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素早く超大質量のブラックホールを作るには? 初期宇宙で見つかったブラックホールは巨大で濃密なガス雲の重力崩壊から生まれた

2023年12月26日 | ブラックホール
ほとんどの銀河の中心には、太陽の100万倍から100億倍の質量を持つ超大質量ブラックホールが存在すると考えられています。

ただ、超大質量ブラックホールの起源は多くの謎に包まれているんですねー
長年の研究から、超大質量ブラックホールは小さなブラックホールが合体を繰り返すことで、形成されたとも考えられています。

ただ、その“種”となる小さなブラックホールは、恒星の重力崩壊(※1)によって生じた軽いブラックホールという説と、初期の宇宙にあった巨大なガス雲の重力崩壊で生じた重いブラックホールという、2つの説が対立していました。
太陽のおよそ8倍以上の質量を持った恒星が、進化の最終段階で鉄の中心核を作ると、鉄は宇宙で最も安定した元素なので、それ以上は核融合を行えなくなってエネルギーを作り出せなくなり、星は自身の重力を支えきれずつぶれてしまう。この重力崩壊によって中心核の密度が十分高くなると、外側から落ちてくる物質を中心核で跳ね返して“重力崩壊型超新星爆発”を起こすと考えられている。爆発の後には中性子星やブラックホールといったコンパクト天体が残される。
今回の研究では、以前から注目されていたクエーサー(※2)“UHZ-1”をジェームズウェッブ宇宙望遠鏡で観測。
これにより、詳細な観測データを取得しています。
※2.クエーサーは、銀河中心にある超大質量ブラックホールに物質が落ち込む過程で生み出される莫大なエネルギーによって輝く天体。銀河の初期形態とも考えられている。遠方にあるにもかかわらず明るく見えている。
その結果、明らかになったのは、“UHZ-1”が宇宙誕生から約4億6000万年後の時代に存在した銀河だということでした。
さらに、その中心部にあるブラックホールの質量が太陽の1000万~1億倍もあることを明らかにしています。

これは、最も遠い超大質量ブラックホールを発見したもので、超大質量ブラックホールの“種”は、巨大なガス雲の重力崩壊で生じたという説を後押しするものでした。
この研究は、プリンストン大学のAndy D. Gouldingさんたちの研究チームが進めています。
図1.X線天文衛星チャンドラとジェームズウェッブ宇宙望遠鏡が撮影した“UHZ-1”。(Credit: NASA, CXC, SAO & Ákos Bogdán (チャンドラのX線画像) / NASA, ESA, CSA & STScI (ウェッブ宇宙望遠鏡の赤外線画像) / NASA, CXC, SAO, L. Frattare & K. Arcand (画像処理))
図1.X線天文衛星チャンドラとジェームズウェッブ宇宙望遠鏡が撮影した“UHZ-1”。(Credit: NASA, CXC, SAO & Ákos Bogdán (チャンドラのX線画像) / NASA, ESA, CSA & STScI (ウェッブ宇宙望遠鏡の赤外線画像) / NASA, CXC, SAO, L. Frattare & K. Arcand (画像処理))


ほとんどの銀河の中心には超大質量のブラックホールが存在している

ほとんどの銀河の中心には、太陽の100万倍から100億倍の質量を持つ超大質量ブラックホールが存在すると考えられています。

私たちの天の川銀河の中心にも、太陽の400万倍の質量を持つ超大質量巨大ブラックホール“いて座A*(エースター)”が存在していて、これら超大質量ブラックホールの起源を解明することは、現代天文学の最重要課題の1つになっています。

一方、大質量星が超新星爆発を起こした後に誕生する“恒星質量ブラックホール”は、宇宙に数多く存在しています。

ただ、恒星質量ブラックホールの質量は太陽の数倍~数十倍程度…
超大質量ブラックホールとでは、スケールに大きな差があるんですねー

そこで、超大質量ブラックホールは、恒星質量ブラックホールが合体を繰り返すことで形成されたとも考えられています。

このことから、この2つのブラックホールの中間くらいの質量を持つ“中間質量ブラックホール(太陽質量の100倍~10万倍ほど)”も存在することになります。

問題は、その“中間質量ブラックホール”の確実な発見例がほとんど無いことでした。
そう、中間質量ブラックホールは、存在は予測されていても、確実な発見例がほとんど無いブラックホールでもあります。

このことから、超大質量ブラックホールがどのようにして形成されたのかは、大きな謎として残ったままになっています。


初期宇宙に見つかる超大質量ブラックホールはどうやって形成されたのか

遠方の宇宙、つまり初期の宇宙を観測するとクエーサーを見つけることができます。
このことから、超大質量ブラックホールは宇宙の誕生から間もない頃に、あまり時間をかけずに形成されたと考えられています。

では、超大質量ブラックホールは、どのようにして作られたのでしょうか?

