←エジプトでパスポートを失ってから、帰国するまで 3日目からの続きです
2009年8月17日月曜日
日が昇るのと同時に、夜明かししていたカイロ空港ターミナル3の出発ロビーからシャトルバスに乗って、カイロ市内行き冷房バスの出るバスターミナルのあるターミナル1へと向かう。
カイロ国際空港は3つのターミナルを有し、しかもそのうち2つ(1タミ及び2タミ)は出発ゲートと到着ゲートが別の場所にあり(1タミに至っては建屋まで別になっている)、しかも各々のターミナルがえらく離れた場所にあって道路も曲がりくねって走っており直結すらしていないという、もうわざと解かり難く造ってるんじゃないかとしか思えないような複雑怪奇で面妖な構造の空港なのだが、
ここ数日空港のホテルに泊まって(昨夜はとうとう空港そのものに泊まってしまったが)空港の中を行き来しているので、気が付けばカイロ空港についてすっかり詳しくなってしまった。
カイロ空港から市内へと向かう冷房バスも毎日のように乗ってるので、もうすっかりバス通勤しているような気分だ。
ちなみにエジプトでは、原則として「時刻表」というものは存在しないようで、バスも「待っときゃ来るだろ、来たら乗れ」って感じである。
バスターミナルでも皆、道路に並んで突っ立って、次々到着するバスの路線番号(手書きのカードが運転席に貼り出してあるのだが、アラビア語で書かれているので外国人は慣れるまでは読み取るのに非常に苦労する)を見て次々に乗り込んでいる。いつバスに轢かれてもおかしくないような、日本ではありえない衝撃的な光景なのだが、気が付くと僕も自然に道路に並んで立ってバスの運転席を睨んでいたりするようになってしまった。
今朝も30分近く道路に立って市内行きバスが来るのを待って、これもすっかり御馴染になってしまったラムセス・ヒルトン前のバスターミナルに到着。今朝は途中でタクシーと乗用車が3台も事故ってペチャンコになっていたせいで事故渋滞しており、通常は30分ほどの道程がかなり時間がかかった。
今日も先ずは日本大使館へと向かうのだが、昨日大使館でもらったパンフに最寄の地下鉄駅からの詳細な道案内が載っていたので、地下鉄に乗って行ってみることにする。地下鉄は均一運賃で1ポンド、タクシーで行くよりスムーズだし安いし、言う事無し。
バスターミナル近くの高速道路高架下にMETROの看板があったのでそこから地下にもぐり(駅名はよく判らなかった)、ヘルワーン(Helwan)方面行きの電車に乗車してHADAYEK EL-MAADI駅(読み方が面倒臭いので、以降『肌焼き』駅と呼んでいた)へ。地下鉄は途中で地上に出て、ナイル河をチラチラ見ながら走って肌焼き駅に到着。
プラットホームに日の丸と「日本大使館最寄駅」の日本語看板が出ている。
結局、駅前からずっと道端に「日本大使館はこちら」という道案内の看板があり、おかげで迷わず大使館に辿り着くことが出来た。
大使館では昨日も会った若いエジプト人の警備員から「おはようございます!」と爽やかに挨拶され、今日もスムーズに館内へ招き入れられる。
領事部の窓口で「すみませーん」と呼ぶと昨日の女性大使館員が顔を出して、
「ああ、渡航書出来てますよ。」
「どうもお世話になりました。ところで、あの、実は昨夜ホテルが取れなくて空港のロビーで夜明かししたんですよ。それで、実家に連絡する余裕がなくて、戸籍謄本のFAXがまだ送れてないんですよね…あの、僕が帰国したらすぐ自分でこちらにFAXしますんで、それまで待っていただくって訳にはいきませんか?」
そう言うと女性大使館員はちょっと困ったような怒ったような顔になったので、「もし戸籍謄本がないと渡航書は渡さないとか言われたら困るな…」と脅えたが、
結局彼女は「ちょっとお待ち下さい」と奥に引っ込んで何やら誰かと相談しているようだったが、
「わかりました、戸籍謄本は後で結構です。ただし御帰国後すぐに戸籍謄本を送ると一筆書いておいてください」と言われ一安心。
「帰国のための渡航書」も貰って、本当に一安心。
「ああ~良かった!これで明日の飛行機で日本に帰れますね!」
「ええ、でもその前に『モガマ』に行って頂いて、エジプトに入国していることを証明するスタンプを忘れずに押してもらって下さい。」
(※モガマとはカイロ市役所の愛称のようで、ここがエジプト外務省のパスポートセンター窓口になっているらしい)
「わかりました。え~っと、それってどこにあるんですか?」
「考古学博物館をご存知ですか?あの近くに、扇形の大きなビルがあるんですが、それがモガマです。」
「ああ、あのでっかい扇形のビルね、見覚えがあります!(数年前にカイロに来た時、考古学博物館の近くにボロくてバカでかい異様なビルがあったのが印象に残って憶えていたのだ)。え~っと、あそこって地下鉄の最寄り駅はサダト駅でしたっけ?」
「ちょっとお待ち下さい。」
女性大使館員はデスクの本棚から「地球の歩き方 エジプト」を取り出して調べてくれた。
「そうですね、サダト駅が一番近いです。地上に出たらすぐに見えると思いますよ。ではどうぞお気を付けてお帰り下さい。」
「どうもありがとうございました!ホント、色々お世話になりました、おかげで日本に帰れます…それじゃこれで、失礼します。
あ、それから…」
「何か?」
「日本大使館でも『歩き方』使ってるんですね!」
この2日間、終始沈着冷静だった女性大使館員氏の表情が、初めて緩んで笑顔が覗いた。
さあ、後はモガマとやらへ行って渡航書にスタンプを押して貰えば事務手続きはすべて完了だ。やっと日本に帰れる!
