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モバライダー mobarider

小さなブラックホールの連星を利用して、これまで検出できなかった巨大なブラックホールの連星を見つける方法

2024年08月19日 | ブラックホール
近年の重力波天文学の急速な進歩は、宇宙に対する私たちの理解に革命をもたらし、特に恒星質量ブラックホール連星の合体から生じる重力波の検出を可能としました。

でも、銀河の中心に潜む超大質量ブラックホール連星の検出は、依然として大きな課題となっています。

今回の研究では、近傍の小さな(恒星質量)ブラックホールの連星から放出される重力波を分析することで、銀河の中心に位置する大きな(超大質量)ブラックホールの連星を検出する新しい方法を提案しています。

銀河の中心に位置する超大質量ブラックホールの起源は、天文学における最大の謎の一つと言えます。
それらは、常に大質量であった可能性があり、宇宙がまだ非常に若い時に形成された可能性があります。
あるいは、物質の降着や他のブラックホールとの合体により、時間の経過とともに成長した可能性もあります。

超大質量ブラックホールが他の超大質量ブラックホールと合体を起こすときには重力波を放出します。
これは、時空の構造そのものに伝播する重力波“時空のさざ波”として知られています。

ただ、現在の重力波望遠鏡では、超大質量ブラックホールの連星から放出される非常に低い周波数の重力波を検出することはできません。
でも、これら超大質量ブラックホールの連星は、恒星質量ブラックホールの連星から放出される重力波に、検出可能な変化を引き起こすんですねー

そこで、本研究ではデシヘルツ重力波検出器を使った新しいアプローチを提案。
近傍の恒星質量ブラックホール連星から放出される信号の小さな変調を検出することで、これまで隠されていた超大質量ブラックホール連星を、非常に遠い距離にあっても間接的に特定可能にしています。

この方法は、将来の重力波望遠鏡で使用されるので、宇宙で最も重いブラックホールのいくつかについて、新しい知見が得られるはずです。
この研究は、チューリッヒ大学の元学生たちを中心とする天体物理学者の国際チームが進めています。
本研究の詳細は、英科学誌“Nature”系の天文学術誌“Nature Astronomy”に“Imprints of massive black-hole binaries on neighbouring decihertz gravitational-wave sources”として掲載されました。DOI:10.1038 / s41550-024-02338-0
図1.本研究で提案された方法。超大質量ブラックホール連星による重力波の存在は、距離dにある恒星質量ブラックホール連星が放出した重力波に周波数変調を引き起こす。この変調は、提案されているデシヘルツ重力波検出器を使用することで、距離D≫dの長い観測時間Tに渡って観測することができる。このシナリオにより、デシヘルツ重力波検出器が~107-109M⊙の質量範囲にある超大質量ブラックホールの存在を、間接的に探ることが可能となる。(Credit: Nature Astronomy (2024). DOI: 10.1038/s41550-024-02338-0)
図1.本研究で提案された方法。超大質量ブラックホール連星による重力波の存在は、距離dにある恒星質量ブラックホール連星が放出した重力波に周波数変調を引き起こす。この変調は、提案されているデシヘルツ重力波検出器を使用することで、距離D≫dの長い観測時間Tに渡って観測することができる。このシナリオにより、デシヘルツ重力波検出器が~107-109M⊙の質量範囲にある超大質量ブラックホールの存在を、間接的に探ることが可能となる。(Credit: Nature Astronomy (2024). DOI: 10.1038/s41550-024-02338-0)


比較的ゆっくりとした低い周波数の重力波を検出する

超大質量ブラックホールは、銀河の進化と構造を形成する上で極めて重要な役割を果たすと考えられています。

銀河同士の合体の際に形成されるのが、超大質量ブラックホールの連星です。
この二つの巨大なブラックホールは、重力波の形でエネルギーを放射しながら、互いの周りを螺旋状に回転し、最終的には壮大な合体に至ります。
このプロセスでは、時空の構造そのものに伝播する重力波“時空のさざ波”を放出することになります。

2015年以降、アメリカの“LIGO”や欧州重力波観測所の“Virgo”といった重力波望遠鏡の観測によって、ブラックホール同士の合体などに伴って放出されたとみられる重力波が、何度も検出されてきました。
ただ、検出された重力波は、比較的軽い恒星質量ブラックホール同士によるものでした。

超大質量ブラックホール同士の連星が合体する前に放出されるような低い周波数の重力波は、地球上の検出器ではとらえることができないんですねー

それは、地上の重力波望遠鏡がターゲットにしているのは、互いの周りを回るような激しい公転天体からの1秒間に数十回から数千回もの重力波だからです。
これらの重力波望遠鏡は、10Hz~10kHzの周波数帯で重力波を検出する設計になっています。

一方で、極めて接近した白色矮星同士の連星や、超大質量ブラックホール同士の連星が合体した場合に発生する重力波だと、発生する重力波の周波数は0.0001~1Hzという比較的ゆっくりとした低い周波数(ナノヘルツ帯域)になります。

このようなゆっくりとした重力波は、地震波のような地面の振動の周波数に近くなります。
そう、地面の振動の周波数に埋もれてしまい、地上の重力波望遠鏡で観測することが非常に難しくなる訳です。

それでも、回転するパルサー(中性子星の一種)が放出したパルスの到達時間の小さな変動を測定することで、ナノヘルツ帯域の重力波を検出することができます。
これは、パルサータイミングアレイと呼ばれ、宇宙のあらゆる方向から伝わる多数の超大質量ブラックホールからの信号が含まれる重力波“背景重力波(Gravitational Wave Background)”を検出できる可能性を秘めています。
でも、この方法だと個々の超大質量ブラックホールを識別することができません。

たとえば、ヨーロッパ宇宙機関は2035年の打ち上げを目指して、宇宙重力波望遠鏡“LISA(Laser Interferometer Space Antenna:レーザー干渉計宇宙アンテナ)”の開発を進めています。

“LISA”では3つの衛星が連携し、衛星間でレーザー光を往復させることで干渉計として機能させます。
約250キロの基線長を実現できるので、1mHz(ミリヘルツ)以下の周波数帯で重力波を検出できる感度を持たせるようです。

