本好きは一度は目にし、手にも取るほど、話題の本だった。
主人公の栗原一企は信濃の国、本庄病院に勤務する5年目の内科医。愛読書の漱石「草枕」をはじめ彼のすべての著作の影響をうけて、言動がいささか現代向きでない、見方によっては変人に分類されるような人柄である。
外面はそうであっても、こころの奥は柔らかな熱い医師魂を秘め、患者第一で、過酷な生活に身をおいている。
結婚一年目の記念日を忘れて、妻に申し分けなく思うような愛妻家であり、いまだに松本城に近い、古いアパートに住み続けている。
外から見れば奇態な住人たちも、それぞれ付き合ってみれば、深いつながりが生まれていて、酒を酌み交わしているだけで心地よい。
患者には死を迎える高齢者も多い。死に向かい合う姿勢もそれぞれで、一企は、仕事とはいえ人生の終末を迎える人たちにどういう治療をすればいいのか悩んでいる。
延命治療と自然死の境目で苦悩する姿が、彼が誠実であるために、現代の高齢化する社会の悩みを反映していて、他人事には思えない。
いい妻と友人、先輩に囲まれた栗原一企という新進の医師が、直面する今の医療と、死に向かう終末医療の問題も考えさせられる。
患者とのエピソードが暖かい。
彼の誠実な悩みが受診者側にも希望を持たせる。福音書だ。
人気の本は、図書館にすぐに予約しても今になる。 限られた時間でいい読書が出来るよう、目を開けて耳を澄まさねばと思う。