宇宙には無数の銀河ありますが、その大雑把な配置は初期宇宙のわずかな“デコボコ”に由来すると考えられています。
でも、初期宇宙の観測結果から推定されるデコボコと、それよりも後の時代の観測結果から推定されるデコボコには大きな食い違いがあるんですねー
このことは、現代宇宙論の大きな謎の一つとなっています。
デコボコに関連するパラメーターは“S8”と呼ばれているので、これは“S8緊張(S8 tension)”と呼ばれています。
今回の研究では、X線での宇宙の観測結果を元に、S8やその他のパラメーターを計算。
観測には、X線天文衛星“Spektr-RG”に搭載されたX線宇宙望遠鏡“eROSITA”(※1)が用いられています。
銀河やガスなどの物質は均等に配置されていない
宇宙初期の急加速膨張“インフレーション”の際に生じた密度ゆらぎが元になり、ダークマターの密度の空間的なゆらぎが重力によって成長していきます。
そのダークマターの重力に引き寄せられた水素やヘリウムが集まり、星や銀河が作られ、網の目状に広がる宇宙の大規模構造を形成してきたと考えられています。
宇宙の大規模構造では、銀河がほとんど存在しない領域“ボイド”や、逆に銀河が多く集まる“フィラメント構造”など、銀河が偏って存在しています。
このため、宇宙を数十億光年のスケールで見ると、銀河やガスなどの物質の配置は均等ではなく、濃いところと薄いところに分かれた配置“デコボコ”になっていることが分かります。
今のところ観測可能な最も初期の宇宙は、宇宙誕生から約38万年後の時代で、その頃のデコボコは平均値と比べて最大でもわずか10万分の1程度でした。
でも、わずか10万分の1程度であったとしても、物質密度の高い場所は重力が強いのでより多くの物質が集まり、その物質がさらに重力を強くするという連鎖的な現象が発生することになります。
こうして生じた物質の塊が、やがて銀河やその集合体になったと考えられています。
この初期宇宙のデコボコは理論的にも予測されたものです。
特に多く使われるのは“Λ-CDMモデル”(※2)と呼ばれる宇宙全体を記述したモデル(標準宇宙論)です。
この“Λ-CDMモデル”で予測される初期宇宙のデコボコと、そのデコボコから発生する銀河やガスの構造は、現実の宇宙とよく一致していました。
初期宇宙と後期宇宙に存在するS8の大きなズレ
宇宙全体に広がる物質密度のデコボコは、“S8”というパラメーターを元に計算されています。
でも、技術革新によって宇宙全体を観測できるようになると、S8の解釈に問題が生じるようになりました。
S8を計算するには“初期宇宙を観測する方法”と“それよりも後の時代の宇宙(後期宇宙)を観測する方法”の2つがあります。
初期宇宙のS8を計算するのに必要となるのが、初期宇宙から放射される“宇宙マイクロ波背景放射”(※3)の観測です。
これは、ヨーロッパ宇宙機関が2009年に打ち上げた赤外線天文衛星“プランク”(※4)によって、非常に解像度の高い観測結果が得られています。
これには、宇宙全体を撮影できる数多くの望遠鏡が使用されています。
そして、初期宇宙のデコボコが現在の銀河やガスの配置を決定している以上、初期宇宙の観測結果から計算されるS8と、後期宇宙の観測結果から計算されるS8は一致するはずです。
でも、実際には、初期宇宙のS8と後期宇宙のS8には大きなズレがあり、これは技術的な問題や計算間違いなどで説明できる誤差を大幅に超えていました。
この矛盾は“S8緊張”と呼ばれています。
S8緊張が生じる理由は現在でもよく分かっておらず、現代宇宙論の大きな謎の一つとなっています。
単純な計算結果の誤りや計算間違いでは説明ができないことから、“Λ-CDMモデル”を少しだけ修正する試みから、宇宙のモデルを置き換える完全に新しい理論の提唱まで、様々な仮説が提唱されています。
X線天文衛星による宇宙の地図作り
2019年、ドイツ航空宇宙センターとロシア宇宙科学研究所が共同開発したX線天文衛星“Spektr-RG”が打ち上げられ、観測が開始れました。
“Spektr-RG”に搭載されていたのは、マックス・プランク地球外物理学研究所が開発した“eROSITA”と、ロシア宇宙科学研究所と全ロシア実験物理学研究所が開発した“ART-XC”の2つのX線宇宙望遠鏡。
それぞれ異なる波長のX線を、これまでのX線宇宙望遠鏡よりも高感度で観測することができました。
