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超巨星を7つも含む星団“バルバ2”を発見! 比較的最近に星形成活動が活発な領域で生まれた若い星団のようです

2024年08月09日 | 宇宙 space
2024年のこと、天文学の世界に新たに興奮をもたらす発見が報告されました。
それは、天の川銀河の中、地球から約24,100光年彼方の位置に、複数の超巨星を含む新しい星団“バルバ2”が発見されたからです。

この星団は、南米チリの天文学者ロドルフォ・バルバさんによって10年前に初めて特定されていたもの。
2021年に彼がなくなったため、その研究結果はこれまで発表されていませんでした。

これまで、チリによる減光のため見過ごされてきた“バルバ2”は超巨星が豊富な星団。
少なくとも7つの超巨星を含んでいるんですねー

この星団の発見は、星々がどのように生まれ、進化していくのか、そして銀河全体の進化における星団の役割について、新たな知見をもたらす可能性を秘めているようです。
この研究は、スペインのアストロバイオロジーセンターのヘスース・マイズ・アペヤニズさんとアリカンテ大学のイグナシオ・ネゲレーラさんが進めています。
本研究の詳細は、7月30日にプレプリントサーバーarXivに“Barbá 2: A new supergiant-rich Galactic stellar cluster”として報告されました。DOI: 10.48550/arxiv.2407.20812
図1.2MASS Kフィルター、2MASS Jフィルター、DSS2を組み合わせた“バルバ2”の赤外線モザイク画像。(Credit: Apellániz et al., 2024.)
図1.2MASS Kフィルター、2MASS Jフィルター、DSS2を組み合わせた“バルバ2”の赤外線モザイク画像。(Credit: Apellániz et al., 2024.)



超巨星が豊富な星団“バルバ2”

星団“バルバ2”が初めて特定されたのは、今から約10年前のことでした。

チリの天文学者ロドルフォ・バルバさんは、天の川銀河の平面を多波長サーベイでスキャンし、温かいチリに関連する星の密集を探していました。
その過程で、彼は球状星団“NGC 3603”と電離水素領域“Gum 35”の間に、7つの明るい星を含む星団を発見しています。
これが“バルバ2”の最初の観測記録となりました。

バルバさんは、この星団には温かいチリが関連付けられていないことを発見。
可視光線と近赤外線によるデータの分析は、この星団が大きな星間減光を受けていること、そして明るい星のうち5つは赤色超巨星、残りの2つはより早期型の超巨星である可能性が高いことを示唆していました。

でも、バルバさんは2021年に惜しまれつつ逝去したため、詳細な研究成果は発表されていませんでした。

この未完の発見を引き継いだのが、スペインのアストロバイオロジーセンターのヘスース・マイズ・アペヤニズさんとアリカンテ大学のイグナシオ・ネゲレーラさんでした。

彼らは、バルバ氏の功績をたたえ、この星団を“バルバ2”と命名。
ヨーロッパ宇宙機関の位置天文衛星“ガイア”により得られた最新のデータを用いて、詳細な分析を実施しています。

“ガイア”はヨーロッパ宇宙機関が2013年12月に打ち上げ運用する衛星で、天の川銀河の精密な3次元マップを作ることを目的とし、天体の位置や運動について調査する位置天文学に特化した宇宙望遠鏡です。

天の川銀河に属する莫大な数の恒星の位置と速度を、きわめて精密に測定・記録し、現在では約15億個もの恒星のデータを持っています。
“ガイア”を用いたデータは、星団の研究においても不可欠なツールと言えます。

アペヤニズさんたちは、“バルバ2”を“Villafranca”プロジェクトにも追加し、“Villafranca B-006”というカタログ名を与えています。
“Villafranca”は、天の川銀河内のOB型星(スペクトル型OまたはBの熱くて重い恒星)を含む星団を特定し、特徴づけることを目的としたプロジェクトです。


赤色超巨星の存在から分かった星団の年齢

研究チームの分析により、“バルバ2”は複数の超巨星を含む、非常に興味深い特徴を持つ星団であることが明らかになりました。

超巨星とは、太陽の何十倍もの質量を持つ巨大な星。
その寿命は数百万年~数千万年と、宇宙のタイムスケールでは非常に短いものになります。
このことから、超巨星を含む星団は、比較的最近に星形成活動が活発な領域で生まれた若い星団だと考えられます。

“バルバ2”に含まれるのは、星団内で最も明るい“黄色超巨星”、5つ確認されている“赤色超巨星”、1つ確認されている“青色超巨星”など、7つの超巨星。
これらの超巨星のスペクトル分類は、研究チームによって取得された“FEROS”による分光データに基づいています。

“FEROS(Fiber-fed Extended Range Oprical Spectrograph)”は、南米チリにあるラ・シヤ天文台のMPG/ESO 2.2メートル望遠鏡に搭載された高精度分光器。
星の化学組成や視線速度などの調査に用いられます。

これら7つの超巨星の存在は、“バルバ2”が約1000万年という比較的若い年齢の星団であることを示唆しています。

星団の年齢は、そこに含まれる星の進化段階から推定することができます。
重い星ほど寿命が短いので、星団に含まれる最も重い星の進化の段階を調べることで、星団全体の年齢を推定することができるんですねー
“バルバ2”の場合、赤色超巨星の存在は、星団の年齢が少なくとも1000万年であることを示唆していました。


複雑な構造を持つ星団

“バルバ2”の星々は、星団の中心に向かって密度が高くなる、キングプロファイルと呼ばれる分布を示しています。
キングプロファイルとは、球状星団や銀河中心部の星の分布を記述するモデルとして広く用いられていて、中心部が高密度で、外側に向かって徐々に密度が低下していく様子を表しています。

研究チームでは、“バルバ2”のキングプロファイルへのフィッティングを行い、コアの半径が0.84±0.19パーセク(約2.74光年)であることを明らかにしています。
これは、一般的な散開星団と比較するとコンパクトな値なので、“バルバ2”が密集した環境で誕生したことを示唆しています。

