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手稲は最高!

手稲在住30年、手稲って本当にいいなって常々思っています。時に触れ、折に付け思いついた事を、取り留めなく書いてみます。

幼少時の冬の思い出

2010-03-04 19:37:10 | 身辺雑記

 私は昭和12年から25年まで、上川村字東雲で暮らした。

 小さな農村です。中の人も顔も分かるところでした。

 丁度、大雪山の愛山渓口に当たるところです。とても雪の深いところです。

 ここでの冬に今も懐かしくよみがえる場面があります。

 その一つは、冬の木材搬出です。今のようにブルトーザーがありませんから、伐採した木材は冬、馬で搬出するのです。バチという馬橇の一種で、木材運搬専用橇です。馬は首に鈴をつけ、口の周りは息が凍って白くなったまま、息を弾ませるようにして安足間の駅に向かうのです。安足間の駅裏には、積み出された木材の大きな棚が出来ていました。そんな仕事を終わって帰路に着く人が、村に一軒しかないお店で、モッキリ酒を飲んだりしているのを良く見かけました。

 もう一つは、堅雪のころです。記憶では、この堅雪のころというのは毎日青空だったように思う。農家の人は、朝早くから馬橇に堆肥を積んで水田の雪の上において歩くのです。そんな作業を見ながら子供の私達は果てしなく広がる堅雪の上を走り回るのです。川のふちに行って猫柳を取ったり、水槽の山に橇を持つて行き、スピードを楽しんだものでした。

 今は、こんな堅雪があるのだろうか。沼田にいたころは、堅雪を渡って務めに行った記憶などがあるけれど、美唄に行ってからはまったく忘れていた感覚だ。

 「カタユキカンカン・・シミユキシンシン」なんていう子供唄とともにふと懐かしくなった。
コメント
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