俗物哲学者の独白

学校に一生引きこもることを避けるためにサラリーマンになった自称俗物哲学者の随筆。

猫らしい犬

2014-08-13 09:40:14 | Weblog
 仮に「男らしさ」とされている特性のみが価値を認められるなら、男らしい女の価値が高く、女らしい女は人間のクズということになる。こんな馬鹿なことを考えている人が2種類いる。フェミニストと男性原理にどっぷりと漬かった石頭の男だ。奇妙なことにこの両極は男性原理の絶対的優位性という変な価値観を共有している。
 幾ら猫好きな人でも猫らしい犬を好きになることはあるまい。犬らし過ぎる犬よりはマシだろうが好きになれるレベルではあるまい。ライオンみたいな犬であればそれなりに面白いが、猫みたいな犬であれば猫以下の動物としか評価されない。要するに紛い物であり、猫以下かつ犬以下だ。
 個性とは先天性×後天性だと私は考えている。優れた先天性を健やかに伸ばして初めて優れた個性になる。乏しい先天性を無理やり伸ばそうとしても充分には伸びず却って歪なものになってしまう。天賦の才を正しく知ってそれを伸ばすべきだろう。
 男女は先天的に異なる。違った長所を持っている。長所を伸ばすことこそ自己実現であり、先天性とは異なったものを追及しても徒労に終わる。犬を猫として育てても猫になる訳ではない。出来損ないの犬になるだけだ。
 男女が先天的に異なることは優劣ではない。個性だ。不思議なことだが質的に異なったものに対して優劣を付けたがる人がいる。例えばカレーライスとラーメンとどちらが優れているかを決めたがる人だ。こんな人はアンケートに基づいて優劣を付けようとまでする。しかし多数決は商売の尺度にならなり得るが価値の尺度にはならない。
 優劣なんて要らない。優劣のような一元論ではなく、社会にとって必要なのは異なる価値を認め合う寛容性であり、それに基づく共存と棲み分けだ。
 古来、日本人は異文化を貪欲に受け入れて来た。これは自文化を劣ったものと考えるからではなく、他文化には異なった魅力があると感じたからだ。他文化を邪文化ではなく新文化として受け入れる包容力こそ重要だ。
 違ったものは違っているからこそ魅力がある。音楽と美術のどちらが優れた芸術かというような無意味な比較などせずに質的に違ったものをその違いゆえにこそどちらも優れたものとして受け入れるべきだろう。

加工肉(2)

2014-08-11 10:15:32 | Weblog
 昨年暮れの食品偽装騒動の折り、贋ステーキ肉としてインジェクション加工肉がしばしば採り上げられた。私はこの加工肉を決してネガティブには捕えない。むしろ安い肉を美味しく食べる優れた技術と評価する。私は大阪在住期間が長いので「安くて旨い」ということを重要視する。
 和牛の旨みは脂にある。脂が霜降り状で肉に混じることによって両者が渾然一体となった旨さになる。赤身の肉も旨いが適量の脂が混じれば一層旨くなる。
 昨年暮れの騒動で初めてインジェクション加工の現場をテレビで見た。まるで剣山のように並んだ注射器を、赤身の肉に差し込んで脂を注入する。脂が注入された肉は大きく膨らむ。これによって脂と肉が絶妙のバランスとなる。
 脂は良質の和牛から取ったものだ。昨今の「ヘルシー志向」もあって脂の多過ぎる肉は嫌われる。多過ぎる脂を削ぎ落とした廃物がインジェクション加工に使われる。脂の多過ぎる肉から削ぎ落とした脂を、脂の足りない肉に添加するのだからどちらの肉質も向上する。和牛の旨みのエッセンスは脂なのだから良質の脂を使うことによって極上肉に近い味わいになる。
 これは決して偽装などではない。素晴らしい技術だ。多過ぎる脂を削ってその脂を有効活用するのだから貴重な食資源を最大限に利用できる。安い肉を美味しく食べる素晴らしい技術だと思っている。料理の「料」は素材を指し「理」は技術を意味する。良い素材を高い技術で調理したものが最高の料理だが、そんな贅沢をできるのは漫画の「美味しんぼ」の海原雄山か大金持ちだけだ。庶民にとっては二級の素材を美味しく食べることのほうが大切だ。安い肉も高い肉も栄養価は殆んど変わらないのだから、旨い不味いが唯一の価値基準になる。
 同じ価格のステーキであればインジェクション加工肉のほうが圧倒的に旨い。脂が違うからだ。こんな加工が邪道なら料理そのものまで偽装として否定される。料理とは美味しく食べるための加工に他ならない。この加工を調理場ではなく工場で行っているのだからセントラルキッチンのようなものだと私は考える。インジェクション加工は多分、日本独自の技術だろう。これを偽装ステーキなどと酷評して欲しくない。