なので、“LISA”を用いることができれば、超大質量ブラックホール同士の合体に伴う重力波の検出が期待できます。


恒星質量ブラックホール連星から放出された重力波の変調

今回の研究では、新しいアプローチにより超大質量ブラックホール連星により放出された重力波の検出に挑んでいます。

このアプローチで用いるのは、近傍の恒星質量ブラックホール連星から放出された重力波。
この重力波に残された超大質量ブラックホール連星による微妙な痕跡を、分析により明らかにするものです。

アインシュタインの一般相対性理論によると、重力は時空の曲率として現れ、重力波は時空の構造そのものに伝播する重力波“時空のさざ波”になります。
質量が非常に大きい天体は、時空に大きな歪みを生み出し、それが重力波として伝搬します。
質量が小さい天体も重力波を放出しますが、その影響は小さくなります。

超大質量ブラックホール連星の質量は、恒星質量ブラックホール連星と比較して非常に大きなものです。
そのため、超大質量ブラックホール連星による重力波は通過する他の重力波、この場合は近傍の星間質量ブラックホールの連星から放出される重力波に影響を与える可能性があります。

この影響は、恒星質量ブラックホール連星の重力波信号の周波数が時間の経過とともに変調される形で現れます。
言い換えれば、超大質量ブラックホール連星による重力波は、恒星質量ブラックホール連星による重力波信号に微妙な痕跡を残すことになります。

この現象を理解するために、超大質量ブラックホール連星による重力波を、情報を運ぶ搬送波として機能するラジオ波に例えることができます。
恒星質量ブラックホール連星による重力波は、搬送波の周波数変調に類似した方法で変調され、超大質量ブラックホールに関する貴重な情報が埋め込まれることになります。

恒星質量ブラックホール連星の重力波信号に含まれるこれらの小さな周波数変調を検出し分析することで、他の方法では検出できない超大質量ブラックホールの存在、質量、距離を推測することができます。


重力波変調の仕組みと分かること

この方法は、超大質量ブラックホール連星によって生成される、変調された重力波信号の独自の特性に依存することになります。
それでは、近傍の恒星質量ブラックホール連星から放出される重力波に、超大質量ブラックホール連星による重力波はどのように影響を与えるのでしょうか。

超大質量ブラックホール連星による重力波は、星間質量ブラックホール連星からの重力波信号を通過するにつれ、その周波数を時間的に変調させます。
この変調は、超大質量ブラックホールの質量と連星までの距離によって異なります。

最低次では、超大質量ブラックホール連星による重力波は、正弦波として記述できる単色の変調を引き起こします。
この変調は、超大質量ブラックホール連星による重力場の周期的な性質を反映しています。

恒星質量ブラックホール連星による重力波信号に含まれるこれらの変調を分析することで、超大質量ブラックホール連星の性質に関する貴重な洞察を得ることができます。
変調の周波数から超大質量ブラックホール連星の軌道周期を、変調の振幅から超大質量ブラックホールの質量と距離を推定することができます。

この新しい方法には、これまでの超大質量ブラックホールの検出方法と比較して、いくつかの利点があります。

恒星質量ブラックホール連星が放出する重力波は、超大質量ブラックホール連星による重力波よりも周波数が高いので、運用されている機器を用いて検出することが容易で、感度も向上します。
これは、デシヘルツ帯域の検出器がパルサータイミングアレイよりも最大2桁高い感度で、超大質量ブラックホールによる重力波の変調を検出できる可能性があることを意味します。

また、この方法を用いることで、個々の超大質量ブラックホール連星からの信号を識別することができるので、質量や距離、軌道パラメータなどの特性を正確に測定できます。
このことは、超大質量ブラックホールの形成や進化に関する貴重な情報を得るために、非常に重要なことです。

さらに、この方法はパルサータイミングアレイや次世代の宇宙重力波望遠鏡“LISA”など、他の方法では検出できない可能性のある太陽質量の1000万倍から1億倍といった、より重い超大質量ブラックホールの集団を検出できる可能性を秘めています。
これは、宇宙における超大質量ブラックホールの質量分布に関する私たちの理解を、大きく前進させる可能性があります。

また、この方法は異なる連星形成チャネルの区別にも使用できます。
例えば、変調された連星の観測は銀河核内での形成を示唆し、そのような検出が無ければ、銀河中心から発生する連星合体の速度に厳しい上限を設けることになります。


実現に向けた課題と将来の展望

この新しい方法は、超大質量ブラックホールを研究するための前例のない機会を手共してくれますが、考慮すべき課題もあります。

この方法では、恒星質量ブラックホール連星による重力波信号に刻まれた小さな周波数変調を検出できる、非常に感度の高い重力波検出器が必要となります。
この目的のために“DECIGO”や“ビッグバンオブザーバー(BBO)”などのデシヘルツ帯域で動作する次世代検出器が提案されていて、大きな期待が寄せられています。
これらの検出器は、高度な技術によるノイズ低減を採用して、必要な感度を達成することを目指しています。

また、近傍の恒星質量ブラックホール連星が放出した重力波信号から超大質量ブラックホール連星による変調を抽出するには、高度なデータ解析技術も必要となります。
ノイズや他の天体物理学的信号から目的の小さな変調を分離するには、洗練されたアルゴリズムと、多くの場合に膨大な量の計算リソースを必要とします。

さらに、恒星質量ブラックホール連星の形成率と超大質量ブラックホール連星までの距離は、検出可能な変調の数を決定する上で重要な要素となります。
連星形成チャネルに関する現在の不確実性は、正確な予測を行う上で課題となります。

これらの課題があるにもかかわらず、この新しい方法の潜在的な利点は計り知れません。
デシヘルツ重力波天文学の進歩、特に“DECIGO”や“ビッグバンオブザーバー”などで提案されている検出器の実現により、この方法は宇宙における超大質量ブラックホールの集団を深く理解するための貴重なツールとなるはずです。

超大質量ブラックホールといった巨大な天体の形成、成長、進化に関する新しい洞察を提供し、銀河の形成と進化におけるそれらの役割を明らかにすると期待されています。

さらに、超大質量ブラックホールからの重力波信号の正確な測定は、強い重力場におけるアインシュタインの一般相対性理論を検証し、宇宙論モデルを制約するためのユニークな機会を提供します。

