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太陽系から銀河中心までの距離は約2万5800光年。VERAプロジェクトによる位置天文観測が実現した精密計測

2020年12月08日 | 銀河・銀河団
国立天文台水沢VLBI観測所と鹿児島大学理工学研究科天の川銀河研究センターを中心とした研究チームは、国立天文台のVERAを用いた観測の成果を10本の論文にまとめています。

このうちの1本の論文“The First VERA Astrometry Catalog”では、これまでにVERAで観測された99天体の測量データを公開。
より広い範囲を対象に位置天文観測を行うことで、天の川銀河の渦巻き構造がはっきりととらえらえられたそうです。

また、欧米の研究グループが観測した天体を含め計189天体の位置天文観測データを解析することで、天の川銀河の基本的な尺度をより高い精度で決定することにも成功。
太陽系から天の川銀河の中心までの距離(銀河中心距離)を2万5800光年、銀河の回転速度が太陽系の位置において毎秒227キロであることを決定しました。

なお、VERAによる位置天文観測のうち、およそ3割を占める終末期の星を、鹿児島大学の研究グループが中心となり観測しています。

今後、VERAでは天文学上重要になる天体を中心に、さらなる高精度な位置天文観測を進め、また東アジアVLBIネットワーク(EAVN :East Asia VLBI Network)などへの拡張も見据え、さまざまな天体や研究テーマを対象とした新たな観測計画への発展を目指すそうです。

国立天文台の電波望遠鏡ネットワーク“VERA”

遠く離れた複数の電波望遠鏡で同時に観測すると、口径の大きい電波望遠鏡を使うのと同様の性能を得ることができます。

国立天文台では口径20メートルの電波望遠鏡を水沢局(岩手県)、入来局(鹿児島県)、小笠原局(東京都小笠原)、石垣島局(沖縄県)の4か所に設置。
この4か所の電波望遠鏡を用いた高い解像度の観測によって、天体までの距離や運動を精密に計測する“位置天文観測”を行っています。

そして、これら位置天文観測データを用いて進めているのが、天の川銀河の3次元立体構造のほか、星の形成や進化、銀河中心の超大質量ブラックホールや超高速ジェットなどの研究です。
国立天文台の電波望遠鏡ネットワーク“VERA”を構成する国内4か所の観測局。(Credit: 国立天文台)
国立天文台の電波望遠鏡ネットワーク“VERA”を構成する国内4か所の観測局。(Credit: 国立天文台)
このように遠い場所にある複数の電波望遠鏡が協力して観測を行うことを“VLBI(Very Long Baseline Interferometry : 超長基線干渉計)”といいます。

これら4つの電波望遠鏡の特徴は、同時に2つの天体を観測できる2ビーム電波望遠鏡であること。
ひとつの受信機の視野を観測天体に、もうひとつの受信機の視野を観測天体の近くにある参照天体に向けて、同時に観測することによって大気揺らぎを補正し、天体の位置決定精度を向上させています。
この観測手法相対“VLBI”と呼ばれています。

この相対VLBIの手法を用いて、銀河系の3次元精密立体マップを作成する国立天文台の電波観測プロジェクがVERA(VLBI Exploration of Radio Astrometry)プロジェクトです。

プロジェクトでは、相対VLBIと地球の公転による年周視差の測定を合わせて、より精密な電波源の位置及び運動を観測しています。
“VERA”は2000年代初頭の建設当初から、国立天文台と鹿児島大学が巨六してプロジェクトを運営してきた。

“VERA”による位置天文観測精度向上の取り組み

“VERA”のよる“位置天文観測”には、20年間の膨大なデータをどう速く正確に処理するかという課題がありました。

この問題を解決するため、“VERA”データ解析チームは専用のソフトウェア“VEDA(ベーダ)”を開発。
“VEDA”の開発によって解析の自動化が進み、数多くの天体の距離を計測できるようになりました。

20年近くにわたる経験に基づいた観測・解析方法を駆使することにより、“VERA”は世界トップレベルの天体位置測定精度10マイクロ秒角(=3億6000万分の1度)を達成。
これは地球から月面に置かれた1円玉を観測したときの見かけの大きさに相当します。