手術

2014-08-11 09:38:58 | Weblog
 手術すべきかどうかを外科医に尋ねてはならない。必ずこう答えるだろう。「手術しなければ命の保証はできない。」
 こんな馬鹿な質問は無意味だ。ブティックで買うか買うまいかを店員(かつてはハウスマヌカンという妙な呼称が流布した時代があった)に尋ねれば買うことを勧められるに決まっている。「これとあれとどちらが良いか」と尋ねれば「両方良い」と答えるだろう。八百屋であれ株屋であれ、買わせることが彼らの仕事だ。
 外科医にとって手術は自分の仕事でありキャリアを積むためにも役立つ。簡単な手術なら喜んで切り、初めての手術なら練習を兼ねて切る。手術を勧めない外科医など皆無だろう。
 こうして不必要な手術が日常的に行われる。私の偏見かも知れないが、緊急時を除けば、手術によって寿命を延ばした人よりも縮めた人のほうが多いのではないだろうか。
 ある統計によれば手術後1か月以内に亡くなる確率は非常に高いそうだ。これが、重篤な状態だったから手術をせざるを得なかったのか、手術のせいで死んだのかは分からない。
 手術そのものが危険なだけではなく術後も危険だ。予後不良という言葉があるが、こんな言葉が普通に使われているのは「予後は不良」という共通認識があるからだろう。それほど術後は病気に罹り易い。
 忘れてはならないことは、手術は大きな傷口を残すということだ。縫合によって治療が完了した訳ではない。大きな傷口が残っている。これから自然治癒力が働いて傷口を修復せねばならない。有限の免疫力・自然治癒力の多くが傷口の癒着に使われれば感染症対策は疎かにならざるを得ない。困ったことに、病院とは病原体の巣窟だ。様々な病原体がウヨウヨいる場所に免疫力の低下した術後の患者がいれば感染症に罹らないほうが不思議なくらいだ。それを予防するために危険な抗生物質が大量に投与される。
 生活習慣病の治療のためには薬よりも食餌療法や運動のほうが有効だろう。内科医は一応それらも勧めるが本気ではない。患者が薬以外で治癒してしまえば大切な客を失うことになる。適度に健康で薬が大好きな患者こそお得意様だ。
 西洋医学の父と呼ばれるヒポクラテスは「医者は患者に害を与えてはならない」ということを第一原理としたが、この鉄則が忘れられている。

