夕陽に染まる小幌駅構内 函館方向より札幌方向を望む
←2009-2010 冬の旅 7、苫小牧市科学センター ミールに会える街からの続きです
苫小牧駅を13:04発の函館行き特急「スーパー北斗12」号に乗車…のつもりが、列車の到着が遅れている。
数十分遅れてやって来た「スーパー北斗12」号の自由席車内は超満員、立ち席の乗客であふれるデッキに何とか潜り込んで発車。
今日(2009年12月29日)はもう年末の帰省ラッシュのピーク時期、札幌から道南各地に帰省して年越しをする人が集中しているのだな。乗降に時間がかかって延着したのだろう。
「スーパー北斗12」号は懸命に走って遅れを徐々に回復しながら、洞爺駅に到着。ここで下車。
洞爺で14:37発長万部行き普通列車478Dに乗り換えて、これから向かうのは4つ先にある室蘭本線の無人駅、小幌駅。
何故そんな駅へ向かうかと言うと…実はこの小幌駅、ただの駅ではない。
駅の周囲には人家も何も無く、何より駅につながる道路が見当たらない!
一体、誰が利用するのか。いや、そもそも利用する人などいるのか?
それ以前に、利用することが現実的に可能なのか?
「列車でしか到達出来ず、列車でしか脱出出来ない」という、有り得ない条件下にある謎の駅。
以前から鉄道愛好家と一部の好事家の間で秘かに語り草となっていた、そんな謎の駅は今、インターネットの普及によってその存在と面白さが一気に世間に広く知れ渡ることとなり、いつしかこう呼ばれることとなった…
曰く、秘境駅と!
全国に幾つかある秘境駅の中でも、特に小幌駅は冬には積雪によって完全に鎖される北海道の海岸に面した山中という極めて厳しい地理的気象的条件と、駅につながる道路が全く存在せず文字通り「駅から外界へは完全に遮断されていて鉄道以外の手段では到達・脱出不可能」であることから極付けの秘境駅とされており、
故にこの駅に憧れ、ただ下車して訪れ、また乗車して去る旅人は数多いという。
かく言う僕も実は2008年の夏に小幌駅を鈍行列車で「停車」して、そのまま走り去っている。この時、「いつかは降り立ってみたい…」と強く想ったのだが、1年あまり経って遂に実際に小幌駅に「降り立つ」ことになった。
しかも厳冬期。秘境駅が雪に鎖される、最も厳しい季節を選んでの“小幌駅上陸”である。自ずと到着前から、期待と覚悟が高まる!
15:03、長万部行き普通列車は小幌駅に到着した。
唯一人、僕だけを降ろして、列車はプラットホームを離れ、トンネルに吸い込まれて行く。
思わず「あ…取り残された!」という感覚。
降り立った長万部方面上りプラットホームでは、煤けて朽ち果て始めた駅名板が出迎えてくれた。
列車の走行音がトンネルの奥に消えた後は、辺りは山から海から吹き抜ける風の音と水音に支配される…水音?
何と小幌駅は雪解けの渓流の真上にある「橋上駅」スタイルだった。足元を、冷たそうな水が結構な勢いで海へと流れて行く。思わず足がすくむほどの、寒さを感じる渓流の水音。
小幌駅の発車時刻表。
1日に停車する列車は上下合わせて8本のみ。早朝深夜には普通列車さえも通過してしまう。
プラットホームを離れて函館方向から札幌方向を見る、これが小幌駅の全景。
ホームの先で線路はすぐにトンネルに吸い込まれている。
一方、函館方向を見るとこちらもこの通り、駅の先はすぐトンネル。
小幌駅はトンネルとトンネルの谷間にあるのだ。
小幌駅から見る海側の風景。
短いプラットホームと、保線業務用と思われる建家があるだけで、その先は原野。
原野は海岸に続いていて、木々の向こうから打ち寄せる波の音が聞こえる。
しかし、海へと向かう道などは一切見当たらない。
それでも恐らく原野を強引に乗り越えて海へと向かう釣り人はいるようで、密漁禁止を呼びかける立て看板が原野の向こうに見える。
そう言えば確か、この駅を「利用する」とされる乗客は殆ど釣り客のみだと聞いたことがあるが、それにしてもこの原野を乗り越えて行くとは…。
増してや雪に覆われた今の状態でこの原野に足を踏み入れることは、即「遭難」を意味するとしか思えない。
実際、雪の上には足跡一つ付いてはいなかった。
山側にはトンネルの出入口にやはり保線業務用らしき小屋があり、駅の真下を流れる渓流が続いているだけで、こちらにも道らしきものは一切見当たらない。
山の上には国道が走っているそうで、時折自動車の走行音が聞こえてくるが、相当距離と高低差がありそうで、徒歩での到達は不可能だろう。
勿論、雪に覆われた今は即「遭難」となることも想像に難くない。
「…本当に、ここは秘境だ。
誰も近付けないし、どこにも出られない、正真正銘の秘境駅だ!
