少子化に悩む少年野球監督

少子化で部員減少に悩む少年野球チームの監督。その就任からの記録です。

辞めた理由

2019-01-18 | 新しい役所
今日は、伊勢審判本舗店長さんのメルマガ
アマチュア審判、ハッスル奮闘記 by 伊勢審判本舗  より

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第531号「少年野球の難しさ」


12月は中学硬式リーグの審判講習会で講師を務めることが多く、その流れでローカル大会に「助っ人」審判として呼ばれました。

年末も押し迫った時期で、悪天候でグランドコンディションも悪く、選手には最悪の天候です。

このローカル大会は育成的な大会で、各チームとも普段はなかなか試合に出られない控えメンバー中心の出場です。

投手もこの大会デビューという1年生投手も多く、チームによっては牽制動作のみならずセットポジションもおぼつかない投手もいました。

大差のついた試合中盤、自分は2BUです。ノーアウト満塁。負けているチームがなぜか通常の守備位置から併殺狙いの前進守備に変えます。

手が動いている間に投手が軸足を外さないままセットを解いたように自分からは見えました。

すかさず攻撃側ベンチから「ボーク!ボーク!」の大きな声が発せられます。

自分は球審と目を合わせて、あえてボークにしません。そのままプレーを続けさせました。

ベンチから監督が出てきたときには自分なりの理論武装をして言葉を返すつもりでしたが、監督は出てきませんでした。

しかし投手はベンチの声に委縮してしまい、まともに投げられなくなり、試合はもっと大差がついて

時間制限で5回までしか消化できないような状況でした。

大学や社会人の公式戦だと、牽制も含めて投手の動作はしっかりしています。あやしい動きは投手が意図的にしない限りはありません。

高校生だと未熟な投手も多く、怪しい動きが増えます。では中学硬式リーグではどうかというと自分はほとほと困ってしまいました。

チームによりますが、すべての牽制が怪しく見えてしまうのです。(この大会が育成の大会であったということは多分にあると思います。)

自分のボークを感知する「感度」を著しく低下させて試合に臨むことになりました。この試合自分が大学や社会人の感覚で複数回ボークを宣告していたら試合にならなかったように思います。

ここに少年野球の難しさを感じました。普段、全く中学硬式リーグの試合をやらない自分は「助っ人」になってません。

育成の試合ということを自分に言い聞かせてグランドに立っていました。「審判」になりきれない自分にいら立ちますね。


試合後、負けたチーム関係者にはしっかりと投手に指導することをお願いし、

勝ったチーム関係者には「ボーク」は審判が宣告する用語なのでベンチからは発しないよう注意しました。

以下略

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>すかさず攻撃側ベンチから「ボーク!ボーク!」の大きな声が発せられます。
最初の高学年の監督をしていた時、
牽制の度にでっかい声で「ボーク」って言っていた監督が居た。

あまりに酷いので抗議をしようと思ったけど、
はて、これは違反なのか?って、
野球規則を読み込んでいなかったことを反省

あとで調べたら、有った。

6.04 『競技中のプレーヤーの禁止事項』
(a)監督、プレーヤー、控えのプレーヤー、コーチ、トレーナー及びバットボーイは、どんなときでも、ベンチ、コーチスボックス、その他競技場のどの場所からも、次のことをしてはならない。
(1)言葉、サインを用いて、観衆を騒ぎ立たせるようにあおったり、あおろうとすること。
(2)どんな方法であろうとも、相手チームのプレーヤー、審判員または観衆に対して、悪口をいったりまたは暴言を吐くこと。
(3)ボールインプレイのときに、”タイム”と叫ぶか、他の言葉または動作で明らかにピッチャーにボークを行わせようと企てること。
(4)どんな形であろうとも、審判員に故意に接触すること。(審判員の身体に触れることはもちろん、審判員に話しかけたり、なれなれしい態度をとること。)

今度対戦したら、絶対に抗議してやる
このページに付箋をして、常に携帯してたんですけどね。
野球規則。

その後、何回か対戦したものの、そういった行為はありませんでした。
何処かで注意されたのか、反省したのかな。

実は、この監督に私は非常に影響を受けているんです。
こんな下品なヤジ絶対にしないって思ったのもそうだけど、
もっと大事な事を。


この次の年も対戦して、その試合はコテンパンのコールド負けでした。

グランドの横が広場に成っていて、
そこで、試合後のミーティング。
負けたのにミーティングが終わったら
鬼ごっこが始まった我がチーム。

勝ったのに監督の前に正座して、
監督の話を聞いている相手チーム。

負けたのに鬼ごっこをしているのもどうかと思うけど、
勝ったのに正座かよってビックリして見ていると、

バーベキューの時に使う
肘付きのチェアに足を組んでふんぞり返っていた監督。
その両サイドにコーチや保護者が並んでいて、
監督が左手を出したら、コーチがスコアブックを手渡し、
右手を出したら、お母さんが飲み物を手渡し。

「なんじゃこりゃ」

その監督、抽選会では正面の席に座っている連盟の役員。
連盟の役員をやる位だから、相当のベテランでしょう。
話した事ないから知らないけど

長い間監督やっていると、
監督、監督って煽てられて、自分は偉いって思っちゃうんだなぁ。
こうなる前に絶対に監督を辞めようって思った。
 
で、数年後。
ある時、試合に行くのにキャッチャー道具を持っていたら、
「持ちます」ってコーチが持っていて持たせてくれなかった。
その頃から、道具は持たないし、準備も後片付けも
「大丈夫です」って言われるようになり、
私がこうしたいと言えば、反対される事は無かったし、
年上の長老も、鬼軍曹も私に小言を言わなくっていた。

このまま行けば、あの監督の様にふんぞり返って右手を出せば
飲み物が出て来る世界に成るって思った。

これは非常に拙いのではないかと。

そんな時、代表から高学年の監督やる?って言われて、
1年生から担当しているコマッチ達が高学年に上がる年だったし、
彼らが卒業する2年後は監督になって10年目。
辞めるには、丁度良いんじゃないかって。

と思って、高学年の監督に復帰した時に
「2年やったら辞めるから」って宣言。
まぁそれも思い通りに成ったわけで。

それなのに、まだチームに居るんだよなぁ私。
良いのかなぁ

因みにボークって言われたのは、A-C君。
彼は、全然気にする事なく、むしろ、
いつもより多く牽制をしてました
コメント (2)
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