興味深いのは、“バルバ2”のメンバーである可能性の高い星の中には、コアから離れた距離に位置するものも存在すること。
これらの星は、“バルバ2”の重力によって束縛されているものの、コアの星ほど密集しておらず、星団のハローと呼ばれる領域を形成していると考えられています。

研究チームでは、“バルバ2”のメンバー候補201個のうち、53個はハローに属する星である可能性を指摘しています。
このことから、“バルバ2”は複雑な構造を持つことが考えられます。


星間物質による減光

“バルバ2”の観測を複雑にしている要素の一つに、星間減光の影響があります。
“バルバ2”は、地球から見て天の川銀河の円盤面に沿って位置しているので、星間物質による減光の影響を大きく受けることになります。

星間物質とは、星と星の間の空間を漂うガスやチリのこと。
可視光線を吸収・散乱するので、地球から観測する星の明るさや色を変化させてしまいます。

“バルバ2”の場合、特に赤色超巨星の観測から、星間減光が大きいことが示唆されています。
赤色超巨星は、その巨大なサイズと低い表面温度から、星間減光の影響を受けやすい天体と言えます。

研究チームでは、“バルバ2”のメンバーである“2MASS J11041243-6143399”と呼ばれる星の減光データを分析。
星間減光の指標となる色超過E(4405‐5495)の値が、1.612±0.012等級であることを明らかにしました。
さらに、源光/赤化の指標となるR5495の値は、3.705±0.036で、これは“バルバ2”の星間チリのサイズが平均よりも大きいことを示唆しています。

また、7700Åの吸収帯の強度が星間減光の指標となる色指数GBP-GRPの増加に伴って強くなることを発見し、“バルバ2”内部に星間減光のムラがあることが明らかになりました。
このことが示唆しているのは、“バルバ2”の星間物質の分布が均一でないこと。
このムラは、星団の形成過程や進化に影響を与えている可能性もあります。


次世代望遠鏡による星団の形成や進化の解明

“バルバ2”は、発見されたばかりの天体なので、その性質の詳細についてはまだ多くの謎が残されています。
でも、近年の観測技術の進歩により、“バルバ2”の謎を解き明かすための新たな手掛かりが得られつつあります。

例えば、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡や、建設中の欧州超大型望遠鏡“E-ELT(European Extremely Large Telescope)”などの次世代望遠鏡は、これまでの望遠鏡では観測が困難だった、“バルバ2”のような遠方や減光の影響が大きい天体の詳細な観測を可能とします。

これらの望遠鏡を用いることで、“バルバ2”に属する星の化学組成や運動をより正確に測定し、星団の形成過程や進化、そして天の川銀河における役割などが明らかにできると期待されています。

また、赤外線や電波による観測は、可視光線では観測できない星間物質の分布や運動を明らかにする上で非常に有効です。
周辺の星間物質の観測から、“バルバ2”がどのような環境で生まれ、どのように進化してきたのか。
さらに、今後どのように進化していくのかを予測する上で、重要な情報が得られると考えられています。

“バルバ2”は、複数の超巨星を含む、天の川銀河の新たな宝石として、私たちに多くの謎と発見をもたらしました。
その発見は、天の川銀河の星形成史や星団の進化、さらには銀河全体の進化を探る上で重要なカギとなる可能性を秘めています。

今後の多様な観測手法による更なる探求により、“バルバ2”の謎が解き明かされ、銀河の進化に関する新たな理解がもたらされることが期待されます。


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ビッグバンから数百万年後に形成された若い星からの放射を発見! 一部の銀河は初期宇宙において非常に急速に成長していた

2024年08月07日 | 銀河・銀河団
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡は、宇宙の夜明けに存在する古い銀河の並外れた姿を明らかにし、初期宇宙の理解に革命をもたらしました。

これらの銀河の中でも、輝かしい光度と驚くべき大きさを持つ“JADES-GS-z14-0”は、宇宙の進化の初期段階における銀河形成に関する私たちの理解に挑戦しています。

今回の研究では、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による観測から、これまでに特定された最も初期(遠方)の銀河の一つから放出されている光が、星形成からの継続的なバーストによるものであることを発見しています。

研究チームは赤方偏移の測定を行うことで、この光が銀河の中心に位置する超大質量ブラックホールによるものではなく、ビッグバンから数百万年後に形成された若い星からの放射であることを確認。

これまでのモデルでは、初期宇宙の銀河は小さく、時間の経過とともに合体を繰り返すことで大きく成長していくと考えられていました。
でも、“JADES-GS-z14‐0”のような大きな銀河の存在は、少なくとも一部の銀河が初期宇宙において非常に急速に成長したことを示唆していて、これまでのモデルに疑問を投げかけているようです。
この研究は、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡から受け取ったデータと画像を研究している天文学者と天体物理学者の国際チームが進めています。
本研究の詳細は、イギリスの科学雑誌“Nature”とプレプリントサーバーarXivに“A shining cosmic dawn: spectroscopic confirmation of two luminous galaxies at z ∼ 14”として掲載されました。Nature (2024). DOI: 10.1038/s41586-024-07860-9  On arXiv: DOI: 10.48550/arxiv.2405.18485
図1.近赤外線分光装置“NIRSpec”で得られた“JADES-GS-z14‐0”のスペクトル。中央のパネルには1次元スペクトル(黒)と関連する1σの不確かさ(水色が表示されている。下図はS/N比の2次元スペクトルを表示したもので、約1.8μm付近のブレーク全体のコントラストを強調している。上段のはめ込み画像は近赤外線カメラ“NIRCam”によるJADES観測データの切り抜き。(Credit: arXiv (2024). DOI: 10.48550/arxiv.2405.18485)
図1.近赤外線分光装置“NIRSpec”で得られた“JADES-GS-z14‐0”のスペクトル。中央のパネルには1次元スペクトル(黒)と関連する1σの不確かさ(水色が表示されている。下図はS/N比の2次元スペクトルを表示したもので、約1.8μm付近のブレーク全体のコントラストを強調している。上段のはめ込み画像は近赤外線カメラ“NIRCam”によるJADES観測データの切り抜き。(Credit: arXiv (2024). DOI: 10.48550/arxiv.2405.18485)


