2月22日、奇しくも猫の日。
我が家の愛猫スズちゃんとお別れしました。
亡くなって以来、思うことはスズちゃんのことばかり。
日々、悲しさと後悔が募ります。
今回の記事でスズちゃんとの別れのあらましを綴ります。
スズちゃんの状態が良くなかったのは去年から分かっていました。
自然に逝かせるつもりでした。その記事→こちら
一月ほど前から、見るからにに痩せてきて、いつ亡くなってもおかしくない状態でした。
我が家では、ほぼ途切れることなく猫を飼っていましたので、私には猫の死期が経験的に分かります。
ただ、スズちゃんの場合、初めて経験することがありました。
亡くなる10日くらい前から、スズちゃんに『これが話に聞く猫の認知症か』と思うような、奇妙で困った行動が見られたのです。
人の後を意味もなく執拗に付け回したり。やたらウロウロして落ち着きがなくなりました。
何よりも異常な食欲の暴走。
私や兄が食事しようとすると、食卓の上に乗ってきて食べ物を盗る。
何度食卓から降ろしてもまた乗ってきます。
食べ物の獲り方の素早さは獲物を獲る時のそれでした。
おかげで、兄も私も落ち着いて食事ができなくなりました。
台所で料理していると料理中の食べ物を欲しがって足元で鳴いたり、傍のトレイや包み紙を捨てたゴミ箱を漁ったり。
もちろん、食べ物は十分に与えていました。
お腹がすいてというのではなかったのです。
人が持っている物や食べている物がほしいのです。
それまでのスズちゃんは賢い猫で、餌をねだっても私が少し大きな声で「ダメです」というとすぐに諦めてその場を離れました。
ですがスズちゃんは全く言うことを聞かない猫になりました。
スズちゃんは、ついにはミーちゃんの結石用の病猫食まで欲しがって、ミーちゃんが食べているとミーちゃんの頭を手で叩いて退かしてしまい自分が食べました。
スズちゃんはミーちゃんのことを以前は避けていたにもかかわらずです。
何しろミーちゃんは、重量的には痩せてしまった自分の3倍はある大きな雄猫で、スズちゃんが喧嘩を仕掛けられる相手ではないのです。
でもどんなに食べてもまるで太らず、亡くなる数日前にはヨタヨタの状態で、数段ながら階段から何度も落ちました。
亡くなる前日は夜、一緒に寝る私のベッドの上にも上がれなくなりました。
それでも食べ物に関しては異常な執着と俊敏さを見せていたのです。
そして22日、その日私は友達とランチの約束がありました。
時間が遅くなり、あわてて家を出ようとするとスズちゃんが甘えてきました。
私はあまり相手もせず、玄関先から「行ってくるよ」とだけ言って、廊下で私を見ているスズちゃんを見ました。
スズちゃんは大きな目を見開いて私を見ていました。
本当に、今すぐ死んでもおかしくないくらいの痩せ方でした。
その時、私はふと思ったのです。
スズちゃんの甘え方は、猫が死ぬ間際に飼い主に見せる甘え方ではないか。
私は出掛けてはいけないのではないかと。
でも私は1時間もすれば兄が帰ってくるだろうと思い、出掛けてしまったのです。
私が家に帰ったのは4時頃でした。
兄に「すずちゃんは?」と聞くと、「その辺にいるだろ、呼んだら出てくる」という返事。
それで私はスズちゃんを確認せずに、何か釈然としないまま、自分の部屋で用事を片付けていました。
1時間くらいして、部屋から出て、スズちゃんを捜しましたがいません。
にわかに不安になりました。
家の敷地の外に出ていったようなのです。
敷地の中なら大丈夫なのですが、外は‥、もうベッドに上がることさへできない猫なのです。
どうなるか分かりません。ただ食べ物の為なら思いもよらない俊敏さを見せる猫です。
でも私にはなんとなく分かりました。スズちゃんは外で亡くなったと。
その日の夕方、6時頃から雨でした。
ひょっとしてスズちゃんが戻るかもしれないので玄関は開けたまま寝ましたが、スズちゃんは戻ってきませんでした。
猫は死ぬ時に死に場所を求めて、人の目に触れないところで死ぬと昔からよく言われていますが、最近では事実はそうでないと言われています。
死ぬほどの状態の猫は体を休めるために暗くて人のいない場所で回復を待っていて、そのまま死んでしまうというのが本当のようです。