当初、“Spektr-RG”は7年かけて8回の掃天観測(一定範囲の宇宙を観測すること)を行う予定でした。
ところが、2022年にロシアがウクライナへの侵略戦争を開始したことで、同年2月26日から科学観測は中止…
掃天観測も4回で終了することとなります。
それでも、科学観測の終了前に収集できたデータは分析に回され、2024年1月31日には最初の掃天観測に基づく約90万個の天体のデータが収められた、宇宙の半分を収めたX線の地図“eRASSI”が公開されました。
後期宇宙と初期宇宙にS8緊張は見られないことが判明
eRASSIの公開から約2週間後の2024年2月24日こと。
eROSITAコンソーシアムは、X線の地図“eRASSI”を元に後期宇宙のS8や、その他の宇宙に関する基本的なパラメーターのいくつかの計算を実施し、新たな研究結果を発表しています。
一番注目されるS8の計算結果は0.86でした。
これは、赤外線天文衛星“プランク”による初期宇宙の観測結果から得られる0.84に極めて近い値でした。
つまり、少なくとも“eROSITA”によるX線で見た後期宇宙のS8と、初期宇宙のS8との間にS8緊張は見られないことを意味します。
また、宇宙全体に占める普通の物質と暗黒物質(ダークマター)の割合は29%だと計算されています。
これも、よく知られている他の推定結果と矛盾しないものでした。
さらに、質量がゼロではない素粒子として最も軽いと推定されるニュートリノの質量は、その上限が0.22電子ボルト未満(4×10のマイナス37乗kg、電子の質量の200万分の1以下)だと計算。
この値は、宇宙を観測して計算された最も厳しい上限値で、実験的に求められたニュートリノの質量上限にかなり近いものでした。
ただ、“S8”、“宇宙に占める物質の割合”、“ニュートリノの質量”の3つのパラメーターを計算するには、“eROSITA”による精度の高い観測データが不可欠なんですが、これだけでは計算することはできません。
それは、この3つのパラメーターは重力と密接な関係にあり、重力に関するデータがなければ計算ができないからです。
そこでeROSITAコンソーシアムは、“Dark Energy Survey(DES)”、“Hyper Suprime Cam Survey(HSC)”、“Kilo-Degree Survey(KiDS)”の3つのデータを元に、重力によって光が曲げられる重力レンズ効果を計算。
その結果と“eROSITA”のX線観測データを照らし合わせることで、今回の計算を実現しています。
銀河団や銀河の間を満たすガスは、総質量こそ膨大なものの重力が弱いので、重力レンズ効果も小さなものとなります。
こうした弱い重力レンズ効果の推定や、それを元にした分析研究は困難であるからこそ、eROSITAコンソーシアムの作業は注目される研究結果の発表に繋がったとも言えますね。
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でも、初期宇宙の観測結果から推定されるデコボコと、それよりも後の時代の観測結果から推定されるデコボコには大きな食い違いがあるんですねー
このことは、現代宇宙論の大きな謎の一つとなっています。
デコボコに関連するパラメーターは“S8”と呼ばれているので、これは“S8緊張(S8 tension)”と呼ばれています。
今回の研究では、X線での宇宙の観測結果を元に、S8やその他のパラメーターを計算。
観測には、X線天文衛星“Spektr-RG”に搭載されたX線宇宙望遠鏡“eROSITA”(※1)が用いられています。
※1.“eROSITA”はロシア・ドイツのX線天文衛星“Spektr-RG”に搭載されたX線宇宙望遠鏡。2019年7月13日にバイコヌールから打ち上げられ、第2ラグランジュ点(L2)を回るハロー軌道に投入された。開発はドイツのマックス・プランク地球外物理学研究所(MPE)。
その結果、“eROSITA”による後期宇宙のS8と、これまでに算出された初期宇宙のS8の値に大きな違いはなく、S8緊張は見られないことが分かったようです。この研究は、マックス・プランク地球外物理学研究所が主導するeROSITAコンソーシアムが進めています。
