今日も元気で頑張るニャン

家族になった保護猫たちの日常を綴りながら、ノラ猫たちとの共存を模索するブログです。

家の中を自由自在、怖いのは保護者だけ

2024年10月21日 | ヒョウ
ヒョウです
2階の手摺の上が大好きです

玄関の吹き抜けから見上げたヒョウ

モドキとの仲は相変わらずで、1日の大半は一緒にいます
離れているとモドキが呼び寄せる
でもモドキは1ヶ所にじっとして動かないことが多いので
若いヒョウにはつまらない


モドキとヒョウ:オバン部屋の出窓にて

それでヒョウは、あちこちひとりで遠征します
モドキと違って先住猫たちにも早々に馴染んだヒョウは
家の中どこでも自由自在

キッチンでキーと一緒にご飯待ち

ここにきて、ひとりで活動する時間が増えてきました
あらぬところにいるので
保護者はよくレオと間違えます
キジトラの子はみんな、よく似てる


1階の住猫となったダイフクとも再会

ヒョウの難点はまだ保護者が怖いこと
以前よりはだいぶ慣れてきたけれど
近くにずっといるとたまらず逃げていく
触れないのでノミ駆除も簡単にはできません
クウ、ケン、ココ、モドキに続く家庭内ノラ第5号です

最近サクラ部屋の出窓が多くなったヒョウ
逆にモドキを呼んでます

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ヒョウとモドキ、そしてダイフク

2024年08月19日 | ヒョウ
シャンプーの後、自ケージに閉じ籠ってしまったモドキ。
モドキに呼ばれて2階の住猫になったヒョウだけど、いくらモドキを呼んでも来なかった。
その頃、ダイフクは居住を1階2階と転々としていた。
やがてヒョウがシャンプーの順番となり、その後はヒョウも自ケージ中心の生活となった。
するとダイフクも保護部屋に。
こうして、3匹はまた保護部屋生活に戻りました。

ヒョウ:吹き抜け玄関前の2階転落防止壁にて

各ケージはすべて開放。でもモドキは相変わらず自ケージに閉じ籠ったまま。
ヒョウのシャンプーした夜、ダイフクがヒョウのケージに入ってヒョウにくっついていた。
その頃のダイフクはシャンプー済とは言え、まだかなりノミがいることが判明。
こりゃいかん、とヒョウから引き離したのです。
そんなことが何回かあって、結局ヒョウとダイフクのケージを交互に閉めることに。
それならと、急遽ダイフクの2回目のシャンプーを行った。(その様子は後記事にて)
ヒョウとダイフクは再び完全自由になったのです。


ヒョウケージにお邪魔したダイフク(奥にヒョウ)

モドキとヒョウがラブラブの時は随分せつない思いをさせられた?ダイフクは、晴れてヒョウとくっつけることとなった。
ところがダイフクの2回目シャンプーしたまさにその日、モドキが自分のケージから出た。
2週間に及んだ自ケージ籠城を終えたのです。
モドキとダイフクのケージは隣り合わせでヒョウケージの向かいにある。
2匹とも、ヒョウケージで何が起こっているかよく見えるのです。
モドキは自ケージを出ると早速ヒョウケージに入って再びラブラブモードに。
またしても未練たらたら?のダイフクは、ヒョウケージの真下にべったりくっついて過ごすことに。


ヒョウケージのモドキ・ヒョウとその下のダイフク

ダイフクが出入りの邪魔になるのか、やがてモドキとヒョウはケージの上へと移った。
すると、ダイフクはヒョウケージに入ったり隣のココレオケージに入ったり。
とにかくヒョウ・モドキから離れようとしない。
保護者としてもこればかりは如何ともし難く、現在も3匹の生活は続いています。
ところでこの3匹、どこで水を飲みどこのトイレを使っているのでしょうか。
確認してみると次のようだった。
ヒョウとダイフクは空ケージで水を飲み、モドキは洗面所で水飲み。
ヒョウは自ケージのトイレ、モドキとダイフクは主に玄関のトイレで。自分のケージで用を足すこともある。

