暁庵の茶事クロスロード

茶事が好きです。茶事の持つ無限の可能性に魅了されて楽しんでいます。2015年2月に京都から終の棲家の横浜へ戻りました。

茶室披きの茶事へ招かれて・・・その1

2018年10月13日 | 茶事・茶会(2015年~他会記録)

 立礼席(腰掛待合)に掛けられていた鳥獣戯画のような「叢虫夜行図」(毛利梅友)


台風24号が関東地方に襲来しそうな9月30日、小堀遠州流のTさまの茶室披きの茶事へお招き頂きました。
「茶室のある家にご縁があって引っ越すことになりました。
 その茶室は地下にあって急な階段を下りていくと・・・」
お話は伺っていましたが、聞くと見るとは大違い・・・想像をはるかに超える地下のお茶空間に驚くとともに、初めての小堀遠州流のお茶事に興味津々でした。
不肖・暁庵が正客、次客はFさま、詰は小堀遠州流のYさまです。

茶席への階段を下りていくと銅鑼があり、ここからお茶事が始まっているような気がして、気持ちが引き締まりました。
待合は6畳でしょうか? 竹縁の丸みを帯びた天井や障子戸からの採光など、地下を感じさせない凝った造りになっています。


素晴らしいノリゲ・・・韓流ドラマにはまっているので嬉しい出合いでした

待合の壁にノリゲ(元々は韓国・宮中の女性の服飾品)が飾られていました。
玉を使った素晴らしい一対のノリゲは婚礼のような慶事に使われていたそうで、茶室披きの茶事に臨まれるご亭主の熱い思いが伝わってくるようです。
待合の煙草盆、火入(阿蘭陀)と灰形を楽しみました。
あとで伺うと、3つの煙草盆(待合、腰掛待合、茶室)の火入の灰形をそれぞれ変えてみたそうです。
待合は裏千家流とのこと、お心遣いに感謝しつつ、ご亭主が茶事のあれこれを楽しんでいらっしゃる様子が嬉しいです。


1つずつ微妙に模様が違う汲み出し(隅田川焼) 虫篭に鈴虫(竹製)が・・・

小堀遠州流では詰が半東の役をするそうで、詰Yさまが入れてくださった柚子湯で喉を潤しました。
Yさまが喚鐘を銀の棒で慣らすと、腰掛待合へ通じる戸が開けられ、羽箒を手に持ったご亭主が戸口に立ち、無言で頭を下げました。
私たちも頭を下げました。すると
「本来は無言なのですが、当流のお茶事は初めてでいらっしゃるので、これからの流れをお話しさせて頂きます・・・」
ご説明を伺って何やら安堵して、腰掛待合へ移動しました。

腰掛待合は10畳ほどの広さの立礼席です。
床に掛けられた御軸の鳥獣戯画を連想する画がなんとも珍しく、ユーモラスで魅入りました。
秋の虫たちが、お茶壺道中ならぬ茄子などの野菜を駕籠で運び、秋の野道を行列している風景です。


 灰吹きの水の煌めきに誘われて・・・腰掛待合(立礼席)にて

腰掛待合の煙草盆は平盆に紙が敷いてあり、火入は白地の陶器、辰砂のような色の葡萄絵が描かれています。
細い掻き上げの灰形が珍しく、小堀遠州流の灰形のようです。
キセルときざみ煙草があり、低い白竹の灰吹きの水が照明できらきら輝いています。
それを見ていると、歌舞伎の役者さんのようにかっこよくキセルで煙草をふかしてみたくなりました。
初めて茶事で吸ってみたのです・・・。
きざみ煙草をキセルに詰め、3回ふかしてポンと灰吹きに吸殻を落し、これにて終了。
煙草の煙でさぞや連客のお二人にはご迷惑だったことでしょう・・・。