図1.異なる距離での銀河団に含まれるガス(青色)を示した図。X線宇宙望遠鏡“eROSITA”の観測によってガスの分布が正確にわかり、S8などの重要なパラメーターが計算できた。(Credit: M. Kluge, C. Garrel; Optical image: Legacy Survey DR10, X-ray: eROSITA) |
銀河やガスなどの物質は均等に配置されていない
宇宙初期の急加速膨張“インフレーション”の際に生じた密度ゆらぎが元になり、ダークマターの密度の空間的なゆらぎが重力によって成長していきます。
そのダークマターの重力に引き寄せられた水素やヘリウムが集まり、星や銀河が作られ、網の目状に広がる宇宙の大規模構造を形成してきたと考えられています。
宇宙の大規模構造では、銀河がほとんど存在しない領域“ボイド”や、逆に銀河が多く集まる“フィラメント構造”など、銀河が偏って存在しています。
このため、宇宙を数十億光年のスケールで見ると、銀河やガスなどの物質の配置は均等ではなく、濃いところと薄いところに分かれた配置“デコボコ”になっていることが分かります。
今のところ観測可能な最も初期の宇宙は、宇宙誕生から約38万年後の時代で、その頃のデコボコは平均値と比べて最大でもわずか10万分の1程度でした。
でも、わずか10万分の1程度であったとしても、物質密度の高い場所は重力が強いのでより多くの物質が集まり、その物質がさらに重力を強くするという連鎖的な現象が発生することになります。
こうして生じた物質の塊が、やがて銀河やその集合体になったと考えられています。
この初期宇宙のデコボコは理論的にも予測されたものです。
特に多く使われるのは“Λ-CDMモデル”(※2)と呼ばれる宇宙全体を記述したモデル(標準宇宙論)です。
この“Λ-CDMモデル”で予測される初期宇宙のデコボコと、そのデコボコから発生する銀河やガスの構造は、現実の宇宙とよく一致していました。
※2.Λ-CDMモデル(ラムダ・シーディーエム・モデル)は、暗黒エネルギー(Λと表現される)と冷たい暗黒物質(Cold Dark Matter; CDM)の存在を前提とした宇宙モデル。暗黒エネルギーと暗黒物質の正体は依然不明だが、多くの観測的事実によってそれらの存在が明らかになっている。それを元にしたΛ-CDMモデルは、現在得られている観測事実の説明に最も成功しているモデルで、標準的な宇宙モデルとして受け入れられている。
初期宇宙と後期宇宙に存在するS8の大きなズレ
宇宙全体に広がる物質密度のデコボコは、“S8”というパラメーターを元に計算されています。
でも、技術革新によって宇宙全体を観測できるようになると、S8の解釈に問題が生じるようになりました。
S8を計算するには“初期宇宙を観測する方法”と“それよりも後の時代の宇宙(後期宇宙)を観測する方法”の2つがあります。
初期宇宙のS8を計算するのに必要となるのが、初期宇宙から放射される“宇宙マイクロ波背景放射”(※3)の観測です。
これは、ヨーロッパ宇宙機関が2009年に打ち上げた赤外線天文衛星“プランク”(※4)によって、非常に解像度の高い観測結果が得られています。
※3.宇宙マイクロ波背景放射(Cosmic Microwave Background; CMB)は、ビッグバン後に発せられた“宇宙最初の光”の残光。宇宙膨張の影響を受けて波長が伸び、現在は電波の波長(マイクロ波)で観測される。どの方角からもほぼ同じ強さで到来している。宇宙マイクロ波背景放射の観測はビッグバン宇宙論の根拠として、また、その強度分布や偏光分布の観測は、標準宇宙モデルの確立に大きく貢献した。
※4.“プランク”は、“宇宙マイクロ波背景放射”の高精度測定を目的としてヨーロッパ宇宙機関が打ち上げた赤外線天文衛星。
一方、後期宇宙のS8を計算するには、宇宙にある銀河やガスの配置を調べる必要があります。※4.“プランク”は、“宇宙マイクロ波背景放射”の高精度測定を目的としてヨーロッパ宇宙機関が打ち上げた赤外線天文衛星。
これには、宇宙全体を撮影できる数多くの望遠鏡が使用されています。
そして、初期宇宙のデコボコが現在の銀河やガスの配置を決定している以上、初期宇宙の観測結果から計算されるS8と、後期宇宙の観測結果から計算されるS8は一致するはずです。
でも、実際には、初期宇宙のS8と後期宇宙のS8には大きなズレがあり、これは技術的な問題や計算間違いなどで説明できる誤差を大幅に超えていました。
