写真:レイク・テカポ湖畔、善き羊飼いの教会
←ニュージーランド星空旅記2009~4、レイク・テカポからの続きです
レイク・テカポの日が暮れた。
湖水とサザンアルプスの山並みは闇に溶け、窓の外にはいつの間にか硬くて冷たそうな夜の空気が漂い始めている。
今までずっと、ホテルの部屋で「銀河鐡道の夜」を読んで夜を待っていた。
日本から持参した、昭和28年初版印刷の古いハードカバーだ。多分、母か伯母の蔵書だと思うのだが、何時の頃からか僕の本棚に紛れ込んでいた本だ。
旧い文字で綴られた「銀河鐡道の夜」を読了して眼を上げ窓の外を見ると、まるで自分がたった今しがた、天の川の河岸を辿る天空の鉄道旅行から戻ってきたような気分になるのだ。
そして、先程旅立った“銀河ステーション”とはひょっとして、あの今は夜の闇に沈む湖畔の教会の辺りにあるのではないかという気さえしてくるのだ。
着込んで窓を開け、湖畔へと続く庭に出る。
頬に突き刺さるような凍てつき始めた夜風に顔をあげ、空を仰ぐと…もう幾つかの星が出ている。
また銀河鐡道に乗りたくなった。このまま暗い湖畔へ星空を見に行こう。
ホテルの庭から続く湖畔の道を歩き、そのままマウントジョンへと続く道を歩く。
この道はマウントジョン山頂の天文台へと続くトレッキングコースになっているが、日没後に山へと向かうのは危険な行為なのは充分承知している。
どうせ明日の夜には星空ツアーで安全に天文台まで行けるのだ、今夜はとりあえず、足下が確かで歩いていけるところまで行ってみよう。
そう思って歩き出したのだが、暗い湖畔の道に目が慣れてきた頃、木立に幾つものあかりが燈っているのに気がついた。まるでクリスマスツリーのように。
「否、クリスマスツリーじゃない!これは…星だ。天の河だ!」
見上げるレイク・テカポの夜空。
そこは、光の洪水だった。天空を切り裂き滔滔と流れる大河。
夜が暗いなんて誰が云ったんだろう、そこには光が溢れ、流れているじゃないか!
「ではみなさん、さういふふうに河だと云われたり、乳の流れたあとだと云われたりしてゐた、このぼんやりと白いものが何か御承知ですか。」
「…あれは、やっぱり河ですよ。天の上にも河はあるんだ。ほら、あんなに煌いている。」
♪あかいめだまの さそり ひろげた鷲の つばさ あをいめだまの 小いぬ、
ひかりのへびの とぐろ。
「ああ、あそこがサウザンクロスの駅だ。南十字星が、河の中にあんなに輝いている。石炭袋の、空の孔も見えているなあ。」
天の河の畔には、ちぎれた雲が二つ漂っている。
こんなにも星が明るいと、夜でも雲が見えるのかと感心して目を凝らすと…
「あれは…ああ、マゼラン雲…」
もう、声も出ない。
なんという星空!いや、これは最早、宇宙そのものだ。
「これが宇宙…地球を取り巻く世界!なんていう物凄い世界に囲まれて、僕は生きていたんだろう!
そして、来年、あの星空から、僕たちの宇宙船が帰って来る。
今この時も、『はやぶさ』はこの星の世界を旅しているんだ。たった独りで!