事実、今まで飼っていて亡くなった猫は、外にもねぐらのあった半ノラの猫以外、家で亡くなっています。
だからスズちゃんがいなくなったのは、死に場所はむろんのこと回復する場所を探してというのでさへなかったと思います。
元気な頃のスズちゃんはよく近所をパトロールしていました。
寒い日が続いたこともあり、ここ一月ほど、スズちゃんが敷地の外に出たことは私が知る限り1度くらいでした。
自分が弱っていることを分かっていましたし、他の猫に出くわす可能性のある危険なことを敢えてしないのです。
ただ認知症様の症状が始まって以来、判断力が落ちていました。
ポカポカ陽気に誘われるまま敷地の外に出て、そのまま亡くなったというのが真相のように思います。
スズちゃんの骸は遂に見つからないままです。
スズちゃんを外で死なせてしまったのは私の責任です。
その日、出掛ける時、出てはいけないかもしれないと思ったのに出てしまったのですから。
兄が帰った時には家で寝ていたそうですが、餌を貰ってそのまま外に出ていったようです。
私が家に帰った時には、たぶんもう亡くなっていたと思います。
死期が近いことは分かっていましたし覚悟もしていましたが、スズちゃんの死に際して、骸を見なかったことはとても辛いことです。
もう一つ、最後の10日間、認知症様の行動を取るようになって、その事でずいぶんスズちゃんを怒ったり、キツイ態度を取ってしまったこと、これは思い出すたびに後悔で泣いてしまいます。
スズちゃんの信頼を私は最後になって裏切ってしまったかもしれないのです。
スズちゃんはわたしにとって唯一無二の特別な猫でした。
よくペットは家族も同然と言いますが、スズちゃんは家族以上でしたし、どんな友達より深く結びついた友達だったのです。
もう二度とスズちゃんのような存在は私の前には現れないと思います。
これは亡くなる一月位前の写真。疲れたような表情です。
まだ認知症のような症状はでていません。
これは2006年に撮った写真。
若くて毛艶も良いスズちゃん。我が家に来て1年位です。
これは亡くなった母が作った小石のペーパーウェイト。
母が通っていたデイサービスで小石に絵を描くワークがあり、母はスズちゃんの顔をモデルに絵を描きました。(大きさが分かるように印鑑ケースを側に置いています。)
今の私は何をしても気持ちが動きません。
ただ、もうスズちゃんがいないのに世界がいつもと変わらず動いていることが不思議なのです。
我が家の愛猫スズちゃんとお別れしました。
亡くなって以来、思うことはスズちゃんのことばかり。
日々、悲しさと後悔が募ります。
今回の記事でスズちゃんとの別れのあらましを綴ります。
スズちゃんの状態が良くなかったのは去年から分かっていました。
自然に逝かせるつもりでした。その記事→こちら
一月ほど前から、見るからにに痩せてきて、いつ亡くなってもおかしくない状態でした。
我が家では、ほぼ途切れることなく猫を飼っていましたので、私には猫の死期が経験的に分かります。
ただ、スズちゃんの場合、初めて経験することがありました。
亡くなる10日くらい前から、スズちゃんに『これが話に聞く猫の認知症か』と思うような、奇妙で困った行動が見られたのです。
人の後を意味もなく執拗に付け回したり。やたらウロウロして落ち着きがなくなりました。
何よりも異常な食欲の暴走。
私や兄が食事しようとすると、食卓の上に乗ってきて食べ物を盗る。
何度食卓から降ろしてもまた乗ってきます。
食べ物の獲り方の素早さは獲物を獲る時のそれでした。
おかげで、兄も私も落ち着いて食事ができなくなりました。
台所で料理していると料理中の食べ物を欲しがって足元で鳴いたり、傍のトレイや包み紙を捨てたゴミ箱を漁ったり。
もちろん、食べ物は十分に与えていました。
お腹がすいてというのではなかったのです。
人が持っている物や食べている物がほしいのです。
それまでのスズちゃんは賢い猫で、餌をねだっても私が少し大きな声で「ダメです」というとすぐに諦めてその場を離れました。
ですがスズちゃんは全く言うことを聞かない猫になりました。
スズちゃんは、ついにはミーちゃんの結石用の病猫食まで欲しがって、ミーちゃんが食べているとミーちゃんの頭を手で叩いて退かしてしまい自分が食べました。