近傍の恒星質量ブラックホール連星が放出した重力波を使用して、超大質量ブラックホール連星を検出するという革新的な方法は、重力波天文学における画期的な進歩です。

この方法は、これまでアクセスできなかった超大質量ブラックホールの領域を探求し、宇宙の最も基本的な側面に対する私たちの理解に革命を起こす可能性を秘めています。

次世代の重力波検出器と高度なデータ解析技術の開発により、この方法は宇宙における超大質量ブラックホールの謎を解き明かすためのカギとなるはずです。


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原始ブラックホールが真空崩壊を引き起こし宇宙は崩壊する!? 考えられているほど安定的でないヒッグス場のエネルギー状態

2024年08月17日 | 宇宙 space
ヒッグス場は宇宙に遍在するエネルギー場で、他の素粒子に質量を与えています。
今回の研究では、このヒッグス場に対し原始ブラックホールが真空崩壊を引き起こす要因となったのかを調べています。

そこから分かってきたのは、ヒッグス場は不安定な状態にあり、ある日突然、より低いエネルギー状態に遷移する可能性があること。
この相転移が起こると、物理法則が劇的に変化し宇宙は崩壊してしまうかもしれません。
初期宇宙に存在したと考えられている軽い原始ブラックホールは、その高温のためヒッグス場の相転移を引き起こす可能性があることでした。

でも、私たち人類が存在しているということは、このようなブラックホールは存在しなかったか、あるいはヒッグス場が相転移から保護される未知のメカニズムが存在する可能性があるということです。

宇宙は、その誕生から今日に至るまで、膨張を続けながら進化してきました。
星が生まれ、銀河が形成され、そして私たち人類を含む生命が誕生したのも、この広大で複雑な宇宙の進化の過程における出来事です。
そして驚くべきことに、この宇宙の根底を支えている物理法則は、私たちが想像するよりもはるかにシンプルである可能性を秘めています。

物質に質量を与えるヒッグス場、そして極限的な密度を持つ天体であるブラックホール。
一見すると全く無関係に思えるこれらの要素が、実は宇宙の運命を左右する重要なカギを握っているのかもしれません。
この研究は、キングス・カレッジ・ロンドンのLouis Hamaideさんを中心とした研究チームが進めています。
本研究の詳細は、物理学の査読付き科学学術雑誌“Physics Letters B誌”に“Primordial Black Holes Are True Vacuum Nurseries”として掲載されました。DOI:10.48550 / arxiv.2311.01869
図1.ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡がとらえたタランチュラ星雲の星形成領域。(Credit: Nasa, ESA, CSA, STScI, Webb ERO)
図1.ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡がとらえたタランチュラ星雲の星形成領域。(Credit: Nasa, ESA, CSA, STScI, Webb ERO)


ヒッグス場は全ての素粒子に質量を与えている

ヒッグス場は宇宙全体に広がるエネルギーの場で、全ての素粒子に質量を与える役割を担っています。
私たちが物質の存在を認識できるのも、星や銀河、そして私たち生命が存在できるのも、このヒッグス場のおかげと言えます。

ヒッグス場がない状態では、素粒子は質量を持たず、光速で飛び回るだけで原子や分子を構成することもできません。
星や銀河が形成されることもなく、私たち生命も存在しない世界になってしまいます。

ヒッグス場は、池の水面のように宇宙全体にわたって均一な状態だと考えられています。
このことは、宇宙のどこでも物理法則が同じように作用することを意味し、私たちが地球上で観測した物理法則は、遠く離れた銀河でも同様に成り立つと考えることができます。

でも、今回の研究が示唆しているのは、ヒッグス場のエネルギー状態が私たちが考えているほど安定的ではないということ。
物質の固体、液体、気体など、異なる状態(相)が存在するように、ヒッグス場にも複数の状態が存在する可能性があり、現在の宇宙におけるヒッグス場の状態は、真に安定した状態ではなく、より低いエネルギー状態へ遷移する可能性を秘めていると考えることができます。


ヒッグス場がより低いエネルギー状態へと遷移する真空崩壊

現在のヒッグス場は、“準安定状態”と呼ばれ非常に長い時間安定している状態ですが、永遠に安定している訳ではありません。

外部エネルギー源や量子揺らぎによって、ヒッグス場がより低いエネルギー状態へと遷移することがあり、この現象は“真空崩壊”と呼ばれています。

真空崩壊が起こると、物理法則が根本的に書き替えられ、私たちの知る物質や力が全く異なるものになってしまう可能性があります。
例えば、電子の質量が変化したり、陽子や中性子を構成するクォーク同士の結合が変化したりする可能性があります。

真空崩壊は、宇宙全体に光速で伝播し、その影響は壊滅的なものになると考えられています。
もし、真空崩壊が起きたとすると、私たち人類を含む生命は、その変化に適応できず滅亡してしまう可能性があります。


誕生直後の宇宙で発生した小さなブラックホール

では、何がヒッグス場の真空崩壊を引き起こすのでしょうか?
その要因の一つとして考えられているのが、原始ブラックホールです。

原始ブラックホールは、宇宙誕生直後の超高温・高密度な時代に、エネルギー密度の大きなゆらぎから生成されたブラックホールです。
このエネルギー密度のゆらぎを作る仕組みは、ビッグバン以前に宇宙が急膨張を起こしたインフレーション期に生成した量子ゆらぎが最有力です。

私たちが普段耳にするブラックホールは、太陽よりもはるかに重い星が、その一生の最期に重力崩壊を起こすことで形成されます。
一方、原始ブラックホールは宇宙誕生後間もない時期に形成されたので、そのサイズは非常に小さく、質量も軽いものが存在すると考えられています。

原始ブラックホールは恒星質量ブラックホールよりもずっと小さく、最も小さいものは小さな山程度の質量を持つと考えられています。

理論的に考えられているのは、原始ブラックホールが約0.02mg(プランク質量)より大きな任意の質量を持つこと。
でも、宇宙誕生から現在までの時間経過により、ホーキング放射によって質量を失っていくので、現在まで生き残っている原始ブラックホールの質量は約1000万トン以上だと考えられています。


ブラックホールが少しずつ質量を失う現象“ホーキング放射”

1974年にスティーヴン・ホーキングが予言した現象がホーキング放射です。

量子力学では、真空は何もない空間ではなく、仮想的な粒子と反粒子のペアが生成と消滅を繰り返す“泡立った空間”であると表現されています。
これは、粒子として現れるために真空から“借りた”エネルギーをすぐに“返済”するためです。