金券

2014-08-09 10:10:02 | Weblog
 号泣記者会見で有名になった野々村元県議が政務活動費として計上していた「切手代」が、実は金券だった疑いがあると2日に公表された。
 7月15日付けの「不正請求」でそのことを予測しその具体的手口も紹介したが、もっとあくどい手があることに気付いた。今ではできない商品券で商品券を買うという裏技に近いことがチケット店を使えば可能だ。
 まずチケット店で100万円分の金券を98万円で買う。これを他のチケット店に95万円で売る。この95万円で97万円分の金券を買う。それを今度は92万円で売る。こんなことを延々と繰り返せば資金は無くなるが大量の領収書が残る。これを政務活動費として請求すれば元手の30倍以上の金が得られる。但し売る時には身分証明書の提示を求める店が大半なので、証拠を残さないためにはルーズな店を予め見付けておく必要がある。
 株ならともかく金券をこのように売ったり買ったりを繰り返すことなどあり得ない。どんどん目減りするからだ。ユーロ導入前にヨーロッパを旅行した人は国境を越える度に両替を繰り返し、それだけで旅行資金が目減りしたそうだが、株とは違って価値が変動しない金券を同じ人が何度も売ったり買ったりすることは無い。こんなことをする人がいれば良からぬことを企んでいると考えてほぼ間違い無かろう。
 野々村元県議以外にもこんな不正請求が横行していると思う。早急に規則を見直してこんな税金の横領を防ぐ必要がある。規則は悪用されないように充分に考慮した上で定められるものだが、議員に関する規則の大半が議員が定めたものだ。これは泥棒に刑法を定めさせるようなものであってすぐに抜け道が見付かる。悪事が露呈した時点で速やかに規則を見直さねばならない。身直されないのは1つ穴の貉がいてその見直しを妨害しているからだろう。

強制売春

2014-08-09 09:39:22 | Weblog
 朝日新聞社の自供によって朝鮮人性奴隷という虚構が否定された。残念ながら韓国にはこの嘘に騙され続けている人がまだ少なからずおり、こんな嘘を蔓延らせた責任は総て朝日新聞にある。
 しかし日本軍人による強制売春は存在した。但しその犠牲者は朝鮮人ではなくインドネシアにいたオランダ人だ。
 太平洋戦争が始まった時、インドネシアはオランダの植民地であり民間人も軍人も居住していた。ところが1942年に日本軍がオランダ軍を破って占領した。これはオランダ人にとって思い掛けないことだった。オランダ人は今でも世界一背が高いが、大きくて強いオランダ兵がチビでガニ股で黄色人種の日本人に負けるなど考えられないことだっただろう。
 白人女性を捕虜にした日本兵の一部は憧れの白人美女を前にして露骨に性的関心を示した。戦後に行われたこの事件に関する裁判記録は2025年まで公開されないので、以下は憶測に基づかざるを得ないが、多分、日本兵は厚遇を提示して売春に応じることを要請し、オランダ人は拒絶した。これは当然のことだ。当時の白人は黄色人種を劣等人種と信じており、日本人相手の売春はゴリラと交尾させられるのと同じくらい忌まわしいことだっただろう。
 合意を得られなかったので一部の日本兵が上官には隠してオランダ人捕虜に売春を強要した。これは国際法に背く蛮行であり、これを知った小田島大佐が慰安所を閉鎖させたと伝えられている。
 私は「朝鮮人慰安婦の強制連行」については論理的に考えて変だと考えて自分で歴史を調べて朝日新聞の嘘を確信した。オランダ人は敵国人でありしかも少数だったから強制することになったが、朝鮮人であれば志願者だけで充分に賄えた。当時は日本でも朝鮮でも売春は合法だったから、中には女衒(ぜげん)に騙された可哀想な人もいただろうが、戦場という危険性を考慮して手当を上乗せすれば強制連行をする必要性は無かった。合法的に解決できることであれば違法行為を選ぶ必要は無い。合法的に売春婦を調達できたのだから、同朋の朝鮮人をわざわざ強制連行することなどあり得ない。この程度のことはまともな推理力があれば当然気付く。そんなことに気付かない、あるいは気付いても主張できないほどに朝日新聞はカルト教団的体質だったのだろう。