この精度を達成したことにより、3万光年を超える天体の距離測定に成功。
これまでにない広大な領域で、天の川銀河の地図作りが可能になっています。

日本天文学会欧文研究報告に10本の論文を発表

2002年の電波望遠鏡4台の完成以来、研究チームは観測や較正の方法を改良し位置天文観測の精度を高めてきました。

“VLBI”による位置天文観測には、天体の距離を計測(=年周視差を計測)するのに必要な時間は最低でも1年。
また、全観測データ取得後にも、解析やその精度評価などに多大な時間がかかるという難点があります。

プロジェクトでは、精度向上のために導入した世界初の2ビーム同時受信システムや、大気の揺らぎによる位置計測誤差の手法確立などに挑戦。
これら課題を解決し、“VERA”による最初の位置天文観測の成果発表ができたのは、完成から5年後の2007年のことでした。

でも、その後は24時間体制での定常な観測が精力的に行われ、これまでに日本天文学会欧文研究報告(PASJ: Publication of the Astronomical Society of Japan)における3回のVERA特集号(2008年、2011年、2014年)を中心に、約60本の論文として成果を発表しています。

2020年8月に出版された“The Catalog and Recent Results from VERA”は、今回で4回目になるVERA特集号。
これまでに得られた“VERA”による位置天文観測結果全てをまとめたカタログ論文の第一版をはじめ、完成から20年近くをかけて行った観測精度向上のための検証結果や、星の誕生や進化に関する最新の研究成果など、10本の論文を発表しています。
2020年8月に出版された日本天文学会欧文研究報告(PASJ: Publication of the Astronomical Society of Japan)。“The Catalog and Recent Results from VERA”は今回で4回目になるVERA特集号。(Credit: ASJ)
2020年8月に出版された日本天文学会欧文研究報告(PASJ: Publication of the Astronomical Society of Japan)。“The Catalog and Recent Results from VERA”は今回で4回目になるVERA特集号。(Credit: ASJ)

天の川銀河中心部までの距離を精密測量

今回発表されたVERAカタログ論文第一版でまとめられているのは、これまでに“VERA”で観測された全ての天体のもの(99天体)。
このうち、21天体は今回の論文が初の公開になります。

発表時点では、“VERA”と欧米のグループを合わせると224天体の測定結果があり、このうち約半数が“VERA”のものになります。

今回、より広い範囲で多くの位置天文観測を行って分かったのは、銀河の中心から螺旋(らせん)を描くように伸びる“腕”に沿って天体が分布していること。
複数の腕を持つ渦巻き銀河の姿として、天の川銀河をはっきりととらえています。
VERAを含むVLBI観測で得られた224天体の分布(色のついた矢印)と天の川銀河の渦巻構造のイメージ図(背景画像)。同じ色の矢印で表している天体は、同じ“腕”に属している。これまでの想像による渦巻腕(イメージ図とそれに重ねて描いた黒い曲線)と今回の直接観測による渦巻腕に沿った天体の分布や回転運動が、よく一致していることが明らかになった。(Credit: 国立天文台)
VERAを含むVLBI観測で得られた224天体の分布(色のついた矢印)と天の川銀河の渦巻構造のイメージ図(背景画像)。同じ色の矢印で表している天体は、同じ“腕”に属している。これまでの想像による渦巻腕(イメージ図とそれに重ねて描いた黒い曲線)と今回の直接観測による渦巻腕に沿った天体の分布や回転運動が、よく一致していることが明らかになった。(Credit: 国立天文台)
また、天体の運動を調べてみると、天の川銀河の外側に位置する天体でも場所によらず、ほぼ一定の速度で回転していることが分かりました。

これは、他の銀河と同様に天の川銀河の外側にも大量のダークマターが存在するという、これまでの観測結果を肯定するものでした。

さらに、224天体のうち、天の川銀河の腕に存在し共に回転運動をしていると考えられるものが189天体あります。

これら189天体の位置天文観測データを、シミュレーションによる計算結果と詳しく比較することで分かってきたのは、天の川銀河の基本的な尺度である銀河中心距離が25,800±1,100光年だということ。
さらに、太陽系の位置において銀河回転速度が秒速227±11キロを誤差5%の精度で、決定することに成功しています。