でも、粒子が真空から借りたエネルギーを外部から与えるなどして代わりに返済すれば、その粒子を実在のものとして取り出すことが可能になります。
これは、真空に強力なγ線を与えることで、電子と陽電子のペアが現れる実験でも確かめられています。

こうした粒子のペアの生成と消滅が、ブラックホールの境界である“事象の地平面”のすぐ近くで発生するとホーキング放射が起こります。

“事象の地平面”は、それより内側に入れば光でもブラックホールの重力から逃れられなくなる境界です。
もし、仮想的な粒子と反粒子のペア(ホーキング放射の場合、質量がゼロの粒子)が生成された後、片方だけが“事象の地平面”を横切った場合、相方を失ったもう片方は実在の粒子として外に飛び出さなければなりません。

ただ、仮想粒子が実在粒子になるにはエネルギーをどこかから調達しなければなりませんが、この場合はブラックホールの質量から調達することになります。
質量はエネルギーと等しいので、ブラックホールは仮想粒子が実在粒子になった分だけ質量を失うわけです。

この様子を遠くから見ると、まるでブラックホールが実在粒子を放射し、少しずつ質量を失っているかのように観測されます。
これがホーキング放射です。

ホーキング放射が起こり続ければ、ブラックホールは最終的にすべての質量を失う、すなわち蒸発すると予測されています。

ブラックホールの質量が小さいほどホーキング放射は強くなり蒸発速度は速くなります。
ビッグバン直後に誕生した原始ブラックホールの中には、非常に質量が小さいものが存在すると考えられていて、そのような原始ブラックホールは、すでにホーキング放射によって蒸発し終わっている可能性があります。


ヒッグス場を不安定にし真空崩壊を引き起こす引き金となる熱源

原始ブラックホールは、その強大な重力によって周囲の物質を引き寄せ、高温・高密度の状態を作り出します。

さらに、ホーキング放射でも周囲の空間は加熱されるので、原始ブラックホールが蒸発する過程では、周囲の宇宙空間よりもはるかに高温な“ホットスポット”が形成されることになります。
ホットスポットの温度は、ブラックホールの質量が小さいほど高温となります。

このホットスポットこそが、ヒッグス場を不安定にする危険性があると考えられています。
ホットポットのエネルギーはヒッグス場のエネルギー状態に影響を与え、真空崩壊を引き起こす引き金となる可能性があります。

今回の研究によると、ビッグバン直後に形成された原始ブラックホールが現代まで生き残っていたとすると、ヒッグス場はすでに崩壊し宇宙は消滅してしまっているはずです。

でも、私たちは確かにここに存在していて、宇宙もまた、今のところ崩壊していません。
このことは、ビッグバン直後に形成された原始ブラックホールは既に全て蒸発し尽くしていて、現代の宇宙には存在しないことを意味している可能性があります。

言い換えれば、私たち人類が存在していること自体が、原始ブラックホールが現代の宇宙には存在しないことを示す証拠と言えるのかもしれません。

では、今後の研究により、原始ブラックホールの存在が確認されると、宇宙はどうなるのでしょうか?

それは、私たちがまだ知らないヒッグス場を安定化させる未知のメカニズムの存在を意味することになります。
このことは、全く新しい素粒子や力の発見につながる可能性があり、非常にエキサイティングな発見となるはずです。

例えば、超対称性理論や余剰次元理論など、現在の素粒子物理学を超える新しい物理理論が、ヒッグス場の安定性を保証している可能性があります。
これらの理論は、まだ実験的に検証されていませんが、もしこれらの理論が正しいことが証明されれば、宇宙の運命に対する理解は大きく進展することになります。

私たちは、宇宙の最小スケールと最大スケールの両方において、まだ多くの謎を抱えていると言えますね。


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磁石星は白色矮星同士の合体から形成される? 驚異的な速さで回転している非常に若いマグネターから分かったこと

2024年08月15日 | 宇宙 space
宇宙には太陽の約2倍の質量を都市ほどの大きさに凝縮させた超高密度星“中性子星”が存在しています。
その中でも、特に強力な磁場を持ち、パルサーのように高速で回転しながら周期的な電磁パルスを放射している天体を“マグネター(磁石星:magnetar)”と呼びます。
マグネターは、その極限的な物理状態から、天文学の分野において近年大きな注目を集めています。

マグネターは、その誕生の過程や進化、なぜこれほどまでに強力な磁場を持つに至ったのかなど、多くの謎に包まれた天体です。

天文学者たちは、これらの謎を解き明かすために、様々な観測や理論研究を進めています。
その重要な手掛かりの一つとなるのが、マグネターの正確な位置や速度、その誕生からの時間スケールです。

今回の研究では、超長基線電波干渉計“VLBA”を用いた3年間の観測により、マグネター“Swift J1818.0-1607”を新たに発見しています。

本研究で得られた精度の高い位置や速度に関するデータからは、“Swift J1818.0-1607”までの距離は約9.4キロパーセクと測定。
この測定結果は、これまでで最も正確なマグネターまでの距離の一つとなりました。

さらに、このマグネターから明らかになったのは、観測史上最も遅い横断速度を持つこと。
このことは、マグネターの起源や進化に関する、これまでの理解に疑問を投げかけるものとなっています。

この発見は、マグネターが若いパルサーとは異なるプロセスで誕生する可能性を示唆していて、今後のマグネターの形成メカニズムの解明に期待が寄せられています。
この研究は、国立天文台水沢VLBI観測所のハオ・ディンさんを中心とした天文学者の国際チームが進めています。
本研究の詳細は、アメリカの天体物理学雑誌“アストロフィジカル・ジャーナル・レターズ”オンライン版に“VLBA Astrometry of the Fastest-spinning Magnetar Swift J1818.0−1607: A Large Trigonometric Distance and a Small Transverse Velocity”として2024年8月付で掲載されました。DOI:10.3847 / 2041-8213 / AD5550
図1.マグネター“Swift J1818.0-1617”のイメージ図。(Credit: NSF, AUI, NSF NRAO, S. Dagnello.)
図1.マグネター“Swift J1818.0-1617”のイメージ図。(Credit: NSF, AUI, NSF NRAO, S. Dagnello.)


