも最初の部分で伏線らしい部分が見え見えの人物の動きが気になる。そして犯人のそれなりの事情はあるけれどサイコ独特の語りが長い。
あれ?この人という意外な人物の消え方が少し唐突かな。始まりは存在感のあるいいキャラクターだっただけにこの人の心理描写も少し遅すぎた感じがした。
でも荻原さんは好きなので映画化もされた話題の本を読みたくなった。