このところ、たて続けに打ち上げられる国産ロケットに夢中になっていたが気がつけばもう2月も終り、今週から季節は春の3月である。
春は別れの季節…とは少々古臭い言い回しだが、もうすぐ寝台特急「出雲」号ともお別れだ。
「出雲」は東京と山陰の出雲市を結ぶブルートレイン。
かつては「山陰の女王」と呼ばれ(ていたらしいんですが、実際にそんな大仰な渾名で呼んでいたという人に会ったことがありません。真意の程を知る人が居られたらご教授下さい)、
20年程前までは寝台券の入手も困難な程の人気列車だったそうだ。
しかし新幹線や航空路の整備に伴い乗客は減り続け、とうとう3月18日のJRのダイヤ改正で廃止される事となった。
…しかし、実際は乗客の減少以上に「ブルートレインであること」が「出雲」に引導を渡すことになった側面もあるらしい。
「出雲」は機関車が寝台車を牽引する列車で、電車よりも足が遅い。そのため、東京付近の東海道線の通勤電車群に割り込んで走ると俊足の電車の足を引っ張る事になり、「出雲」の前後は通勤電車の本数を削って「道を空けてやる」必要が出てくる。
JRとしては、コンスタントに儲かる通勤電車を削ってまで、大して儲からない寝台特急を通すことはしたくないだろう。また、「出雲」のねぐらである品川の車両基地を移転して跡地を再開発用地に転用するプランも進行中と聞く。深夜勤務の乗務員の人件費やら、コストがかさんでうまみの少ない寝台特急をバッサリ切り捨てて通勤電車の利潤を追求する方が、私企業である鉄道会社の経営としては健全なのかもしれない。
それでもやはり、伝統ある寝台特急が消える事に寂しさを感じずに居られない人は多いと思う。
東京と山陰を結ぶ交通手段の主役の座から退いて久しく、ハッキリ言ってしまえばなくなっても困る人はそんなにいないだろうが、それでも寝台特急には「文化」がある。夜汽車の発車風景を見て、或る種の感慨を覚えない人はいないだろう。
寝台特急がその存在価値を否定されて消え行く。
それは、人々の心の中にある旅への憧憬やロマンさえも「効率化」や「経済性」の前に否定されようとしている21世紀の日本社会の在り方の一端を現しているように思えて不安になるのは私だけだろうか?
春は別れの季節…とは少々古臭い言い回しだが、もうすぐ寝台特急「出雲」号ともお別れだ。
「出雲」は東京と山陰の出雲市を結ぶブルートレイン。
かつては「山陰の女王」と呼ばれ(ていたらしいんですが、実際にそんな大仰な渾名で呼んでいたという人に会ったことがありません。真意の程を知る人が居られたらご教授下さい)、
20年程前までは寝台券の入手も困難な程の人気列車だったそうだ。
しかし新幹線や航空路の整備に伴い乗客は減り続け、とうとう3月18日のJRのダイヤ改正で廃止される事となった。
…しかし、実際は乗客の減少以上に「ブルートレインであること」が「出雲」に引導を渡すことになった側面もあるらしい。
「出雲」は機関車が寝台車を牽引する列車で、電車よりも足が遅い。そのため、東京付近の東海道線の通勤電車群に割り込んで走ると俊足の電車の足を引っ張る事になり、「出雲」の前後は通勤電車の本数を削って「道を空けてやる」必要が出てくる。
JRとしては、コンスタントに儲かる通勤電車を削ってまで、大して儲からない寝台特急を通すことはしたくないだろう。また、「出雲」のねぐらである品川の車両基地を移転して跡地を再開発用地に転用するプランも進行中と聞く。深夜勤務の乗務員の人件費やら、コストがかさんでうまみの少ない寝台特急をバッサリ切り捨てて通勤電車の利潤を追求する方が、私企業である鉄道会社の経営としては健全なのかもしれない。
それでもやはり、伝統ある寝台特急が消える事に寂しさを感じずに居られない人は多いと思う。
東京と山陰を結ぶ交通手段の主役の座から退いて久しく、ハッキリ言ってしまえばなくなっても困る人はそんなにいないだろうが、それでも寝台特急には「文化」がある。夜汽車の発車風景を見て、或る種の感慨を覚えない人はいないだろう。
寝台特急がその存在価値を否定されて消え行く。
それは、人々の心の中にある旅への憧憬やロマンさえも「効率化」や「経済性」の前に否定されようとしている21世紀の日本社会の在り方の一端を現しているように思えて不安になるのは私だけだろうか?