蹲を清める水音がしてご亭主の迎え付けです。
再び無言でご挨拶し、露地を戻るご亭主を見送ります。
吹き抜けの露地庭が光庭を兼ねて造られていて、外界の様子を伝える唯一の場所です。
蹲踞へ進むと、地下から澄んだ音色が聞こえてきました。水琴窟です。
ご亭主の水音の余韻を楽しみ、水で心身を清めると、また水琴が奏でられ、いつまでも聞いていたいような・・・(つづく)


    茶室披きの茶事へ招かれて・・・その2へつづく


2018年 長月の教室だより・・・許状式

2018年10月10日 | 暁庵の裏千家茶道教室



アップが遅くなりましたが・・・2018年9月22日に許状式をしました。

Kさんが上級(行之行台子(ぎょうのぎょうだいす)、大円草(だいえんのそう)、引次(ひきつぎ))の許状を、
Tさんが中級(茶通箱(さつうばこ)、唐物(からもの)、台天目(だいてんもく)、盆点(ぼんだて)、和巾点(わきんだて))の許状を拝受しました。
誠におめでとうございます!

許状式は4回目ですが、坐忘斎御家元に代わって許状をお渡しするのでいつも襟をただし、緊張感を持って臨みます。
それに暁庵の茶道教室らしい許状式を・・・と心掛けています。
今回は上級(行之行台子、大円草、引次)の許状をお渡しするので、お祝いの膳をお出ししたいと思いました。
いつものように社中の方に「立会人として参加して頂けませんか?」とお声掛けしたら、Fさん、Uさん、KTさんが参加してくださって嬉しいです。

利休居士の画と鵬雲斎大宗匠の賛のある御軸を床に掛けました。
花入、香炉、燭台の三具足をかざり、菓子とお茶をお供えします。
KさんとTさんに菓子と撒き茶を入れた天目茶碗のお供えをお願いしました。
花は庭の水引と秋海棠です。



10時から許状式を始めました。
席入り後、床の御軸についてお話ししました。
利休居士の画像は土佐光孚(とさみつたか)による画の写しです。
鵬雲斎大宗匠の賛が誠に許状式にふさわしく、この画賛に出会うのが毎回楽しみなのですが、・・・左右を逆に読んでしまい、今一つ内容がピンと来なかった訳です(お恥ずかしいです 
正しくは以下の通りです。

   今日親聞獅子吼  
   他時定作鳳凰兒        宗室(花押)


  読み下しは、
    今日親シク獅子吼(ししく)ヲ聞ク
    他時定メテ鳳凰ノ兒(ほうおうのこ)ト作(な)ル

  今日、利休居士に繋がる茶道の門を敲き、その教えを聞くご縁ができたことを嬉しく思います
  いつの日か、茶道の修練を重ね茶道の真髄を体得できることを願っています
  (・・・そのような内容だと思います)



許状を読み上げてお渡ししました。
難しい文章に汗を掻きながらも許状をお渡しすると、暁庵も身が引き締まる思いがして、これらの科目をしっかりお教えしなくては・・・と思うのです。

「許状」はお茶の道を辿って行く上での道しるべになると思います。
あせらずに、しっかりお稽古を積み重ねて道しるべを辿って行くと、その先に何とも言えない充実した愉しい境地(茶道の真髄)が待っています。
どうぞ一歩一歩その境地をめざして歩んで行って下さい。

お祝いの言葉を立会人の先輩方からも掛けて頂き、お二人もきっと何かを感じてくださったことでしょう・・・・。



  (別のお稽古の時の写真ですが・・・)




許状より「行之行台子」と「唐物」を選び、不肖・暁庵が「行之行台子」の点前を伝授し、Fさんに「唐物」の点前を披露して頂きました。
主菓子は5種(「梅薯蕷」、「秋桜の練きり」(以上石井製)、煮物2種、巨峰)を縁高に入れてお出ししました。
濃茶は松花の昔(小山園)です。