山と海と雪に閉じ込められてしまった。」
秘境駅を、特急列車が高速で通過して行く。
特急の車内にある日常社会と、秘境駅に一人取り残されている僕とでは、まるで別世界にいるようだ。
世間と隔絶されてしまったような、孤独感が深まっていく…
午後3時を回ると、北海道の短い陽は傾き始める。
小幌駅は早くも夕闇の気配に包まれる。
「寂しい…もう帰ろう!」
しかし、この時、驚くべきものを目にしてしまった。
駅の海側、海岸へと続く原野の脇のほうに、小高くなった丘があるのだが、保線小屋の裏手の方からその丘の上へと足跡が続いていたのだ。
さっき海側に来たときには気が付かなかった。
「…!誰か、ここから海の方の丘の上に行ったんだ!でも一体、何の為に?」
でも僕には、その足跡を辿って登って行こうという気力は無かった。
夕陽に照らし出される足跡を見ているうちに、何とも言えない気分になってきた僕は足早に次に来る東室蘭行き普通列車の停る下りプラットホームへと戻った。
そしてそこでもまた、驚くべきものを発見。
ホームの奥の斜面に、木に結わえ付けられ雪に埋れたこれは…
「駅ノート!?」
そう、これはまさしく、全国各地の無人駅に旅人が自主的に設置する形で発生し、それを見かけた旅人が自主的にコメントを書き込み、勝手連的に維持管理を行う「原始的アナログBBS」とでも言うべき情報掲示板システム、「駅ノート」!
かつてインターネットが普及していなかった頃はかなり有効な情報交換ツールとして多くの旅人に愛用されており、実際に質量共に現在のネット掲示板にも匹敵する情報がノート上の手書きコメントでやり取りされていたのだ。
ネット掲示板全盛の今もなお、その独特の温かみと叙情的な雰囲気に惹かれる駅ノートファンは多く、日本各地の無人駅には旅人のコメントで埋め尽くされたノートがひっそりと次の旅人の書き込みを待っているのを見かけることは数多い…
という事は僕も知っていたし、実際に駅ノートを見かけると必ずコメントを書き残すようにしているのだが、それにしても待合室すらないこの小幌駅で、雪の中から駅ノートを掘り出す事になろうとは!
雪の中から出てきた「小幌駅駅ノート」は、北海道の山中に野晒しという過酷な保管状況にも耐えるよう頑丈なビニールケースに2重に収められており、管理人氏の情熱の程が伺える。
その熱意に感心し敬服しつつ、今日この日この時間に九州は熊本から酔狂な旅行者がこの秘境駅を訪れたということをしっかり書き込ませて貰った。
駅ノートを元通りにケースに戻して、木の根元の雪の中に埋めると、列車の接近を告げる自動放送のアナウンスが小幌駅に響き渡った。
「さあ帰ろう!」
ワンマンのディーゼルカーが僕の目の前に停車し、ドアが開いた。
暖房の効いた車内に入ると、秘境から日常に戻ってきた気がした。
小幌駅15:26発、東室蘭行き普通列車487D。23分間の“秘境滞在”だった。
16:16、伊達紋別で487Dから下車。
ここで16:37発の函館行き特急「スーパー北斗16」号に乗り換えて、今来た線路を函館方向へと引き返す。
小幌駅のように停車する列車が極端に少ない場合、目指す方面へと向かう列車を待つより先に来る逆方面行きの列車に乗ってしまい、改めて目指す方面へと向かう特急に乗り換えてしまった方が結果的に速く目的地に到着出来る場合というのがたまにある。
「乗り鉄」をやる連中の間で「返し」などと呼ばれるテクニックで、今回の旅のように特急も乗り放題の周遊きっぷなどを使っている場合は特に有効とされ、このテクニックを駆使出来るようになれば一端の「乗り鉄」として認められるというか、まぁ立派な重症患者に認定という訳である。
ともあれ、函館目指しひた走る「スーパー北斗16」号はやがて、さっきまで滞在していた“秘境”を駆け抜けて行く。
トンネルの谷間に雪に鎖された秘境駅は既に闇に包まれ、特急の車中からはその存在を確認することすら出来なかった…
ここまでの鉄旅データ
走行区間:苫小牧駅→洞爺駅→小幌駅→伊達紋別駅→函館駅(室蘭本線・函館本線経由)
走行距離:321.5キロ(JR営業キロで算出)
→2009-2010 冬の旅 9、最北のブルートレイン 寝台夜行急行「はまなす」に続きます
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苫小牧駅を13:04発の函館行き特急「スーパー北斗12」号に乗車…のつもりが、列車の到着が遅れている。
数十分遅れてやって来た「スーパー北斗12」号の自由席車内は超満員、立ち席の乗客であふれるデッキに何とか潜り込んで発車。
今日(2009年12月29日)はもう年末の帰省ラッシュのピーク時期、札幌から道南各地に帰省して年越しをする人が集中しているのだな。乗降に時間がかかって延着したのだろう。
「スーパー北斗12」号は懸命に走って遅れを徐々に回復しながら、洞爺駅に到着。ここで下車。
洞爺で14:37発長万部行き普通列車478Dに乗り換えて、これから向かうのは4つ先にある室蘭本線の無人駅、小幌駅。
何故そんな駅へ向かうかと言うと…実はこの小幌駅、ただの駅ではない。
駅の周囲には人家も何も無く、何より駅につながる道路が見当たらない!
