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ぼくが子どもの頃に住んでいたのは、倉敷市の観光地として有名な美観地区の近所です。
美観地区のすぐ近くには、倉敷のシンボルとも言える「鶴形山」がありますが、その鶴形山のすぐそばにあったのが図書館と文化センターです。(現在は、図書館は移転、文化センターは倉敷公民館と名前が変わっています)
小学生の頃は、鶴形山は格好の遊び場でしたが、図書館にもよく通いました。本を読むのが大好きだったんです。
文化センターへは、高校時代によく行きました。そこには当時全国的にも珍しかった「音楽図書室」があったからです。
高校で音楽に目覚めたぼくが手に入れることのできた音源は、中古レコード店で買ったレコード、友だちからレコードを借りて録音したカセット・テープ、ラジオから録音したカセット・テープ、が大半でしたが、もうひとつの貴重な場所が音楽図書室でした。
レコードを買うにはお金が必要。カセット・テープを買うためにもお金が必要。でも、音楽図書室は無料で所蔵しているレコードの中からリクエストできるので、お世辞にもたくさんとは言えない小遣いしかもらっていなかった自分には有り難い場所だったんです。
音楽図書室内の各席にはヘッドホンが備え付けられていたので、ゆっくり自分の世界に浸ることができました。
ただし所蔵枚数は当時はあまり多くなく、しかもクラシックのレコードが大半を占めていて、聴くことのできるロックのレコードはわずかにビートルズのいわゆる「赤盤」「青盤」、クイーンの「シアー・ハート・アタック」など、ごくわずかでした。
その中に、「栄光のシカゴ」があったんです。
でも、ビートルズやクイーンはレコードやテープを持っていたのでわざわざ聴く気にもならず、仕方なくシカゴをリクエストして聴いていたわけです。
シカゴはロック雑誌にもしばしば登場していた、当時のアメリカを代表する人気バンドのひとつでしたが、ぼくは高校へ上がるまで聴いたことがありませんでした。
管楽器が入っていてジャズの要素もあったりで、なんとなく「大人のバンド」というイメージを持っていたくらいでした。
今にして思うと当時のシカゴは、ハードなブラス・ロックからソフトなAOR路線へシフトしつつある頃でした。
しかし「栄光のシカゴ」はシカゴのデビュー・アルバムからサード・アルバムまでの中から選曲されたベスト・アルバムだったので、はからずもデビュー当初の勢いのある、ゴリゴリのブラス・ロックを体感することができたわけです。
1969年、シカゴはデビュー・アルバム「シカゴの軌跡」を発表しましたが、これがいきなりの2枚組アルバム。そればかりか、セカンド・アルバム「シカゴと23の誓い」、サード・アルバム「シカゴⅢ」も2枚組でした。デビュー以降発表したアルバム3作全てが2枚組アルバム、というのは前例がない快挙でしたが、その次にリリースしたライブ・アルバム「アット・カーネギー・ホール」に至っては、なんと4枚組という大作!
当時のレコードの金額でいえば、2枚組アルバム3600円、4枚組となると7800円。
政治的な発言を積極的に行っていたシカゴのターゲットは、おそらくいわゆる「社会人」だったのでは、と推測することもできます。
だとすると、高校生が気軽に買えるような値段設定ではなかったこともなんとなく分かるような気がします。
だからこそ、サード・アルバムまでの佳作をチョイスしてくれている「栄光のシカゴ」は、金額面(当時2100円)でもなんと有り難かったことでしょうか。
「シカゴの軌跡」(1969年4月) 全米17位 全英9位 「シカゴ シカゴと23の誓い」(1970年1月) 全米4位 全英6位
「シカゴⅢ」(1971年1月) 全米2位 全英9位 「シカゴ・アット・カーネギー・ホール」(1971年10月) 全米3位
「栄光のシカゴ」、選曲も申し分なしです。
欲を言えば、「ビギニングス」を入れてくれてもよかったかな~、と思いますが、当時のLPレコードの収録可能時間を考えると贅沢も言えないですね。
1曲目は「イントロダクション」。文字通り名刺代わりの強力なナンバーです。組曲風の進行、ジャズっぽいサウンド、厚みのあるブラス、ハードな演奏。ポップな曲ばかり聴いていたぼくには馴染みのない雰囲気の曲でしたが、この「イントロダクション」でシカゴのサウンドにしてやられた、っていう感じです。
比較的ポップな曲といえば、A面3曲目の「クエスチョンズ67&68」と、B面2曲目の「ぼくらに微笑を」、B面3曲目の「長い夜」です。親しみやすいメロディをブラス・セクションを効果的に使ったアレンジでより印象的に仕上げています。