重力で潰れたコンパクトな天体

太陽のおよそ8倍以上の質量を持った恒星が、進化の最終段階で鉄の中心核を作ると、鉄は宇宙で最も安定した元素なので、それ以上は核融合を行えなくなってエネルギーを作り出せなくなります。

恒星は、中心核で起こる核融合反応により自らエネルギー(外向きの圧力)を生成することで、重力(内向きの圧力)によって潰れるのを回避しています。
なので、核融合ができなくなると重力によって潰れる“重力崩壊”を起こすことになります。

この重力崩壊によって中心核の密度が十分高くなると、外側から落ちてくる物質を中心核で跳ね返して“II型超新星爆発”を起こすと考えられています。

その爆発の後に残されるのがコンパクトな天体です。
重力崩壊に対抗できる力が存在せず、無限に潰れてしまった天体はブラックホールとなり、ブラックホールとなる手前で重力崩壊が停止した天体は中性子星となります。

原子から構成される恒星とは異なり、中性子星は主に中性子からなる天体で、半径10キロ程度の表面が存在し、そこに地球の約50万倍の質量が詰まっていています。

中性子星の中でも、規則正しいパルス状の可視光線や電波が観測される“天然の発振器”と言える天体がパルサーです。
多くが超高速で自転していて、地球から観測すると非常に短い周期で明滅する規則的な信号がとらえられるので、パルサーと呼ばれています。
パルス状の信号が観測されるのは、パルサーからビーム状に放射されている電磁波の向きが、自転とともに変化しているからだと考えられています。

マグネター(磁石星:magnetar)は中性子星の一種で、10秒程度の自転周期を持つ、主にX線で輝く天体。
100億テスラ以上の超強磁場を持つと推定されていて、磁気エネルギーを開放することで輝くと考えられています。
X線やガンマ線などのバーストを起こすことが知られています。


わずか数百歳と推定される非常に若いマグネター

天の川銀河の中心部であるバルジの反対側、いて座の方向約22,000光年… マグネターの中では比較的地球に近い場所に“Swift J1818.0-1607”は位置しています。

“Swift J1818.0-1607”が発見されたのは2020年初頭のこと。
1.36秒という驚異的な速さで回転していて、これまで知られているマグネターの中で最速の回転速度を誇っていました。
その年齢は、わずか数百歳と推定されていて、これは天文学的な時間スケールでは非常に若いものと言えます。

マグネターは、その強力な磁場の減衰によって莫大なエネルギーを放出していて、これがX線やガンマ線での明るい放射として観測されています。
でも、このエネルギー放出は長続きせず、マグネターは比較的短命な天体だと考えられています。

“Swift J1818.0-1607”は、電波でも明るい放射を示していて、これはマグネターを取り巻くプラズマが高速回転することで発生するシンクロトロン放射によるものだと考えられています。
この電波放射こそが、超長基線電波干渉計“VLBA”による高精度なアストロメトリ観測を可能にしました。


複数の電波望遠鏡を組み合わせたマグネターの精密観測

VLBAは複数の電波望遠鏡を組み合わせて同時に観測を行うとことで、口径の大きい電波望遠鏡を使うのと同様の非常に高い解像度を実現しています。
このように複数の電波望遠鏡の観測データを合成して、一つの観測データとして扱う手法を“VLBI(Very Long Baseline Interferometry : 超長基線電波干渉計)”と呼びます。

地球が太陽の周りを公転することによって生じる、天体の見かけの位置の変化が年周視差です。
この見かけの位置の変化量を測定することで、三角測量の原理を用いて天体までの距離を求めることができます。
今回の研究では、VLBAの高い解像度によって、“Swift J1818.0-1607”までの距離を年周視差を用いて正確に測定しています。

VLBAによる3年間にわたる観測から明らかになったのは、“Swift J1818.0-1607”の年周視差が中性子星の中でも非常に小さいこと。
その距離は約9.4キロパーセク(約3万光年)だと分かりました。

また、VLBAの観測データからは、“Swift J1818.0-1607”の固有運動と呼ばれる、天球面上の動きの速度も明らかになります。

観測から明らかになった“Swift J1818.0-1607”の固有運動は、これまでに観測されたマグネターの中で最も小さいものでした。
このことは、“Swift J1818.0-1607”が天の川銀河の中心部に対して、比較的ゆっくりとした速度で運動していることを示しています。
推定された“Swift J1818.0-1607”の横断速度は48+16/-50km/sとなっています。

固有運動は、天体の実際の空間における運動を反映していて、その天体の過去や未来の軌跡を探る上で重要な情報となります。


マグネターは白色矮星同士の合体から形成されるのかも

VLBAによる観測で得られた“Swift J1818.0-1607”の距離と固有運動の情報は、マグネターの起源と進化に関するこれまでの説に疑問を投げかけることになります。

これまで、マグネターは太陽よりも8倍以上重い大質量星が、その進化の最期に起こす超新星爆発によって誕生すると考えられてきました。
その根拠の一つとして、いくつかのマグネターが超新線残骸と関連付けられていることが挙げられます。

でも、VLBAによる観測で得られた“Swift J1818.0-1607”の速度は、この説と矛盾する可能性がありました。

超新星爆発で誕生したマグネターは、爆発の衝撃で天の川銀河内を高速で移動すると考えられています。
でも、“Swift J1818.0-1607”の速度は、これまでの観測で得られたほかのマグネターの速度と比較しても極めて遅く、これまでの超新星爆発モデルでは説明が困難なものだったからです。

“Swift J1818.0-1607”の極めて遅い移動速度から、その起源について超新星爆発以外のシナリオも検討する必要が出てきました。
その候補の一つとして挙げることができるのが白色矮星の合体です。

比較的軽い恒星(質量が太陽の8倍以下)がその一生の最期を迎えると、赤色巨星の段階を経て白色矮星と呼ばれる天体へと姿を変えます。
赤色巨星に進化した恒星は、周囲の宇宙空間に外層からガスを放出して質量を失っていき、その後に残るコア(中心核)が白色矮星になると考えられています。

一般的な白色矮星は直径こそ地球と同程度ですが、質量は太陽の4分の3程度もあり、高密度で重力が非常に強く、地球の約10万倍にも達します。
その白色矮星同士からなる連星系では、重力波の放射によって連星が合体し、その際にマグネターが形成される可能性があります。