ビッグバンから数億年後の宇宙を観測する

宇宙の始まりを見つめ、その進化の過程を明らかにすることを目的とした、他に類を見ない高性能な望遠鏡が“ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡”です。

2022年に本格的な運用を開始したジェームズウェッブ宇宙望遠鏡は、NASAが中心となって開発した口径6.5メートルの赤外線観測に特化した望遠鏡。
これは、初期銀河のようなビッグバンから数億年後に誕生したと予測される銀河を観測するには、赤外線での観測が必須となるからです。

初期銀河からの光は非常に暗い上に、宇宙の膨張により遠方からの光ほど赤方偏移(※1)するため、発した時は可視光線であっても地球に届くまでに赤外線にまで波長が引き伸ばされてしまいます。
この赤外線を観測することで、宇宙誕生から間もない時代に存在した遠方銀河の光をとらえることができます。
※1.膨張する宇宙の中では、遠方の天体ほど高速で遠ざかっていくので、天体からの光が引き伸ばされてスペクトル全体が低周波側(色で言えば赤い方)にズレてしまう。この現象を赤方偏移といい、この量が大きいほど遠方の天体ということになる。110億光年より遠方にあるとされる銀河は、赤方偏移(記号z)の度合いを用いて算出されている。
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡は、このようにはるか遠方に位置する暗い天体でも観測を行うことができるんですねー
重力レンズ効果を用いて観測を行えば、さらに遠方の天体を観測することもできます。


最も遠い距離にありながら非常に明るい銀河候補

ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の観測プログラムの一つに“先進的深宇宙探査(JADES; JWST Advanced Deep Extragalactic Survey)”があります。
これは、宇宙進化の初期段階における銀河を詳細に観測するために計画された大規模な観測プログラムで、非常に遠方にあると思われる銀河が複数見つかっています。

JADESにおいて、ハッブル宇宙望遠鏡とジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の近赤外線カメラ“NIRCam”による初期観測データから、z > 14という強い赤方偏移を持つ可能性のある銀河候補が複数発見されました。
これらの銀河候補は、その光が宇宙膨張の影響を受けて強く赤方偏移していることから、宇宙誕生から間もない時代に存在していたと考えられています。

特に、“JADES-GS-z14‐0”は、観測史上最も遠い距離にありながら非常に明るい銀河候補なので、宇宙における銀河の形成過程に見直しを迫る天体と言えます。(2番目に遠い銀河候補は“JADES-GS-z14-1”)

ただ、赤方偏移の強い銀河であるように見えても、実際にはもっと近い距離にある天体を誤認している可能性もあります。
距離が正しいかどうかは、赤方偏移以外の性質を詳細に調べる必要があり、大幅に間違った推定をしていたことが、その作業の過程で発覚した天体もありました。

また、その驚異的な光度は、中心に活動銀河核が存在している可能性もありました。
活動銀河核は、銀河の中心に位置する超大質量ブラックホールに周囲の物質が落ち込むことで、莫大なエネルギーを放出して輝く天体。
その明るさは星形成活動のみに起因する明るさを、はるかに凌駕する場合があります。


銀河の赤方偏移を正確に決定する

今回の研究では、“JADES-GS-z14‐0”の性質を明らかにするため、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の近赤外線分光装置“NIRSpec”を使用。
“JADES-GS-z14‐0”のスペクトル(光の波長ごとの強度)を取得しています。

個々の元素は決まった波長の光を吸収する性質があるので、その元素に対応した波長で光の強度が弱まる箇所“吸収線”が、スペクトルに現れることになります。
スペクトルに現れた吸収線の波長を調べることで、元素の種類を直接特定することができる訳です。

“JADES-GS-z14‐0”のスペクトルには、ライトマンブレークと呼ばれる吸収線が、赤方偏移z=14.32の位置に明確な特徴として現れていました。
ライトマンブレークは、銀河内にある高温の若い星から放出された紫外線が、中性水素ガスによって吸収されることで生じるスペクトルの落ち込み。
銀河の赤方偏移を正確に決定するために用いられます。

この手法により、“JADES-GS-z14‐0”は観測史上最も初期(遠方)に銀河の一つとなり、ビッグバンからわずか3億年後の宇宙に存在していたことが明らかになりました。

“JADES-GS-z14‐0”の分光データからは、その明るさと大きさだけが明らかになったわけではありません。
そのスペクトルを詳しく分析した結果、銀河の星形成率、ダスト含有量、酸素などの重元素の存在量など、興味深い特性が明らかになりました。
これらの発見は、初期宇宙における銀河形成と進化に関する貴重な洞察を提供してくれています。


初期宇宙の銀河における星形成史

“NIRSpec”から得られた“JADES-GS-z14‐0”のスペクトルは、初期宇宙の銀河の複雑さを理解するための情報の宝庫であり、その星形成史やダスト含有量、化学組成に関する手掛かりを提供してくれます。
これらを調べることで、初期の銀河がどのように形成され進化したのかを、より深く理解することができます。

“JADES-GS-z14‐0”の最も注目すべき特徴の一つに輝線の欠如がありました。
輝線は、銀河内のガスが恒星からの紫外線によって電離され、特定の波長で光を放射することで生じます。
このため、銀河のガス含有量、星形成率、化学組成を研究するための貴重なツールとなります。

でも、“JADES-GS-z14‐0”のスペクトルには、輝線が検出されなかったんですねー
このことが示唆しているのは、この銀河が星からの強い放射を経験していないか、あるいは電離放射の大部分が銀河から逃げ出してしまっていることです。