この矛盾は“S8緊張”と呼ばれています。
S8緊張が生じる理由は現在でもよく分かっておらず、現代宇宙論の大きな謎の一つとなっています。
単純な計算結果の誤りや計算間違いでは説明ができないことから、“Λ-CDMモデル”を少しだけ修正する試みから、宇宙のモデルを置き換える完全に新しい理論の提唱まで、様々な仮説が提唱されています。
X線天文衛星による宇宙の地図作り
2019年、ドイツ航空宇宙センターとロシア宇宙科学研究所が共同開発したX線天文衛星“Spektr-RG”が打ち上げられ、観測が開始れました。
“Spektr-RG”に搭載されていたのは、マックス・プランク地球外物理学研究所が開発した“eROSITA”と、ロシア宇宙科学研究所と全ロシア実験物理学研究所が開発した“ART-XC”の2つのX線宇宙望遠鏡。
それぞれ異なる波長のX線を、これまでのX線宇宙望遠鏡よりも高感度で観測することができました。
図2.X線天文衛星“Speltr-RG”に搭載されたX線宇宙望遠鏡“eROSITA”を強調した図。(Credit: DLR German Aerospace Center) |
ところが、2022年にロシアがウクライナへの侵略戦争を開始したことで、同年2月26日から科学観測は中止…
掃天観測も4回で終了することとなります。
それでも、科学観測の終了前に収集できたデータは分析に回され、2024年1月31日には最初の掃天観測に基づく約90万個の天体のデータが収められた、宇宙の半分を収めたX線の地図“eRASSI”が公開されました。
図3.今回の研究に使用されたX線による宇宙の“地図”。(Credit: Jeremy Sanders, Hermann Brunner and the eSASS team (MPE); Eugene Churazov, Marat Gilfanov (on behalf of IKI)) |
後期宇宙と初期宇宙にS8緊張は見られないことが判明
eRASSIの公開から約2週間後の2024年2月24日こと。
eROSITAコンソーシアムは、X線の地図“eRASSI”を元に後期宇宙のS8や、その他の宇宙に関する基本的なパラメーターのいくつかの計算を実施し、新たな研究結果を発表しています。
一番注目されるS8の計算結果は0.86でした。
これは、赤外線天文衛星“プランク”による初期宇宙の観測結果から得られる0.84に極めて近い値でした。
つまり、少なくとも“eROSITA”によるX線で見た後期宇宙のS8と、初期宇宙のS8との間にS8緊張は見られないことを意味します。
また、宇宙全体に占める普通の物質と暗黒物質(ダークマター)の割合は29%だと計算されています。
これも、よく知られている他の推定結果と矛盾しないものでした。
さらに、質量がゼロではない素粒子として最も軽いと推定されるニュートリノの質量は、その上限が0.22電子ボルト未満(4×10のマイナス37乗kg、電子の質量の200万分の1以下)だと計算。
この値は、宇宙を観測して計算された最も厳しい上限値で、実験的に求められたニュートリノの質量上限にかなり近いものでした。
ただ、“S8”、“宇宙に占める物質の割合”、“ニュートリノの質量”の3つのパラメーターを計算するには、“eROSITA”による精度の高い観測データが不可欠なんですが、これだけでは計算することはできません。
それは、この3つのパラメーターは重力と密接な関係にあり、重力に関するデータがなければ計算ができないからです。
そこでeROSITAコンソーシアムは、“Dark Energy Survey(DES)”、“Hyper Suprime Cam Survey(HSC)”、“Kilo-Degree Survey(KiDS)”の3つのデータを元に、重力によって光が曲げられる重力レンズ効果を計算。
その結果と“eROSITA”のX線観測データを照らし合わせることで、今回の計算を実現しています。
銀河団や銀河の間を満たすガスは、総質量こそ膨大なものの重力が弱いので、重力レンズ効果も小さなものとなります。
こうした弱い重力レンズ効果の推定や、それを元にした分析研究は困難であるからこそ、eROSITAコンソーシアムの作業は注目される研究結果の発表に繋がったとも言えますね。
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