スズちゃんはミーちゃんのことを以前は避けていたにもかかわらずです。
何しろミーちゃんは、重量的には痩せてしまった自分の3倍はある大きな雄猫で、スズちゃんが喧嘩を仕掛けられる相手ではないのです。
でもどんなに食べてもまるで太らず、亡くなる数日前にはヨタヨタの状態で、数段ながら階段から何度も落ちました。
亡くなる前日は夜、一緒に寝る私のベッドの上にも上がれなくなりました。
それでも食べ物に関しては異常な執着と俊敏さを見せていたのです。
そして22日、その日私は友達とランチの約束がありました。
時間が遅くなり、あわてて家を出ようとするとスズちゃんが甘えてきました。
私はあまり相手もせず、玄関先から「行ってくるよ」とだけ言って、廊下で私を見ているスズちゃんを見ました。
スズちゃんは大きな目を見開いて私を見ていました。
本当に、今すぐ死んでもおかしくないくらいの痩せ方でした。
その時、私はふと思ったのです。
スズちゃんの甘え方は、猫が死ぬ間際に飼い主に見せる甘え方ではないか。
私は出掛けてはいけないのではないかと。
でも私は1時間もすれば兄が帰ってくるだろうと思い、出掛けてしまったのです。
私が家に帰ったのは4時頃でした。
兄に「すずちゃんは?」と聞くと、「その辺にいるだろ、呼んだら出てくる」という返事。
それで私はスズちゃんを確認せずに、何か釈然としないまま、自分の部屋で用事を片付けていました。
1時間くらいして、部屋から出て、スズちゃんを捜しましたがいません。
にわかに不安になりました。
家の敷地の外に出ていったようなのです。
敷地の中なら大丈夫なのですが、外は‥、もうベッドに上がることさへできない猫なのです。
どうなるか分かりません。ただ食べ物の為なら思いもよらない俊敏さを見せる猫です。
でも私にはなんとなく分かりました。スズちゃんは外で亡くなったと。
その日の夕方、6時頃から雨でした。
ひょっとしてスズちゃんが戻るかもしれないので玄関は開けたまま寝ましたが、スズちゃんは戻ってきませんでした。
猫は死ぬ時に死に場所を求めて、人の目に触れないところで死ぬと昔からよく言われていますが、最近では事実はそうでないと言われています。
死ぬほどの状態の猫は体を休めるために暗くて人のいない場所で回復を待っていて、そのまま死んでしまうというのが本当のようです。
事実、今まで飼っていて亡くなった猫は、外にもねぐらのあった半ノラの猫以外、家で亡くなっています。
だからスズちゃんがいなくなったのは、死に場所はむろんのこと回復する場所を探してというのでさへなかったと思います。
元気な頃のスズちゃんはよく近所をパトロールしていました。
寒い日が続いたこともあり、ここ一月ほど、スズちゃんが敷地の外に出たことは私が知る限り1度くらいでした。
自分が弱っていることを分かっていましたし、他の猫に出くわす可能性のある危険なことを敢えてしないのです。
ただ認知症様の症状が始まって以来、判断力が落ちていました。
ポカポカ陽気に誘われるまま敷地の外に出て、そのまま亡くなったというのが真相のように思います。
スズちゃんの骸は遂に見つからないままです。
スズちゃんを外で死なせてしまったのは私の責任です。
その日、出掛ける時、出てはいけないかもしれないと思ったのに出てしまったのですから。
兄が帰った時には家で寝ていたそうですが、餌を貰ってそのまま外に出ていったようです。
私が家に帰った時には、たぶんもう亡くなっていたと思います。
死期が近いことは分かっていましたし覚悟もしていましたが、スズちゃんの死に際して、骸を見なかったことはとても辛いことです。
もう一つ、最後の10日間、認知症様の行動を取るようになって、その事でずいぶんスズちゃんを怒ったり、キツイ態度を取ってしまったこと、これは思い出すたびに後悔で泣いてしまいます。
スズちゃんの信頼を私は最後になって裏切ってしまったかもしれないのです。
スズちゃんはわたしにとって唯一無二の特別な猫でした。
よくペットは家族も同然と言いますが、スズちゃんは家族以上でしたし、どんな友達より深く結びついた友達だったのです。
もう二度とスズちゃんのような存在は私の前には現れないと思います。
