スピンオフ銭明日編集長

モットーは"年を重ねる毎に幸せになる"銭明日編集長の日記

皐月雑感'22

2022年05月31日 | Weblog
 「我が家の花」都忘れが今年も可憐に庭を飾る。花の名から、戦争で故郷を離れた人々の心情と重ね合わせてしまう。

 🇺🇦🇷🇺 戦争は一向に収まりそうにない。2千万人もの国民を犠牲にして共産主義大国ソ連を形作ったスターリン、その復活をロシアとして再び果たそうとするプーチンの野望、NATOを巻き込んで悪くなるばかりである。

            ('22春の藤原まつり)
 いろんなことがあった5月であった。コロナ、戦争、知床船事故は引き続いてだが、毎日報道されている。こうしたニュースは瞬時に知ることができる時代なのだが、悲惨な写真に慣れてしまう自分も怖い。

 霜の心配があった月初めも次第に落ち着いて、春らしい5月になり、土いじりに適温な日々が訪れている。

 藤、芝桜、ツツジ、アリッサム、都忘れと花々は咲き移る。畑の野菜もどんどん成長して来た、今年も苗の本数は少ないが10種類ほどと、葉っぱ類の種を蒔いて夏野菜を楽しむ。

 世の中の喧騒とはかけ離れ、こんな自然に囲まれ、平穏な時を過ごせて申し訳ないような5月が終わる。
            =おわり=





株主総会'22

2022年05月29日 | Weblog
 自分は奥州市で終戦の年(1945年)に仏教の寺に生まれた。戦争の傷痕は本堂に掲げてあった檀家の多くの戦死者の遺影で知ることが出来た。あれから77年になるが、今再び戦争が勃発し多くの命が失われている。軽々しく言葉に出来ないが、21世紀になってもこんな現実があるんだと驚くばかりである。

 生まれ故郷奥州市には、大谷翔平以外の有名人が居る、水沢緯度観測所長の本間稀樹さんである。ブラックホールですっかり有名になっている。

 アインシュタインが存在を認めたが、誰も見たことがない宇宙の謎を、世界中の8台の大型電波望遠鏡をネットワークで結び、その姿を突き留めた世界プロジェクトの日本のリーダーである。

 5900万光年先のとてつもなく遠い、天の川銀河系の中にあって2019年に初めて撮影に成功し公表した。
宇宙から覗き見すれば地球という星は小さな存在なのに、その地球上ではこうした争いが絶えない。

 ㏍トライスの50年を振り返り「大好きなこのまちにトライス」の記念誌を編纂した。コロナ禍でこの事業だけで終わったのは寂しいが、お客様はじめ関係各位には深く感謝を申し上げる次第です。

 今年の株主総会も無事終わった。少人数での懇親会であったが、開会に冒頭のような挨拶をさせて貰った。地球の平和を願う。
                                 =おわり=


2022年05月13日 | Weblog
 歳祝い=還暦>古希>喜寿>傘寿>米寿>卒寿>白寿>百寿、と経て行く日本人なら誰にも与えられるお祝いであり、小さな喜びである。
 満年齢か、数え年齢か、で祝う年齢を違えるのは、その土地土地で風習があるようだ。

 我輩も何とか健康で満年齢で今月3個目に到達出来た、人生の3/4を越えたのだから幸せなことである。

 ここまで無難で来られたのは"強運"そのものではなかっただろうか?、宝くじでは当たった試しがない、賭け事では負けっぱなし、長年やったゴルフではホールインワンに縁がなく、運を使わなかったことも関係するのではと思ってもいる。

 そう言えばこんなことがあった。会社を起業した若い頃、従業員同士の男女間のことで放っておけず、一方に辞めてもらったことがある。仲を裂いた怨みが我が娘に乗り移って生き霊の恐ろしさを経験した。祈祷師に祓って貰ったが、自分は運が強過ぎるので弱い娘に取り憑かれ邪気が乗り移ったと言われた。
 未熟な経営者時代は、そんな人絡みの出来事を繰り返し経験して、人の上に立つことの難しさを痛いほど知らされた。そんな時はいつも酒に救われ助けられながら、一歩一歩少しづつ成長出来た。

 こうして今があるのは、天はこんな自分を見捨てなかったからだろうから、やはり自分は強運の持ち主なんだろうか?
            =おわり=



 


 


 


読まれない手紙

2022年05月04日 | Weblog
 今日は親友の森真幸さんの病気見舞いに書いた手紙を掲載します。
(ありし日の森ちゃんと俺=伊賀)
 今朝ほどイガラシ綜業の方から電話を頂きました、5月の仲間との集いの中止の案内でした。残念ですが貴方の病状次第ですので致し方ないことです。
 手書きの方が心を伝えるのにはと思い、恥を偲んでペンを走らせます。
 森ちゃんとの出会いは会社を設立してPV(太陽光)ビジネスを始めてからでしたので、1991年以降と思います。それ以前はお互い顔も知りませんでした。
このニュービジネスでは苦労の連続で私は脱落組でしたが、全国の仲間
と巡り合ったことは、それ以降の人生の宝になりました。
 毎年の会議と称して集う場も忘れることが出来ません。伊賀、阿蘇、賢島、常滑、軽井沢、高尾山、草津、木更津、日立、当地安比、等々良い思い出の会で楽しいひと時でした。
 その度、会の親元森ちゃんのリーダーシップが忘れられません、貴方が居たからこその会で、言わば森PV会でしたね、今になっては何とも懐かしく、走馬灯の様に振り返えさせられます。
 森ちゃん、5月2日で78歳ですね、俺も13日で77歳になります。名古屋と盛岡と離れてますが、お互いの幸せに乾杯!
 信長はこう言った"人間50年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり"、良い人生を、良い仲間と会えて最高だよ、さあもう一踏ん張りしようぜ!」

 この手紙は4月25日送付したのだが、森ちゃんの手元に届かなかった。4月22日に旅に立ってしまったようだ🙏
                                =おわり=