PLANETÁRIUM PRAHA
←2:Franeker 世界で最初のプラネタリウム“アイジンガー・プラネタリウム”からの続き
2015年5月2日
昨夜遅く、アムステルダムから最終便の夜間飛行でチェコ共和国の首都プラハに到着した。
プラハのヴァーツラフ・ハヴェル・プラハ国際空港は市街地からはやや遠く、しかも夜遅くなると唯一の公共交通である路線バスもプラハ本駅行きAEバス(空港リムジンバス)も運行を終えてしまう。
自家用車で迎えに来てもらえない旅行者はタクシーに頼るしかないが、プラハのタクシーは「ぼったくり常習犯」が多いらしく評判が非常に良くないので、もう市街地に出るのを諦めて空港近くのホテルから送迎に来てもらってチェックイン。
一晩ぐっすり眠ってから再び空港に戻り、改めてAEバスに乗ってプラハ市内へ向かう。
プラハ本駅からメトロ(地下鉄)C線に乗り継ぎ、やや街外れにあるNádraží Holešovice駅で下車。
この駅から少し歩いたところに巨大なスポーツアリーナとイベント会場があり、その一画にあるホテルをプラハ市内での滞在先として予約してある。
Nádraží Holešoviceの駅前をキャリーを引きながら歩いていると、親切な地元のカップルに「どこに行くんですか?道は分かる?」と英語で声をかけられる。
どういう訳だか「あなたもマラソンに出るの?」と聞かれたが、翌日プラハ市内でシティマラソンが開催されるそうで各地から市民ランナーが集まっていたらしい。
「残念ながら僕はマラソンには出ないよ。走りませんよ(笑)」と答えて礼を言って別れる。
僕がプラハにやって来た目的は、マラソンではなくプラネタリウムだ。
スポーツアリーナとイベント会場の隣にある公園の中にあるプラネタリウム・プラハ(PLANETÁRIUM PRAHA)で先月から上映が始まったプラネタリウム全天周映像作品「HAYABUSA -BACK TO THE EARTH-」(チェコ語ではHAJABUSA-příběh sondy, která se vrátila)を観るために、僕はプラハまでやって来たのだ。
ホテルにチェックインして部屋に荷物を置いたら、すぐにプラネタリウム・プラハへと向かう。
事前にGoogle Mapsで調べてプラネタリウムから一番近い場所にあるという理由でこのホテルを選んだのだが、本当にすぐ近くで歩いて10分もあれば行ける。
スポーツアリーナとイベント会場の前を歩いて、隣の公園の入り口まで来ると、早速こんな道標を発見。
チェコ語の文字混じりでPlanetárium(プラネタリウム)と書かれた方角に向かって進んでいく。
…ちなみにチェコ語は非常に複雑で難しいことで知られる言語だそうだが、プラネタリウムの綴りは英文と同じなのですぐに理解出来たのが有り難い。
公園の森の奥へとトラム(路面電車)の線路が続いている。この線路の先に、目指すプラネタリウム・プラハがある。
森のなかに、トラムの電車が停まっている。
この公園の森はどうやらトラムの路線の終点になっているらしい。ヨーロッパではよく見かける方式なのだが、トラムの電車は一方走行で、終点についたら丸く輪を描いた線路をぐるりと一周りして進行方向を買えるしくみだ。
緑溢れる森の中に敷かれた、おもちゃの電車のような丸い線路を走るトラムはどこか現実離れしていて幻想的で、白昼夢のような雰囲気さえ漂う。
森のなかの線路の向こうに、これまた幻想的な建物が姿を現した。
丸いドーム屋根が「この建物は、宇宙とつながっている」 と主張しているかのようで、一目でそれと分かるプラネタリウムの建物…
ここがプラネタリウム・プラハ(PLANETÁRIUM PRAHA)だ。
建物の外にある掲示板にもしっかりと「HAYABUSA-příběh sondy, která se vrátila」のポスターが貼り出されている。
間違いない、ここでHAYABUSAを上映している!
…日本の小惑星探査機「はやぶさ」の壮大な旅と地球帰還を描いたプラネタリウム全天周映像作品「HAYABUSA -BACK TO THE EARTH-」。
僕は、まだ「はやぶさ」が地球に帰還する以前の2009年の作品完成直後に、大阪市立科学館で行われた最初の一般向け試写会で初めてこの作品に出会った。
以来、何度プラネタリウムのドームの中で「HAYABUSA -BACK TO THE EARTH-」を観たことだろう、何度感涙に咽んだことだろう…
気がつけば僕は「HAYABUSA -BACK TO THE EARTH-」を観る為にプラネタリウムを渡り歩くようになり、日本各地のみならず海外にも配給され上映されるようになったHAYABUSAを追いかけて、ドイツのハンブルグまで行ったのもいい思い出だ。
そして今回、ヨーロッパではハンブルグに続いて2度めの上映となるHAYABUSAを追って、僕はこの「約束の地へ」やって来た。
芸術と宇宙科学を愛したハプスブルクの神聖ローマ皇帝ルドルフ2世がティコ・ブラーエを、ヨハネス・ケプラーを呼び寄せた“星の都プラハ”にある、プラネタリウム・プラハまで!
