ロック探偵のMY GENERATION

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Caetano Veloso, Love Me Tender

2019-05-13 23:11:37 | 音楽批評
今回は、音楽記事です。

前回、ロバータ・フラックの「愛は面影の中に」について書いた記事で、「ラブ・ミー・テンダー」に触れました。
そこで今回は、この「ラブ・ミー・テンダー」について書こうと思います。

Love Me Tender――
いうまでもなく、エルヴィス・プレスリーのヒット曲です。

しかし……意外と知られていないことだと思いますが、実はこれは“カバー曲”なのです。
「オーラ・リー」という曲がもとになっています。「オーラ・リー」は19世紀、南北戦争が起きていた頃のアメリカで作られたもので、実は相当古い曲なのです。小学校の音楽の教科書に載っていたりもするので、リコーダーで吹いたことがあるという人も少なくないんじゃないでしょうか。

その「オーラ・リー」に新たに歌詞をつけて歌ったのが、エルヴィスの「ラブ・ミー・テンダー」。
シンプルで美しいメロディに、シンプルな歌詞がつけられています。そのシンプルさゆえに、それからも歌い継がれ……この歌をカバーしているミュージシャンは、相当な数にのぼると思われます。
真っ先に思い出すのは、忌野清志郎ですね。
キヨシローは反原発ソングとしてこの歌を歌い、それが、このブログで何度か言及してきたアルバム発売中止騒動やFM東京事件につながっていくのです。
リアルなロックンローラーだからこそ、惹かれるものがあったのでしょう。このラブ・ミー・テンダーという曲がもつ普遍性に……

と、まあ、このブログではしばしば忌野清志郎のほうに話が流れていってしまうんですが……今回は、キヨシローの話ではありません。

同じくラブ・ミー・テンダーをカバーしたミュージシャン、そして、リアルをみせてくれるミュージシャンの一人として、カエターノ・ヴェローゾという人を紹介したいと思います。

カエターノ・ヴェローゾは、ブラジルのレジェンド的ミュージシャン。

ボサノヴァの創始者として知られるジョアン・ジルベルトの後継とも目される人物です。ミュージシャンとして前衛性・革新性を持っていて、そのアヴァンギャルドはアート・リンゼイとさえ一緒に仕事をするほど。かと思えば、ブラジルの伝統的な音楽を取り入れたりもしていて、これはキヨシローが法螺貝を吹いたりするのと通じるところがあるでしょうか。

彼はまた、キヨシローと同様に、音楽以外の面でもリアルをみせてくれます。

ブラジルには、かつて軍事政権が支配していた時代がありますが、そんな時代に軍政と対立し、投獄された経歴を持っているのです。
ブラジルの軍事政権は、南米に共産主義が広がるのを阻止しようとするアメリカの意向を反映する形で登場し、与党と「公認野党」以外の政党を解散させ、報道を規制し、政府に批判的な意見の持ち主を「危険人物」として令状なしに逮捕、拷問するなど、抑圧体制を作り上げていきます。この「鉛の時代」に、カエターノは決然と軍政を批判。「禁止することを禁止せよ」という歌を歌って、最終的には亡命を余儀なくされるのです。
こういうところがロックで、キヨシローのセンスに近いものを感じさせます。
キヨシローも自分を黙らせようとした権威を相手に徹底抗戦していますが、カエターノの場合は、リアルに生命の危険もある、命がけの戦いでした。

そんなカエターノが、2004年に、アメリカの音楽をカバーしたアルバムをリリースしています。

ブラジル軍政とアメリカの関係を考えると、どこか意味深でもありますが……

このアルバムでもカエターノは伝統と前衛の両方をみせていて、コール・ポーターの曲を取り上げたかと思えば、ボブ・ディランやスティーヴィー・ワンダーを取り上げ、かと思えばニルヴァーナの Come As You Are をカバーしてもいます。

そしてそのなかに、「ラブ・ミー・テンダー」が収録されているのです。

若干コードが変えてあって、原曲ではⅡのマイナーになるところがメジャーコードになっています。
これは、いつかこのブログで書いたアニマルズの「朝日のあたる家」と同じ変更です。メジャースケールでこれをやるとマイナースケールとはまた違ったいい感じが出ますが、それがうまくはまってます。
19世紀のアメリカで作られた曲が、20世紀のロックシンガーに歌われてヒットし、それを21世紀にブラジルのレジェンドが歌う。かつてアメリカの支援した軍事政権によって弾圧を受けたシンガーが……そういったことも考えながら聴くと、この歌はじつに深淵に響いてきます。
アメリカと中南米諸国との間には幾重にも因縁があるわけですが、シンプルなメロディが、そんな因縁や恩讐を超えた地平に聴き手を導いてくれるようです。
シンプルなのはメロディだけでなく、歌詞もそうです。


  やさしく愛して 永遠に愛して
  きみは僕のものだといっておくれ
  だって 僕はきみのものだから
  僕らは決して離れることはないさ

  

なんら難しいことをいっているわけでもなく、軍事政権を批判するようなことをうたっているわけでもありません。ただの、恋を歌う歌です。しかしそれゆえにこそ、時代を超え、国境を超える普遍性を持っているのでしょう。

そんなわけで……この曲をアンセムとして認定したいと思います。