長年の研究から、超大質量ブラックホールは、もっと小さなブラックホールが周辺のガスを取り込みつつ質量を増やしたと、いうシナリオが有力視されています。

その場合、超大質量ブラックホールに成長するための“種”となる、ブラックホールの起源が問題になってきます。
これまでの研究で有力視されている“種”についての説は2つ。

1つ目は、初期の宇宙に存在した非常に重い恒星から生じたブラックホールだという説。
この場合、初期の質量は太陽の10~100倍とかなり小さな値になります。

この説は、恒星の重力崩壊というよく知られているシナリオから生じるので、多くの詳細が判明しています。
一方で、どんなに速くても成長に数億年かかるという問題もあります。
そうすると、初期の宇宙に存在するクエーサーの形成には、このシナリオでは時間的に間に合わないことになります。

2つ目は、“直接崩壊ブラックホール(Direct collapse black hole)”と呼ばれるブラックホールとする説です。
初期の宇宙には、非常に巨大で濃密なガス雲が存在していたと考えられています。
このガス雲が、自身の重力で崩壊するとブラックホールが形成されます。

この場合、恒星の質量限界を大幅に超える、最大で太陽の10万倍もの質量を持つブラックホールが形成されます。
この説だと、1つ目の説よりも素早く質量の大きなブラックホールが形成されるという利点があります。

一方で、巨大なガス雲が巨大なブラックホールを生み出す環境を整えるには、いくつかの厳しい条件を満たす必要があります。
この説の問題は、この条件を満たしたガス雲が数多く存在していたのか? っといった不明な点にあります。


巨大なガス雲が重力崩壊を起こして形成されたブラックホール

今回、研究の対象となったのは、ちょうこくしつ座の方向に位置するクエーサー“UHZ-1”でした。

“UHZ-1”は、既にNASAのX線天文衛星“チャンドラ”によって観測されていた天体。
当時は興味深い対象として見られていたものの、解像度の限界や正確な距離など、詳しい研究を行うためのデータが不足しているという問題がありました。

そこで、研究チームでは2021年12月に打ち上げられたジェームズウェッブ宇宙望遠鏡を用いて、“UHX-1”を観測し詳細なデータを収集。
分析の結果、“UHZ-1”の赤方偏移(※3)はz=10.073±0.002と計測されました。
※3.膨張する宇宙の中では、遠方の天体ほど高速で遠ざかっていくので、天体からの光が引き伸ばされてスペクトル全体が低周波側(色で言えば赤い方)にズレてしまう。この現象を赤方偏移といい、この量が大きいほど遠方の天体ということになる。110億光年より遠方にあるとされる銀河は、赤方偏移の度合いを用いて算出されている。
これは、地球から315億光年離れた位置にある、今から133億2000万年前の時代、つまり宇宙誕生から4億6000万年後の時代に存在した天体であることを意味していました。
図2.X線天文衛星チャンドラとジェームズウェッブ宇宙望遠鏡が撮影した“UHX-1”の画像を重ねたもの。非常に大きな正方形で表されるチャンドラの画像に対し、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡は細かい構造が確認できる。(Credit: Ákos Bogdán, et al.)
図2.X線天文衛星チャンドラとジェームズウェッブ宇宙望遠鏡が撮影した“UHX-1”の画像を重ねたもの。非常に大きな正方形で表されるチャンドラの画像に対し、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡は細かい構造が確認できる。(Credit: Ákos Bogdán, et al.)
“UHZ-1”は、毎秒5×10の38乗Jのエネルギーを放出していることから、その中心には太陽の1000万~1億倍の質量を持つブラックホールが存在しているようです。
これは、観測史上最も遠い超大質量ブラックホールの発見となりました。

また、推定された“UHZ-1”に属する恒星の総質量は太陽の1億4000万倍。
超大質量ブラックホールの質量とほぼ同じとなり、ブラックホールが占める割合が非常に高い銀河であることを示していました。
このような極端な比率は、巨大なガス雲が重力崩壊を起こしブラックホールが形成された状況にも、よく当てはまります。