機械と人間

2014-08-07 10:11:26 | Weblog
 身近に機械が溢れているせいか、人間を含めた動物をまるで機械のように思っている人が多い。飼っていたカブト虫が死んだ時に「電池を替えて」と言う子供がいるそうだ。子供だけではなく大人まで、医学・生理学においては人間を機械と混同している人が大半だ。メインテナンスについて2つの大きな間違いを冒している。1つは自然治癒力に対する無理解であり、もう1つはエネルギー論だ。
 自然治癒力に関しては最近かなりしつこく書いているので余り詳しく書かないが、もし自動修復機能を持った機械があればトラブル時にどう動くかを想像して欲しい。本来の機能を停止して修復作業に取り掛かるだろう。このメカニズムを知らない人であれば機械が狂って異常行動を起こしたと誤解して、この「異常行動」を停止させるために手を尽くすだろう。こんなことを避けるために自動修復機能を備えた機械には必ずパソコンのように「修復中」と表示するだろうが、人体には「修復中」と表示する機能が備わっていない。だから人体の「異常行動」に対して対症療法を行ってしまう。自然治癒力の妨害をすることは治療ではなく自傷行為だ。
 もう1つはエネルギー論を模倣したカロリー論だ。機械であれば動くためにのみエネルギーが使われる。必要なエネルギー量は動く量とほぼ比例する。動物はそうではない。摂取する栄養の大半が体のメインテナンスに使われ、動くために使われるものなどほんの一部に過ぎない。こんな事情を無視してエネルギー論を模倣したカロリー論を使うから栄養学は砂上の楼閣になった。事実から懸け離れた机上の空論に堕した。必要なのは蛋白質と脂質とビタミンとミネラルだ。エネルギー源にしかならない炭水化物など殆んど必要無い。
 人類は多分元々は肉食動物だったと思う。それはセルロースを分解する能力を持っていないからだ。総ての草食動物は微生物と共生して、微生物の力を借りてセルロースを消化吸収する。セルロースを分解できない人類が草食動物であったとは考えにくい。身体能力が高くない人類の祖先は多分、小動物や屍肉を漁っていたのだろう。

取り消し

2014-08-07 09:42:26 | Weblog
 一昨日(5日)、朝日新聞が突然「従軍慰安婦の強制連行」の記事の誤りを認め一部を取り消した。初出以来32年、虚言癖のある吉田某の死去から14年も経ってからようやく誤報と認めた。
 これまで散々捏造を非難していた私が今度は取り消しを非難する訳には行かないが、どんな状況の変化があったのだろうか。昨年6月7日の「記者有論」では「文書の不在は、そのまま事実の不在を意味しない」とまで開き直った強弁をして強制連行の存在を主張していた朝日新聞に一体何が起こったのだろうか。
 これは「ご免」で済む話ではない。心優しき日本人なら許すだろうが、朝日新聞の記事を信じて世界中に従軍慰安婦問題を発信してしまった韓国の立場はどうなるのだろうか。今頃になって梯子を外されたら堪ったものではない。
 案の定、6日の朝鮮日報日本語版には「?」と思う記事が掲載された。5日の朝日新聞の記事について「朝日新聞が誤報を認めた」ではなく「朝日新聞が安倍首相に反撃」という何とも奇妙な見出しを付けた記事を掲載した。韓国側としてはそういうことにせざるを得ないのだろう。
 不良品を販売した企業はそれを回収しそれによって生じた被害を償う義務を負う。朝日新聞社に回収をさせようとは思わないが、間違った記事によって損傷を負った脳を修復する義務がある。どう責任を取るかは朝日新聞社が決めることだが、少なくともたった2回の誤報釈明記事で責任を全うしたとは思えない。
 これまでに多くの企業犯罪があったが、朝日新聞ほど長く非を認めなかった企業は無い。足尾銅山であれミドリ十字による薬害エイズ事件であれチッソによる水俣病であれ、解決までには時間が掛かったが当事者はかなり早くから非を認めていた。
 朝日新聞の犯罪は80~90年代の誤報ではなく、その後の会社ぐるみでの隠蔽工作にある。誤報はエラーだ、誰でもやることだ。しかし32年間に亘って強弁を繰り返し詭弁の限りを尽くしたこと、このことこそ捏造として咎められるべき企業犯罪だ。組織ぐるみで嘘に嘘を重ねたことは個人による犯行ではなく組織犯罪だ。報道機関として絶対に許されないことだ。
 孔子曰く(「論語」より)「過ちて改めざる 是を過ちと謂う」「過ちては則ち改たむるに憚ること勿れ」
 日韓関係の悪化の火種を作った朝日新聞だが、マッチポンプから本当の火消に生まれ変わってくれることをほんの僅かだが期待したい。