一体、誰が利用するのか。いや、そもそも利用する人などいるのか?
それ以前に、利用することが現実的に可能なのか?
「列車でしか到達出来ず、列車でしか脱出出来ない」という、有り得ない条件下にある謎の駅。
以前から鉄道愛好家と一部の好事家の間で秘かに語り草となっていた、そんな謎の駅は今、インターネットの普及によってその存在と面白さが一気に世間に広く知れ渡ることとなり、いつしかこう呼ばれることとなった…
曰く、秘境駅と!
全国に幾つかある秘境駅の中でも、特に小幌駅は冬には積雪によって完全に鎖される北海道の海岸に面した山中という極めて厳しい地理的気象的条件と、駅につながる道路が全く存在せず文字通り「駅から外界へは完全に遮断されていて鉄道以外の手段では到達・脱出不可能」であることから極付けの秘境駅とされており、
故にこの駅に憧れ、ただ下車して訪れ、また乗車して去る旅人は数多いという。
かく言う僕も実は2008年の夏に小幌駅を鈍行列車で「停車」して、そのまま走り去っている。この時、「いつかは降り立ってみたい…」と強く想ったのだが、1年あまり経って遂に実際に小幌駅に「降り立つ」ことになった。
しかも厳冬期。秘境駅が雪に鎖される、最も厳しい季節を選んでの“小幌駅上陸”である。自ずと到着前から、期待と覚悟が高まる!
15:03、長万部行き普通列車は小幌駅に到着した。
唯一人、僕だけを降ろして、列車はプラットホームを離れ、トンネルに吸い込まれて行く。
思わず「あ…取り残された!」という感覚。
降り立った長万部方面上りプラットホームでは、煤けて朽ち果て始めた駅名板が出迎えてくれた。
列車の走行音がトンネルの奥に消えた後は、辺りは山から海から吹き抜ける風の音と水音に支配される…水音?
何と小幌駅は雪解けの渓流の真上にある「橋上駅」スタイルだった。足元を、冷たそうな水が結構な勢いで海へと流れて行く。思わず足がすくむほどの、寒さを感じる渓流の水音。
小幌駅の発車時刻表。
1日に停車する列車は上下合わせて8本のみ。早朝深夜には普通列車さえも通過してしまう。
プラットホームを離れて函館方向から札幌方向を見る、これが小幌駅の全景。
ホームの先で線路はすぐにトンネルに吸い込まれている。
一方、函館方向を見るとこちらもこの通り、駅の先はすぐトンネル。
小幌駅はトンネルとトンネルの谷間にあるのだ。
小幌駅から見る海側の風景。
短いプラットホームと、保線業務用と思われる建家があるだけで、その先は原野。
原野は海岸に続いていて、木々の向こうから打ち寄せる波の音が聞こえる。
しかし、海へと向かう道などは一切見当たらない。
それでも恐らく原野を強引に乗り越えて海へと向かう釣り人はいるようで、密漁禁止を呼びかける立て看板が原野の向こうに見える。
そう言えば確か、この駅を「利用する」とされる乗客は殆ど釣り客のみだと聞いたことがあるが、それにしてもこの原野を乗り越えて行くとは…。
増してや雪に覆われた今の状態でこの原野に足を踏み入れることは、即「遭難」を意味するとしか思えない。
実際、雪の上には足跡一つ付いてはいなかった。
山側にはトンネルの出入口にやはり保線業務用らしき小屋があり、駅の真下を流れる渓流が続いているだけで、こちらにも道らしきものは一切見当たらない。
山の上には国道が走っているそうで、時折自動車の走行音が聞こえてくるが、相当距離と高低差がありそうで、徒歩での到達は不可能だろう。
勿論、雪に覆われた今は即「遭難」となることも想像に難くない。
「…本当に、ここは秘境だ。
誰も近付けないし、どこにも出られない、正真正銘の秘境駅だ!