ヒョウケージ上のモドキ・ヒョウと、ケージ内のダイフク

3匹の行動を調べているうちに、ダイフクの行動であることに気づいた。
モドキが洗面所水を飲みに行くと、必ずダイフクが洗面所の入口にいる。
モドキが玄関トイレに行くと、やはりダイフクがその手前で寝そべっている。
人間が通るとダイフクが自ケージ逃げ込み、その隙にモドキが部屋に戻る。
あるいはモドキが素早くダイフクの横を通り抜けて部屋に戻っているようだ。
ダイフクは少しおニブ(鷹揚)なので、今のところ問題を生じてはいない。
それにしても、ダイフクのご執心はヒョウではなくモドキだったの?
保護部屋に入った頃は言わずと知れた犬猿の仲だった2匹。
何を考えているのかわからないダイフクが、いつ豹変するかわかりません。

この3匹、ヒョウを中心に動いているのかと思ったら、実はやはり存在感絶大な2匹の問題だったかもしれないです。
ヒョウの存在が色あせて見えるこの頃ですが、果たして今後3匹がどのように展開していくのか目が離せません。

追伸:
ヒョウは相変わらず近づくと口を開けるけど(サイレントシャーッ)、少しなら触れるようになりました。先日は緩すぎて再び外れた首輪をそのまま付け直すことに成功。家猫修行は少しづつ少しづつ、進展ありです。

ヒョウケージ内のヒョウとモドキ

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ヒョウの不妊手術

2024年03月29日 | ヒョウ
先週の土曜日、ヒョウが不妊手術を受けました。
猫のストレスを最小限にするため手術はもう少し人馴れしてからと思っていたのですが、そうも言っていられない事情ができまして。
最大の懸念は半ボケの高齢保護者、つまり自分自身です。
前回ヒョウの記事(2/28)で、発情したヒョウをモドキやダイフクと一緒にしてしまったうっかりミスについて書きました。しかも何回も。

ヒョウはなかなかの美猫さんです

当時は幸いヒョウの妊娠には至らず、そのうちヒョウの発情も一段落した。
雌猫が発情しなければ雄猫も発情しない。これで安心だと。
ところがその直後、保護部屋から脱走したヒョウの上にココが乗っているのを目撃。
いやいやいやまだまだだと細心の注意を誓った矢先の、今度は最大級のうっかりミス。
モドキとヒョウを3時間もの間保護部屋でランデブーさせてしまったのです。
さすがに自分自身に愛想が尽き、翌日に手術を申し込んだ。
早くて2週間後の予約。それが先週の土曜日だったのです。

モドキケージの前でゴロンゴロンするヒョウ
(左レオに手前はココ)

ヒョウの確保はケージの中だったので比較的容易でした。
まず大き目の毛布にくるんで、少しづつネットに移し、キャリーケースに入れた。
車中でも病院でもひと声も発せず。簡単な健康観察(診断)にも問題なかった。
翌日の引き取り、無事にわが家に着いて自分のケージに納まりました。
先生の話では、ヒョウは妊娠していなかった。
気にしていたモドキとのランデブーだったが、やはり発情は終わっていたのだと思います。

術後のヒョウ

もうひとつこの手術で期待したのは、恐怖の連続鳴きが止まってくれることだ。
ヒョウはとにかく1日中よく鳴いた。声が枯れても鳴き止まないほど。
何をしたいのか、何をしてほしいのかがわからない。
暖かくなって窓を開ける時期が来る前に何とかしないと・・いや、その前にこっちの頭がおかしくなるに違いない。
手術から帰って来たヒョウは、72時間もの間まったく鳴かなかった。
食欲もトイレも復活していた。ことによると性格が変わった?
4日目になると少し鳴き始めたが、手術前と較べればぐっと少ない。
この調子でいってくれれば万々歳だ。

いずれにしても、これで自分自身への懸念は解消したし、ヒョウ自身も他猫と一緒にケージから出せるので、お互いに自由の時間がぐっと長くなります。
勢いに乗って来月は雄猫3匹分の手術を予約しました。
特に大型のモドキやダイフクの確保はヒョウのようにはいかないだろうけど、それで少しでも落ち着いてくれるならと期待してます。

ヒョウにはかわいいピンク色の首輪をつけてもらいました

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ヒョウのお色気攻勢とボケボケ保護者

2024年02月14日 | ヒョウ
家猫修行中のヒョウです。
ヒョウと言えば、忘れることのできない保護時の苦い経験。
保護したヒョウが子育て中だったと後になって気づいた。
子供たちを探したが居場所がわからない。
いろいろ悩んだ結果、ヒョウのR(元に戻す)はしなかった。
※ヒョウカテゴリの前回記事「捜索断念 ヒョウの子供」参照


