宇宙に無数に存在する銀河の多くには、その中心部に太陽の100万倍以上の質量を持つ超大質量ブラックホールが存在していることが知られています。
超大質量ブラックホールは、強い重力によって周囲のガスを集めることで質量を獲得し成長していきます。
そのガスの分布や速度の情報は、超大質量ブラックホールの成長過程を理解する上で非常に重要なものなんですねー
ただ、未解明な点が多く残っていて議論が盛んな分野と言えます。
今回、研究グループが発見したのは、超大質量ブラックホール周辺に分布するプラズマガスのこれまで知られていなかった構造でした。
研究では、観測史上最大規模の明るさの変動を示した天体“SDSS J125809.31+351943.0”の多波長時系列データを使用して、明るさの変動に伴う周囲のガスへの影響を調べています。
その結果、超大質量ブラックホール周辺のガスの構造を、これまでよりも詳細に推定することに成功。
高速で運動している中心部分のプラズマガスが二つの半径が異なるリング状に分布し、性質も異なることを観測的に明らかにしました。(図1)
本研究の成果は、超大質量ブラックホールの質量測定や、宇宙の膨張速度測定の精度向上にもつながる、宇宙の歴史を知る上で重要な結果と言えます。
超大質量ブラックホールが質量を増やすメカニズム
宇宙には無数の銀河が存在し、その中には太陽の100万倍以上の質量を持つ超大質量ブラックホールが多数存在していることが知られています。
超大質量ブラックホールを取り囲むガスは、中心からの重力に引かれて降着円盤(※1)と呼ばれる円盤状の構造を形成します。
この降着円盤は重力エネルギーを開放して、明るく輝く“活動銀河核”(※2)として観測されます。
活動銀河核は非常に明るく輝いているので、遠く離れた宇宙でも観測が可能です。
この観測を通じて、私たちは宇宙の過去の姿を見ることができ、宇宙の歴史を解き明かす手掛かりを得ることができます。
宇宙の歴史を通じて、超大質量ブラックホールがどのようにしてその巨大な質量に達したのかは、今なお広く議論されているテーマです。
この理解のためには、超大質量ブラックホールが質量を増やすメカニズムを明らかにすることが必要となります。
活動銀河核の構造を調べる方法
これまでの研究では、複数の活動銀河核で観測される特徴を基に統計的な分析を通じて、活動銀河核の大まかな構造が推定されてきました。
でも、超大質量ブラックホール近傍に分布するガスの詳細な構造や速度に関する情報には、未だに不明な点が多いんですねー
未だ活発に議論されている状態です。
中でも、超大質量ブラックホール近傍で高速運動するプラズマガス(※3)領域の構造は、超大質量ブラックホールの質量を推定するために最も利用されている重要な要素です。
でも、地球からの直接観測では、得られる情報はプラズマガスの視線方向(※4)の速度に限られてしまいます。
このため、他の詳細な速度情報を知るには、構造や運動をモデルとして仮定しなければなりません。
多くの研究者が、そのようなモデルに基づいて求められた質量をもとに様々な議論を展開しています。
観測的に活動銀河核の内部を調査するには、観測の角度分解能を上げるか、複数回観測して時間分解能を上げる必要があります。
観測の角度分解能を上げる手法は、Event Horizon Telescope(※5)などの電波天文学で活発な手法です。
ただ、この手法だと電波を発しない大部分の構造を見ることができません。
プラズマガスが強く観測される可視光においては、時間分解能を上げた観測から空間的な構造を復元する手法が最も効果的と言えます。
状態遷移現象を対象とした観測
活動銀河核の高速なプラズマガスの構造を調べるため、研究グループが着目したのは活動銀河核の“状態遷移現象”と“時系列データ”の2つでした。
活動銀河核の中には、急激に質量を獲得している状態と、穏やかに質量を獲得している状態を遷移するような現象を示す天体があります。
そのような天体は、質量獲得の効率が変動すると同時に周囲に放射する光の強度も変動し、その変動が周辺の構造へと影響を及ぼすことがあります。
そこで研究グループでは、このような状態遷移現象を対象に観測することで、構造の変化の過程から得られる新たな知見を期待した対象天体の選定を行っています。
そして、今回観測対象として選定したのが、観測史上最大規模の状態遷移現象を起こした天体“SDSS J125809.31+351943.0”でした。
この天体は、約30年間にわたって約4等級もの明るさの変動を示していました。
降着円盤からプラズマガスまでの距離を推定
