俗物哲学者の独白

学校に一生引きこもることを避けるためにサラリーマンになった自称俗物哲学者の随筆。

短い老い先

2013-06-16 10:05:26 | Weblog
 老人と若い人を比べた場合、どちらのほうが時間を大切にすべきだろうか。若い人の時間のほうが大切と考えられ勝ちだ。若い人にとっては将来のための貴重な時間であり、老人にとってはオマケの時間だからだ。燃え尽きる前の蝋燭よりも新しい蝋燭のほうが大切なのと同じことだろうか。
 これは逆ではないか。皆が80歳まで生きるとしたら30歳の人には50年残っており、60歳の人には20年しか残っていない。もし10年を浪費するなら30歳なら残りの20%を、60歳なら50%を無駄にすることになる。あるいは30歳の人ならその失敗をコヤシにしてやり直すこともできようが、60歳の人にはそんな余裕は無い。消費期限の切れかけた食品を先に食べるように余命の少ない老人にこそ人生を楽しむ優先権があるのではないだろうか。
 癌で余命3年と宣告された人なら残された時間を大切にしたいと考えるだろう。3年間を精一杯頑張ろうとする人は勿論、享楽に溺れる人もまた「生き切ろう」とする意欲だ。楽しみを極めずにこの世を去るのは勿体ないと考えているからだ。
 老人はなぜ時間を大切にしないのだろうか。それはもうすぐ死ぬという自覚を欠いているからだ。歳を取れば取るほど終わりが近付くという事実から目を背けているからだ。
 残りが少ないと自覚すれば暇潰しなどしていられない。ようやく「社畜」という奴隷的境遇から解放された自由な時間を精一杯楽しまない手は無い。
 老人よ人生を楽しめ!余命の短さを自覚せよ!

可愛い日本人

2013-06-16 09:40:06 | Weblog
 女性の容姿に対する肯定的評価は「美しい」と「可愛い」の2種類に大別できる。「美しい」の典型は八頭身美人であり、背が高く手足が長くなければならない。しかしこれはギリシャ以来の西洋の基準に過ぎない。言わば白人至上主義が捏造した美であって普遍性を持ち得ない。一方、「可愛い」は幼さ・頼りなさなどに対して感じる好感情だ。英語でも恋人をBabyと呼ぶように、これは人類に普遍的な感情だ。
 日本人女性は幼く見える。アメリカのバーでザ・ピーナッツの二人が酒を飲んでいたら誤って店から追い出されそうになったらしい。大半の日本人は背が低く、胴長・短足で頭でっかちだ。こういう幼児的特徴があるために「美しい」と評価されることは難しいが文句無しに「可愛い」。これは決して負け惜しみではない。漫画やアニメの登場人物は3~5頭身だ。そのほうが「可愛い」からだ。
 日本が世界に誇る偉大なサブカルチャーと日本人の容姿が一致するということは大きな強みだ。「まるでアニメのように可愛い」が日本人女性に対する最高の誉め言葉ではないだろうか。きゃりーぱみゅぱみゅさんが海外でも人気が高いのはアニメを意識した容姿や動作により「可愛さ」を演出しているからではないだろうか。
 フィギュアスケートの浅田真央選手と金ヨナ選手は同い年でありながら雰囲気は全然違う。「真央ちゃん」と呼びたくなるほど「可愛い」浅田選手に対して金選手は色っぽい。これが日本人と韓国人の違いだろう。日本人は「可愛さ」を体得しているから長身の浅田選手も可愛い。
 ミスコンでは西洋的な「美しさ」が競われておりある程度基準も確立している。しかし「可愛さ」の基準は確定していない。現時点では無数の「可愛さ」がありその意味は曖昧だ。「kawaii」という言葉を世界に発信した日本人こそ「可愛さ」の魅力を解明してその質的向上に貢献すべきだろう。