シアターコクーンで『ハムレット』を見ました。『ハムレット』はテレビで舞台中継を見たことはあるのですが、実際に劇場に行って見るのは初めてです。テレビで見たときに感じたのはハムレットって自分勝手な奴だということです。ハムレットが自分の父の仇であるクローディアスに復讐したいというのはわかります。しかし、関係のないボローニアスを殺害し、オフェーリアを狂わせ命を奪い、最後には関係者をほとんどみんな死に追いやってしまうというのはいくら何でも納得できないからです。今回もそこがどうしても腑に落ちなくて、やはり釈然としないまま見終わっていました。
もちろん見たのが3度目になり話の内容をはじめから知っていたので、以前ほどの違和感は覚えなかったのですが、それでもひっかかりはぬぐい切れません。なぜこの作品が生き残っているのか、根本的なところまで考えてしまいます。
第一幕の最後に クローディアスが兄殺しを認めるモノローグがあります。それを陰で聞いていたハムレットは、そこでクローディアスを殺していれば悲劇は起こらなかったはずです。しかしハムレットはためらいます。その理由は懺悔をしているクローディアスを殺しても仇討にはならないという宗教上の問題なのです。これは日本人には理解しがたいものです。日本人にとっては無理なストーリーなのかもしれません。
しかしそれを言い始めたら日本の歌舞伎なんてそういう話ばかりです。だからそういう話として受け入れなければならないのかもしれません。
岡田将生君は熱演でした。若い正義感がよく出ていたと思います。しかし残念ながら活舌がよくない。口を上下ばかり使うので、オ段やウ段の音がはっきりしない。また同じ調子で叫びすぎています。
松雪泰子、黒木華、福井貴一、山崎一などはしっかりとした演技で舞台の骨格を作っていました。安心できる演技です。
演出は回り舞台を使い、転換を見せていました。話がとぎれることがなくスムーズに進んでいきます。照明や音楽が派手に使われあきさせません。しかし、最後の対決の場面がこれまでの流れと切り離されているような気がしました。出だしが気の抜けた仲良し感があり、これでいいのだろうかという気がしてしまいました。これは私がまだ『ハムレット』をよくわかってないからかもしれません。
古典的な名作ゆえの違和感がどうしてもぬぐい切れない作品ですが、しかしこの作品を理解していくことは演劇の理解につながるのだと信じて、これからも見ていきたいと思います。
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