さらに分かったのは、“UHZ-1”の観測データが、典型的なクエーサーや活動銀河核とは異なっていることでした。
このことは、“UHZ-1”のブラックホールが濃いチリに隠されていること、そして星形成が進んでいることと一致しています。

今回の“UHZ-1”の観測データは、超大質量ブラックホールがガス雲の重力崩壊で発生したブラックホールを“種”にしている可能性を高めるものでした。

初期の宇宙にはまだ多くの謎があり、その謎を解くと期待されるジェームズウェッブ宇宙望遠鏡を用いた観測も始まったばかりです。

今回の“UHZ-1”の観測データを含め、さらなる研究は初期宇宙の様子という究極の疑問に答えるために重要なものと言えます。


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なぜ超大質量ブラックホールの近くに星が存在しているのか? この星は100億年以上の長い旅を経て他の銀河からやってきたようです

2023年12月25日 | ブラックホール
今回の研究では、天の川銀河の超大質量ブラックホールの近くにある星を、すばる望遠鏡の補償光学と近赤外線装置を用いて観測。
すると、この星が100億歳以上の年齢で、天の川銀河の近くにあった矮小銀河で生まれた可能性が高いことが分かりました。

このことは、天の川銀河中心の超大質量ブラックホールの近傍(1秒角以内)にある星が銀河の外で生まれた可能性を、初めて観測的に明らかにしたものになります。
この研究を進めているのは、宮城教育大学、大同大学、和歌山工業高等専門学校、愛知教育大学、東北大学、早稲田大学、国立天文台などの研究者によるチームです。
研究成果は、“日本学士院紀要”の欧文報告“Proceedings of the Japan Academy, Ser. B, Physical and Biological Sciences”オンライン版に、2023年12月1日付で掲載されました(Nishiyama et al. "Origin of an Orbiting Star around the Galactic Supermassive Black Hole")。
図1.すばる望遠鏡の補償光学装置“AO188”と近赤外線分光撮像装置“IRCS”で撮られた天の川銀河の中心領域。約3秒角の視野内にたくさんの星が写っている。今回の研究で対象となった恒星“SO-6”(青の丸)は、巨大ブラックホール“いて座A*”(緑の丸の位置)から約0.3秒角離れた位置にある。(Credit: 宮城教育大学/国立天文台)
図1.すばる望遠鏡の補償光学装置“AO188”と近赤外線分光撮像装置“IRCS”で撮られた天の川銀河の中心領域。約3秒角の視野内にたくさんの星が写っている。今回の研究で対象となった恒星“SO-6”(青の丸)は、巨大ブラックホール“いて座A*”(緑の丸の位置)から約0.3秒角離れた位置にある。(Credit: 宮城教育大学/国立天文台)


ブラックホールが存在する大きな証拠

ほとんどの銀河の中心には、太陽の100万倍から100億倍の質量を持つ超大質量ブラックホールが存在すると考えられています。

私たちの天の川銀河の中心にも、太陽の400万倍の質量を持つ超大質量ブラックホール“いて座A*(エースター)”が存在しています。

では、そこにブラックホールがあると、なぜ分かったのでしょうか?

アンドレア・ゲズ博士が率いるアメリカの研究チームとラインハルト・ゲンツェル博士が率いるドイツの研究チームは、“いて座A*”の近くにある星々の動きを30年にもわたって観測。
その星々の動きは、強い重力の影響を受けていることが分かってきます。

その結果、何もないように見えるその場所に、太陽の400万倍の質量が詰め込まれていることを発見しています。
これが、ブラックホール存在の大きな証拠となり、両博士は2020年のノーベル物理学賞を受賞しています。


なぜ超大質量ブラックホールの近くに星が存在しているのか

実は、その星々の存在自体が大きな謎でもありました。

超大質量ブラックホールの近くでは、とても強い重力が働いています。
そのため、星の材料となるガスやチリは、ひとところに集まることができなくなります。
つまり、超大質量ブラックホールの近くでは、星を作ることができないんですねー

では、なぜ“いて座A*”の近くには星がたくさんあるのでしょうか?