“Swift J1818.0-1607”は、その高速回転と非常に若い年齢から、マグネターの進化過程を探る上で重要な天体と言えます。
VLBAを用いた高精度観測によって、その距離と固有運動が明らかになったことで、マグネターの起源に関する新たな議論が巻き起こっています。

今後、“Swift J1818.0-1607”周辺の多波長観測によって、このマグネターの誕生時に周囲に放出された物質の量などを明らかにすることで、その形成過程をより詳細に解明できると期待されています。

また、他のマグネターについても、VLBAのような高精度な位置天文観測を進めることで、マグネター全体の速度分布や空間分布を明らかにすることが重要です。
これらの情報とマグネターの年齢や磁場の強さ、回転速度などの物理量との関係を調べることで、マグネターの起源と進化の謎を解き明かすことができると期待されます。


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中性子星同士の合体で生まれた残骸には何が起こるのか? 重力波、ニュートリノによる冷却や重力崩壊によるブラックホールへの進化

2024年08月13日 | 宇宙 space
中性子星同士の合体は、計り知れないほどのエネルギーが放出され、時空にさざ波をたてる非常に激しい宇宙のイベントと言えます。

これらの衝突の結果から生じる残骸は、天体物理学者にとって大きな関心の的であり、その進化と最終的な運命は極限状態における物質の性質を理解する上で重要な意味を持ちます。

今回の研究では、ペンシルベニア州立大学のスーパーコンピュータを用いてシミュレーションを実施。
これを通じて、中性子星合体の残骸がどのように冷却され、場合によってはブラックホールへと崩壊していくのかを調べています。

その結果、合体残骸の中心部は表面よりも温度が高く、対流が発生しない可能性が示唆されました。
この発見は、中性子星合体やブラックホール形成に関する謎を解き明かす上で、重要な手掛かりとなるようです。
この研究は、ペンシルベニア州立大学のDavid Radiceさんを中心とする研究チームが進めています。
本研究の詳細は、アメリカの天体物理学専門誌“アストロフィジカル・ジャーナル・レター”に“Ab-initio General-relativistic Neutrino-radiation Hydrodynamics Simulations of Long-lived Neutron Star Merger Remnants to Neutrino Cooling Timescales”として掲載されました。DOI:10.3847 / 1538-4357 / AD0235
図1.合体から約100ミリ秒後の中性子星合体残骸の赤道面(下)と子午線面(上)の質量密度を示す疑似カラープロット。(Credit: David Radice)
図1.合体から約100ミリ秒後の中性子星合体残骸の赤道面(下)と子午線面(上)の質量密度を示す疑似カラープロット。(Credit: David Radice)


中性子星同士の合体によって生まれた残骸

2つの中性子星が互いの周りを螺旋状に回転すると、重力波の形でエネルギーを失っていき、最終的には衝突して合体することになります。
合体直後に生まれるのが、非常に高温で密度が高く、激しく回転する塊(残骸)です。
この残骸の進化と最終的な運命は、元の星、状態方程式、および合体中に生成される磁場の強度を含む、いくつかの要因によって異なってきます。

中性子星合体の残骸を構成するのは、質量の大部分を占める“中心残骸”と、その周りを高速で回転する高温物質の環“降着円盤”の二つです。

通常、中心残骸の質量は大きく、急速に回転していて、重力的に結合した状態になっています。
その組成と構造は、元の星の質量と状態方程式を含むいくつかの要因に依存しています。

この中心残骸の温度はコアよりも表面の方が高く、これは合体中に生成される激しい流体力学運動と、ニュートリノの捕捉による残骸外層の優先的な加熱の結果として説明することができます。

降着円盤は、合体中に星間空間にバラ撒かれた物質が、残骸の周りに形成した円盤状の構造です。
この円盤は、総質量のわずかな部分しか含んでいませんが、かなりの量の角運動量を持つことになります。

降着円盤の存在は、残骸の長期的な進化と安定性に大きな影響を与え、角運動量とエネルギーを再分配するという役割があります。


残骸はエネルギーと角運動量を重力波の形で急速に失っていく

中性子星合体の残骸の進化は、“重力波の放出”と“ニュートリノの冷却”といった二つのプロセスで進みます。

一般相対性理論によると、ブラックホールや中性子星のような高密度な天体の周りでは、時空(時間と空間)が歪んでいます。
このような高密度な天体が運動(や合体)することで、歪みが波として宇宙空間に伝播するんですねー
これが“時空のさざ波”こと重力波です。

中性子星合体の場合、2つの星が互いの周りを螺旋状に回転し、最終的に合体するにつれて重力波が放出されていきます。
重力波の放出は、合体中の中性子星からエネルギーと角運動量を運び去り、2つの星が螺旋状に近づき、最終的に合体する原因となります。

今回の研究では、ペンシルベニア州立大学のスーパーコンピュータを用いてシミュレーションを実施。
このシミュレーションで示唆されたのは、合体後の最初の数十ミリ秒間が重力波の放出にとって重要となるというものでした。

この間に残骸は、重力波の形でかなりの量のエネルギーと角運動量を急速に失い、その質量と回転を急速に減少させていくことになります。
このことから、合体後の最初の約20ミリ秒の間、重力波の放出が残骸のダイナミクスを支配していると言えます。


ニュートリノは残骸の内部から容易に逃げエネルギーを運び去っている

“幽霊粒子”とも呼ばれるニュートリノは、他の物質とほとんど相互作用をしない素粒子です。
この素粒子は、中性子星の合体を含む、星のコアで発生する核反応中に大量に生成されます。

ただ、ニュートリノは物質との相互作用が弱いので、残骸の内部から容易に逃げることができ、エネルギーを運び去ってしまいます。
このニュートリノによる冷却は、残骸の熱的進化において重要な役割を果たし、時間の経過とともに温度を下げていきます。

ニュートリノの冷却でも、重要となるのは合体後の最初の数十ミリ秒間です。
この間に残骸は、重力波の放出によって失われるエネルギーよりも多くのエネルギーを、ニュートリノの形で放射することになるからです。

ニュートリノの光度は、合体後の最初の数ミリ秒間でピークに達し、その後は残骸が冷えてニュートリノの光度が低下するにつれて徐々に減衰していきます。

ニュートリノの放出は、残骸の熱進化に影響を与えるだけでなく、その組成は電子分率の進化にも重要な役割を果たします。
その電子分率(陽子の数に対する陽子と中性子の総数の比率)は、中性子星物質の状態方程式と、結果として生じる残骸の性質を決定する上で重要な役割を果たすことになります。

