今日も元気で頑張るニャン

家族になった保護猫たちの日常を綴りながら、ノラ猫たちとの共存を模索するブログです。

15匹の猫たちは ~もし避難指示がでたら~

2025年04月03日 | 大家族の日常
今回の話は「大家族の日常」ではなくて「大家族の非日常」です。
"家族"として暮らしているワンニャンたちが被災した時に遭遇する悲劇。
このブログでも度々書いてきました。
・「被災して命を落としたワンニャンたちの、無念の涙を忘れない」2021.3.10
・「被災した猫たちは」2024.1.16  等。

もし大地震に襲われたら、まず何もできないだろう。津波はどうかと言うと、やはり避難の緊急性が高いからできることは限られる。しかしそんな中でも最低限決断しなければならないことがあります。家族同然のワンニャンを連れ出す余裕が時間的にない場合(直ちに確保できない場合)、彼らの逃げ道として窓を開放(リードを解放)するかどうかだ。それは家が倒壊するかどうか、津波がどのくらい大きいのかの判断によって変わるだろう。ただ抱くことができるのであれば、後のことをネガティブに考えないで、とりあえず一緒に避難するのが鉄則だ。

東北大震災には原発事故という特異的な災害が重なった。多くの人がすぐに戻れると考えて猫を閉じ込め、犬を繋いだまま指示に従って避難した。よもや年単位で戻れないとは思いもよらず。それが餓死という悲惨な結果を招き、何とか逃げ出したワンニャンも、誰も人がいない街でその大半が飢え死したのでした。

未だに近寄れず、本気逃げか攻撃もしてくるケン

こんな悪夢のような原発事故はもう2度と起こらないと思いたい。津波の場合はどうか。事前避難を要するほどの大津波であれば、ワンニャンの解放もやむを得ないのではないか。ただし木造と鉄筋では強度が違うし、よほど大きな津波でない限り2階まで水没することはないだろうから、その判断は難しい。

わが家の場合、避難指示がでる可能性があるとすれば火事による延焼リスクが生じた時だ。先日の愛媛の山火事の際、避難先から戻ると家が全焼していたという人を取材していた。(3/27ニュースゼロ) その人は焼け跡で"家族"の猫を探していた。1匹は大やけどを負いながらも外に逃れ、1匹は焼死、残る1匹を探していたのです。生前の元気な姿の写真とともに紹介された猫たち。その人のやるせない思いが身に染みた。大船渡や岡山も含め、こんな話がたくさんあったに違いない。

自分は心に決めています。延焼リスクで避難指示がでても自分は逃げません。何故なら避難指示というのは人命しか考えてないからです。わが家の猫たちは自分にとってまさに家族。その命を預かっているのは役所ではなく、自分だからです。

「撫でて~」と寄って来るけど、抱こうとすると逃げまくるキー

延焼リスクというのは地震や津波と違って多少は間的余裕がある。火事が近づいてきたら猫たちの箱詰めを始めます。(キャリーが2個しかないので。) まずは抱ける6匹。次に半馴れの4匹。続いて家庭内ノラの5匹。もし隣の家に火が付いたら生活必需品と一緒に車に詰め込み、最後の捕獲を続けます。いよいよ自宅に火が付いて燃え広がったら、逃げる前に窓を開けて残った猫たちを開放します。それが、保護者として猫たちにできること。わが家が火元で手に負えなくなった場合は、時間的余裕がないので直ちに猫たちを開放します。

なので、猫たちには連絡先の付いた首輪が必須。家が燃えてしまった後に猫たちを探して回るのは考えただけでも本当につらい。でも、生きてさえいれば、何とか生活を再建できる可能性がある。だから誰も死なせない。自分としてはその一言に尽きると思っています。避難の際に使用する空箱を用意しておくこと。家具を壁に固定して家の強度を増すと同時に、倒壊した際の空間が確保できるようにすること。それがわが家の災害対策です。


抱っこ大好きだけどパニックになると逃げまくるチキン
(パニックになる前に確保要)


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ココレオの故郷

2025年04月01日 | レオ(テンチビ)とココ
関東は連日、真冬以上の寒さが続いています
昨日は通院の帰りに久しぶりで店の跡を見てきました
先週の初夏日和で東京の桜が満開となり
SC裏遊歩道の桜はどうかなと気になりまして
で、見た感じは2分咲きといったところでしょうか