今回の研究では、この謎に挑戦するため、“いて座A*”のすぐ近くにある星“SO-6”を調べています。(図1)

“SO-6”は暗く、たくさんの星が込み合った領域にあるので、観測できる望遠鏡は、すばる望遠鏡を含めて世界に数台しかありません。
ただ、すばる望遠鏡の集光力と視力(空間分解能)をもってしても、研究に必要なデータの収集には、8年間で合計10回の観測が必要でした。

まず、“SO-6”が本当に“いて座A*”の近くにあるのかどうかを確認する必要がありました。
それは、地球にいる私たちから見ると近くにあるように見えても、立体的に見ると実は手前と奥で大きく離れている、という可能性があるからです。

研究チームでは、2014年から2021年にかけて“SO-6”の運動を測定。
その結果、“SO-6”は“いて座A*”の強い重力を受けている、つまり2つの天体はお互いにすぐ近くにあることが分かります。

次に調べたのは“SO-6”の年齢でした。
年齢を知るには、“SO-6”の明るさ、温度、星に含まれる鉄などの情報が必要になります。
これら観測値を理論的なモデル計算と比較した結果、“SO-6”は100億歳以上の老いた星であることが分かりました。

そして、最後に行われたのは、“SO-6”に含まれる様々な元素の量を調べることでした。
これにより、星の生まれ故郷が分かる訳です。

水素やヘリウム以外の元素は、主に星の内部で作られます。
さらに、どの元素がどの時期に、どれくらい作られるのかは銀河によって異なっています。

この研究で発見したのは、“SO-6”に含まれる元素の比が、天の川銀河の近くにある小さな銀河である小マゼラン雲や、いて座矮小銀河の星にとても似ていることでした。(図2)
つまり、“SO-6”の生まれ故郷は、過去に天の川銀河の周りを公転していた小さな銀河(衛星銀河)(※1)である可能性が高いことが分かった訳です。
※1.衛星銀河(伴銀河ともいう)とは重力の相互作用により、より大きな銀河の周囲を公転する銀河。天の川銀河には、周囲を公転している“衛星銀河”が50個以上見つかっていて、大マゼラン雲と小マゼラン雲もその衛星銀河に含まれている。どちらも、かつては小さな棒渦巻銀河だったと考えられている。
図2.星に含まれる元素の組成を、複数の領域で比較した図。“SO-6”(赤丸)は、天の川銀河の円盤部(緑の丸)やバルジ部の星(黄色の丸)よりも、小マゼラン雲(三角)や、いて座矮小銀河(水色の丸)と似ていることが分かる。図の横軸は鉄原子と水素原子の数の比の対数、縦軸はアルファ元素と鉄元素の数の比の対数。アルファ元素とは、炭素、酸素、マグネシウム、ケイ素、カルシウムなど、ヘリウム原子核が結合してできる元素を指す。縦軸の破線([鉄/水素]=0、[アルファ元素/鉄]=0)は、太陽の値を示している。太陽の10倍であれば値は+1.0、10分の1であれば-1.0となる。(Credit: 宮城教育大学/国立天文台)
図2.星に含まれる元素の組成を、複数の領域で比較した図。“SO-6”(赤丸)は、天の川銀河の円盤部(緑の丸)やバルジ部の星(黄色の丸)よりも、小マゼラン雲(三角)や、いて座矮小銀河(水色の丸)と似ていることが分かる。図の横軸は鉄原子と水素原子の数の比の対数、縦軸はアルファ元素と鉄元素の数の比の対数。アルファ元素とは、炭素、酸素、マグネシウム、ケイ素、カルシウムなど、ヘリウム原子核が結合してできる元素を指す。縦軸の破線([鉄/水素]=0、[アルファ元素/鉄]=0)は、太陽の値を示している。太陽の10倍であれば値は+1.0、10分の1であれば-1.0となる。(Credit: 宮城教育大学/国立天文台)
“SO-6”は、かつて天の川銀河の近くに存在していた、今は無き小さな銀河で生まれたと考えられます。
その銀河は天の川銀河に取り込まれ、“SO-6”は天の川銀河の中心にある超大質量ブラックホールまで、100億年以上の長い旅を経て移動してきたようです。

一方で、“SO-6”が天の川銀河で生まれた可能性もゼロではありません。
それは、“SO-6”の特徴が、天の川銀河の中心から6000光年に広がる“バルジ”と呼ばれる構造にある少し変わった星とも似ているからです。

今後、研究チームでは、すばる望遠鏡の空間分解能をより高くするための装置を開発。
2024年には、その装置を用いて“SO-6”の特徴をより詳しく調べ、さらに“いて座A*”の近くにある他の星の起源も調べる予定です。