これは亡くなる一月位前の写真。疲れたような表情です。
まだ認知症のような症状はでていません。
これは2006年に撮った写真。
若くて毛艶も良いスズちゃん。我が家に来て1年位です。
これは亡くなった母が作った小石のペーパーウェイト。
母が通っていたデイサービスで小石に絵を描くワークがあり、母はスズちゃんの顔をモデルに絵を描きました。(大きさが分かるように印鑑ケースを側に置いています。)
今の私は何をしても気持ちが動きません。
ただ、もうスズちゃんがいないのに世界がいつもと変わらず動いていることが不思議なのです。
私も猫は今まで何回も飼ってきました。
不思議を持っているというのも分かります。
別れも何回も経験してきましたが、今回は特別辛いです。悔やむ気持ちがあるからだと思います。
スズちゃんが全部分かっていてくれたら、そうだったら、本当に良いのですが・・・。
恐らく癌だったのでしょうけど、癌末期の痛みがスズちゃんにあったのかどうか、生きている時から気になっていました。
猫は我慢強いですし痛いところがあっても隠しますから。
スズちゃん、今は病気も痛みもないところにいるのだと思うと、それだけはホッとします。
にゃんころりんさんの猫ちゃん、ずっと元気でいてほしいですね。
いつも近所をウロウロしていた病気の野良ちゃんが、ある日縁側に来て私をまじまじ見つめていました。お別れの挨拶に来てくれたのだと思いました。それっきり姿を見せませんでした。
猫は不思議を沢山持っていますよね。猫を何回も飼った経験があると、お別れの様子も色々で。
読みながら、今、私の横で眠っている我が家の猫を抱きしめずにはいられません。
自分の寿命とこの猫の寿命、上手く合いますようにと願っているのですけれど。
涙が止まらないことと思います。でも、すずちゃんは全部わかっているのだと思います。
ゆっくり元気になって下さいね。
同じ老猫飼いとしてみどりさんのお気持ちを思うと涙がでてきました。
恐らくガンだったと思うので、治療をされなかったことについては賛成です。
冷たい見方かも知れませんが、すずちゃんは本能で狭く落ち着ける場所を求めて外にでたのでしょう。
それがなぜ宅内でなかったかはすずちゃんのみ知るところです。
すずちゃんにはみどりさんの愛情は充分伝わっていたと思いますのであまりご自分を責めないでください。
空の上から見下ろしながら「ああ、いい猫生だった」とアクビをしてくれているといいですね。
私はスズちゃんが私に嫌われたと思って、それで出て行ったと思うのが一番辛いのです。
認知症の症状にどう対応していいか分からなくて、ついつい厳しくしていたからです。
kebaさんが私の過ちを繰り返さないと書いてくださったこと、とても嬉しいです。
今回の記事を書いた甲斐がありましたし、おっしやる通りスズちゃんの供養になります。
ありがとうございました。
いなくなった時の状態から考えて生きて戻ることはないと思います。
本当に可哀想なことをしてしまいました。
ギンちゃんは皆さんが旅行から帰られて亡くなったのですね。最後は食欲もあったのですね。帰るのを待っていたのでしょうね。
ちゅるちゅる、うちの猫たちも大好きです。
でも、、、最近の理論がどうあれ、
スズちゃんはみどりさんに骸を見せたくなかったんだと思う。
猫認知症とはいえ、賢い猫さんは、自分の骸を見て
みどりさんが悲しむのは嫌だったんだと思う。
書いてくださってありがとうございます、
うちの猫達も今年14歳です、決して他人事ではありません。
みどりさんが後悔なさったこと、我が家が繰り返さないようにします
そしたらスズちゃんの供養になりますよね!
スズちゃん迷惑かけない様に・・・身を隠された?
スズちゃんと12月末に亡くなったギンちゃんと似ていますよ。
私の所も12月15日に今騒がれているマレーシアとシンガポール旅行に行く前から体調悪く、気になりながら旅行から帰ってきたら食欲の無かったギンちゃんが私達の帰りを餌を沢山食べ、ウンチも沢山しながら待っていてくれ2日後に安らかに逝ってしまいました。
猫は飼い主の事を良く理解してますので
スズちゃんも人知れず身を隠されたのではないでしょうか?