毎年、ここの桜は開花が遅いのです
たくさんの猫ドラマがあった裏手の公園丘陵もまだ芽吹き前?
SC裏の公園丘陵を望む(右手に遊歩道の桜並木)

※満開の様子はこちらの過去記事からどうぞ
(クリックしてポップアップ)
お店の跡はどうかと言うと、整地してあるものの更地でした
どこか募集するとは言ってたけど、まだ決まらないのかな
お店の正面だった方向から

裏駐車場方向から

思えばこの場所はレオとココの故郷なんだ
外レジ台で看板猫
お客さんと戯れ中(店中央)
お邪魔虫中のレオ(台の上に寝そべっています)

今のココレオは・・わが家で元気にやってます
レオはますます保護者ベッタリになって
ココはみんなともお友達になって
お店はニャーたちの故郷でもあるのだから
お食事中


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猫愛・特別編 超大人気だった過去の猫ブログ(後編)

2025年03月29日 | 猫愛 ~特選・猫たちの物語~
 本記事は「ジュルのしっぽ-猫日記-」感想文(前編)からの続きです

(人気の要素・続)
◆その3 猫からの贈り物(=社会を動かす行動力)
ジュルからもらったのは知性を高める力だけではありません。hanaさんはこのブログを通して自らの行動範囲を広げていきます。それはやがて一般人の域、そして一介のブロガーの域をも超えた社会活動となり、社会をリードする役割を担うことになるのです。活動の内容はノラ猫の待遇改善に関するものですが、イベントを通して他テーマともコラボしています。実はこの活動の原点はブログを始める前に既にあって、ブログ初日の「ジュルとわたしのメッセージ」という記事に書かれている。(この記事は現存するブログでは非公開になっています。)  ブログ初期の「ジュルとノラの仲間たち」という記事にはhanaさんの思いが溢れている。さらに、出版された本(印税はすべて寄付)の最後にもページを割いて、保護猫チャイの生い立ちとともにノラ猫や保護活動の状況について書いています。「ノラネコ考」というシリーズ記事もあったらしいのですが現在は非公開になっているのが残念。

ご夫婦はジュルがいた近所の公園猫たちをTNRしたり、猫を増やし続ける近所の住人を説得したりから始まって、ついには全国的な著名活動を展開。多くの猫ブロガーたちに支持、拡散されました。環境省の審議会動物愛護部会の議事録によると、殺処分方法の改善(もがき苦しんで殺すのではなくせめて安楽死を)という要望(著名2万名以上)、それから殺処分ゼロを目指す動物愛護法の改正に関する要望(途中で著名1万名以上)が「ジュルのしっぽ」から提出されている。(Changeorgなどなかった時代です。) 無理な要望書を出して敵対関係になるのではなく、役所とも共同でできることから少しづつ改善を目指す。hanaさんの人柄が偲ばれるやり方でした。平凡な主婦だったhanaさんがここまで変貌を遂げたその原動力が、ジュルから与えられたものであることは言うまでもありません。

以上、こうしてみると、今や立派になった動物保護団体を立ち上げ代表になっている人たちも当初は一介の一般人だったけど、実はもともと非凡な才能が備わっていたのであって、hanaさんもその一人だったんだなとつくづく思います。ジュル亡き後惜しまれつつ活動から身を引いたhanaさんですが、その功績は今も残っているのです。

(クリックしてポップアップ)

ところでこのブログを読んで、hanaさんの感じ方や考え方には自分が当ブログに書いてきたことと共通する点が多々あるように感じました。恐縮ではありますが、それらの一部を挙げてみようと思います。

●猫を理解しようとする努力
ブログの中に「脳科学でわかる猫のこころ」というカテゴリーがあります。勉強熱心だったhana さんのひとつの集大成でしょう。内容はちょっと専門医学的でわかりにくいけど、最終回に平たく要約してあるので参考になります。当ブログにも「猫と暮らし猫を知る」というカテゴリーがあって、猫博士である高木佐保さんの報文を紹介したりと、猫の感性やその心について知ろうと努めています。