ああ、僕は絶対、『はやぶさ』をウーメラ砂漠まで出迎えに行くぞ。」
その夜、レイク・テカポ湖畔の凍てつくような林道で、僕はただ夜空を見ていた。このまま夜明けまででもずっと空を、宇宙を見ていたい、そう思いながら。
そして、この宇宙を孤独に旅する船たちを想いながら。
明日は…山に登ります。
天空への窓、深宇宙への入り口、マウントジョン天文台目指して。
→ニュージーランド星空旅記2009~6、トレッキング・目指せマウントジョン天文台に続く
←ニュージーランド星空旅記2009~4、レイク・テカポからの続きです
レイク・テカポの日が暮れた。
湖水とサザンアルプスの山並みは闇に溶け、窓の外にはいつの間にか硬くて冷たそうな夜の空気が漂い始めている。
今までずっと、ホテルの部屋で「銀河鐡道の夜」を読んで夜を待っていた。
日本から持参した、昭和28年初版印刷の古いハードカバーだ。多分、母か伯母の蔵書だと思うのだが、何時の頃からか僕の本棚に紛れ込んでいた本だ。
旧い文字で綴られた「銀河鐡道の夜」を読了して眼を上げ窓の外を見ると、まるで自分がたった今しがた、天の川の河岸を辿る天空の鉄道旅行から戻ってきたような気分になるのだ。
そして、先程旅立った“銀河ステーション”とはひょっとして、あの今は夜の闇に沈む湖畔の教会の辺りにあるのではないかという気さえしてくるのだ。
着込んで窓を開け、湖畔へと続く庭に出る。
頬に突き刺さるような凍てつき始めた夜風に顔をあげ、空を仰ぐと…もう幾つかの星が出ている。
また銀河鐡道に乗りたくなった。このまま暗い湖畔へ星空を見に行こう。
ホテルの庭から続く湖畔の道を歩き、そのままマウントジョンへと続く道を歩く。
この道はマウントジョン山頂の天文台へと続くトレッキングコースになっているが、日没後に山へと向かうのは危険な行為なのは充分承知している。
どうせ明日の夜には星空ツアーで安全に天文台まで行けるのだ、今夜はとりあえず、足下が確かで歩いていけるところまで行ってみよう。
そう思って歩き出したのだが、暗い湖畔の道に目が慣れてきた頃、木立に幾つものあかりが燈っているのに気がついた。まるでクリスマスツリーのように。
「否、クリスマスツリーじゃない!これは…星だ。天の河だ!」
見上げるレイク・テカポの夜空。
そこは、光の洪水だった。天空を切り裂き滔滔と流れる大河。
夜が暗いなんて誰が云ったんだろう、そこには光が溢れ、流れているじゃないか!
「ではみなさん、さういふふうに河だと云われたり、乳の流れたあとだと云われたりしてゐた、このぼんやりと白いものが何か御承知ですか。」
「…あれは、やっぱり河ですよ。天の上にも河はあるんだ。ほら、あんなに煌いている。」
♪あかいめだまの さそり ひろげた鷲の つばさ あをいめだまの 小いぬ、
ひかりのへびの とぐろ。
「ああ、あそこがサウザンクロスの駅だ。南十字星が、河の中にあんなに輝いている。石炭袋の、空の孔も見えているなあ。」
天の河の畔には、ちぎれた雲が二つ漂っている。
こんなにも星が明るいと、夜でも雲が見えるのかと感心して目を凝らすと…
「あれは…ああ、マゼラン雲…」
もう、声も出ない。
なんという星空!いや、これは最早、宇宙そのものだ。
「これが宇宙…地球を取り巻く世界!なんていう物凄い世界に囲まれて、僕は生きていたんだろう!
そして、来年、あの星空から、僕たちの宇宙船が帰って来る。
今この時も、『はやぶさ』はこの星の世界を旅しているんだ。たった独りで!
ああ、僕は絶対、『はやぶさ』をウーメラ砂漠まで出迎えに行くぞ。」
その夜、レイク・テカポ湖畔の凍てつくような林道で、僕はただ夜空を見ていた。このまま夜明けまででもずっと空を、宇宙を見ていたい、そう思いながら。
そして、この宇宙を孤独に旅する船たちを想いながら。
明日は…山に登ります。
天空への窓、深宇宙への入り口、マウントジョン天文台目指して。
→ニュージーランド星空旅記2009~6、トレッキング・目指せマウントジョン天文台に続く