コマーシャルのちゅるちゅるの餌が好きだったのであのちゅるちゅる~の歌を聞くと思い出されますよ。
当分辛いですね~突然帰ってきたりするかも・・・
でもいつかはお別れせねばならないし、辛い日々かと思いますが・・・😢
どうしても、思い出すと辛いです。
最後の頃、認知症様の症状が出始めて、妙に活動的になり、それでまだ元気なような気がして、判断を誤ってしまいました。
どうしても、後悔してしまいます。
とても可愛い子でした。
今は冥福を祈るしかありません。
どうか後悔することだけはないようにと願っています。
私が子供の頃に飼っていた猫ちゃんも病気になった時いつの間にかいなくなりました。
その時に祖父がいったのです。
猫は自分が病気になると弱みを見せたく無くて元気なふりをするんだと。
そして死期が近づくと誰もいないところへ行って静かに天国へ旅立つんだよって。
それもさびしくつらいことですよね。
スズちゃん、どうぞご冥福を祈ります。
まだ元気になって帰ってくるような気がしますね。
そうですね。人間の思い込みかもしれませんね。
たぶん癌だったのだと思いますが、去年の診断では長くは持たないだろう医者の口ぶりでした。
どうすれば良かったか、手術を受けさせたり、亡くなるまで週に何度も点滴に通ったり、そういうことをすべきだったかどうかも分からないのです。
今はただ冥福を祈るのみです。
今はまだ堪えています。
気持ちを前向きに持ちたいのですが・・・。
母が小石に描いた絵、スズちゃんの可愛い特徴がよく出ているように思えて・・。
視力が少し戻った時に描いたものです。
スズちゃんには楽しい時間、穏やかな時間、幸福な時間をいっぱい貰いました。
そのことを感謝して、スズちゃんとの思い出をずっと大切にしたいと思います。
私が忘れない限り、スズちゃんはいつもそばにいるのだ、そう思いたいです。
骸は今も見つかっていません。
猫が通る道というのは人には分かりにくいですし、諦めています。
最後、看取ってあげたかったと思います。
猫も犬も 口が、きけませんもの。
人間が 思い込みで 世話するばかりで
納得してくれているのか 自己満足です
猫も 犬も 人間の目に触れない所で 亡くなるって
聞いておりますが、
それも人間の思い込みかも知れないのですね
和犬種は 加齢になると 認知症が 出ると聞いております。
ぐるぐる回ったり 吠えたり
友人は 近所から クレームが 来たので
結局 安楽死させたと言ってました
あんな悲しい別れ もうしたくなくて、ペットは 飼っていません
スズちゃんのご冥福をお祈り申し上げます (合掌)
大丈夫ですか?
共に暮らした思い出を大切にして
お元気を出してくださいね。
ご冥福をお祈りします。
お母様が描かれた似顔絵、素敵です。
刺繍でもそうでしたが美的センスが素晴らしい方だと
思いました。
お写真をみるとかわいい猫ちゃんでしたね。すずちゃんはみどりさんの愛情をちゃんと覚えていてきっと今頃天国で飛び回っていますよ。私の姪が犬が好きで何頭もの犬をこれまで飼っていましたが、ある時道を歩いていたら知らない人にあなたはこのような犬を飼っていたことがありませんかと犬種を言って聞かれたことがあるといっていました。するとそういえばそのような犬を知り合いから預かり看取ったことがあると思いだしたそうです。その人によるとその犬が楽しそうに姪の周りをかけているのが見えるとのことでした。ピアノのふじ子ヘミングさんも彼女の周りに亡くなった愛猫が沢山見えると江原さんが言っていましたよ。最後を看取れなくておつらいでしょうが、猫でも人でも誰でも別れがあります。愛情や思い出はなくなることはないと思いますよ。姪も犬にはビシバシ𠮟っていますよ。かわいい猫ちゃんと過ごせて幸せでしたね。
私は動物のことはわからないので、心中お察しすることしかできませんが・・・
今もスズちゃんは行方不明なのですか。
なんとも気持ちの整理がつきませんね。
あまりご自分を責められませんように。