“SO-6”は、本当に天の川銀河の外で生まれたのでしょうか?
天の川銀河へは仲間と一緒だったのか、それとも一人旅だったのでしょうか?
この疑問を解決するため、さらなる調査で超大質量ブラックホールの近くにある星の謎を解き明かしていくようです。


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高速電波バーストよりも短い天体現象“超高速電波バースト”を検出! 電波の放出時間はわずか0.3マイクロ秒だった

2023年12月24日 | 宇宙 space
短時間に大量の電波パルスを発する“高速電波バースト(FRB; Fast Radio Bursts)”は、その正体やメカニズムなどに多くの謎があり、現在も研究が続いている天体現象です。

今回の研究では、周期的な電波の放出が唯一観測されている高速電波バースト“FRB 20121102A”の観測データを精査。
すると、電波の放出時間が0.3~4マイクロ秒と、マイクロ秒単位(1マイクロ秒=100万分の1秒)のバーストを8回観測していたことが明らかになります。

これは、これまでの高速電波バーストの10分の1未満の時間しか持続しない天体現象“超高速電波バースト(Ultra-Fast Radio Bursts)”の初めての観測事例でした。
多くの謎を持つ高速電波バーストのメカニズムを解明するための重要な手掛かりになるようです。
この研究は、オランダ電波天文学研究所のM. P. Sneldersさんたちの研究チームが進めています。
図1.超高速電波バーストを観測したロバート・バード・グリーンバンク望遠鏡。(Credit: NRAO, AUI, NSF)
図1.超高速電波バーストを観測したロバート・バード・グリーンバンク望遠鏡。(Credit: NRAO, AUI, NSF)


短時間に強力な電波パルスを発する謎の天体現象

高速電波バーストは、マイクロ秒~ミリ秒という短時間に強力な電波パルスを発する天体現象で、数十億光年もの彼方で発生していると考えられています。

ただ、その起源となる天体の正体や発生のメカニズムは未だ分かっていません。

分かっているのは、高速電波バーストが短時間に放出するエネルギー量は膨大で、太陽が数日かけて放出する総エネルギーに匹敵すること。
さらに、1つの例外を除き、高速電波バーストは1回だけ観測される周期的ではない天文現象ということです。

観測された電波の性質から、高速電波バーストの起源天体候補として上がっているのは、中性子星やマグネターなど、強い磁場を持つ天体。
数多くのモデルが提唱されている状況で、天文学における未解決問題になっています。
ただ、ほとんどの高速電波バーストが、銀河系外で発生していることは分かっています。

このように考えられるのは、高速電波バーストの放出時間の多くがミリ秒単位(1ミリ秒=1000分の1秒)で、電波放出源が数百キロ以下だと推定されるからです。

また、これよりさらに短時間だけ、具体的にはマイクロ秒単位での電波放出も予測されていました。
ただ、電波望遠鏡の観測精度の限界や、宇宙空間に薄く存在する物質の影響で電波が変調するなどの影響があり、この現象を観測することは困難でした。

このため、マイクロ秒単位での電波放出は、これまで主のバーストに付随するサブバーストで観測されていたものの、孤立したバーストとして観測されたことはありませんでした。


高速電波バーストの10分の1未満しか持続していないバーストを検出

高速電波バーストは1つの例外を除いて周期的ではない天文現象とされていました。
その唯一の例外となったのが、2012年11月2日に観測された“FRB 20121102A”でした。

ぎょしゃ座の方向に位置する“FRB 20121102A”は、複数の観測チームが複数回の検出に成功している天体です。
現在では、1時間に数十回の電波放出があることが明らかになっていて、“FRB 20121102A”は高速電波バーストの中でも興味深い観測対象の1つになっています。

今回の研究では、アメリカ・ウエストバージニア州のロバート・バード・グリーンバンク望遠鏡が2017年8月26日に収集したデータを使用。
“FRB 20121102A”の5時間分の観測データの分析を進めています。

研究チームでは、観測データ5時間分のうち最初の30分間について、1秒当たり50万分の1までデータを分割したうえで、ソフトウェアおよび機械学習を使用した分析を実施。
これにより、通常とは異なるデータが含まれていないかを調べています。
図2.今回見つかった8つの超高速電波バースト。各バーストは孤立していて持続時間は0.3~4マイクロ秒。(Credit: M. P. Snelders, et al.)
図2.今回見つかった8つの超高速電波バースト。各バーストは孤立していて持続時間は0.3~4マイクロ秒。(Credit: M. P. Snelders, et al.)
分析の結果分かったのは、電波の放出時間が0.3~4マイクロ秒と、30マイクロ秒未満の孤立したバーストが8つ含まれていることでした。