●猫は真実だけを見る (自分を相手を誤魔化さない)
前述「脳科学で・・」カテゴリーの「はじめに」という記事の最後の部分(「知っていますか?」以降)で、hanaさんは猫には心があると断じ、思い込みや目をそらすことをしない(できない)、なので客観的に事実を感じる能力は人なんかの比じゃないと述べています。当ブログでも初回記事「初めまして」以来ずっと同じことを書いてきました。(「猫に学ぶ」「先回りのニャー」等)

●猫の幸福感
猫は現在の自分の境遇を他者と比較したり過去と比較したりしない。今の自分の境遇に満足しているかどうか、それだけです。他猫がどんなにおやつをもらっても眼中にない。自分がもらえるかどうかだけ。そして猫はいつも前向き。たとえ親を失っても大怪我をしても、常に今の状況の中で最善を尽くす。そして少しでも楽しいことを見つけようと努力する。hanaさんの記述にはそんな猫への敬意が満ちているし、自分も当ブログで何度も書いてきました。

●猫のコミュニケーション
hanaさんは猫と気持ちを通わすことはある程度可能だと考えています。ブログ中の記事に度々出てくるし(「わかるんだよネコには」等)、出版社のブログにシリーズで寄稿した中でも書いています。(「コラム5」)  相手の一挙一投足を観察することでその"心"を読み取るわけです。当ブログでも同様のことを書いてます。(「観察する猫」「sixth sense」等)

●(まだまだ他にも・・)
紙面の都合で割愛しますが、共通点は他にもたくさんあります。猫にもそれぞれ個性があるとする「個性的な顔」の記事、その中の「十猫十色」という表現は当ブログの記事タイトルにもなっている。ボス猫だって順番を守るという「早い者勝ち」という記事、当ブログでも特にニャーの記事で書いてきました。もっともこれらは、多数の猫たちと暮らしている人なら誰でも共感することでしょう。

●エイズ猫の過ごさせ方
前編の冒頭にも書いたように、hanaさんはノンキャリア猫と分け隔てなく育てています。その一方でエイズ発症を抑える治療をしたり、ノンキャリア猫(後に保護したアンとチャト)のウィルスチェックを継続したりと確認に余念がない。自分もテンちゃんやシロキを分け隔てなく育て、特によくじゃれ合っていたちび太のテストを3回行いました。そして、不妊手術をしていればよほどの喧嘩をしない限り、エイズは移らないと確信した。

でもどのように育てるか。多くのサイトでは隔離して育てることを推奨しています。でもそれって、同居するノンキャリア猫のためであって当の猫のためではない。多くのサイトがエイズ発症の要因にストレスを挙げています。特に保護者に甘えたい猫など、隔離がストレスになるなら止めた方がいい。同じ理由で、自分は治療も避けてきました。その点ではhanaさんと違います。

●感じる
猫って不思議なんですよね。亡くなった猫を感じることがあるんです。仲の良かった猫同士では尚更みたいだ。自分はこのブログの中で、ジュルが亡くなった後の記事「なかよし」と「いつもいっしょ」が大好きです。ジュルの生前にどれほど想い合っていたかが伝わってくる。自分も、これまで看取ってきた猫たちに同じことを感じたりしていました。(「テツとの対話・その21 感じる」「みうからのメッセージ」参照)

◆おわりに
ジュルの猫生は短かったけど、ジュルは目一杯幸せだったと思います、「幸せの指数とは、どれだけ周囲に愛されているか、どれだけ愛を感じているかなんだ・・。」(過去記事「テンちゃんFOREVER」より) ジュルが亡くなって14年以上経ちますが、高齢となったアン・チャト含めご家族の、いや多くの読者の心に今も生き続けている。そしてこのブログが現存する限り、さらに多くの読者の心にも新たに宿り、ジュルは永遠に生き続けるのではないでしょうか。自分もその一人になれたことは幸運だったと思います。

(クリックしてポップアップ)

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※ブログの最初のページをリンクしておきました。まだ読まれてない方は初めから日付順に読むことをお勧めします。そのページの下の記事から上に読み進め、読み終えたらページ右下の「次ページ」にて先のページへ。再び一番下の記事から上に読み進めます。中断する場合はそのページを保存。バックナンバーから最初の月に行くこともできますが、月が変わるたびに再操作になるので面倒です。

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猫愛・特別編 超大人気だった過去の猫ブログ(前編)