消防隊

2014-08-05 10:17:02 | Weblog
 火事が起これば消防隊が来る。火事が無ければ消防隊は来ない。火事と消防隊には因果関係がある。しかし消防隊の妨害をしても火事は減らない。
 この寓話が甚く気に入っている。対症療法に依存した現代医学の問題点を説明するのに非常に便利だからだ。
 機械であれば異常の発生した場所かその接続元に問題がある。飛行機のバッテリーが燃えたら、バッテリーか電気系統のどちらかが原因だろう。
 動物は機械ほどに単純ではない。自動修復機能とも言える免疫力・自然治癒力が備わっているからだ。免疫力・自然治癒力の活動は異常の発生を示すサインではあるが病状ではない。
 一番分かり易い例は下痢だ。有害物を食べた動物は下痢をする。これは有害物を一刻も早く対外に排泄するための防御反応だ。堺市での病原性大腸菌O-157による集団食中毒であれ和歌山の砒素カレー事件であれ、患者は激しい下痢をした。下痢を病気と考えた医師によって下痢止めが処方された患者の死亡率はどちらの事件でも非常に高かった。
 年齢と共に血圧が上がることも人体の優れたメカニズムだ。歳を取れば血管が固く細くなる。その状態で脳に充分な血流を供給するためには血圧を上げる必要がある。こんな高齢者の血圧を降圧剤によって下げてしまえばしばしば痴呆状態に陥る。
 風邪の発熱も病状ではなく自然治癒力の発動だ。体温が上がれば熱に弱い病原体の活動が抑えられ、同時に免疫機能が活性化する。解熱剤で熱を下げればウィルスを二重に利することになる。
 関節の損傷と炎症も同じようなものだと考える。炎症を起こすことによって血流が増え代謝機能が活性化する。アイシングで炎症を抑えてしまえば自然治癒力が働きにくくなる。
 これまでにバラバラに書いて来たことが消防隊の寓話で1つにまとまった。対症療法に偏重した現代医学は病状と免疫反応とを区別できていない。原因を問うこと無く症状の軽減だけしか考えて来なかったからしばしば免疫力・自然治癒力を攻撃している。まるでゲリラと政府軍が闘っている最前線にミサイルをブチ込んで敵も味方も殲滅させるような愚劣な行為が医療の名の元で行われている。正しく原因に対処する必要がある。

腫れ(続々・炎症)