保護部屋にて (昨年11月頃)

当時の自分の判断は正しかったのだろうか。
猫日記や当時の写真から、もう一度事実関係を詳しくチェックしてみた。
ヒョウの出産は8月21日か22日でほぼ間違いない。実際その2日間だけ店に来ていない。
保護したのが10月15日なので、その時子供たちは生後55日だったことになる。
ヒョウの乳房を見て、子育て中だったと気づいたのがその6日後。
さて、生後2ヶ月の子猫が親を失ってその場に6日間も居続けるだろうか。
ずっと鳴き続けていたヒョウだが、元の場所に放たれて子供たちを探しに行くだろうか。
どう考えてもどちらの可能性も低そうだし、逆にヒョウが路頭に迷いかねない。
ヒョウをRしなかったのは今でもやむを得なかったと思います。でもそれは、自分がヒョウ親子にしてしまった仕打ちを正当化するものではない。
それにしてもヒョウのお腹が大きくなって小さくなった頃の日記を読み返すと、まったく如何に能天気だったか、まさに忸怩たる思い です。

ひとつ言えること、ノラの子猫の1才生存率が20%程度という厳しい現実だ。
※生存率50%という報告もある。
秋にノラに生まれたかもしくは捨てられた子猫は、人の施しがない限りまず冬を越せない。
ヒョウの子供を想うのなら、全国の何十万という子猫たちの厳しい現実を憂うべきなのだ。

モドキケージの上でゴロンゴロン

現在のヒョウはと言うと、相変わらずビービー鳴き続け。
年末から年を明けてのしばらくは発情期を迎えた。
ヒョウをケージから出すとモドキやダイフクのケージの前ですかさずモーション。
逆にモドキやダイフクをケージから出すとヒョウのケージの前にべったり。
これまで見たこともないほどの雌猫のお色気攻勢でした。

これは危ない。保護者としては注意、注意。
何しろ保護部屋の猫たちはレオを除いてまだ手術前。
ところが、わが家の保護者(自分と妻のことです)ときたらボケの連発で・・。

モドキのケージの前でモドキを誘ってます

まず最初は妻、ケージの掃除中、うるさいヒョウを出したままちょっと保護部屋を離れて戻ると、モドキがヒョウの上に乗っていた。モドキのケージを閉め忘れていたのです。
慌てて2匹を離したが、それからは細心の注意が必要だと夫婦で話し合った。
ところがその数日後、今度は自分がダイフクのケージ閉め忘れで2匹が合流。ヒョウの上に乗っているダイフクを見て慌てて離した。それまでまったく"その気"なさそうだったダイフクに油断したのがまずかった。
さらにその後、今度は妻がダイフクのケージが開いたままヒョウを出してまた同じことが。

3回も同じことを繰り返し、何が細心の注意だとほとほと自分が嫌になった夫婦でした。
ただ3回とも時間的にはほんのわずか。
猫たちの方が前触れも何もない電光石火の早業だったのです。
それで本懐を遂げるなんてまず無理だろうと、また能天気ぶりを発揮した保護者でした。
が、ボケはそれだけで治まらなかった。しかも今度はアウトと認めざるを得ない大ボケ。
ヒョウとモドキを1時間近く保護部屋でランデブーさせてしまったのです。
自分のチョンボでした。部屋に入った時は、2匹ともすました顔で自ケージの中にいた。

ダイフクの後ろから声をかけるも・・(応答なし)

まったくもって自分の不注意でした。
年が明けたらすぐに手術をという対策も結局決行せず、今年も既に2月の14日。
膨らまないヒョウのお腹を見て安心しているこの頃です。
実は最近になっても閉め忘れ事件が何件かあるのですが、ヒョウの発情の方が治まった。
わかったことは、ヒョウはココレオ含め誰とも親和性がいいということ。
手術済のレオと会わせてみると、レオを父親のように慕います。

保護者との距離は少しづつだけど近くはなっている。
当初は人の姿を見ればシャーシャー、少しでも手を近づければ猫パンチの流血騒ぎ。
今でも人の顔をみると反射的に口を開けるけど、シャーは言わず目も柔和なまま。
自分のケージを根城として何かあれば逃げ込む態勢もできてきた。
もう少し様子を見て、家中探検をさせようと思っています。