2025年03月27日 | 猫愛 ~特選・猫たちの物語~
今回と次回はあるブログについての感想文です。「ジュルのしっぽ-猫日記-」
随分前に終了した過去のブログですが、ブログ主さんの厚意で今でも公開されています。おそらく昔からの猫好きで知らない人はいないでしょう。

◆出会い
自分との出会いは、エイズキャリアの猫に関して調べている時でした。昨年エイズ発症して旅立ったシロキを自分は他の猫と何の変りもなく育てた。山ほど勉強した上での自分の判断でしたが、それが良かったのか悪かったのか・・。そんな時「ネコエイズについて」というある記事を見つけた。その人は、自分同様にキャリア猫を分け隔てなく育てていた。今回その記事を見直した際に、実はそれがブログの1記事であることに気づき、改めてそのブログに出会ったのです。

◆色褪せない読者を夢中にさせる世界
そのブログは14年ほど前に更新終了していました。で、見たのが最後のページ。長編大河小説のエピローグのように、一種の虚脱感をもってその世界の終焉を語っていた。そして最後から3ページ目。とってもチャーミングな猫(ジュル)が読者に向かって「もう泣かないで」と語りかけてくる。その下には旅立ちと49日の報告。4000を超える膨大な数のコメント。最後からの3ページで不思議な感動を覚え、ブログの初めから読み進めることにしたのです。基本は大量の写真を使った絵日記のような単純構成。書かれているのはとりとめのない日常。何とも言えない暖かな世界。合間に知的なプログラムが埋め込んである。最後から数か月前まで読んで、先に進めなくなった。何故なら自分はブログの世界から見れば未来の人間で、その先で何が起こるのか知っている。とても読み進めることができなかった。

それからの1週間ほどは、このブログの関連記事を集めまくりました。YouTubeやインタビューサイト、新聞や雑誌や大手サイトの紹介記事、他ブログとの交流、著名活動、イベント・・・hanaさん(ブログ主)の広範囲な活動、そして他ブログへの影響を知ることができた。ブログの初めの部分は本になっているので、その本も手に入れて読みました。それで落ち着いて最後まで読むことができ、その後メモを取りながらもう一度初めから読み直した。

資料を集めると、ブログの裏側にあるいろいろな事実が分かってくる。ノラ時代のジュルとご夫婦の付き合いはブログを始める前年のこと。その年夏の台風来襲の折に、避難できず駐車場に突っ伏したままのジュルを見て泣きながら帰ったhanaさん。その意を汲んで一緒にジュルを連れて帰ったご主人。記事にも少し書いてあるけど、この名シーンはありません。hanaさんはジュルが家猫になって変わったと言う。大量のコメント欄にもジュルが変わったという意見が多いけど、自分にはそうは見えなかった。どんな猫でも、いや人間だって、辛苦に耐えている時と幸せな時では表情が違うものだ。掲載されたジュルのノラ時代の写真は、既にhanaさんご夫婦の愛を感じていたのだと思います。

(クリックしてポップアップ)

このブログは猫との"のろけ話"が中心ではあるけど、いわゆる巷に溢れている「うちの猫自慢」的なものとは一線を画している。その違いを決定的にした3つの要素について書いてみようと思います。他人には真似できないこれらの要素が、大人気を集めた理由ではないかと自分なりに考える次第です。

◆その1 礼節に満ちた純粋猫愛物語
全編を通して感じるのが、hanaさんがジュルをありのままに受け入れていること。そしてジュルに対して限りなく寛容であること。さらには、ご主人がhanaさんとジュルに対してとても寛大で、陰になり日向になりサポートしていること。ご夫婦の猫愛がひとつひとつの行動によって裏打ちされていることが、ブログに記されていなくても読者には伝わるのです。ジュルはその喜びと幸福感を全身で表現することで、ご夫婦にも幸福感を分けている。ジュルは普通の猫だし猫自慢的な主張は一切ないけど、このご家族の関係性が読者の羨望の的になったのではないでしょうか。これはひとえに、ご夫婦の人間性によるものだと思います。ただ、猫愛に溢れた人はご夫婦以外にも大勢いる。昨今のSNS時代、何十万もの"いいね"を集めた投稿はたくさんあります。このブログが他と違うのは、これだけではないのです。