これは、通常の高速電波バーストの10分の1未満しか持続していないバースト。
過去の研究で、このような超高速電波バーストがあることは予測されていましたが、実際の観測事例は今回が初めてのことでした。

興味深いことに、超高速電波バーストは持続時間こそ極めて短いものの、電波の性質はそれよりずっと長いバーストとよく似ていることが分かりました。

このことが示唆しているのは、高速電波バーストも超高速電波バーストも似たようなメカニズムで放出されているということ。
これは、高速電波バーストが放出されるメカニズムを解明する上で、重要な手掛かりになるはずです。

研究チームでは、超高速電波バーストは他にも観測されていると考えています。

たとえば、超高速電波バーストの存在を予測した研究では、“FRB 20200120E”の電波放出の継続時間はわずか60ナノ秒(0.06マイクロ秒、1ナノ秒は10億分の1秒)と予測しています。

でも、“FRB 20200120E”を含めた多くの高速電波バーストの観測データには、それを立証できるほど精度の高い観測データがありませんでした。

高速電波バーストの電波は、銀河の間を薄く満たす高温のイオン化したガスの影響を受けていることが知られています。

このことから、高速電波バーストの分布を調べることは、宇宙の大規模構造を調べる上でも重要なことと言えます。
さらに、この研究過程で新たな超高速電波バーストが見つかれば、高速電波バーストに対する新たな知見を得ることができるかもしれませんね。


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ブラックホール“いて座A*”は理論的な限界に近い速度で自転している! ある速度より速く自転すると存在出来なくなるようです

2023年12月23日 | ブラックホール
ブラックホールの自転速度は、ブラックホール周辺の環境に影響する重要なパラメーターだと考えられています。
なので、ブラックホールの自転速度を正確に算出することは重要なことになります。

今回の研究では、天の川銀河中心部に存在する超大質量ブラックホール“いて座A*(エースター)”のX線および電波での観測データを分析。
“いて座A*”の自転速度を表す回転パラメーターを0.90±0.06と算出しています。

この速度は、ブラックホールの理論的な自転速度の上限にほぼ近い値になるようです。
もし、この理論的な限界を超えた速度で自転すると、事象の地平面が消えてしまいブラックホールは存在出来なくなるようです。
この研究は、ペンシルベニア州立大学のRuth A. Dalyさんたちの研究チームが進めています。
図1.天の川銀河の中心部に存在する超大質量ブラックホール“いて座A*”。(Credit: EHT Collaboration)
図1.天の川銀河の中心部に存在する超大質量ブラックホール“いて座A*”。(Credit: EHT Collaboration)


ブラックホールの自転速度

地球をはじめ、様々な天体が自転という回転運動をしています。
その回転速度は様々ですが、どの天体にも物理的に限界が存在しています。

地球などの惑星や太陽のような恒星の場合だと、回転速度が高すぎて、遠心力によってバラバラに砕けてしまうのが自転速度の限界になります。

一方、ブラックホールの場合、他の天体とは事情が異なってきます。

ブラックホールは何らかの物体で構成された天体ではなく、“事象の地平面”で定義される時空の性質があるので、物質と同じような定義で回転速度の限界を考えることができません。

事象の地平面とは、これより内側に入った物体やエネルギーは、たとえ光速であっても再び外側に逃げ出すことができない境界面このと。
ブラックホールでは光でも逃げ出せないという性質の根幹となっています。

一般相対性理論を自転するブラックホールについて解くと、ある速度より速く自転するブラックホールは、事象の地平面が消えてしまうことになります。

ブラックホールは、事象の地平面より内側に存在する時空なので、事象の地平面が消えてしまう条件では、ブラックホールは存在出来なくなると考えられています(※1)
※1.事象の地平面が消滅したブラックホール、つまり裸の特異点が存在しないという説は“宇宙検閲官仮説”と呼ばれている。
これは“a_*”という記号で表される“回転パラメーター”という数値で表されます。
全く自転しないブラックホールは回転パラメーターが“0”で、事象の地平面が消えてしまう限界値では回転パラメーターは“1”になります。