2014-08-05 09:42:33 | Weblog
 「炎症」「続・炎症」と続けて記事を書いたきっかけは私自身の足の腫れだ。左足の第一指(俗に言う「親指」)を捻挫したのに、足首から先の足全体が腫れてスリッパもツッカケも履けなくなった。これは奇妙なことだ。損傷は第一指なのになぜ足全体が腫れるのかと不思議に思った。
 これは幸運なことだった。もし打撲傷であれば広い範囲が腫れても不思議ではない。関節以外も傷んでいる可能性がある。ところが第一指の捻挫で足全体が腫れたことによってこれが全く別の意味を持つからではないかと思った。
 すぐに思い浮かんだのは風邪をひいた時の抗ウィルス反応だ。発熱は病状と誤解され勝ちだが実は免疫機能を高め、同時にウィルスの働きを抑えるという大切な自然治癒反応だ。腫れも同じような効能を持つのではないかと思った。
 ネットで調べてみると一部の医師がアイシングの危険性を訴えていた。しかしアイシングが炎症を予防するという事実によって彼らの主張は殆んど無視されていた。このことで一挙に全体が繋がった。損傷部の治癒のために炎症が起こっているのであれば炎症を起こさせないことは損傷を温存することになる。自然治癒のプロセスは次のとおりだと思う。①損傷→②炎症と痛み→③血流の増加による代謝機能の活性化および損傷部の保護→④治癒。医師は炎症を起こさないことをエビデンス(根拠)として冷やすことを奨励するが、これは全くの短絡だ。本来、治すべき対象は関節部の損傷であり、それを治癒するための炎症を症状と思い込んで抑え込んでしまう。これでは損傷は治癒されない。
 その時まず犯罪と警察の関係を考えた。犯罪があれば警察が現れる。犯罪と警察には因果関係があるが、警察の妨害をしても犯罪抑止力とはならない。記事にする時にはもっと分かり易くするために火事と消防隊という寓話に変えた。
 炎症とは、温め、血流を増やし、代謝機能を高めるという3つの反応によって損傷部を治癒する働きだと思う。炎症を抑えることは消防隊の妨害をすることに等しい。だから肘を悪化させて手術が必要になる投手が続出するのだろう。
 アイシングは、運動中の給水禁止以来の最大級の誤謬であり、このために多くの優れたアスリートが選手生命を断たれたのではないだろうか。これは素人による仮説に過ぎないがもしこれが証明されたらスポーツ界は大騒動になるだろう。

マタハラ

2014-08-03 10:22:04 | Weblog
 こんな課長がいたら職場はどうなるだろうか。欠勤・遅刻・早退を繰り返し、どんなに忙しくても定刻で帰り、大切な打ち合わせでもドタキャンをする。誰でもこんな課長は降格かクビにすべきだと考えるだろう。こんな仕事ぶりを認めよと言っているのが反マタハラ(マタニティ・ハラスメント)を主張する人々だ。
 企業には企業の掟がある。仕事よりも家庭を優先してはならないということもその1つだ。誰もがそれに耐え、義理と人情、あるいは忠と孝の板挟みになって苦しんでいる。緊急時の1回限りであればそれも許容されよう。しかしその埋め合わせをしなければならない。埋め合わせもせずに同じことを繰り返すようであれば干される。
 企業の掟がこうなるのは当然のことだ。殆んどの企業は収支ギリギリのところで経営している。最低限の投資で最大限の利潤が求められるように、人事も最小限の人員で最大限の成果が要求される。すき家の場合は流石にやり過ぎだとは思うが、労働者は報酬に見合った、あるいはそれ以上の働きが求められる。人件費を湯水の如く無駄遣いするお役所とは違って企業経営は非常にシビアなものだ。
 そんな中で育児中の女性だけが業務に見合わない報酬を得るということに合理性があるとは思えない。報酬は業務に見合ったものであるべきであり、これはマタハラや女性差別ではない。私は一時的降格人事を提案したい。育児期間中は責任が軽く拘束時間も短い職場へ異動して業務相応に賃下げをする。子育てに手間が掛からなくなれば基本的には元のポストに戻る。勿論これは選択制であり、夫や親などの協力を得られる人であれば降格など選ばずにそれまでどおりにバリバリ働けば良い。楽な業務で高額な報酬を得ようとするのは厚かまし過ぎる。2日付けの朝日新聞で、三井住友銀行には総合職から一般職への臨時異動制度があることを知った。もっと普及して欲しいと思う。
 私は過度な厚遇よりも適切な処遇のほうが女性のためにも良いと思う。仮に育児期間中であろうともそうでないように処遇しなければならないことになれば企業側が女性の採用や登用を見合わせることにもなりかねない。不公平な制度はどこかで破綻するものだ。故障を抱えていつ戦力外になるか分からないような選手を主力に据えようとするチームなどあるまい。
 女性の雇用充実を錦の御旗として掲げて過度の厚遇を求めることは結局女性のためにならない。業務に見合った報酬にすることが女性にとっても企業にとっても最も合理的だと私は考える。