早速、プラネタリウム・プラハでの「HAYABUSA -BACK TO THE EARTH-」のチケットを購入。
チケット窓口に座っていた受付の女性は突然現れたチェコ語を解さない東洋人の男に戸惑ったようだが、すぐに笑顔で対応してくれた。英語が堪能な若いスタッフも応援に駆けつけ、何とか「HAYABUSAが観たい。翻訳ガイドのイヤホンは要らない。」という意志が通じて、無事に午後3時半からの上映回のチケットを買うことが出来た。
プラネタリウム・プラハは客席が指定席制のようで、チケット券面には座席番号と思しき数字が振られている。
価格は150チェコ・コルナで、これは日本円に換算するとだいたい750円くらい。日本国内のプラネタリウムの鑑賞料金とあまり変わらない。
ちなみに英語と日本語の翻訳ガイドのイヤホンをオプションで追加すると50コルナ増しとなるが、これは不要だ。チェコの人々にチェコ語で「はやぶさ」の旅を語りかける“チェコのHAYABUSA -BACK TO THE EARTH-”が観たいからだ。
…それに、何十回も観たのでナレーションの内容はもうほぼ完全に暗記してるしね(笑)
HAYABUSAの上映が始まるまで、プラネタリウム・プラハの館内を観ることにする。
ここはプラネタリウムであると同時に「宇宙科学館」としての役割も持っているようで、かなり充実した展示が並んでいた。
館内の展示を見て回っているうちに、「HAYABUSA -BACK TO THE EARTH-」の上映開始時間である午後3時半となった。
展示フロアの上層階にあるプラネタリウム投影室へと向かうことにしよう。
プラネタリウム投影室に入ると、名機カールツァイス・イエナの投影機が出迎えてくれた。
現在、現役の投影機として使用されているこのカールツァイス・イエナ、脚部がかなり大胆に改造されていて、何と全天周映像を投影中は投影機が視界を遮って邪魔にならないように脚を折って「うつ伏せ」に出来るようになっている。
今回の投影では全天周映像作品「HAYABUSA -BACK TO THE EARTH-」の上映のみで、カールツァイス・イエナを使っての星空投影は残念ながら行われない。
観客が「HAYABUSA -BACK TO THE EARTH-」の世界に心置きなく浸りきれるように、投影機はうつ伏せになって遠慮してくれている訳だ。
観客もドーム天井の下の指定席に集まってきた。僕もカールツァイスばかり見ていないで、自分の指定席に着こう。
「HAYABUSA -BACK TO THE EARTH-」のプラネタリウム・プラハでの上映は在チェコ日本国大使館とチェコ日本人会が共催・協力して実施されているそうなので、観客も地元チェコの人々に混じって在留日本人と思われる人々もかなり多い。
僕の隣の席も、日本人の親子連れのご家族だった。
そしていよいよ始まった「HAYABUSA -BACK TO THE EARTH-」…
第一印象は「あっ、画像が明るくてきれい!」だった。プラネタリウム・プラハの全天周映像は眩しいほどに明るく、そして画質が素晴らしく鮮明だった!
「こんなに明るくきれいに見えるHAYABUSAは初めてだ… 世界最高水準の高画質なんじゃないか!?凄いなプラネタリウム・プラハ!!」
日本中で、そしてドイツでも、今までに何十回と観た「HAYABUSA -BACK TO THE EARTH-」の世界が、チェコの言葉で語られる。
僕はもちろん、チェコ語は全く分からない。
それでも、宇宙を旅する「はやぶさ」に優しく時に力強く語りかけるようなチェコ語のナレーションには胸が熱くなった。
「はやぶさ」の旅と、それを全力で応援した我らの想い。それを完璧に切り取って超高精細なCGで描き出した名作「HAYABUSA -BACK TO THE EARTH-」…
僕らの想いが今、日本から遠く離れた中欧の古都で綴られる。チェコの人々に、伝えられていく…
「はやぶさ」が今、星の都プラハの街に降り立った…
エンディングテーマ「宙よ」が流れ終わった時、プラネタリウム・プラハのドームの下は一瞬の静寂と、啜り泣きに包まれた。
想いは、確かに伝わった。
上映終了後、隣に座っていた日本人家族の奥さんに挨拶して話しかけてみた。
「はやぶさ」のことは日本から伝え聞いてはいたが、プラハでは情報が殆ど無く詳しいことは知らなかった。でも、今日「HAYABUSA -BACK TO THE EARTH-」を観たのでやっと「はやぶさ」についてよく知ることが出来たので良かった。それに作品も映像が美しくて素晴らしい内容だったので感動した、とのこと。
お母さんの手をしっかり握りながら小さな女の子が「最後に泣きそうになった。もう一度観たいな」と言うのを聞いて、なんだか僕の方が泣きそうになったよ…
これで、今回の旅の目的は果たした。
満ち足りた気分でプラネタリウム・プラハを後にする。
「あの子、もう一度、お父さんお母さんに連れられてプラネタリウムにHAYABUSAを観に行けたらいいな…
プラネタリウムで日本から来た旅行者に会ったことなんか忘れてしまってもいいから、小さい頃にプラハの街で小さな宇宙船が旅をした物語を観たことと、その物語に泣きそうになるほど感動したという想い出は、いつまでも忘れないでいて欲しい…」
夏至も近づく初夏のプラハの街は夕刻になってもまだ明るく、当分は陽の沈む気配もない。
さぁ僕も、旅の成功を祝って今からプラハの街に繰り出そう!
今夜は実は、カレル橋のたもとにある宮殿で開催されるロイヤル・チェコ・オーケストラのコンサートを予約してあるんだ。モーツァルトとスメタナの音楽で、HAYABUSAの余韻に浸ることにしようか…
…さて、僕がプラハでクラシック音楽を堪能している間、読者の皆様はプラネタリウム・プラハ館内の宇宙とプラネタリウムの博物館の展示をお楽しみ下さい。
そこには、日本の老舗プラネタリウムとの意外な結びつきを想わせるものとの出会いの秘話があったのです。
→4:プラネタリウム・プラハはカールツァイスと宇宙の博物館に続く