つまり、存在可能なブラックホールは、回転パラメーターが0~1の間に収まることになります。

ただ、宇宙検閲官仮説は証明も反証もされていません。

見つかっている多くのブラックホールは、回転パラメーターが1に近い高速で自転していますが、これは太陽の数倍程度の質量を持つ“恒星質量ブラックホール”での話になります。

多くの銀河の中心部に存在する超大質量ブラックホールの場合だと、その回転パラメーターは多くの場合で未だに分かっていませんでした。


“いて座A*”は理論的な限界に近い速度で自転している

今回の研究で算出を試みているのは、天の川銀河の中心部に存在する超大質量ブラックホール“いて座A*”の回転パラメーターでした。

ブラックホールそのものの自転を直接観測することはできないので、ブラックホールの周りを取り巻く物質である降着円盤(※2)からの放射を観測することで、“いて座A*”の回転パラメーターを算出しています。
※2.ブラックホールへ落下する物質は角運動を持つため、降着円盤と呼ばれるへんぺいな円盤をブラックホールの周囲に作る。降着円盤内のガスの摩擦熱によって落下するガスは電離してプラズマ状態へ、この電離したガスは回転することで強力な磁場が作られ、降着円盤からは荷電粒子のジェットが噴射し降着円盤の半径に応じて、可視光線、紫外線、X線と幅広い電磁波が観測される。
研究チームでは、“いて座A*”に関するX線と電波での観測結果から、それぞれの降着円盤の回転速度を推定。
その値から、“いて座A*”の回転パラメーターを算出し、回転パラメーターは0.90±0.06という値を得ています。

この値は、限界値の1に非常に近いもの。
“いて座A*”は、理論的な限界に近い速度で自転していることを示していました。

では、超大質量ブラックホールの回転パラメーターが分かると、どのようなことが分かるのでしょうか?

例えば、過去の研究で、“いて座A*”の回転パラメータは0.44というかなり小さな値が推定されていたことがありました。

一方、超大質量ブラックホールは、周りの物質を吸い込んで自転速度を上げる傾向にあります。

つまり、超大質量ブラックホールは、回転パラメーターが上昇する傾向にあると考えることができます。
なので、0.44というかなり小さな回転パラメーター値を推定した研究とは、矛盾することになります。

ただ、今回の研究では、0.44と推定した研究とは研究手法が異なるものの、より矛盾の少ない結果が得られています。

また、ブラックホール周辺の環境は、自転している場合と自転してない場合とでは、大きく異なります。

ブラックホールの自転は降着円盤からの放射などに影響し、ひいては銀河の進化など、より大きな範囲に影響を与えます。

“いて座A*”が大きな回転パラメーターを持つことは、超大質量ブラックホールを持つと考えられる多くの銀河の環境や進化を考える上で重要な発見といえますね。


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史上初! 天王星で赤外線オーロラの観測に成功。高層大気や内部構造の解明への手掛かりになるかも

2023年12月22日 | 天王星・海王星の観測
太陽系の惑星の中では木星、土星に次いで3番目に大きな惑星が“天王星”です。

天王星といえば、その自転軸の傾きがほぼ横倒しになっていることが大きな特徴ですが、磁軸の角度や位置に大幅なズレがあることで注目されている惑星でもあります。

この奇妙な磁場の解明の手段として、“オーロラ”の観測が行われています。

今回の研究では、史上初めて天王星の赤外線オーロラの観測に成功しています。
このことは、天王星の高層大気や内部構造を調べる上で重要なデータになるようです。
この研究は、レスター大学のEmma M. Thomasさんたちの研究チームが進めています。
図1.今回観測された赤外線オーロラの観測データを、実際の天王星の撮影画像に当てはめたもの。実際にこのように撮影されたわけではない。(Credit: University of Leicester (赤外線オーロラ) / NASA, ESA & M. Showalter (SETI Institute) (天王星))
図1.今回観測された赤外線オーロラの観測データを、実際の天王星の撮影画像に当てはめたもの。実際にこのように撮影されたわけではない。(Credit: University of Leicester (赤外線オーロラ) / NASA, ESA & M. Showalter (SETI Institute) (天王星))


なぜ磁軸が自転軸から59度も傾いているのか

地球の高緯度地域で観測されるオーロラは、視覚的に美しく一般的にもよく知られている現象ですが、惑星科学的にも重要な存在になります。

オーロラは、太陽から放出される荷電粒子(電気を帯びた粒子)と、大気を構成する分子との衝突によって発生する現象です。
このオーロラの色が様々なのは、分子の種類や状態によって発生する電磁波の波長が異なるからです。