KさんとTさんのお祝いに、暁庵手づくりのランチをお出ししました。
主な献立は、赤飯、味噌汁(豆腐、ミョウガ、じゅんさい)、向付(胡麻豆腐)。
揚げ茄子の煮物、鳥肉・里芋・人参・ゴボウなどの炊き合せ、玉蒟蒻のピリ辛、白和え(隠元、人参、椎茸、蒟蒻)、卵焼、南瓜麩などを中皿に盛り合わせてお出ししたのですが、多過ぎたかしら?
作りだすと止まらなくなって、反省しています・・・。

午後から稽古があるため一献は残念ながら無しにしました。
ランチタイムでは許状式の緊張が解け、愉しくおしゃべりが弾みます。


 利休さまに見守られて長緒のお稽古をしました

午後になって、Tさんの長緒、Uさんの行之行台子と稽古が続き、疲れたけれど充実した一日となりました・・・・。 


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雨の隣花苑と三溪園へ・・・(2)

2018年10月05日 | 暮らし

  雨に打たれるハスの葉が物悲しく・・・

(つづき)
久しぶりの三溪園は雨のせいで人気もなく静かでした・・・。
雨に打たれるハスの葉と台、池面をたたく雨音、もやっている孤舟が物悲しく、三重塔をバックに撮ってみました。
雨の三溪園も静寂に包まれてステキです!



滝口入道と横笛の悲恋を物語る「横笛庵」の前を通り、「旧矢箆原家(やのはらけ)住宅」を見学しました。
旧矢箆原家は元は白川郷(現高山市)にあり、昭和31年に国指定重要文化財になっていましたが、御母衣(みほろ)ダム建設で水没することになったため、昭和35年三溪園に寄贈、移築されました。



久しぶりの訪問でしたが、改めて由緒のある古民家の魅力を堪能しました。
「おいえ」(家族団欒の場)と「だいどころ」(調理や食事の場)の2ヶ所に囲炉裏があり、「だいどころ」の囲炉裏は今も年中火を焚いているそうです。


「だいどころ」の囲炉裏・・・自在に湯釜が掛かっていました

旧矢箆原家建物の特徴は、左半分が式台玄関を備えた格式ある書院造り、右半分が普通の農家造りになっていて、いずれも見ごたえがあり、お勧めです。
これだけの家を建て、維持する財力はどこから得たのだろうか?
雪に覆われた白川郷の風土を思い出しながら疑問に思っていると、ボランティアさんが「火薬を製造していたのでは?」と推理されて、興味深く拝聴しました。
(暁庵は特殊な生薬(きぐすり)の製造では?と思ったのですが・・・)


  中秋の名月のお供えがあちらこちらに飾られています

薄茶を喫みたくなって三溪記念館の呈茶席へ寄ると、観光バスで来園した中国(?)の方で満席でした。
50人近くいらしたのですが、全員がお菓子を食べ、薄茶を頂いたのでしょうか。
こちらの呈茶席は、裏千家流をはじめいろいろな流派の方が日替わりで受け持っていて、この日は表千家流の担当でした。
ようやく席が空いたので、一番前の席へ五葉会の6人が座りました。
席主のお顔を拝見して、ご近所のF先生とわかり、ご挨拶しました。

ちょうど人出も途切れたところだったので、社中やお仲間と十数年もこちらで呈茶を続けていること、
外国の方が一言でも母国語で話しかけられると笑顔を見せるので、外国語(たしか50国以上・・・)の挨拶を勉強して話しかけていること、
お持ち出しのお道具(李正子氏の生涯と高麗茶碗、「茶杓 源氏十二月即中斎作写」)・・・など素敵なお話をたくさんしてくださいました。

紅白の名物落雁と表千家流の薄茶を美味しく頂戴しました。ごちそうさま!



80代後半という年齢を伺って、一同、もうびっくり。
三溪記念館を訪れる外国人やお茶と御縁のない日本人をにこやかにお茶でおもてなしする、そのひたむきな御姿とたゆまぬ努力にただ圧倒され、心からご尊敬申し上げ、そして、お茶の道を歩む者として強烈な刺激を受けたのでした。 

この日一番の出来事はF先生とのお出逢いでした・・・。
ご近所なので改めてお会いできれば・・・と思っています。


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