山と海と雪に閉じ込められてしまった。」
秘境駅を、特急列車が高速で通過して行く。
特急の車内にある日常社会と、秘境駅に一人取り残されている僕とでは、まるで別世界にいるようだ。
世間と隔絶されてしまったような、孤独感が深まっていく…
午後3時を回ると、北海道の短い陽は傾き始める。
小幌駅は早くも夕闇の気配に包まれる。
「寂しい…もう帰ろう!」
しかし、この時、驚くべきものを目にしてしまった。
駅の海側、海岸へと続く原野の脇のほうに、小高くなった丘があるのだが、保線小屋の裏手の方からその丘の上へと足跡が続いていたのだ。
さっき海側に来たときには気が付かなかった。
「…!誰か、ここから海の方の丘の上に行ったんだ!でも一体、何の為に?」
でも僕には、その足跡を辿って登って行こうという気力は無かった。
夕陽に照らし出される足跡を見ているうちに、何とも言えない気分になってきた僕は足早に次に来る東室蘭行き普通列車の停る下りプラットホームへと戻った。
そしてそこでもまた、驚くべきものを発見。
ホームの奥の斜面に、木に結わえ付けられ雪に埋れたこれは…
「駅ノート!?」
そう、これはまさしく、全国各地の無人駅に旅人が自主的に設置する形で発生し、それを見かけた旅人が自主的にコメントを書き込み、勝手連的に維持管理を行う「原始的アナログBBS」とでも言うべき情報掲示板システム、「駅ノート」!
かつてインターネットが普及していなかった頃はかなり有効な情報交換ツールとして多くの旅人に愛用されており、実際に質量共に現在のネット掲示板にも匹敵する情報がノート上の手書きコメントでやり取りされていたのだ。
ネット掲示板全盛の今もなお、その独特の温かみと叙情的な雰囲気に惹かれる駅ノートファンは多く、日本各地の無人駅には旅人のコメントで埋め尽くされたノートがひっそりと次の旅人の書き込みを待っているのを見かけることは数多い…
という事は僕も知っていたし、実際に駅ノートを見かけると必ずコメントを書き残すようにしているのだが、それにしても待合室すらないこの小幌駅で、雪の中から駅ノートを掘り出す事になろうとは!
雪の中から出てきた「小幌駅駅ノート」は、北海道の山中に野晒しという過酷な保管状況にも耐えるよう頑丈なビニールケースに2重に収められており、管理人氏の情熱の程が伺える。
その熱意に感心し敬服しつつ、今日この日この時間に九州は熊本から酔狂な旅行者がこの秘境駅を訪れたということをしっかり書き込ませて貰った。
駅ノートを元通りにケースに戻して、木の根元の雪の中に埋めると、列車の接近を告げる自動放送のアナウンスが小幌駅に響き渡った。
「さあ帰ろう!」
ワンマンのディーゼルカーが僕の目の前に停車し、ドアが開いた。
暖房の効いた車内に入ると、秘境から日常に戻ってきた気がした。
小幌駅15:26発、東室蘭行き普通列車487D。23分間の“秘境滞在”だった。
16:16、伊達紋別で487Dから下車。
ここで16:37発の函館行き特急「スーパー北斗16」号に乗り換えて、今来た線路を函館方向へと引き返す。
小幌駅のように停車する列車が極端に少ない場合、目指す方面へと向かう列車を待つより先に来る逆方面行きの列車に乗ってしまい、改めて目指す方面へと向かう特急に乗り換えてしまった方が結果的に速く目的地に到着出来る場合というのがたまにある。
「乗り鉄」をやる連中の間で「返し」などと呼ばれるテクニックで、今回の旅のように特急も乗り放題の周遊きっぷなどを使っている場合は特に有効とされ、このテクニックを駆使出来るようになれば一端の「乗り鉄」として認められるというか、まぁ立派な重症患者に認定という訳である。
ともあれ、函館目指しひた走る「スーパー北斗16」号はやがて、さっきまで滞在していた“秘境”を駆け抜けて行く。
トンネルの谷間に雪に鎖された秘境駅は既に闇に包まれ、特急の車中からはその存在を確認することすら出来なかった…
ここまでの鉄旅データ
走行区間:苫小牧駅→洞爺駅→小幌駅→伊達紋別駅→函館駅(室蘭本線・函館本線経由)
走行距離:321.5キロ(JR営業キロで算出)
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