Photo:2015年12月3日 はやぶさ2地球スイングバイ当日の内之浦宇宙空間観測所
平成27(2015)年12月3日(木)、
小惑星探査機「はやぶさ2」はターゲット天体であるC型小惑星「Ryugu」(リュウグウ)へと向かう軌道に乗るべく地球スイングバイを実施、地球から約3,090kmにまで接近し、無事に通過した。
現在、「はやぶさ2」が当初の予定通りの目標軌道に入れたかどうかはJAXAはやぶさ2プロジェクトチームが解析・確認作業を行っているが、機体の状態は健全で支障なく宇宙空間を飛行中であり、地球から刻一刻と遠ざかり「Ryugu」(リュウグウ)を目指しているという。
小惑星探査機「はやぶさ2」の地球スイングバイ実施について(JAXAプレスリリース 平成27年12月3日)
地球スイングバイを実施して初めて、「はやぶさ2」は「Ryugu」(リュウグウ)へと向かうことが出来る。
言わば、H-IIAロケットによる地球からの打上げと同じくらいに重要な行程である地球スイングバイの当日、僕は鹿児島県の大隅半島にある
JAXA内之浦宇宙空間観測所に向かった。
ここは日本で最初の人工衛星「おおすみ」の打上げから最新鋭の固体燃料ロケット「イプシロン」の打上げに至るまで、日本の宇宙科学探査の本拠地で在り続けてきた“聖地”。
「はやぶさ2」の先輩、初代「はやぶさ」がMVロケットで旅立った場所でもある。
そして、僕が去年の12月3日(奇しくも、地球スイングバイと同じ日だ)に種子島から打上げられる「はやぶさ2」を見送った思い出の地でもある。
(→
旅立ち ~はやぶさ2、宇宙へ…内之浦にて ~ 2014年12月03日)
そんな内之浦宇宙空間観測所にある34mパラボラアンテナが、今回「はやぶさ2」と緊密に通信管制運用を行い、スイングバイ軌道に乗って凄まじい勢いで接近してくる「はやぶさ2」を適切にサポートし、彼を地球へと導き、そして「Ryugu」(リュウグウ)へと送り出す!
…初代「はやぶさ」の地球帰還の頃から“うっちーさん”と呼ばれ、宇宙ファンから親しまれ愛されてきた内之浦のパラボラが通信電波で「はやぶさ2」とがっちりと結ばれ、彼を支える姿を間近で見つめて応援したい、そして“うっちーさん”の34mの鏡面が指し示す先の空の彼方に、確かに存在している「はやぶさ2」の姿を、直接目には見えずとも心のなかで思い描きたい…!
朝8時半、内之浦宇宙空間観測所の開場と同時に門衛所で受付を済ませる。
「はやぶさ2」は既に地球スイングバイ運用を開始し、刻一刻と地球近傍へと接近している筈だ。

先ずは、内之浦宇宙空間観測所で最も高い場所にあり34mパラボラアンテナを一望することが出来る
衛星(ほし)ヶ丘展望台へと向かう。
“うっちーさん”のパラボラ鏡面はまだ真上の固定位置を向いており、「はやぶさ2」との直接の通信運用は開始されていないようだ。
暫く“うっちーさん”に動きは無く、Twitterで「はやぶさ2」地球スイングバイの現状をチェックしながらクルマの中で待つ。
内之浦での本格的な地球スイングバイ運用は、「はやぶさ2」が日本から可視パスとなり上空を通過し始める昼過ぎ以降になると思われるので、一旦内之浦の町に降りて昼食やお土産の銘菓「ロケット最中」を買い物し、再び宇宙空間観測所へと戻るべく山道を登っている時…
「34mパラボラが動いた!“うっちーさん”が「はやぶさ2」と通信運用を開始したぞ!!」

先程まで真上を向いていたパラボラ鏡面が、僅かに傾いているのが分かる。
遂に、「はやぶさ2」が日本から見え始めたのだ。
現在、「はやぶさ2」は地球の北極方面から南に駆け下りるような軌道を描きながら急速に接近中であり、今後暫くは日本の上空に留まり続けながら東から西へと日本列島を横断していくように見える事になる。

大急ぎで、内之浦宇宙空間観測所の衛星(ほし)ヶ丘展望台へと戻ってきた。
“うっちーさん”のパラボラは、確かに僅かに傾げられていることが見て分かる。
今まさに、このパラボラは宇宙にいる「はやぶさ2」と結ばれ、会話している…
“うっちーさん”が今、彼を地球に導く!!

