スピンオフ銭明日編集長

モットーは"年を重ねる毎に幸せになる"銭明日編集長の日記

神無月雑感'22

2022年10月31日 | Weblog
 月末になり、やっと秋らしい穏やかな日々になっている。月半ば頃は急激に冷え込んで、このまま冬になるのではと体調の管理を気にした。

 コロナ禍が緩んだ影響か、韓国ソールではハロウィンの過密密集で150人死亡、インドでは完成したばかりの吊り橋崩落で130人死亡と大きなニュースが流れた
 以前ブラジルのイグアスの滝を見学したことがある。その際に滝つぼ上部近く迄橋がかけてあり不安に感じた、その橋が後々の洪水で流されたニュースを知った。世界には計り知れない安全対策が不十分な危険で溢れていることを知った方が良さそうだ。

 世界平和が急速に遠のいているのだが、スポーツの世界はお構いなしに盛り上がっている。10月は日米のプロ野球も最終シーズンに差し掛かって毎日のようにLIVE放映され、楽しませてくれた。
 郷里の大谷翔平はポストシーズンに残れず終わったが、MVPや来期の待遇で大いに賑わしている。

 昨年と今年、こんな時代、この人ほど光輝き日本を日本人を押し上げてくれた人はいないのでは🙌
                                 =おわり=

人間失格

2022年10月28日 | Weblog
 独眼竜になり、見える右目も怪しくなって且つ老眼とくれば、本を読むことを敬遠するようになっている。

 そんな折スマホでAudibleと言う耳で聞くことが出来るアプリを見つけ、早速月々1500円の聴き放題を採用している。

 サンデー毎日の身なので、読本する時間はたっぷりあるように思えるのだが、貧乏性の所為なのか様々な趣味を先にして、読本はその内暇になったならと後に回してしまう。
そんな積んどくの本が、寝床の枕がわりになっている。

 さて、以前から太宰治の「人間失格」と言う本が気になっていたので、いの一番にAudibleでインストールして聞いてみた。その読書感想は兎も角として、自分も人間失格ではなかっただろうかと振り返ってしまった。

 確かに仕事だけは頑張った方だろうが、生まれてこの方、死に物狂いで勉強したことも大学に進むこともなく、人生の志を掲げてひたむきに努力したこともない、難関を突破した資格も持っていない、言わば行き当たりばったりの人生を過ごしてきた。

 現在は何とかかんとか、先憂後楽の余生になって暮らしているとは思うのだが、こんな一生で良かったのだろうか?、生まれてきた価値があるのだろうか?、と思ってしまう。
            =おわり=




地球酸素の謎

2022年10月20日 | Weblog
 人は毎日に2万回以上呼吸すると言われている、地球人80億人が必要な酸素量は膨大だろう、動物だって酸素が必要だろう。奇跡の星に謎の酸素はどうして生まれたのだろう?
  現在は酸素は地球上の植物の光合成でつくられるが、地球に最初酸素が生まれた時、植物はなかった筈なのに何故酸素が?

 好きなTV番組"コズミックフロント"によれば、太古の地球が誕生して15億年ほど経った30億年前にシアノバクテリアによってもたらされたと言う。
 太古の地球に火星サイズの天体が衝突し月が出来、その影響か一日の長さが短く酸素が生まれる光合成が出来なかった。

 それが24億年前頃一日の長さが21時間と長くなったことで、光合成が活発になり酸素濃度が高まった時代が10億年続いたと言われる。
その後7億年前に現在の24時間になって地球の大気が安定したと学者が仮説していた。

 では地球酸素(豊かな生態系の元)の未来はどうかと伺えば、東京工業大学の尾崎准教授は太陽☀️輝度が上がれば気温が↗️CO2が↘️、10億年先には太陽は今より10%明るくなることで酸素は次第に減少し生物は生存出来なくなるだろうと語る。

 今でも大きな環境問題である、地球温暖化や脱炭素やオゾン層の問題に繋がる訳だ!

 地球史の仮説の一つではあるのだが、この番組では史実に基づいたことを論理的に解説していた。
 まだ10億年先と捉えるか、既に遅すぎると言われている10億年と捉えるか?
            =おわり=


メンタルヘルスデー

2022年10月11日 | Weblog

 10月10日は初めて知ったがこんな日だったようで、ネットに下記の読者コメントがあった。
「今NHKニュースで東京タワーが世界メンタルヘルスデーに合わせてシルバー色だと報じていました。キーウ攻撃、イランの暴動、北朝鮮ミサイル、円安、 まともに考えるとメンタルやられますよね❓私は欧州企業勤務なのでウクライナ情勢は日々のご飯に直結しています。東京タワーに拝みたい気持」

 メンタルヘルスが言われはじめたのは1990年代後半に中高年層に自殺者が増え、その頃から騒がしくなって来た。
自分が仕事に夢中になっていた1975〜1995頃はと言えば、パワハラ、モラハラ、セクハラなんてことは日常茶飯事で溢れかえっていた。
心が病んでいる様な柔では、取り残され生きて行けないような酷い時代だったのだが、自分も発っする側の人間だったと思う。

 受手側がこと仕事であれば、上役に対して従わざるを得ず、やる気や充実感を保ち続けるために、どのように心の管理をしていくのか?、私生活であれば、幸福感や笑顔で日々を送り続けるためにどう心の管理をしていくのか?、そんな日常の昭和の時代だった。

 自分も今の時代なら訴えられ、さしずめ塀の中で暮らしていたかもナ・・・
            =おわり=