(移転しました)Saoの猫日和/old

saoの猫日和のURLが変わりました。
⇒ https://blog.goo.ne.jp/saoneko0224

北国の春

2018年05月02日 | TV・ラジオ・CM・映画

昨日紹介した、1989年の川崎CLUB CITTA’川崎で行ったライブステージを収録した幻の深夜音楽番組。(来月・放送日未定)➡80’s ライブコレクション キラリ・熱熱CLUB「沢田研二」出演 沢田研二、JAZZ MASTER【司会】松宮一彦 

J友さんから、その当時放送した番組を録画しています。綺麗な画像ではありませんがと、画像を送って下さいました。有難うございます(^-^) 新たな放送で綺麗にリマスターされた映像が見られたら嬉しいです。有線放送に加入していなくても、お試し視聴ができるそうです。YOUTUBEにも映像はあるそうです。

月曜日の「あなたが聴きたい歌の4時間スペシャル」はジュリーは「勝手にしやがれ」で早々にトップで登場、次は57番目「時の過ぎゆくままに」

それでもまだ出るのか?とずーーーーっと見続けたのに、もう出ませんでした。ジュリー映像は別に珍しくも無かったんですが・・

千昌夫さんが「北国の春」で登場。安住さんの紹介が『トレンチコートに茶色いトランク。当時 千昌夫さんは、演歌のジュリーになりたかったそうです・・』演歌のジュリー・・・

 

これを聞いて、2~3年前に岡山シンフォニーホールのMCでジュリーが『あの頃 千昌夫が近所に住んでいて、売れなくなっている頃、直接僕に交渉に来た。一緒にジョイントコンサートをやろう、僕は屋台を出すから お前電飾出せよ。・・誰やと思ってんの でも頭ごなしに断れず、柔らかくその気はないからと断った。』と話していたのを思い出しました。

ジュリーは、かなり心外だったようです。もちろんファンとしても演歌と一緒はイヤですが、 千さん自身が、昔からジュリーに純粋に憧れていたんだろうな、と思いました。


バンバンの「いちご白書をもう一度」、学生運動が盛んだったあの当時を思い出す、まさにその世代の青春の1曲です。昨日、神戸新聞にバンバンのコンサートの宣伝が出ていて、宣伝文句が『ユーミンのいちご白書をカバー』と書いてありました。

それ違うでしょ、カバーじゃなくて、バンバンの為に書かれた曲のはず 若い人がコピーを書いたのかな?こう書く方がお客が入るのかな? 調べてみたら、やっぱり ユーミンがバンバンの為に楽曲提供と書いてありました。小さな事でも気になります。ジュリーの為の曲である「いくつかの場面」をジュリーがカバー、と言われた時のような気分の悪さを感じてしまったわ・・


これは冒頭のJ友さんからいただいた『80’s ライブコレクション キラリ・熱熱CLUB「沢田研二」』の中の画像ですが(ジュリーとJAZZ MASTER)

 左端のボーダー柄の男性、TBSの松宮一彦アナウンサー

松宮さんも「あなたが聴きたい歌の4時間スペシャル」に登場していました。番組の一番最後に安住アナウンサーが「音楽番組で後輩に紹介したい映像」として、「ザ・ベスト10」で松宮さんが初登場の聖子さんを追っかける場面を流しました。

番組名物の追っかけアナだった松宮さん、飛行機から降りてくる聖子さんにインタビューをしていました。笑顔でよどみなく弁舌さわやか。。安住さんはお手本として松宮さんを後輩アナにみせたかったんでしょうか。 今はきっと、TBSの偉い人になっているんだろうか?と思っていたのですが・・ 随分前に亡くなられていたんですね。知りませんでした。

コメント (8)