本研究では、電子ニュートリノの光度よりも反電子ニュートリノの光度が、初期には大きかったことを示唆しています。
これは、ベータ平衡が、合体後に達成される極端な密度より高い電子分率にシフトするという事実に起因しています。
その結果、残骸の外層で電子分率が時間の経過とともに増加することが観測されます。


中性子星合体による残骸の安定性

中性子星合体の残骸の安定性にとって重要な要素の一つが、対流が発生するかどうかです。

対流は、多くの星に見られる効率的なエネルギー輸送メカニズムで、高温の物質が上昇し、低温の物質が下降することで発生します。
ただ、シミュレーションが示唆していたのは、中性子星の残骸では対流が発生しない可能性があることでした。
これは、主に残骸がコアよりも表面の方が高温だという逆温度プロファイルを生成するという事実に起因しています。

この特異な温度プロファイルは、対流プルームの形成を防いでしまうことに…
その結果、ニュートリノの放出による冷却が、残骸の主要な冷却メカニズムとなります。
これは、残骸が対流に対して安定していることを示唆していますが、残骸の長期的な安定性に影響を与える可能性のある持続的な差動回転を示唆しています。


磁場が果たす長期的な進化における重要な役割

磁場は中性子星合体の残骸の長期的な進化において、重要な役割を果たすと考えられています。

磁場は、磁気乱流、特に磁気回転不安定性(MRI)を介して角運動量を輸送できます。
磁気回転不安定性は、差動回転する導電性流体で発生する可能性があり、小さな磁場を指数関数的に増幅し乱流を発生させます。
この乱流は、角運動量を外側に輸送し、降着円盤の粘性に寄与する可能性があります。

さらに、磁場は残骸の磁気圏からエネルギーと角運動量を運び去ることができる、磁気駆動アウトフローの発生にも役割を果たす可能性があります。

これらのアウトフローは、電波からガンマ線までの広範囲の電磁放射を生成する可能性があり、中性子星合体の観測的特徴に寄与する可能性があります。
でも、これらのプロセスの詳細なダイナミクスは複雑なので、完全に理解するにはより洗練された数値シミュレーションが必要となります。


最終的な運命を決定する残骸の状態方程式

残骸の長期的な進化と最終的な運命は、その質量と角運動量、並びに中性子星物質の状態方程式によって決定されます。

残骸が充分に重い場合、最終的には重力崩壊を起こしてブラックホールを形成する可能性があります。
逆に、残骸がより軽い場合には、長期にわたって安定して回転する中性子星として存在する可能性があります。

残骸の状態方程式は、その性質と進化に影響を与えることになるので、残骸の最終的な運命を決定する上で重要な役割を果たすことになります。

ただ、中性子星合体の残骸について物理学を完全に理解するには、さらなる調査が必要となります。
そして、下記のように解決されていない問題もあるんですねー

  1. 中性子星物質の状態方程式は、残骸の性質と進化にどのように影響するのか?

  2. ニュートリノは、残骸の冷却と組成にどのように影響するのか?

  3. 磁場は、残骸の長期的な進化と電磁信号にどのような役割を果たすのか?

  4. 残骸の最終的な運命は何になるのか?いつかは重力崩壊によりブラックホールとなるのか、それとも別のコンパクトな天体として存在することになるのか。

これら未解決の問題に対しては、将来の理論的および観測的研究が必要になります。
将来的には、天体物理学におけるエキサイティングなフロンティアに関する理解が、さらに深まるはずです。

特に、残骸のダイナミクスにおける磁場の役割を理解するには、現実的な微視的物理学を備えた高解像度の一般相対論的磁気流体力学シミュレーションが必要となるようです。


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なぜ、進化の進んだ赤色巨星なのに異常に高いリチウム存在量を示すのか? 星の進化過程における未知のメカニズムの解明へ

2024年08月11日 | 宇宙 space
近年の天文学において、星の進化と元素合成に関する私たちの理解に挑戦する、“2MASS J05241392-0336543”と呼ばれる並外れた星が発見されました。
この星は、これまで知られているどの星よりもリチウムの含有量が極めて高く、その起源や進化について多くの謎を秘めています。

今回の研究では、“2MASS J05241392-0336543”の特異な組成、その進化の状態、および考えられるリチウム濃縮のメカニズムについて調査を実施。
現在、この星はレッドクランプ星ではなく、レッドジャイアントブランチ上または初期漸近巨星分枝星ブランチ上にある可能性が高いと結論付けています。

研究チームは、“2MASS J05241392-0336543”で観測された極端なリチウムの存在量は、星の内部におけるリチウムの生成、または外部からのリチウムに富む物質の降着などの現象による可能性があると推測しています。
この研究は、フロリダ大学天文学科のRana Ezzeddine助教授と卒業生(現大学院生)のJeremy Kowkabanyさんを中心とした研究チームが進めています。
本研究の成果は、アメリカの天体物理学専門誌“Astrophysical Journal”とプレプリントサーバーarXivに“Discovery of an Ultra Lithium-rich Metal-Poor Red Giant star”として掲載されました。DOI:10.48550 / arxiv.2209.02184
Credit: Pixabay/CC0 Public Domain
Credit: Pixabay/CC0 Public Domain


非常に古く、金属量の少ない星

“2MASS J05241392-0336543”は、天の川銀河のハローに位置する赤色巨星として分類され、その分光分析から非常に低い金属量と、高いrプロセス元素の存在比が明らかになりました。

恒星内で起こる核融合反応は、鉄やニッケルのような重い元素を生成しますが、原子核がさらに中性子を獲得するとより重い元素が形成されます。

超新星爆発や中性子星同士の合体のような極限の天体現象のもとで起こるのは、速い中性子捕獲過程“rプロセス(rapid neutron-capture process)”です。
一方、より軽い星の進化の最終段階である漸近巨星分枝星などでは、遅い中性子捕獲過程“sプロセス(slow neutron-capture process)”が起こります。(※1)
この2つのプロセス、つまり2種類の環境では、異なる割合の重元素が形成されることになります。
※1.年老いた軽い星である漸近巨星分枝星は、太陽のような低質量星の一生の末期にあたる。sプロセスは、この星の寿命の後期に達した恒星内で起こる、原子核の中性子の吸収とそれに伴う崩壊で原子番号が上がっていくプロセス。s過程の名は、数秒未満という“速い(Rapid)”過程であるr過程とは異なり、数千年以上かかる“遅い(Slow)”過程であることに由来する。
このため、rプロセス元素の過剰は、この星が中性子星合体などの極限の天体現象に関連した物質から形成された可能性を示唆することになります。