輝線の欠如は、“JADES-GS-z14‐0”における星形成史について、興味深い疑問を投げかけることになります。
一般的に輝線の欠如は、星形成が比較的短期間で集中的に起こったことを示唆することになります。
そう、この銀河の星形成史は、宇宙時間の経過とともに星形成率が徐々に増加していくという、これまでのモデルとは異なる可能性があるということです。

さらに、“JADES-GS-z14‐0”のスペクトルと測光データからは、この銀河には質量と比較してダストと酸素が豊富に存在することが明らかになりました。
ダストと酸素は、恒星の内部で合成され、その寿命の最期に超新星爆発などによって放出され恒星間物質となります。
初期宇宙では、これらの元素はまだ十分に生成されていなかったと考えられているので、“JADES-GS-z14‐0”におけるこれらの元素の存在量の多さは驚くべきことでした。


初期宇宙において一部の銀河は非常に急速に成長していた

“JADES-GS-z14‐0”のスペクトル特性に加えて、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の“NIRCam”は、この銀河の形態に関する重要な洞察も提供してくれています。

それは、この銀河が約260パーセクという、初期宇宙に存在する銀河としては驚くほど大きなサイズを持っていることでした。
初期宇宙における銀河形成の過程を解明するためにも、“JADES-GS-z14‐0”の形態を理解することは非常に重要なことと言えます。

これまでのモデルでは、初期宇宙の銀河は小さく、時間の経過とともに合体を繰り返すことで大きく成長していくと考えられていました。
でも、“JADES-GS-z14‐0”のような大きな銀河の存在は、少なくとも一部の銀河が初期宇宙において非常に急速に成長したことを示唆していて、これまでのモデルに疑問を投げかけています。

“JADES-GS-z14‐0”の大きなサイズは、その星形成史にも影響を与えている可能性があります。
それは、銀河のサイズが大きくなると、星形成の材料となるガスやチリがより広範囲に分布することになるからです。

“JADES-GS-z14‐0”の発見は、初期宇宙における銀河形成に関する私たちの理解に、挑戦状を突き付けるものです。

これまでのモデルでは、初期宇宙にある銀河のサイズや質量は小さく、星形成活動も比較的穏やかだったと考えられてきました。
でも、“JADES-GS-z14‐0”はこれらの想定を覆し、初期宇宙の銀河が予想よりもはるかに多様で複雑だった可能性を示唆しています。

“JADES-GS-z14‐0”は、その明るさと大きさから、初期宇宙の銀河としては非常に稀な存在だと言えます。
では、このような銀河はどのように形成されたのでしょうか?
このことを理解することは、銀河形成の初期段階を理解する上で非常に重要となります。

今後のジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による観測は、“JADES-GS-14-0”のような銀河が初期宇宙において普遍的に存在するのか、それとも特殊な環境で形成された例外的な天体なのかを明らかにしてくれるはずです。
これらの観測結果により、銀河形成の標準的なモデルを改良し、初期宇宙における銀河の進化に関する、より完全な全体像の解明が期待されます。

革新的な能力を持つジェームズウェッブ宇宙望遠鏡によって、これまで隠されていた宇宙の歴史の章が明らかにされつつあります。
宇宙の進化については多くの謎が存在していますが、今後の観測で明らかになるのは何になるのでしょうか。


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天の川銀河の薄い円盤に金属含有量に大きなバラつきのある古代の星を発見! ガイアデータが明らかにした銀河進化の新たなタイムライン

2024年08月05日 | 銀河・銀河団
今回の研究では、位置天文衛星“ガイア”によるミッションから得られた膨大なデータと、最新の機械学習技術の組み合わせにより、個々の星の年齢や金属含有量を、これまで以上に正確に推定。
その結果、私たちの太陽系が属する薄い円盤の軌道上に、これまで考えられていたよりも、はるかに多くの古代の星が存在することを明らかにしています。

これらの発見が示唆しているのは、天の川銀河の薄い円盤がビッグバンからわずか10億年以内の非常に早い時期に形成が始まったこと。
これは、これまで考えられていたよりも約40億年から50億年も早い時期でした。

さらに興味深いことに、これらの古代の星は金属含有量に大きなバラつきが見られたこと。
太陽の2倍もの金属量を持つ星も見つかっていることから、天の川銀河の進化のごく初期には星々の誕生と進化が急激に進行し、銀河内部に金属が大量に供給されていたようです。
この発見は、これまでの銀河進化の理解に再考を迫る画期的なものと言えます。
この研究は、ライプニッツ天体物理学ポツダム研究所(AIP)のSamir Nepalさんを中心とする国際研究チームが進めています。
本研究の詳細は、プレプリントサーバーarXivに“Discovery of the local counterpart of disc galaxies at z > 4: The oldest thin disc of the Milky Way using Gaia-RVS”として報告されました。DOI:10.48550 / arxiv.2402.00561
図1.太陽(オレンジ)に似た若い星(青)と古い星(赤)の回転運動。(Credit: Background image by NASA/JPL-Caltech/R. Hurt (SSC/Caltech))
図1.太陽(オレンジ)に似た若い星(青)と古い星(赤)の回転運動。(Credit: Background image by NASA/JPL-Caltech/R. Hurt (SSC/Caltech))


天の川銀河の構造

天の川銀河は、大きく分けてハロー、バルジ、円盤部という3つの構造から成り立っています。

ハローは、銀河全体を取り囲む球状の領域で、古い星や球状星団が存在しています。
一方、銀河の中心部に位置する膨らんだ構造がバルジで、そこに星が密集しています。
円盤部は、ハローとバルジを取り巻く円盤状の領域で、星形成が活発に行われています。

さらに、円盤部は古い星が多い“厚い円盤”と、若い星が多い“薄い円盤”に分けられます。
私たちの太陽は、約46億年前に形成された比較的若い星なので、薄い円盤に属しています。