目つきが柔和になりました

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捜索断念 ヒョウの子供

2023年11月23日 | ヒョウ
ヒョウを保護してからひと月半が経ちました。
シャーシャー言いまくりのヒョウが少し落ち着いて初めて横になったとき、おっぱいの授乳した跡を見て子育て中だったと気付いた。保護して1週間後のことでした。心当たりはあった。その2ヶ月ほど前にヒョウが太った、お腹が大きくなったと騒いでいるうちに少しづつしぼんできたので、いらぬ心配だったと気に留めなかった。今にして思えばなんと迂闊なことだったか。

保護して以来ずっと鳴き続けだったヒョウ。子供たちを案じ呼び続けていたのに気づかなかった自分はまさに地獄の使者そのもの。しかも悩みに悩んで、結句ヒョウを元の場所に放つことはしなかった。保護した場所に戻したとしても、1週間も経てばヒョウが子供たちを探して再会する可能性は高くないと思えたし、店に再来する可能性はもっと低いと思えたのです。

現在のヒョウ。相変わらず人の顔を見ればシャーシャー

母子共倒れのリスクを避けた苦渋の決断でした。しかしどこかにいるヒョウの子供たちのことを思うと、これでもかというくらい胸が痛んだ。もしどこかにいるとすれば、おそらく当時生後ひと月半くらいのはずだ。(現在は3ヶ月くらいになっている。)  生後ひと月半の子猫とはどの程度なんだろうと、いろいろ考えた。

わが家に来た時のキーとクウは、推定で生後ひと月そこそこくらいだった。来たばかりの写真がないのは残念だけどその2週間後、街の大きな貯水池に落ちたキーを助けたときの写真がある。このときのキーが生後ひと月半ほど。キーとクウが自分で食べ物を探すようになったのは生後2ヶ月くらいからで、初めは真似事、やはり母親頼りだった。生後3ヶ月くらいになるといろいろ持ち込んできたが、アイスクリームの棒だったり(人間の)お菓子の袋だったり、食べられないよそんなものと、そのはかなさに将来を案じたものでした。

(左)貯水池に落ちたキーが生還した直後の写真(母猫リンと)
(右)推定で生後3ヶ月くらいになったキーとクウ

小学生の姉妹がSC内で衰弱したチキンを持ってきたとき、病院でチキンは生後ひと月足らずだと先生。状況からして、チキンは母猫とはぐれたというより捨てられた可能性が高い。チキンを見つけた場所が店の近くだと言うので周辺をくまなく探したが、母猫やさらなる子猫は見当たらなかった。しかしその2週間後になって、当時のスタッフK君がキリンを発見。すばしっこく逃げ回るキリンを餌で釣って(素手で)確保した。どうやらキリンは、モドキのために置いた餌をくすねて食べていたらしい。キリンは(一緒に捨てられた)チキンの兄妹と思われ、とすれば保護したときの月齢がほぼひと月半。

(左)衰弱した保護当時のチキンを必死で介抱した
(右)チキンよりも小柄だったキリンは2週間も独りで頑張った

つまり生後ひと月半の子猫は、気温と食べ物さへあれば独りで生きていける。人のトシに換算すると2才くらいらしいが、100%母親頼みの人の2才子とは随分違う。もちろんまだ母猫に甘えたいし教わるべきことも沢山ある。しかし母猫がいなくなっても自分の境遇を嘆かずに、とにかく生きようとする。K君が録画したビデオに映った逃げ回るキリンには、大人猫の風格さえあって感動したものでした。

1週間も経てばヒョウの子供がその場にいる可能性は低いと考えたのは、こんな経験があるからです。それでもSCの中にいれば見つかるかもしれない。自分の出勤日には捜索を繰り返し、初めの数日間は他のスタッフにも捜索を頼んだ。子猫とはいえ人を見れば隠れるだろう。3日目からはテープに録音したヒョウの声を流しながらの捜索でした。しかし子猫たちは見つからず、その情報もなかった。もしSCの外にいるのだとすれば、もう雲をつかむような話になる。結局捜索は諦め、もし存在したのだとすれば、今となっては誰かいい人の世話になっていることを祈るしかなくなりました。


当時の記事には生後2,3ヶ月と書いてますが、その後に2ヶ月弱だったとわかったちび太
捨てられたのか母猫にはぐれたのか、店に現れる前のいきさつは不明です


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