観測の空間分解能を上げるため、本研究で利用したのは時系列データでした。
特に特徴的なのは、京都大学岡山天文台の赤外線望遠鏡“せいめい望遠鏡(口径3.8メートル)”を用いて独自モニター分光観測し、反響マッピングと呼ばれる手法で構造を推定した点です。
反響マッピングとは、降着円盤から放射される光とプラズマガスの光の波長が異なることを利用した構造推定手法です。
プラズマガスは降着円盤からの光によってエネルギーを獲得してプラズマ状態になっているので、降着円盤からの光の強度変化に対して、時間差で追従するように強度が変化します。
この時間差を光の伝搬時間として、降着円盤からプラズマガスまでの距離を推定する方法です。(図2)
本研究によって、“SDSS J125809.31+351943.0”の中心部の構造を図3のように詳細に特定することに成功しています。
特に、大規模な状態遷移現象の前後を比較したことで、中心部分の高エネルギー放射の影響を受けやすい成分と受けにくい成分を明瞭に分離することができました。
中心付近の高速なプラズマガスは、これまでは降着円盤からの放射を受けやすい領域に、一塊で分布していると考えられていました。
でも、今回の研究により、より内側に降着円盤からの放射を受けにくいプラズマガスが分布していることを明らかにしています。
プラズマガスの構造モデルの信頼性を高める
今回の研究では、超大質量ブラックホール周辺に分布するプラズマガスが、分布領域や性質の異なる2成分から成り立つことを、状態遷移現象を対象とすることで観測的に明瞭に示すことができました。
中でも、降着円盤からの放射の影響を受けにくい位置にプラズマ領域②があることは、本研究によって明らかになった新発見でした。
プラズマガスの構造を理解することは、特に超大質量ブラックホールの質量の測定や、活動銀河核までの距離測定の精度を高めることに繋がります。
そのため、過去から現在にかけての超大質量ブラックホールの質量の分布を調べ、現在の質量まで成長してきた過程を議論する際にも利用される考え方です。
また、超大質量ブラックホールまでの距離が正確に求めることができれば、宇宙膨張の速度も正確に計算できると言われています。
現在、宇宙がどれくらいの速さで膨張しているのかは、宇宙の起源に関する重要なパラメータなのに、議論が収束していない状態です。
今回の研究の成果から期待されるのは、今後の研究においてプラズマガスの構造モデルの信頼性を高めることに貢献し、これらの宇宙の歴史に関わる重要な問題の解決の一助となることです。
本研究は、“SDSS J125809.31+351943.0”という特定の天体が引き起こした大規模な状態遷移に焦点を当て、重要な発見をもたらしました。
ただ、観測された現象が活動銀河核で一般的なものなのか、あるいは特定の天体特有の特性なのかは、本研究の範囲では判断できていません。
この点を明らかにするための検証作業が、今後の課題になるようです。
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超大質量ブラックホールは、強い重力によって周囲のガスを集めることで質量を獲得し成長していきます。
そのガスの分布や速度の情報は、超大質量ブラックホールの成長過程を理解する上で非常に重要なものなんですねー
ただ、未解明な点が多く残っていて議論が盛んな分野と言えます。
今回、研究グループが発見したのは、超大質量ブラックホール周辺に分布するプラズマガスのこれまで知られていなかった構造でした。
研究では、観測史上最大規模の明るさの変動を示した天体“SDSS J125809.31+351943.0”の多波長時系列データを使用して、明るさの変動に伴う周囲のガスへの影響を調べています。
その結果、超大質量ブラックホール周辺のガスの構造を、これまでよりも詳細に推定することに成功。
高速で運動している中心部分のプラズマガスが二つの半径が異なるリング状に分布し、性質も異なることを観測的に明らかにしました。(図1)
本研究の成果は、超大質量ブラックホールの質量測定や、宇宙の膨張速度測定の精度向上にもつながる、宇宙の歴史を知る上で重要な結果と言えます。
本研究は、京都大学大学院 理学研究科 名越俊平 学振特別研究員(PD)たちの研究グループが進めています。
研究の詳細は、2024年3月4日00:01(現地時間)に、イギリスの国際学術誌“Monthly Notices of the Royal Astronomical Society”にオンライン掲載されました。
