最上川が梅雨末期に氾濫して、大石田、村山市に大きな浸水被害をだした。
長野や東北、関東の北部は、200ミリ以上の雨量は氾濫する危険がある。
200ミリの雨しか堤防は持たないのを肝に銘じて置くことか。
自分の住む地域の中小河川も、200ミリで越流氾濫する。排水が大きな川に排水するところは、逆流やポンプ能力を超え内水氾濫する。
堤防の高さや河川の水はけは、豪雨の降水量で決められている。
長野や山形は2000メートの山で、囲まれているので降雨量が少ない。
九州や高知、紀伊半島は200ミリの雨量は毎年に二度三度あるが被害にならない。
しかし。500ミリ、600ミリでは河川の能力も山の耐久力も限界を超える。
最上川は全国で7位の長さの川だが山形県しか流れていない。山形県の75%の流域面積を誇る。私は山形には茅葺き民家を撮りに10回は行った。
最上川に沿って河口の酒田から源流の吾妻山越えまで走った。
最上川は飯豊山が源流と、勘違いしている人がいるが飯豊山の雨は荒川から新潟県に流れる。
吾妻山越えは二車線のいい道がついている。車一台のがけ崩れしそうな道でなく福島県の裏磐梯に抜ける観光道路だ。観光が終われば磐越自動車道のインターがあるので帰路につける。
一般的に大きな川は河口に都市がある。しかし、山形県は大きな市は上流部にある。米沢は上流部、山形市も中流より上にある。上流部に広い平野があるからだ。
米沢などの置賜(おきたま)地方がなんで平野が広いのか不思議に思っていた。
私は大きな湖があり土砂が堆積し湖の水が川から抜けたのではと思った。
山形の地質や地形の資料を見ると海底の堆積岩が隆起したと書いてある。
ボーリングして岩石をサンプリングすれば判るのであろう。
日本列島は離れたり海底が隆起したり火山で山ができたりと絶えず動いている。
日本列島は離れたり海底が隆起したり火山で山ができたりと絶えず動いている。
「五月雨をあつめて早し最上川」と芭蕉の句が有名だ。
最初は「五月雨をあつめて涼し最上川」だったのを推敲で修正したのはよく書かれている。五月雨、梅雨の大雨で増水した時に詠んだのであろう。
最上川も上流部から中流部は平野なので余り流れは速くないのだ。
最上川舟下りの最上峡は渓谷になり狭い。ここで流れが制約される。手前で支流のとも合流するので大石田町や村山市で堤防を越えて浸水した。
渓谷になっているところは狭いので豪雨のつど堤防を越流、決壊で大きな被害になる。
最上川の名の由来を調べたが良く分からない。私は戦国時代から江戸時代に、この地を治めて山形城の城主となった、最上義光に由来するのではと思ったがそうでもないらしい。
山形の市の名前は武将から名付けたところが多い。天童、寒河江、上山
関東は武士の発祥の地だけに武将の名が多い。足利、新田、結城、熊谷