今回得られた太陽系から銀河中心までの距離は、これまで考えられてきた1985年の国際天文学連合の推奨値約27,700光年より小さなものになっています。

VERA計画当初から協力を進めてきた鹿児島大学

1990年代におけるVERA計画の策定当初から国立天文台と協力してきたのが鹿児島大学です。

当時は、錦江湾公園に移設された口径6メートルのミリ波電波望遠鏡を運用して、VLBI観測の経験を積み上げていました。
現在、このミリ波望遠鏡は東京都三鷹市に設置、日本天文遺産に認定されている。

2002年にVERA入来局が完成すると、観測局の共同運用を開始。
高性能の電波望遠鏡を使った定常観測や日常・定期保守、データ処理ソフトウェアの開発や査読論文発表には多くの学生が関わり、毎年10名以上の学部卒業生や大学院修了性を輩出してきました。

海外からの留学生も受け入れ、その中には研究者として現在も活躍されている方がいます。

鹿児島大学のチームが担っていたのは、公開された99天体の“VERA”による位置天文観測データの約3割(28天体)。
主導して行った研究も複数あり、激しい物質放出を伴う終末期にある星の研究もその一つになります。

“VERA”による星の距離の高精度な決定により、これら星々の絶対的な明るさと周期的な明るさの変化の関係を正確に把握することができます。

一方、鹿児島大学は口径1メートルの赤外線望遠鏡を運用しています。

この望遠鏡を用いた長期間に及ぶ観測結果から、星の見かけの明るさと変光の周期の関係を組み合わせることで、同種の変光星についてさらに多くの星の距離を推定することが可能になりました。

その結果、天の川銀河の中で散らばる星々の分布を、今後、さらに詳細に把握する基礎が構築されました。

現在、進んでいるのは、このような星々からの物質が激しく放出される様子を、動画としてとらえる取り組み。
この取り組みは、“VERA”を含む東アジアVLBIネットワーク(日本、韓国、中国)の連携により進められています。

鹿児島大学では、“VERA”の共同運用と研究の実績を踏まえ、さらに他の望遠鏡による観測や理論研究を強力に進める組織として、2019年1月に理工学研究科付属天の川銀河研究センターが発足しました。

鹿児島大学は、今後もVERA入来局を利用した観測を含め、電波天文学を中心とした国際交流・国際連携を進めていくそうです。

今回の成果の意義と将来への展望

今回得られた銀河中心距離25,800±1,100光年は、これまで考えられてきた1985年の国際天文学連合の推奨値約27,700光年より小さなものでした。

この結果は、年周視差に基づいた非常に信頼性の高い測定であり、これまでの基本尺度へ改訂を迫るものです。

一方、超大質量ブラックホール“いて座A*”周囲の天体の軌道解析により、2019年に発表された推定値25,800~26,600光年ともよく一致しています。
“いて座A*(いてざエースター)”は天の川銀河の中心に存在している太陽の400万倍の質量を持つ超大質量ブラックホール。
このことは、“いて座A*”が銀河回転の力学的な中心に位置することを示唆していました。

現在、“VERA”は“いて座A*”の距離測定に挑戦中なので、天の川銀河の中心ブラックホール研究の進展が期待されています。

引き続き重要な役割を担うことになる、“VERA”による世界最高制度の位置天文観測。
今後は人工衛星も加えた位置天文観測とも協力し、天文学の発展において重要になる天体などを中心に、さらなる高精度な位置天文観測を推進する計画です。

また、“VERA”は東アジアVLBIネットワークでも、引き続き中心的な役割を担うことが要望されています。

東アジアVLBIネットワークの拡張による高感度化・高解像度化も見据え、2020年代は位置天文観測に留まらず、さまざまな天体や科学的テーマを対象とした新たな観測計画への発展を目指して、“VERA”の4局を活用した研究を引き続き推進するそうです。


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