先日、私はまた一つ年を取りました。
「おめでとう」と言ってくださった方々、ありがとうございます
***********
昨年あたりから、今後は『永遠の28歳』と言おうと思っているのですが、、、
実は、その数週間前から、それ(今回の年齢)については こう考えていました。
「とうとう、イエス・キリストが十字架についた年になってしまうのか…」
そう考えると、なんだか感慨深いです。
**********
だが、誕生日を迎える数日前から、実は、こんな疑問が出て来ました。
「あれ? そもそも、33歳に十字架についた、という記載はないよな? あれ、なんで、『公の生涯3年半』って思っていたんだっけ、自分?
まさか、よくある『キリストの誕生日は12月25日クリスマスの日』とか、『東方の賢者は三人』という誤解と同レベルじゃないよな?」
イエスが宣教を始めた年、すなわち、いわゆる「公(おおやけ)の生涯」は、30歳。
それは、ルカ伝3章23節にある。
では、「公の生涯」が約3年、というのは?
ある人はこう教えてくれた。
「ヨハネの福音書に、3回『過越(すぎこし)の祭り』が出て来るからだよ」
確かに、ヨハネ伝には、ユダヤ教のビッグイベント『過越(すぎこし)の祭り』が3回出てくる。
2章13節 ユダヤ人の過越(すぎこし)の祭りが近づき、イエスはエルサレムに上られた。
6章 4節 さて、ユダヤ人の祭りである過越(すぎこし)が間近になっていた。
11章55節 さて、ユダヤ人の過越(すぎこし)の祭りが間近であった。
・・・ふむ。一応、約3年と思って良いかもしれない。。。(「3年半」かどうかは、要確認)
そんなわけで、もうそんな年になってしまったのだな…と思いつつ。
(かつ、永遠の28歳ってことで・・・)
とりあえず、ユダヤでは、今日から、その『過越(すぎこし)の祭り(Passover,ぺサハ)』ですね。
私は見逃しましたが、東京では、こんな赤い月が見えたそうです。
「おめでとう」と言ってくださった方々、ありがとうございます
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昨年あたりから、今後は『永遠の28歳』と言おうと思っているのですが、、、
実は、その数週間前から、それ(今回の年齢)については こう考えていました。
「とうとう、イエス・キリストが十字架についた年になってしまうのか…」
そう考えると、なんだか感慨深いです。
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だが、誕生日を迎える数日前から、実は、こんな疑問が出て来ました。
「あれ? そもそも、33歳に十字架についた、という記載はないよな? あれ、なんで、『公の生涯3年半』って思っていたんだっけ、自分?
まさか、よくある『キリストの誕生日は12月25日クリスマスの日』とか、『東方の賢者は三人』という誤解と同レベルじゃないよな?」
イエスが宣教を始めた年、すなわち、いわゆる「公(おおやけ)の生涯」は、30歳。
それは、ルカ伝3章23節にある。
では、「公の生涯」が約3年、というのは?
ある人はこう教えてくれた。
「ヨハネの福音書に、3回『過越(すぎこし)の祭り』が出て来るからだよ」
確かに、ヨハネ伝には、ユダヤ教のビッグイベント『過越(すぎこし)の祭り』が3回出てくる。
2章13節 ユダヤ人の過越(すぎこし)の祭りが近づき、イエスはエルサレムに上られた。
6章 4節 さて、ユダヤ人の祭りである過越(すぎこし)が間近になっていた。
11章55節 さて、ユダヤ人の過越(すぎこし)の祭りが間近であった。
・・・ふむ。一応、約3年と思って良いかもしれない。。。(「3年半」かどうかは、要確認)
そんなわけで、もうそんな年になってしまったのだな…と思いつつ。
(かつ、永遠の28歳ってことで・・・)
とりあえず、ユダヤでは、今日から、その『過越(すぎこし)の祭り(Passover,ぺサハ)』ですね。
私は見逃しましたが、東京では、こんな赤い月が見えたそうです。
『私たちはみな、羊のようにさまよい、
おのおの、自分かってな道に向かって行った。
しかし、主(しゅ)は、私たちのすべての咎(とが)を
彼に負わせた。』
(旧約聖書・イザヤ書 53章6節)
おのおの、自分かってな道に向かって行った。
しかし、主(しゅ)は、私たちのすべての咎(とが)を
彼に負わせた。』
(旧約聖書・イザヤ書 53章6節)