客は全てアンドロイドか異星人のようだった。
バーテンが機械的に広げてみせるメニューに目をやる。
「ギガトリップ」
これは体内を流れる合成体液を送り出しているバイオポンプを縮小させ、思考回路に届くイオンの状態を狂わせる。
要するにアンドロイドに心筋梗塞の状態を作り出し、脳を酸欠状態にしてしまうようなものだと思えばいい。
脳は異常を快復しようと通常発信しないパルスを断続的に出力するようになる。
アンドロイドにとってこの不安定な状態が、ある意味の陶酔感に変わるのだ。
「ミクロバギー」
これは培養された細菌の一種だ。無防備な体内に入ると猛烈な勢いで繁殖する。
その時アルコールに似たエネルギーと性的興奮を起こすホルモンを多量に放出する。
こいつをやっているヤツは決まって汗をかき、目をぎらぎらとさせている。
免疫システムには弱いので一定時間のタイマーを組み込んだ免疫抑制剤をドリンクに混合して使う。
「トリプルチューン」
今は合成脳細胞専用なのであまりやっているやつはいないが、一昔前は人間の間にもアンダーグラウンド市場でかなり流行った。
不快な感覚を全てシャットアウトしてしまうレセプターが主成分の薬(ヤク)だ。
時間とともに非常にハイな気分になり際限がない。
そして限度を越すと戻れなくなる。かなりの宇宙人がそれで命を落としたと聞く。
「バイソン」
おう、ここにもあったか。
通称「原っぱ」と呼ばれる酒だ。
合成アルコールに地球のバイソン草で香りをつけたものだ。
ボトルに一本、乾燥した草の葉が入れてある、
その昔地球ではこの草は普通に自生しており、雑穀から作る蒸留酒に浸しておくと
透明な液体がうっすらと色づき、独特の香りが抽出されるので
安い割にうまいと人気の酒だった。
地球のものから培養された本物のバイソン草なら値段も高いが格別だ。
とりあえずそれを注文する。
隣ではもうべろべろにラリっちゃってるおやじ宇宙人が、もう一杯トゥーフィンガーでくれと、くだを巻いている。
客は皆いかれた連中だが、嘘はない。
この店の雰囲気は好きだ。
ハートマンはカウンターのいちばん隅のスツールに座り
時折話しかける無表情なバーテンダーに無表情な相づちを返しながら10分も経たないうちにすっかり溶け込んでいた。
約束の時間だ。
店を出て指定の場所へ向かう。