しかし、この最後の手続きが実は最大の難関だったのだ…
地下鉄のサダト駅で降りて地上に登ると、目指す扇形のビルはすぐに見つかった。
しかし、中に入るとそこは実に混沌とした込み入った建物で、しかも異様に人が多くてとにかくごった返している。
モガマは日本大使館の理路整然とした事務手続きとは対極にある、エジプトの喧騒の縮図のような大混乱ぶりを呈したお役所だったのだ。
どこに行けばスタンプが貰えるのか判らないので、職員風の人をつかまえて渡航書を突きつけて「I want スタンプ!」と迫ると、「2階の42番窓口に行け」というのでそこを目指す。2階には何やら無数の小さな窓口が並んでいるが、どれも大勢の人たちが群がり大声で何かを要求していて、とにかく異様な雰囲気だ。誰も順番など守っていないのでどの窓口も大混乱していて、あれではどんな手続きもまったく進まないだろうなと思う。
何だかもう、お役所というより、香港の九龍城に迷い込んだような感じだ。実際、行列に疲れて休んでいる人たち相手に飲み物や軽食を売り歩く行商人すら入り込んでいるのである。
正直、こんな場所には足を踏み入れたくないし、早く立ち去りたい気分なのだが、兎にも角にも「帰国のための渡航書」にスタンプを押してもらわないことには渡航書が有効にならずエジプトから出国できない。日本に帰るためには、何が何でもここでスタンプを貰わなければならないのだ!
意を決して、目指す42番窓口を見つけ出して(PASSPORT LOSSと英文の表記があった)、突撃する。
行列が出来ていたが押し合いへし合いで誰も順番を守っていないから、文字通り突撃しないと永遠に自分の順番なんか回ってこないのだ!
窓口を奪うようにしてしがみ付き、中にいるおっちゃんに「I want to go to Japan!スタンププリーズ!」と叫んで渡航書と盗難届けを突きつける。
おっちゃんは書類を一瞥すると、「パスポート紛失届書」のような用紙を手渡し「これに記入して、写真と一緒に出せ」という。この手の書類は既に警察に提出済みだし、だからこそ僕の手許にパスポート盗難届けがあるのだが、さすがエジプトでもお役所仕事、また似たような書類が必要になるらしい。一旦窓口を離れて、用紙(英文とアラビア語併記だった)への記入をしてから昨日撮った残りの証明写真を添えて、再び42番窓口に突撃しおっちゃんに手渡そうとする。
するとおっちゃんは「コビー、コビー!ダウンフロア、You go!」とか何とか言うのだが、意味が解からん。
何度も聞きなおすが、おっちゃんは「とにかく下の階に行って来い、話しはそれからだ」と譲らない。窓口を奪われたくないが、このままだと全く埒があかないので、仕方なく言われた通り1階に降りる。
1階をウロウロしていると、通りすがりの女性が「あそこに行きなさい」と指差すので行ってみるとそこは写真屋で、店員が僕の手から渡航書をひったくって複写機にかけて「はい、0.5ポンド!」と代金を要求する。この間、僅か十数秒。手馴れたものだ、店員の動きが殆ど自動化されている。
同時に、僕もさっき42番窓口のおっちゃんから何を言われていたのか理解した。
「なーんだ、提出する資料の“コピー”が必要だと言いたかったんだな。」
コビーならぬコピーを手に、42番窓口に戻り、みたび突撃しておっちゃんに渡航書とそのコピーと盗難届けを押し付けることに成功。おっちゃんは「やっと分かったか、間抜けな日本人め」とでも言いたげだったが、それでも書類を手に取り「今から処理してやるから、終わったら名前を呼んでやるから暫らく座って待ってろ!」と言った。
やっと少し落ち着いて、窓口前の狭い通路の壁際にならんだベンチに腰を降ろす。
しかし、やはりというか案の定というか、待てど暮らせどおっちゃんは僕の名前を呼んではくれない。