これまで考えられていた天の川銀河の形成と進化

これまで、天の川銀河の形成は、次のようなシナリオで説明されてきました。

宇宙初期の急加速膨張“インフレーション”の際に生じた密度ゆらぎがもとになり、ダークマターの密度の空間的なゆらぎが重力によって成長していきます。
そのダークマターの重力に引き寄せられた水素やヘリウムが集まり、最初の星々が誕生していきます。

水素とヘリウムよりも重い元素のことを天文学では“重元素”と呼びます。
この重元素のうち、鉄までの元素は恒星内部の核融合反応で生成され、鉄よりも重い元素は超新星爆発などの激しい現象にともなって生成されると考えられています。

生成された重元素は、恒星の星風や超新星爆発によって周囲に放出。
やがて、重元素を含むガス雲が再び収縮し、新たな星々が形成されていきます。
宇宙の重元素量は恒星の世代交代が進むとともに増えていくことになります。

このようにして、銀河は徐々に成長していきます。
薄い円盤は銀河の進化の比較的後期、約80億年から100億年前に形成が始まったと考えられてきました。

また、含まれる金属(※1)の量が少ないほど古い恒星と言え、金属の量が少ない“低金属星”の集団が見つかれば、その集団は古い起源を持つことが推定できます。
つまり、恒星の運動と年齢が揃っている大きな集団が見つかった場合、それらは合体した銀河の痕跡である可能性がある訳です。
※1.恒星における“金属”とは、水素とヘリウム以外の元素の総称で、炭素や酸素のような化学的には非金属となる元素も含まれている。


“ガイア”の観測データから新たな発見

“ガイア”はヨーロッパ宇宙機関が2013年12月に打ち上げ運用する衛星で、天の川銀河の精密な3次元マップを作ることを目的とし、天体の位置や運動について調査する位置天文学に特化した宇宙望遠鏡です。

天の川銀河に属する莫大な数の恒星の位置と速度を、きわめて精密に測定・記録し、現在では約15億個もの恒星のデータを持っています。

“ガイア”の観測データによって作成された天体カタログの分析から、“ガイア・ソーセージ”や“ポントゥス・ストリーム”など、80憶年以上前に合体したとみられる銀河の痕跡が次々と見つかっています。

また、天の川銀河の中心部には“プア―・オールド・ハート”(※2)という年齢の古い恒星の集団があります。
現在の天の川銀河は、この集団と他の銀河が合体することで形成されたのかもしれません。
※2.金属に乏しい(プア―)、恒星の年齢が古い(オールド)、天の川銀河の中心部(ハート)に位置することを意味している。
この“ガイア”の観測データによって、これまでの理解とは異なるシナリオが示唆されるようになってきています。

“ガイア”は、天の川銀河の10億個以上の星について、その位置、距離、運動、明るさなどを非常に高い精度で測定しています。
この膨大なデータと、最新の機械学習技術を組み合わせることで、個々の星の年齢や金属含有量を、これまで以上に正確に推定することが可能になりました。

研究チームは、“ガイア”によるミッションの第3期データ(Gaia DR3)を用いて、太陽近傍の星を詳細に分析。
その結果、薄い円盤の軌道上に、これまで考えられていたよりも、はるかに多くの古代の星が存在することを明らかにしています。


薄い円盤に存在する古代の星

今回の研究では、80万個以上の星の重力、温度、金属含有量、距離、運動、年齢などの物理量を、最新の機械学習手法を用いて高精度に測定しています。
その結果、薄い円盤に存在する古代の星の多くは100億歳以上で、中には130億歳を超えるものもあることが分かりました。

さらに興味深いことに、これらの古代の星は金属含有量に大きなバラつきが見られました。

一部の星は、宇宙初期に形成された星の特徴である金属量が非常に少ないもの。
一方で私たちの太陽の2倍もの金属量を持つ星も見つかっています。
このことが示唆しているのは、天の川銀河の進化のごく初期に、星々の誕生と進化が急激に進行し、銀河内部に金属が大量に供給されたことです。

これらの発見は、天の川銀河の薄い円盤が、ビッグバンからわずか10億年以内の非常に早い時期に形成が始まったことを示唆しています。
これは、これまで考えられていたよりも約40億年から50億年も早い時期でした。

また、薄い円盤に金属量の豊富な星が存在することは、銀河進化の初期段階における星形成の激しさと、それに伴う急速な金属濃縮を示す証拠となります。


銀河形成の普遍的なメカニズムの存在

興味深いことに、今回の発見は、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡やアルマ望遠鏡によって観測されている、遠方の宇宙に存在する高い赤方偏移値を持つ銀河の形成過程と共通点を持つ可能性があります。

膨張する宇宙の中では、遠方の天体ほど高速で遠ざかっていくので、天体からの光が引き伸ばされてスペクトル全体が低周波側(色で言えば赤い方)にズレてしまいます。
この現象を赤方偏移といい、この量が大きいほど遠方の天体ということになります。
110億光年より遠方にあるとされる銀河は、赤方偏移(記号z)の度合いを用いて算出されています。

高い赤方偏移値を持つ銀河は、宇宙誕生から間もない時期の銀河の姿を私たちに見せてくれます。
今回の発見は、天の川銀河の円盤も、宇宙の進化のごく初期に形成された可能性を示唆していて、銀河形成の普遍的なメカニズムの存在を示唆しているのかもしれません。

今回の研究成果は、“ガイア”のデータと最新の機械学習技術の組み合わせが、銀河考古学の分野にもたらす大きな可能性を示す好例と言えます。

今後、2025年に運用開始予定の4メートル多天体分光望遠鏡(4MOST)による大規模分光サーベイ“4MIDABLE-LR”が始まれば、さらに多くの星のスペクトルデータが取得可能になります。

