ある音楽人的日乗

「音楽はまさに人生そのもの」。ジャズ・バー店主、認定心理カウンセラー、ベーシスト皆木秀樹のあれこれ

雪舟と玉堂

2021年05月02日 | 見る聴く感じるその他

【Live Information】


 休日の土曜日。
 コーヒーでも飲もうと石関町方面へ行ったものの、なんとお目当てのお店は臨時のお休み。。。
 肩透かしを食ったような気持ちになりながらあてもなくフラフラ歩き始めてふと向かいの県立美術館を見ると、
 「雪舟と玉堂」展が催されているではないですか! (^^)/
 「きょうはこれを観ていけ」という天の声だそうだそうだウンウンと勝手にその気になって、すぐに入館してみました。





 入口でチケットを買ったのですが、ヒラヒラ落としそうなのとチケットが折れ曲がるのが嫌だったので、ちょうど持っていた買ったばかりの本にすぐ挟んだんです。
 で、受付で本からチケットを出して受付のおねーさんに渡すと、能面のような表情で視線も宙を見据えたまま身動きもしないのんです。
 一瞬心の中で「おぅ?(#`ω´)」と思いながら、手に持ったチケットを見てみると、本の栞だったんです
 『あ間違えたんですねウフフフ』という反応を期待して、照れ隠しに
 「あ~間違えた。。。
 と言いながらチケットを出しなおしたんですが、能面は変わらず、よけいに恥ずかしかったですw





 浦上玉堂(1745~1820)は、名前くらいしか知らなかったです。
 江戸時代の文人画家にして七絃琴の奏者である玉堂は、元は岡山藩の支藩である鴨方藩の大目付。
 50歳の時に脱藩して武士の地位を捨て、以後書画や七絃琴を友として余生を生きた人物です。
 「わしゃ好きなように描いとるだけじゃけえ」的な、生き方そのものの雰囲気がツボでした。


 備中国生まれの雪舟(1420~1502)は、室町時代の禅僧にして画家。
 小坊主時代は絵を描くことに夢中でお経もろくに読もうとしなかったので、寺の僧に仏堂の柱に縛りつけられましたが、そのとき床にこぼれた自分の涙を足の指につけて「鼠の絵」を描き、それを見てとても感心した寺の僧が雪舟に絵を描くことを許した、というのはたいへん有名な話ですね。(後年の創作、という説もあり)
 雪舟は、中国に渡って学んだ画法をもとに、独自の水墨画を確立して、後年の日本美術界に大きな影響を与えた人物です。
 じっくり観ると、ほんま絵がうまいわぁ。。。(当たり前ですが
 緻密なんだけど情感がこもっている感じが、やっぱりタメイキものでした。







 あとで岡山市は表町商店街名物の、ときどきライブハウスにもなる喫茶店に寄って、「雪舟と玉堂展」に行った話をしました。
 ママも美術館へ行くのが好きな方ですから。
 「雪舟がこぼれた自分の涙を足の指につけて描いた”鼠の絵の実物の写真”もあったよ」とママに話すと、
 ふつうに「へぇ~~」と感心してくれたんですが、そのあと全然話が広がりませんでした
 冗談が知的すぎて分かりにくかったんだな、とあとで家に帰って瞑想しましたよ


  
雪舟「慧可断臂図」              浦上玉堂「山澗読易図」




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