このパラボラの鏡面は今この瞬間、空の彼方に「はやぶさ2」の姿を確かに捉えている…

やがて、パラボラが指示す先の空を覆っていた雲間から青空が覗き、初冬の陽射しが輝き始めた。
…あの輝きの向こうに、「はやぶさ2」がいる。
そう言えば、初代「はやぶさ」地球帰還の日も、空一面を覆っていた梅雨雲に一箇所だけ青空が見えていて、そこがちょうど「はやぶさ」が飛んでいる辺りの方角だったりした事があったっけ…。
ふと、そんなことを思い出した。
11:51am
日本上空をゆっくりと横切って行く「はやぶさ2」を追いかけて、“うっちーさん”もゆっくりとパラボラを傾げていく。
12:05pm
ちょうど正午頃、「はやぶさ2」は日本の信州の上空約14万kmを通過した。
ここ内之浦宇宙空間観測所と共に「はやぶさ2」の追跡管制を行っていた
JAXA臼田宇宙空間観測所の64mパラボラアンテナ、通称“うすださん”の真上を通り過ぎて行ったことになる。
「はやぶさ2」の日本上空通過が終わった午後1時過ぎに一旦、衛星(ほし)ヶ丘展望台を降りた。

真下のテレメータセンターから見上げた34mパラボラアンテナ“うっちーさん”。
今この瞬間も、日本列島上空からは離れつつも猛烈な勢いで地球に迫る「はやぶさ2」を捉えて通信運用を行っていることは言うまでもない。
“うっちーさん”に間近からエールを送りつつ、向かった先は…

管理センター手前のKSセンター入口付近に建つ、水平線の彼方を望む
糸川英夫先生の銅像。
…時刻はちょうど午後1時22分頃。
そう、1年前の今日、「はやぶさ2」が種子島から翔び立った時間だ。
あの日も僕はここに立って、日本のロケットの父であり「はやぶさ」が目指した小惑星の名にもなった糸川先生と一緒に「はやぶさ2」の旅立ちを見つめていた。
あれから1年、「はやぶさ2」は今日、再び地球に、故郷の日本に戻ってきた。
そして束の間、太陽を一周りする間にすっかり逞しくなった元気な姿を僕たちに見せてくれた後で、いよいよ宇宙の大海原の彼方へと歩みだそうとしている。
あの日から、ちょうど一年…
やっと、本当の旅立ちの日が来たなぁ…これから精一杯がんばれよ、僕たちの「はやぶさ2」…!
僕も、糸川先生たちと一緒に、ずっと見守っているからな!!