これらのデータに、今回と同様の機械学習手法を適用することで、天の川銀河の形成と進化の歴史について、より詳細なシナリオを描くことができると期待されています。


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破壊された系外惑星の内部物質の降着で白色矮星は汚染されている!? AIによる系外惑星の多様性や進化の歴史の解明

2024年08月03日 | 宇宙 space
今回の研究では、天の川銀河内で何百もの“汚染された”白色矮星を発見しています。
これら発見された白色矮星が汚染されたのは、周囲を公転している惑星を積極的に取り込んだ結果でした。

このことから汚染された白色矮星を研究することは、遠方に位置する太陽系外惑星の組成を研究するための貴重なリソースと言えます。
さらに、このことは太陽系外惑星の多様性や進化の歴史を解き明かすのにも役立つはずです。

ただ、問題となったのは、汚染された白色矮星を発見することが容易ではないことでした。
それは、その兆候が微弱で検出が困難な上、白色矮星が惑星を飲み込んでから時間が経つと、重元素は白色矮星の内部に沈んでしまうからです。
このため、観測可能な期間は限られてしまいます。

そこで、本研究では、多様体学習と呼ばれるAI技術を用いた新し探査方法を開発。
このAI技術を位置天文衛星“ガイア”のデータに適用することで、汚染された白色矮星を効率的に識別することに成功しています。

本研究は、AI技術が天文学にもたらす大きな可能性を示す好例と言えます。
AIは、これまで人間の能力では不可能だった規模と速度で、宇宙の謎を解き明かすための強力なツールとして、ますます重要な役割を果たしていくことが期待されます。
この研究は、テキサス大学オースティン校の大学院生Malia Kaoさんを中心とする研究チームが進めています。
本研究の成果は、アメリカの天体物理学専門誌“Astrophysical Journal”に“Hunting for Polluted White Dwarfs and Other Treasures with Gaia XP Spectra and Unsupervised Machine Learning”として掲載されました。DOI: 10.3847/1538-4357/ad5d6e
図1.Credit: NASA, ESSA, Joseph Olmsted (STScI).
図1.Credit: NASA, ESSA, Joseph Olmsted (STScI).


超新星爆発を起こさない比較的軽い恒星の最期

広大な宇宙において、比較的軽い恒星(質量が太陽の8倍以下)がその一生の最期を迎えると、赤色巨星の段階を経て白色矮星と呼ばれる天体へと姿を変えます。

赤色巨星に進化した恒星は、周囲の宇宙空間に外層からガスを放出して質量を失っていき、その後に残るコア(中心核)が白色矮星になると考えられています。

一般的な白色矮星は直径こそ地球と同程度ですが、質量は太陽の4分の3程度もあり、高密度で重力が非常に強く、地球の約10万倍にも達します。

例えば、私たちの太陽も約60億年後には燃料を使い果たし、白色矮星になると考えられています。
誕生当初の白色矮星の表面温度は10万℃を上回ることもありますが、内部で核融合反応は起こらず余熱で輝くのみなので、太陽のように単独の恒星から進化した白色矮星は長い時間をかけて冷えていくことになります。(※1)
※1.単独で存在する白色矮星が爆発することはない。ただ、連星の場合だと、白色矮星と連星をなすもう一方の星(伴星)の外層部から流れ出した物質が、主星である白色矮星へと降り積もる“降着”という現象が起こる。この降着により、白色矮星の質量が増えて太陽質量の約1.4倍(チャンドラセカール限界)を超えてしまうと、自己重力を支えられなくなって収縮し、暴走的な核融合反応が起こって爆発してしまうことに… この爆発を起こして星全体が吹き飛ぶ現象をIa型超新星爆発と呼ぶ。


系外惑星による白色矮星の汚染

白色矮星は、その進化の過程で、周囲を公転する惑星に大きな影響を与えます。

恒星が赤色矮星へと進化する際には、その外層が大きく膨張し、周囲の惑星を飲み込んでしまうことがあります。
また、白色矮星は、その強力な重力によって、惑星の軌道を不安定化させ、惑星同士の衝突を引き起こすこともあります。

このようなプロセスで破壊された惑星の内部物質が白色矮星の表面に降り積もり、白色矮星を“汚染”する現象が確認されています。

白色矮星の大気は、ほとんどが水素とヘリウムで構成されているので、他の元素の存在は外部からの物質の降着を示す明確な証拠となります。

この汚染された白色矮星は、太陽系外惑星の内部構造を研究する上で、他に類を見ない貴重な情報源となります。
これは、白色矮星の表面に観測される重元素が、かつて飲み込まれた惑星の内部組成を反映しているためです。
なので、太陽系外惑星の形成過程や進化、そして生命が存在する可能性を探る上で重要な手掛かりとなります。

でも、汚染された白色矮星を発見することは容易ではないんですねー
それは、その兆候が微弱で検出が困難な上、白色矮星が惑星を飲み込んでから時間が経つと、重元素は白色矮星の内部に沈んでしまうからです。
このため、観測可能な期間は限られてしまいます。


AI技術を用いた汚染された白色矮星探し

これまでの探査方法では、天文学者が膨大な天文観測データを手作業で調べて、汚染された白色矮星の兆候を探す必要がありました。

この作業は非常に時間と努力を要するもの。
このため、効率的な探査方法の開発が課題となっていました。

この課題を克服するため、今回の研究では多様体学習と呼ばれるAI技術を用いた新し探査方法を開発しています。

多様体学習とは、データセット内の類似した特徴を見つけ出し、類似した項目を簡略化された視覚的なチャートにまとめるアルゴリズムです。
このチャートを調べることで、どのグループが調査する価値があるのかを判断することができる訳です。

AIは、人間よりもはるかに高速かつ正確に、大量のデータを処理することができます。
また、人間では見つけることが難しい、隠れたパターンや規則性を見つけることも得意としています。
これらのAIの能力は、天体探査の分野においても、その威力をいかんなく発揮しています。