◆その2 知的向学心と成長物語
先にジュルは特段変わったように見えないと書きましたが、実は変わったのはブログ主のhanaさんの方でした。「動物初心者でごく普通の人間」(自己評価)だったhanaさんが向学心に目覚め、どんどんその知識を深めていく。この方が如何に勉強熱心だったか、ブログ初期の記事を見ればわかります。そしてイベントやコメント欄等を通じて多くの人たちとコミュニケーションを図り、経験を積み、さらにブログに書き留めることでその知性を磨き、高めていく。ブログの初めでは周囲に尋ねてばかりだったhanaさんが、ブログの後段では自信をもって説明する側の人になっている。そう、このブログはブログ主であるhanaさんの成長物語であり、そのきっかけを与えてくれたのがジュルだったのです。もちろん誰にでもできることではないですが。

※後編に続きます

hanaさんも紹介している澤田さんの作品です(YouTubeに現存)

ジュルのしっぽ-猫日記-(326ページ)
(クリックしてポップアップ)
※ブログの最初のページをリンクしておきました。まだ読まれてない方は初めから日付順に読むことをお勧めします。そのページの下の記事から上の記事へと読み進め、読み終えたらページ右下の「次ページ」にて先のページへ。再び一番下の記事から上の記事へと読み進めます。中断する場合はそのページを保存。バックナンバーから最初の月に行くこともできますが、月が変わるたびに再操作になるので面倒です。

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原因不明

2025年03月24日 | その他(分類なし)
腹痛が続いています。
1月下旬に背中が痛くなって、例の腰痛の名残かと思っていました。
ヘルニア(脊椎間狭窄症)のリハビリは昨年末に取り敢えず中断したのですが、また症状が悪化したのかと。
いつもの病院では本人の訴えにも拘わらず(定例の)血液検査と検尿だけ行った。
2月に入ると痛みが脇腹の方に、さらにお臍の右下の方に移動。
というより広がってきた感じ。鈍痛は移動したが痺れる痛みが背中や脇腹に残った。
そのうち鈍痛が耐え難いほどの激痛となり、救急車呼ぶ呼ばないの騒ぎに。
いつもの病院は救急車呼べ。7119では動ける時もあるのなら自分で病院へ行け。
でもその頃は殆ど立つことができず、寝たきりになっていました。

2月中旬に少し動けるようになったので、何とか頼んで病院で診てもらった。
しかし先生の真剣味がどうにも足りない感じ。
再び血液検査、検尿、エコー、検便を行って何もないと言われたのが2月下旬。
それで近くの泌尿器科に行った。
そこでは2分で終わったエコー検査で、泌尿器科の病気ではないと言われた。
しかし痛みは治まらず、時々激痛となって動けなくなる。
眠れない日が続いた。
それでリハビリで通っていた総合病院に何とか頼んで、診てもらうことになった。

ニャー「オジン、早く元気になってね」

3月になると痛みが少し治まったので自分で通えるようになった。
先ず内科で採血検尿、次に腹部CT検査。
いわゆる隠れ臓器は問題ない。痛み方(場所)が違うので胃や十二指腸ではないと。
で、腸カメラ検査を行った。これは結構苦しいけど2回も行ったのです。
しかし結果は正常。
「神経的なものではないか」と先生。
その言葉を真に受けて、以前に通っていた整形外科に行ったらおよびでないとひと言。
整形外科でお腹が痛くなる病気はないそうです。
どうも「神経的」の意味を履き違えて解釈してしまったらしい。
で、内科に戻ってまた相談すると、「しばらく様子を見るしかない」と。
今は「お腹の神経的な痛み」について調べていますが、どうも該当するものはなさそうで。


ちび太「オレは今の方が甘えられていいけどな」

腹痛の方は勝手に少し治まって、今は多少なら動けます。
痛いながらも眠れるようになりました。
が、やはり時々グンと痛くなって、その時はその場にうずくまってしまう。
ちなみに、処方された鎮痛剤は効果なし
もう2ヶ月にもなるので、痛みとの共生を覚悟しつつリハビリを始めようと思っています。
と言うのも問題は自分だけじゃない。
この間、猫の世話含めて一切の仕事を妻に任せきりなのです。
いい加減にしないと妻の方が持ち堪えられない。
それにしても、変な病気にかかってしまったものだと思います。

オバンが一番苦労してるのはサクラのへ給餌と投薬

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