午後1時半を過ぎて、“うっちーさん”のパラボラ鏡面の傾きもだいぶ大きくなってきた。
現在「はやぶさ2」はユーラシア大陸上空を通過中であり、やがて地球の自転に伴いシベリア上空付近で旋回して、カムチャッカ半島を経てハワイ諸島付近の太平洋上空で最も地球に近づく近地点を通過することになっている。
13:46pm
15:07pm
午後3時を過ぎた。
せっかくなので、内之浦宇宙空間観測所の閉門時間である午後4時半までに所内各所で“うっちーさん”の姿を見て回ることにしよう。
15:35pm
日本で最初の人工衛星「おおすみ」が打上げられた場所であり、今も観測ロケットの打上げが行われる
KS台地にて。
15:53pm
初代「はやぶさ」が旅立った場所である
M台地にて。
午後4時過ぎ、閉門時間前に内之浦宇宙空間観測所を出る。
門衛所に入場証を返して、一日中滞在させて貰った挨拶を言う。
さすがに長居しすぎた事に驚いていた守衛さんに、今日は「はやぶさ2」の地球スイングバイを内之浦の34mパラボラアンテナと共に見守る為に来た事を説明すると、「せっかくだから、パラボラアンテナがよく見える場所を教えてあげるから、帰る前によく見ていくといいよ!」と
宮原レーダテレメータセンターを紹介してくれた。
ロケット打上げ時に追尾・管制を行う施設の敷地へと続く公道から、“うっちーさん”がよく見えるらしい。
早速、守衛さんにお礼を言ってレーダテレメータセンターへ!
16:39pm
なるほど、確かに“うっちーさん”がよく見える。
だが、いくら公道とはいえかなり狭い山道なので、長時間にわたって路上駐車していると宮原レーダテレメータセンターに出入りする職員の方が来られた時に迷惑になるし、それにもう薄暗くなってきたので危険だ。
せっかく守衛さんに教えてもらった穴場だが、30分ほどで撤収する。
改めて向かった先は…
宮原一般見学場。
イプシロンロケット1号機の打上げ時に大勢の見学者が押し寄せた事を受けて、地元の肝付町がかなり大規模に拡大・整備を行ってくれたロケット打上げ見学場であるが、ここからは内之浦宇宙空間観測所のロケット発射設備だけでなく34mパラボラアンテナも一望することが出来る。
16:53pm
もとより、宇宙空間観測所が閉門してもすぐに帰るつもりなど無い。
「はやぶさ2」が地球に最接近するのは19時8分7秒頃で、その直前に日本から見ると「はやぶさ2」は太平洋の水平線の下に沈み可視パスは終わる。
「はやぶさ2」との通信が途絶え、地球スイングバイの通信管制運用が終了するその瞬間まで、僕は内之浦に居残り“うっちーさん”を見守り続けるつもりだ。
17:47pm
やがて冬の陽は落ち、辺りが暗闇と寒さに包まれ始める。
“うっちーさん”もライトアップされ、パラボラ鏡面を低く深く下げつつ太平洋の水平線上に居る「はやぶさ2」を捕捉し続けている。
18:41pm
地球にかなり接近してシベリア極東からカムチャッカ半島へと駆け抜けている「はやぶさ2」を追って、パラボラ鏡面の向く方角も動きが大きくなってきた
18:50pm
18:53pm
18:58pm
午後7時。
カムチャッカ半島の付け根を横切り、ちょうど日付変更線辺りの上空まで到達した「はやぶさ2」は日本から見て完全に太平洋の水平線に沈み、内之浦宇宙空間観測所の34mパラボラアンテナ“うっちーさん”は「はやぶさ2」の地球スイングバイ通信管制運用を終了した。
19:04pm
19:04pm
“うっちーさん”は直径34mのパラボラ鏡面を大きく振りかざすように一捻りした後、固定の定位置へと復帰させる。
19:05pm
そして日本時間の19時08分、「はやぶさ2」は地球に最接近。ハワイ諸島付近の太平洋上空約3090kmを駆け抜けた…
19:17pm
宮原から内之浦宇宙空間観測所の入り口前を通り、内之浦の町へと降りる山道から、「はやぶさ2」地球スイングバイ追跡管制運用を終えた34mパラボラアンテナ“うっちーさん”が見えた。
「はやぶさ2」を地球へと導き、そして小惑星「Ryugu」(リュウグウ)へと送り出す大仕事を無事に終えた“うっちーさん”はしかし、休む間もないといった様子で、暫く見上げていると再びパラボラ鏡面を駆動させて傾け、別の衛星との通信運用に入ったようだった。
今日は、お疲れ様。そして、ありがとう!
これからも、「はやぶさ2」や他の衛星たちを支え見守って、そして導いてくれよ…
頼もしい巨大パラボラアンテナ“うっちーさん”!!
平成27(2015)年12月3日、小惑星探査機「はやぶさ2」はその航路で最大の難関である地球スイングバイを終え、一路、小惑星「Ryugu」(リュウグウ)に向けて進路を取った。
だが今はまだ、ようやく宇宙の大海原へと一歩踏み出したに過ぎない。
「Ryugu」への到達予定はおよそ3年後であり、その行く手には約束の地への長い長い旅路が待ち構えている。
その道程は平穏なものではない筈だ。今後、想像もし得なかった幾多の困難が彼の身に襲いかかることになるだろう。
…だが、恐れることはない。
大宇宙を往く「はやぶさ2」はとても小さな宇宙船だけど、決して独りぼっちではないからだ。地球では多くの人たちが、君を応援している。
そしていつも、“うっちーさん”や“うすださん”や世界中のパラボラアンテナを通して君に呼びかけ、支えている。
もちろん僕も、君がこの世に生まれる前からその誕生と旅立ちを願い続けた者の一人として、これからもずっと心は君のそばに居る…
そんなたくさんの想いが、君のちからとなる。
さぁ、龍宮城へと向かって一歩ずつ歩き出そう!
小惑星探査機「はやぶさ2」、出発!!
そして、「はやぶさ2」の新たなる旅立ちから僅か数日後の平成27(2015)年12月7日、日本が朝を迎える頃に、
「はやぶさ2」の先輩である
金星探査機「あかつき」が、5年越しの再挑戦に挑む!
宇宙を往く日本の小さな冒険者たちの挑戦は続く。
…これからも、微力ながら応援し、見守り続けていきたいと思う。
天燈茶房亭主 mitsuto1976