超新星爆発を起こさない比較的軽い恒星(質量は太陽の8倍以下)が、その一生の最期に迎える姿が赤色巨星なので、“2MASS J05241392-0336543”は非常に古く、金属量の少ない星ということが分かります。


星の進化過程における未知のメカニズム

リチウムは、ビッグバン元素合成によって生成された元素の一つで、その存在量は星の年齢や進化段階を知る上で重要な指標となります。

一般的に、星は進化するにつれて、対流や核融合反応によってリチウムを消費するので、その存在量は減少していきます。
でも、“2MASS J05241392-0336543”のように進化の進んだ赤色巨星でありながら、異常に高いリチウム存在量を示す星が少数ながら存在しているんですねー

このような“リチウム過剰星”の発見が示唆しているのは、星の進化過程における未知のメカニズムの存在。
近年、天文学者たちの注目を集めることになります。

その並外れたリチウム存在量は、“2MASS J05241392-0336543”を真に特異な星としました。
3次元非局所熱平衡(3D, NLTE)補正を施して得られた値は、この星が既知のどの巨星よりもリチウム存在量が有意に高く、星の進化に関する既存の理論に重大な疑問を投げかけることになります。

“2MASS J05241392-0336543”のリチウム存在量は、現在の太陽の年齢におけるリチウム存在量の10万倍にも達しています。


リチウム過剰を説明するシナリオ

“2MASS J05241392-0336543”の並外れたリチウム過剰を説明するために、いくつかの仮説が提案されています。
その仮説は大きく分けて二つ。
外部からリチウムが供給されたとする“外部供給シナリオ”と、星内部でリチウムが生成されたとする“内部生成シナリオ”です。

外部供給シナリオには、“惑星吸収シナリオ”と“連星合体シナリオ”があります

星が進化するにつれて、周囲を公転する惑星を吸収することがあります。
吸収した惑星にリチウムが豊富に含まれていた場合、星の表面にリチウムが供給されるというのが惑星吸収シナリオです。
見かけ上、リチウム過剰になる可能性がある訳です。

でも、“2MASS J05241392-0336543”のような低金属量の星では、そもそも巨大惑星の形成自体が困難だと考えられています。

また、仮に惑星吸収が起こったとしても、“2MASS J05241392-0336543”のリチウム存在量を説明するには、非現実的にリチウム存在量の多い惑星が必要となることがシミュレーションから示唆されています。

“2MASS J05241392-0336543”が過去に連星系を形成していて、伴星と合体した可能性もあります。
連星合体は星の内部構造を大きく変化させ、リチウムなどの元素を表面に穿り返すというのが連星合体シナリオです。

でも、“2MASS J05241392-0336543”では、視線速度の変化やHα輝線の時間変化といった、連星合体を示唆する直接的な証拠は見つからず…
ただ、連星合体が過去に起こり、その影響でリチウムが表面に供給された可能性は否定できません。

一方、内部生成シナリオは、星の内部では対流や回転による物質混合が起こっていて、これによってリチウムが生成されるというものです。

特に、赤色巨星分枝星の“バンプ”と呼ばれる段階、または漸近巨星分枝星の初期段階では、“リチウムフラッシュ”と呼ばれる現象が起こると考えられています。

リチウムフラッシュは、星の内部深部で生成された新鮮なリチウムが、対流によって星の表面まで一気に運ばれることで起こると考えられている現象です。
リチウムフラッシュの間、星の光度は一時的に約5倍に増加し、質量放出も約2倍に増加するお予測されています。

“2MASS J05241392-0336543”はリチウムフラッシュが予想される進化段階にあり、実際にその光度はモデル予測よりも約5倍明るく、初期の漸近巨星分枝星の開始よりも約2倍明るい状態です。

さらに、“2MASS J05241392-0336543”の高速回転は、リチウムフラッシュに伴う内部からの角運動量輸送を示唆している可能性があります。

また、赤外線超過とHα輝線の検出は、リチウムフラッシュ中の質量放出の増加によって形成されたダストシェルの可能性を示唆しています。


星の一生における物質進化の解明

“2MASS J05241392-0336543”の進化段階を理解することは、そのリチウム過剰の謎を解く上で非常に重要となります。
観測データと恒星進化モデルの比較から、“2MASS J05241392-0336543”は赤色巨星分枝星のバンプ、または初期の漸近巨星分枝星の段階にある可能性が高いと考えられています。

“2MASS J05241392-0336543”の特異な組成は、星の進化における未知の側面を明らかにする上で重要な手掛かりとなります。

リチウムフラッシュを含む様々な内部混合シナリオを、より詳細な数値計算によって再現し、“2MASS J05241392-0336543”の観測結果と比較検討する必要があります。
特に、低金属量、低質量星におけるリチウムフラッシュの発生条件や、リチウム輸送の効率を明らかにすることが重要となります。

“2MASS J05241392-0336543”と同様の組成を持つ星を、大規模な分光サーベイ観測などによって系統的に探索し、リチウム過剰星の出現頻度や特性を明らかにすることも必要です。
これにより、リチウム過剰を引き起こすメカニズムの普遍性や、星の進化における役割を理解することができます。

星震学は、星の内部構造を探る強力な手法です。
“2MASS J05241392-0336543”に対して星震学的観測を行うことで、その内部構造や進化段階に関するより詳細な情報を得ることができると期待されます。
星震学によって得られる星の質量や半径の精度の高い測定値は、リチウムるラッシュのモデル計算の精度向上に大きく貢献すると期待されます。

今後、詳細な理論モデルの構築や、他のリチウム過剰星の探索と観測を進めることで、“2MASS J05241392-0336543”の謎の解明に近づけるはずです。

“2MASS J05241392-0336543”は、星の進化における私たちの理解に挑戦する、まさに宇宙の謎と言えます。
その謎の解明は、星の一生における物質進化、そして宇宙における元素合成の歴史を紐解くカギとなる可能性を秘めています。


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