このため、オーロラは肉眼的に視認可能な可視光線だけでなく、目に見えない電波・赤外線・紫外線の領域でも発生しています。

オーロラの発生には、大気分子と荷電粒子の衝突が必要ですが、荷電粒子は磁場によって弾かれてしまうんですねー
なので、荷電粒子は磁場が弱い場所“磁軸(磁場の軸)”がある極付近に集中して発生することになります。

地球を含むほとんどの天体では自転軸と磁軸がほぼ一致しているので、多くの天体ではオーロラは高緯度地域のみで発生する現象になっています。

でも、大きな例外が一つあります。
それが“天王星”です。

NASAの“ボイジャー2号”が、天王星のフライバイ観測を実施したのが1986年のこと。
この観測で明らかになったのは、天王星の磁軸が自転軸から59度も傾いているだけでなく、天王星の中心から3分の1もズレた場所を通過していることでした。
図2.天王星の磁場の構造。磁軸は自転軸に対して59度ズレているだけでなく、中心から3分の1の場所を通過していて、このような構造は他のタイプの惑星には見られない。(Credit: Ruslik0)
図2.天王星の磁場の構造。磁軸は自転軸に対して59度ズレているだけでなく、中心から3分の1の場所を通過していて、このような構造は他のタイプの惑星には見られない。(Credit: Ruslik0)
天王星は、その自転軸の傾きがほぼ横倒し(98度も傾いている)になっている珍しい惑星です。
このことも考えると、なぜこのような磁場が存在しているのかは興味深い疑問といえます。

天王星の磁場を詳細に研究するのに最も適した方法は、惑星に探査機を送り込むことです。
ただ、探査機を送り込むとなると、膨大な予算と時間が掛かってしまいます。

そこで、探査機に代わる方法として、オーロラの観測によって磁場を間接的に測定する手段が検討されていて、このためには様々な波長のオーロラを観測する必要がありました。

天王星のオーロラは、これまで紫外線領域で観測されたことはありますが、赤外線領域で観測されたことはありません。
この状態はデータに大きな穴があることになり、他の天体とオーロラや磁場を比較する上で大きな障害となります。


史上初めて天王星の赤外線オーロラを観測

今回の研究で用いられたのは、ハワイ島マウナケアにあるケックII望遠鏡で取得された天王星の観測データ約6時間分でした。
研究チームでは、このデータに赤外線オーロラが含まれていないか調査を行っています。

これまでの研究から、天王星の赤外線オーロラはプロトン化水素分子(※1)によって発生する可能性が指摘されていました。
※1.水素原子が正三角形上に配置された分子。
1992年に発見されていたプロトン化水素分子ですが、これにより赤外線オーロラが発生しているのかは不明でした。
それは、オーロラ以外の理由で発生していると見られる赤外線に隠されていたからでした。

研究では、プロトン化水素分子によって発生する赤外線を見つけるため、3.5μmと4.1μmの波長で集中的にデータを分析。
その結果、確かに赤外線オーロラが発生していることを示す観測的証拠を得ることに成功しています。

天王星の赤外線オーロラの観測は、史上初めてのことでした。

今回の研究では、赤外線オーロラの発生状況はプロトン化水素分子の濃度を反映していることも判明しました。
オーロラの発生状況は温度にも依存しますが、今回の分析の結果からは温度変化はほとんどなく、濃度のみが変化していることが分かっています。

プロトン化水素分子の生成量は、オーロラが発生する上層大気の環境によって変化しています。
なので、オーロラを通じてプロトン化水素分子の濃度を調べられることは興味深い発見と言えます。

自転軸と磁軸が大幅にずれている状況は、天王星とよく似た物理的性質を持つ海王星でも観測されています。
また、天王星と海王星には、太陽から受け取る熱よりも、自身が放射する熱の方が多いという別の謎もあります。

熱源として疑われているものの1つにオーロラがあるので、今回の赤外線オーロラの観測は、熱源に関する謎を解明する可能性もあります。

さらに、天王星や海王星に似た惑星は、太陽以外の天体の周りを公転する“太陽系外惑星”でも多数発見されています。
そう、今回の赤外線オーロラの観測手法が太陽系外惑星にも適用されれば、磁場の発生源となる内部構造の謎に迫れるかもしれませんね。


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