研究チームは、このAI技術をヨーロッパ宇宙機関の位置天文衛星“ガイア”のデータに適用。
“ガイア”は、これまでにない規模で白色矮星の分光観測を行っていますが、データの解像度が低いので、汚染された白色矮星を発見することは困難だと考えられてきました。
でも、多様体学習を用いることで、“ガイア”のデータから汚染された白色矮星を効率的に識別することに成功しています。

具体的には、研究チームは10万個以上の白色矮星の候補を分類。
その結果、375個の星からなるグループが汚染された白色矮星の可能性が高いことを突き止めています。

これらの星は、大気に重元素を含むという、汚染された白色矮星の重要な特徴を示していました。
さらに、テキサス大学マクドナルド天文台のホビー・エバリー望遠鏡(口径10メートル)による追跡観測により、これらの星が実際に汚染された白色矮星であることが確認されました。

この新しい探査方法は、汚染された白色矮星の数を10倍に増やす可能性を秘めていて、太陽系外惑星の多様性や組成に関する研究を大きく前進させるはずです。
研究チームは、将来的にこの技術を用いることで、生命が存在できる可能性のある太陽系外惑星を発見したいと考えています。

本研究は、AI技術が天文学にもたらす大きな可能性を示す好例と言えます。
AIは、これまで人間の能力では不可能だった規模と速度で、宇宙の謎を解き明かすための強力なツールとして、ますます重要な役割を果たしていくことが期待されます。


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極めて高速で移動する天体“超高速星”を市民科学者が発見! 太陽系からわずか400光年先に天の川銀河に重力的に束縛されていない天体

2024年08月01日 | 宇宙 space
宇宙空間において、天体は常に移動しています。
私たちの太陽系も例外ではなく、天の川銀河の中心を軸に公転しています。

でも、中にはその常識を覆すような、極めて高速で移動する天体も存在しているんですねー
その代表例が“超高速星”で、その速度は天の川銀河の重力圏からさえも脱出できてしまうほどです。

最近、市民科学者と天文学者の協力により、超高速星の候補となる興味深い天体が発見されました。
その天体“CWISE J124909.08+362116.0”と名付けられていて、その正体は低質量の星か褐色矮星だと考えられています。

特筆すべきは、“CWISE J124909.08+362116.0”が太陽系からわずか約400光年という近距離に位置していること。
今回の研究では、“CWISE J124909.08+362116.0”の観測結果と、その分析、そしてその起源に関して調べています。
この研究は、カリフォルニア大学サンディエゴ校のAdam Burgasserを中心とする天文学者チームが報告しています。
本研究の詳細は、7月11日にプレプリントサーバーarXivに“Discovery of a Hypervelocity L Subdwarf at the Star/Brown Dwarf Mass Limit”として報告されました。DOI: 10.48550/arxiv.2407.08578
図1.ケックII望遠鏡に搭載された近赤外線分光器“NIRES”による“CWISE J124909.08+362116.0”のスペクトルのフォワードモデリング(1.10-1.19μm(左)と1.235-1.28μm(右))。どちらも恒星とテルルの吸収特徴を含んでいる。(Credit: Burgasser et al., 2024.)
図1.ケックII望遠鏡に搭載された近赤外線分光器“NIRES”による“CWISE J124909.08+362116.0”のスペクトルのフォワードモデリング(1.10-1.19μm(左)と1.235-1.28μm(右))。どちらも恒星とテルルの吸収特徴を含んでいる。(Credit: Burgasser et al., 2024.)


天の川銀河に重力的に束縛されていない軽い天体

“CWISE J124909.08+362116.0”は、市民科学者によって運営されている“Backyard Worlds: Planet 9”プロジェクトの一環として、NASAの赤外線天文衛星“WISE”によって取得されていた画像データの中から発見されました。
このプロジェクトの目的は、一般市民が天文学のデータ解析に参加することで、新しい天体の発見や分類を促進することでした。

その色と明るさから示唆されるのは、“CWISE J124909.08+362116.0”が低温で金属量の少ない天体だということ。
そこで、今回の研究では、ハワイ島マウナケア山頂にあるケックII望遠鏡に搭載された近赤外線分光器“NIRES”を用いて、より詳細な観測を実施しています。
その結果、“CWISE J124909.08+362116.0”のスペクトルは、初期L型準矮星(sdL1)の特徴と一致することが判明しました。

準矮星とは、通常の主系列星よりも光度が低く、金属量が乏しい星のことです。
主系列星は、水素の核融合反応によってエネルギーを生み出している星のことですが、準矮星は水素の核融合が停止しつつあるか、あるいは最初から十分な質量が無かったので核融合が始まらなかった星だと考えられています。

“CWISE J124909.08+362116.0”の視線速度は-103±10km/sと測定されました。
視線速度とは、地球から見て天体が近づいたり遠ざかったりする速度のこと。
負の値は、天体が地球から遠ざかっていることを示しています。

これらの観測結果から判明したのは、“CWISE J124909.08+362116.0”が約0.082太陽質量という非常に軽い天体ということ。
この質量から“CWISE J124909.08+362116.0”は、恒星と褐色矮星の境界線上に位置していることになります。

褐色矮星は、巨大ガス惑星と恒星の中間に属する天体で、その重さは木星の13倍から80倍あります。
そのような質量の天体では、(恒星と異なり)水素の核融合が起こらず、(惑星と異なり)重水素やリチウムの核融合が起こりますが、存在量が非常に少ない原子核を素にしている反応なので、すぐに停止してしまうことに…
その後は、赤外線放射をしながらゆっくりと冷えていくことになります。

“CWISE J124909.08+362116.0”の銀河静止系における速度は、456±27km/sと推定されています。
これは、天の川銀河の脱出速度(521-580km/s)に匹敵する速度。
このことから、“CWISE J124909.08+362116.0”は天の川銀河に重力的に束縛されていない、つまり天の川銀河の外に飛び出す可能性がある天体だと考えることができます。