A面4曲目の「アイム・ア・マン」は、スペンサー・デイヴィス・グループのカヴァーで、ブルージーでハードなテリー・キャスのギターの魅力が溢れ出ています。
ウエスト・コースト風のサウンドを持つ「フライト・ナンバー602」は、シカゴのレパートリーの中では少々異色ですが、シカゴの多様性も感じられます。
演奏に朗読を被せた「一体現実を把握している者はいるだろうか?」、民主党の大会で起きた暴動の録音テープをサウンド・エフェクトに使った「1968年8月29日 シカゴ、民主党大会~流血の日」など、シカゴの実験的な姿勢も伺えます。
はっきりとした主張を込めている歌詞の数々からも、単なる流行音楽の作成とは一線を画しているシカゴの音楽性が見えてきます。
シカゴのサウンドに触れたぼくは、その後ジャズを聴くようにもなり、そういう意味では自分の嗜好の範囲がティーンエイジャー向けのロック・バンドの音から大きく外に飛び出すきっかけを作ってくれた作品、と言っていいと思います。
テリー・キャスのツボを心得たブルージーでハードなギター、ジャズっぽいダニエル・セラフィンのドラム、よく動くピート・セテラのベース、卓越したテクニックを持つジェームス・パンコウのトロンボーン。
3人のリード・ボーカリストを擁するラインナップや、ブラス・セクションの特色を活かした大胆なアレンジ、攻撃的とも言える厚いサウンドなどなど、このアルバムでたくさんシカゴの魅力に気づくことができました。
とくにテリー・キャスは、未だに好きなギタリストのひとりですし、ピート・セテラのベースのスタイルからも大きく影響を受けた、と自分では思っています。
「栄光のシカゴ」は、日本編集です。そして、世界で初めてのシカゴのベスト・アルバムです。
シカゴの来日が決まった時に、来日記念盤として発売することがCBSソニーによって企画されました。
シカゴ側は、オムニバス・アルバムの制作に対してはとても厳しい条件をつけていましたが、企画側が米CBSと辛抱強く折衝した結果、ようやくこのアルバムの発表が許可されました。発売に漕ぎつけたのは来日公演のわずか12日前だったということです。
◆栄光のシカゴ
■歌・演奏
シカゴ/Chicago
■リリース
1971年6月
■プロデュース
ジェイムズ・ウィリアム・ガルシオ/James William Guercio
■収録曲
A1 イントロダクション/Introduction (Kath)
2 一体現実を把握している者はいるだろうか?/Does Anybode Really Knoe What Time It Is ? (Lamm) [1970年全米7位]
3 クエスチョンズ67&68/Questions 67&68 (Lamm) [1969年全米71位、1971年全米24位]
4 アイム・ア・マン/I'm a Man (Steve Winwood, Jimmy Miller) [1971年全米49位、全英8位]
5 1968年8月29日シカゴ、民主党大会/Prologue, August 29, 1968 (James William Guercio)
6 流血の日 (1968年8月29日)/Someday (August 29, 1968) (Pankow, Lamm)
B1 ぼくらの詩/Poem for the People (Lamm)
2 ぼくらに微笑を/Make Me Smile (Pankow) [1970年全米9位]
3 長い夜/25 Or & To 4 (Lamm) [1970年全米4位、全英7位]
4 フライト・ナンバー602/Flight 602 (Lamm, Seraphine)
5 自由になりたい/Free (Lamm) [1971年全米20位]
6 ロウダウン/Lowdown (lylics:Cetera, Seraphine、music:Cetera) [1971年全米35位]
■録音メンバー
ロバート・ラム/Robert Lamm (piano, keyboards, vocals)
テリー・キャス/Terry Kath (guitar, vocals)
ピート・セテラ/Peter Cetera (bass, vocals)
ダニエル・セラフィン/Daniel Seraphine (drums, percussion)
ジェイムズ・パンコウ/James Pankow (trombone)
リー・ロックネイン/Lee Loughnane (trumpet)
ウォルター・パラザイダー/Walter Parazaider (sax, flute, clarinet)
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