もう十年以上前のことになる。じいさんが肺ガンで死んだ。
じいさんは周りには優しい人だったが、僕にとっては厳しい人だった。
僕は悪ガキだったので、じいさんとよく衝突した。僕とじいさんの間には、ちょっとした感情のもつれがあった。
僕の実家は新潟の西蒲区で、東京からはそれほど遠くはない。
いつでも、帰れるが、あんまり帰らなかったのは、そのことが影響しているのかもしれない。
あれは、暑い夏のことだった。じいさんが、もう少しで死にそうだという連絡が来た。
それで、僕は実家に帰った。
僕はじいさんの寝ている寝室で、二人きりで話した。
これが、最後の会話だということが僕にはわかっていた。次にじいさんに会うときは葬式のときだ。
僕は、このときのことを感動的に書けるが、そう書きたいとは思わない。
僕はじいさんが大好きだったし、それと同時に、大嫌いだったからだ。いまだにその狭間に心が揺れ動いている。
僕は、二人っきりのときに、じいさんに今まで育ててくれたことの感謝を述べた。
それは僕にとってのある種の和解のようなものだった。
じいさんは、僕の言葉を聞いて、泣き崩れた。声を上げて泣いた。
いつも厳しくてしかめっ面をしていたじいさんがあんなふうになるなんて予想もつかなかった。
でも、最後の最後で、きちんとお礼を言えて、ほんとうに良かったと思っている。
僕たちは、いつか死ぬし、いつ死ぬかわからない。
僕は、好きな人と話をしているときに、この最後の会話を思い出すことがある。
今話しているこの人が、もし明日死ぬとしたら、どうする?と。
だから、好きな人との会話は、できるだけ素直に自分の気持ちを伝えて、楽しく笑って終えたいと思っている。