“CWISE J124909.08+362116.0”はどこからやって来たのか

“CWISE J124909.08+362116.0”の起源については、いくつかのシナリオが考えられます。

 1.銀河中心からの放出
天の川銀河の中心には、太陽の約400万倍以上の質量を持つ超大質量ブラックホール“いて座A*”が存在することが知られています。
このブラックホールに接近した連星系は、その強力な重力によって破壊され、一方の星が超高速で天の川銀河外に放り出されることがあります。
これが、銀河中心からの放出シナリオです。

“CWISE J124909.08+362116.0”も過去に銀河中心に接近し、超大質量ブラックホールの重力によって現状の速度にまで加速されたのかもしれません。

ただ、“CWISE J124909.08+362116.0”の軌道は銀河円盤にほぼ並行で、銀河中心から放出された星としては軌道角運動量が小さすぎるという問題点があります。

これは、天の川銀河の構造の非対称性(渦状腕や棒状構造など)によって、放出後に軌道が変化した可能性も考えられます。

 2.Ia型超新星爆発の生き残り
Ia型超新星爆発は、白色矮星と呼ばれる天体が引き起こす爆発現象です。

白色矮星は、超新星爆発を起こさない比較的軽い恒星(質量は太陽の8倍以下)が、赤色巨星の段階を経て進化した姿だとされている天体。
赤色巨星に進化した恒星は、周囲の宇宙空間に外層からガスを放出して質量を失っていき、その後に残るコア(中心核)が白色矮星になると考えられています。

一般的な白色矮星は直径こそ地球と同程度ですが、質量は太陽の4分の3程度もあるとされる高密度な天体です。
誕生当初の白色矮星の表面温度は10万℃を上回ることもありますが、内部で核融合反応は起こらず余熱で輝くのみなので、太陽のように単独の恒星から進化した白色矮星は長い時間をかけて冷えていくことになります。

なので、単独で存在する白色矮星が爆発することはありません。

ただ、連星の場合は違うんですねー
白色矮星と連星をなすもう一方の星(伴星)の外層部から流れ出した物質が、主星である白色矮星へと降り積もる“降着”という現象があります。

この降着により、白色矮星の質量が増えて太陽質量の約1.4倍(チャンドラセカール限界)を超えてしまうと、自己重力を支えられなくなって収縮し、暴走的な核融合反応が起こって爆発してしまうことに…
この爆発を起こして星全体が吹き飛ぶ現象をIa型超新星爆発と呼びます。

“CWISE J124909.08+362116.0”は、かつて白色矮星と連星系を形成していて、白色矮星がIa型超新星爆発を起こした際に、その衝撃波によって現在の速度にまで加速された可能性があります。

このシナリオでは、爆発前の連星系の起動速度と爆発のエネルギーによって、“CWISE J124909.08+362116.0”の速度が決まります。
“CWISE J124909.08+362116.0”の速度は、このシナリオで予測される速度と一致していました。

 3.球状星団からの放出
球状星団は、数万から数百万個の星が密集して球状に集まった天体です。

球状星団では、星同士の距離が非常に近いので、重力相互作用が頻繁に起こります。
その結果、星は加速や減速、軌道の変化といった影響を受けることになります。

過去に球状星団に属していたことで、“CWISE J124909.08+362116.0”が他の星との重力相互作用によって、現在の速度にまで加速された可能性もあります。

特に、球状星団の中心に存在するブラックホール連星との重力相互作用によって、星はさらに高速に放出される可能性があります。
シミュレーションによると、球状星団から放出される低質量星の数は非常に少ないですが、“CWISE J124909.08+362116.0”のような高速で移動する天体の存在は、このシナリオを支持する証拠となります。

 4.天の川銀河を公転する衛星銀河からの降着
重力の相互作用により、より大きな銀河の周囲を公転する銀河を衛星銀河(伴銀河ともいう)と呼びます。
私たちの住む天の川銀河には、周囲を公転している“衛星銀河”が50個以上見つかっていて、大マゼラン雲と小マゼラン雲もその衛星銀河に含まれています。

これらの衛星銀河は、天の川銀河の重力によって引き寄せられ、最終的には天の川銀河に吸収さることになります。

過去に“CWISE J124909.08+362116.0”が天の川銀河の衛星銀河に属していたとしたら、衛星銀河が天の川銀河に吸収される際に、天の川銀河に取り込まれた可能性があります。

でも、“CWISE J124909.08+362116.0”の軌道は銀河円盤に対してほぼ平行なので、既知の衛星銀河の軌道とは一致していません。
このため、このシナリオの可能性は高くありません。


超高速星の中でも極めて珍しい低質量星の謎の解明へ

“CWISE J124909.08+362116.0”は、超高速星の中でも極めて珍しい低質量星です。
そのため、この天体の起源を特定することは、星形成の過程や銀河の進化史を解明する上で重要な手掛かりとなります。

“CWISE J124909.08+362116.0”の起源をより正確に特定するためには、今後さらなる観測と研究が必要です。
例えば、視差の直接測定による距離の精密化、視線速度と固有運動の精密測定による3次元速度の決定、そして分光観測による大気組成の詳細な分析が挙げられます。

これらの観測と研究によって、“CWISE J124909.08+362116.0”がどのような環境で誕生し、どのようなプロセスを経て現在の速度にまで加速されたのかが明らかになることが期待されます。

さらに、“CWISE J124909.08+362116.0”は、市民科学者と天文学者の協力によって発見された超高速星/亜恒星天体でもあります。
その起源については、銀河中心からの放出、Ia型超新星爆発の生き残り、球状星団からの放出、天の川銀河の衛星銀河からの降着など、様々なシナリオが考えられています。

“CWISE J124909.08+362116.0”の今後の観測と研究によって、その起源が明らかになり、星形成の過程や銀河の進化史に関する新たな知見が得られることが期待されます。


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