ふと隣の席に目をやると、そこには白人のバックパッカー風の青年がやはり草臥れ果てた表情で座っていて、アイコンタクトで「アンタもパスポートかい?」と合図を送ってくるので、苦笑しながら「そうさ。お互い参ったね全く」と返す。
旅人同士だと、例え言葉は通じなくても、こういう意思はすぐに伝わるのだから面白い。
それにしても不思議なのは、見た限りではパスポートをLossしてこの窓口に並んでいるのは僕と白人パッカーの彼だけのようで、他の連中は皆、ちゃんとパスポートを手にしているという事だ。
パスポートを持っているのに、何の用があってPASSPORT LOSSの窓口に殺到しているのだろう?それに42番窓口のおっちゃんも、あんなに忙しそうに一体何の業務をやっているのだろうか??
そんなことをぼんやり考えながら、ただひたすら待っていると、白人パッカー青年から「いま僕の名前が呼ばれたけど、多分その次は君の番だよ!一緒に行こう!」と声をかけられる。困ってる旅人同士、自然に助けてもらえるのが嬉しい。
青年について窓口に突撃すると、果たして彼の書類の下に僕の渡航書が置いてあるのが見えた。
青年(おっちゃんとのやりとりから、クロアチア人だと分かった)は書類を渡されながら「これを持って38番窓口に行け」と指示され、そのまま行ってしまった。クロアチア人だと分かれば「ドバルダン!僕、去年ザグレブに行ってきたぜ」位の挨拶はしたかったが、その余裕すらなかったので残念。まぁこの引き際の良さも旅人同士ならではか。
さて、おっちゃんは僕の渡航書とコピーと盗難届けをしげしげと眺めて(っていうか、今まで待たせたのに全然見てなかったんかい!何のために待たせてたんだよ)、「うむ!あい分かった!」と言わんばかりに威勢良く渡航書にスタンプを押してなにやら書き込み、最後に刻印まで押してくれた。
そしてそのまま、完成した渡航書を僕に放って寄越した。
「これで終り!?本当の本当に!?」
「ああ、そうだ!さっさと行きな!」
喜びで、思わず叫ぶ。
「やったー!!I can go back to JAPAN!!」
「Y・E・S!!とっとと国に帰んな、日本人!」
ここで何故か、周りの行列から拍手が巻き起こった!エジプト人のノリの良さにホトホト呆れるやら、それでもやっぱり嬉しいやら。
とにかく、やるべき事はすべて終わった。闘いは済んだ、そして僕はそれに勝利したのだ!!(←…本当にこんなことを考えたんである、あの時は!実際にはパスポートを盗まれてる時点で既に負けで、それも無条件降伏してるんだが。やっぱバカだな~我ながら)
拍手に送られて、僕は魔窟モガマを後にした。スタンプを1つ押してもらっただけなのに、既に夕方になっていた。
「…結局、4時間かかったのか」
さて、後は明日の夕方、カイロ空港から東京成田行きのエジプト航空直行便に乗って一路日本を目指すだけだ。
その夜は、またバスで空港に戻ってNOVOTELに泊まった。今夜は空室があった。
飛行機のチェックインは夕方で時間は余裕があるのでそのままカイロ中心部に泊まっても良かったのだが、明日はとにかく一刻も早く飛行機にチェックインしたいという気分だったのだ。それに預けたままになっている手荷物もピックアップしに行かないといけないし。
空港で手荷物を受け取るまでにはまた無駄に長いこと待たされたりしたのだが、何とか無事に戻ってきた荷物の中からヒゲソリを取り出して久し振りに髭を剃る。
バッテリーが切れたままになっていた携帯電話の充電器も戻ってきたので、携帯も復活した。早速、妹mogmogや家族、勤め先のSさんに「帰国のための手続き、無事完了しました!明日、帰ります」と連絡する。
その晩は心底ぐっすり眠った。
→エジプトでパスポートを失ってから、帰国するまで 5日目と6日目(帰国日)に続きます