研究の詳細は、2024年3月4日00:01(現地時間)に、イギリスの国際学術誌“Monthly Notices of the Royal Astronomical Society”にオンライン掲載されました。
図1.本研究結果に基づく活動銀河核のイメージ図。超大質量ブラックホールは中心部分にあり、その周囲の降着円盤が光っている。プラズマガスが同心円状に異なる領域に分布していることが、本研究で明らかになった。(Credit: S. Nagoshi et al.) |
超大質量ブラックホールが質量を増やすメカニズム
宇宙には無数の銀河が存在し、その中には太陽の100万倍以上の質量を持つ超大質量ブラックホールが多数存在していることが知られています。
超大質量ブラックホールを取り囲むガスは、中心からの重力に引かれて降着円盤(※1)と呼ばれる円盤状の構造を形成します。
この降着円盤は重力エネルギーを開放して、明るく輝く“活動銀河核”(※2)として観測されます。
活動銀河核は非常に明るく輝いているので、遠く離れた宇宙でも観測が可能です。
この観測を通じて、私たちは宇宙の過去の姿を見ることができ、宇宙の歴史を解き明かす手掛かりを得ることができます。
宇宙の歴史を通じて、超大質量ブラックホールがどのようにしてその巨大な質量に達したのかは、今なお広く議論されているテーマです。
この理解のためには、超大質量ブラックホールが質量を増やすメカニズムを明らかにすることが必要となります。
※1.ブラックホールへ落下する物質は角運動を持つため、降着円盤と呼ばれるへんぺいな円盤をブラックホールの周囲に作る。降着円盤内のガスの摩擦熱によって落下するガスは電離してプラズマ状態へ、この電離したガスは回転することで強力な磁場が作られ、降着円盤からは荷電粒子のジェットが噴射し降着円盤の半径に応じて、可視光線、紫外線、X線と幅広い電磁波が観測される。
※2.活動銀河は、星や星間チリ、星間ガスといった通常の銀河の構成要素とは別の部分から、超大質量ブラックホールをエンジンとしてエネルギーの大半を放出している特殊な銀河。このエネルギーは、活動銀河の種類によって若干異なるが、電波、赤外線、紫外線、X線、ガンマ線など、電磁波のほぼ全ての波長域で放出されている。このエネルギーの大半を、銀河の中心1%程度のコンパクトな領域から放出していて、この部分を活動銀河核と呼ぶ。
※2.活動銀河は、星や星間チリ、星間ガスといった通常の銀河の構成要素とは別の部分から、超大質量ブラックホールをエンジンとしてエネルギーの大半を放出している特殊な銀河。このエネルギーは、活動銀河の種類によって若干異なるが、電波、赤外線、紫外線、X線、ガンマ線など、電磁波のほぼ全ての波長域で放出されている。このエネルギーの大半を、銀河の中心1%程度のコンパクトな領域から放出していて、この部分を活動銀河核と呼ぶ。
活動銀河核の構造を調べる方法
これまでの研究では、複数の活動銀河核で観測される特徴を基に統計的な分析を通じて、活動銀河核の大まかな構造が推定されてきました。
でも、超大質量ブラックホール近傍に分布するガスの詳細な構造や速度に関する情報には、未だに不明な点が多いんですねー
未だ活発に議論されている状態です。
中でも、超大質量ブラックホール近傍で高速運動するプラズマガス(※3)領域の構造は、超大質量ブラックホールの質量を推定するために最も利用されている重要な要素です。
※3.プラズマガスは、原子のほとんどがイオン化(電子が取り除かれること)している状態のガス。
超大質量ブラックホールの質量は、その重力によって束縛されているプラズマガスの動きとその構造が全て分かれば、理論的に求めることができます。でも、地球からの直接観測では、得られる情報はプラズマガスの視線方向(※4)の速度に限られてしまいます。
このため、他の詳細な速度情報を知るには、構造や運動をモデルとして仮定しなければなりません。
多くの研究者が、そのようなモデルに基づいて求められた質量をもとに様々な議論を展開しています。
※4.観測者から見て観測対象に向かう方向。
なので、より現実に即したモデルを構築することは、多くの研究の根幹に影響する大事な要素で、そのためには観測的に詳細な情報を収集することが必要となります。観測的に活動銀河核の内部を調査するには、観測の角度分解能を上げるか、複数回観測して時間分解能を上げる必要があります。
観測の角度分解能を上げる手法は、Event Horizon Telescope(※5)などの電波天文学で活発な手法です。
ただ、この手法だと電波を発しない大部分の構造を見ることができません。
プラズマガスが強く観測される可視光においては、時間分解能を上げた観測から空間的な構造を復元する手法が最も効果的と言えます。
※5.Event Horizon Telescopeは、世界中の電波望遠鏡を用いて、ブラックホールシャドウの撮像を目指す国際プロジェクト。
状態遷移現象を対象とした観測
活動銀河核の高速なプラズマガスの構造を調べるため、研究グループが着目したのは活動銀河核の“状態遷移現象”と“時系列データ”の2つでした。
活動銀河核の中には、急激に質量を獲得している状態と、穏やかに質量を獲得している状態を遷移するような現象を示す天体があります。
そのような天体は、質量獲得の効率が変動すると同時に周囲に放射する光の強度も変動し、その変動が周辺の構造へと影響を及ぼすことがあります。
そこで研究グループでは、このような状態遷移現象を対象に観測することで、構造の変化の過程から得られる新たな知見を期待した対象天体の選定を行っています。
そして、今回観測対象として選定したのが、観測史上最大規模の状態遷移現象を起こした天体“SDSS J125809.31+351943.0”でした。
この天体は、約30年間にわたって約4等級もの明るさの変動を示していました。
降着円盤からプラズマガスまでの距離を推定
観測の空間分解能を上げるため、本研究で利用したのは時系列データでした。
特に特徴的なのは、京都大学岡山天文台の赤外線望遠鏡“せいめい望遠鏡(口径3.8メートル)”を用いて独自モニター分光観測し、反響マッピングと呼ばれる手法で構造を推定した点です。
反響マッピングとは、降着円盤から放射される光とプラズマガスの光の波長が異なることを利用した構造推定手法です。
プラズマガスは降着円盤からの光によってエネルギーを獲得してプラズマ状態になっているので、降着円盤からの光の強度変化に対して、時間差で追従するように強度が変化します。
この時間差を光の伝搬時間として、降着円盤からプラズマガスまでの距離を推定する方法です。(図2)
図2.反響マッピングの概念図。降着円盤からの光でエネルギーをもらい、プラズマ状態となったガスは特定の波長の光を放射する。降着円盤とプラズマガス、それぞれの明るさの変化を記録すると同じ上昇下降パターンとタイムラグが見られ、そのタイムラグを光路差と解釈することで、元の構造が推定できる。(出所:京大プレスリリースPDF) |
特に、大規模な状態遷移現象の前後を比較したことで、中心部分の高エネルギー放射の影響を受けやすい成分と受けにくい成分を明瞭に分離することができました。
中心付近の高速なプラズマガスは、これまでは降着円盤からの放射を受けやすい領域に、一塊で分布していると考えられていました。
でも、今回の研究により、より内側に降着円盤からの放射を受けにくいプラズマガスが分布していることを明らかにしています。
プラズマガスの構造モデルの信頼性を高める
今回の研究では、超大質量ブラックホール周辺に分布するプラズマガスが、分布領域や性質の異なる2成分から成り立つことを、状態遷移現象を対象とすることで観測的に明瞭に示すことができました。
中でも、降着円盤からの放射の影響を受けにくい位置にプラズマ領域②があることは、本研究によって明らかになった新発見でした。
プラズマガスの構造を理解することは、特に超大質量ブラックホールの質量の測定や、活動銀河核までの距離測定の精度を高めることに繋がります。
そのため、過去から現在にかけての超大質量ブラックホールの質量の分布を調べ、現在の質量まで成長してきた過程を議論する際にも利用される考え方です。
また、超大質量ブラックホールまでの距離が正確に求めることができれば、宇宙膨張の速度も正確に計算できると言われています。
現在、宇宙がどれくらいの速さで膨張しているのかは、宇宙の起源に関する重要なパラメータなのに、議論が収束していない状態です。
今回の研究の成果から期待されるのは、今後の研究においてプラズマガスの構造モデルの信頼性を高めることに貢献し、これらの宇宙の歴史に関わる重要な問題の解決の一助となることです。
本研究は、“SDSS J125809.31+351943.0”という特定の天体が引き起こした大規模な状態遷移に焦点を当て、重要な発見をもたらしました。
ただ、観測された現象が活動銀河核で一般的なものなのか、あるいは特定の天体特有の特性なのかは、本研究の範囲では判断できていません。
この点を明らかにするための検証作業が、今後の課題になるようです。
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