とよた森林学校主宰の「木曽五木を見に行こう~ 」に参加しました。先週金曜日のことです。8月の終わりころは大雨が続き、この日も稲武を早朝出たときは小雨でしたが、観察場所の阿寺渓谷に着いたときは晴れていて、ほっとしました。

この日の観察会の講師は北岡明彦さんと北岡由美子さん。現地に到着してすぐに教えてもらったのがこの野菊です。ユウガギクというのだそう。普通よく見かける野菊はノコンギク。こちらは、花がまばらで白いのが特徴だそうです。うちの敷地内にたくさん育っているのはこの野菊のようです。花が少ないのになぜ「優雅」と名付けたのか不審に思って北岡さんに尋ねると、「柚香菊がなまって優雅菊になったのです」とのこと。柚子の香りがするということなのだそうですが、香りはほとんどありません。

この観察会の主な目的は、木曽五木を見ること。木曽五木とは、江戸時代、尾張藩が伐採を禁止し5つの木のことで、ヒノキ、サワラ、ネズコ、コウヤマキ、アスナロを指します。阿寺渓谷には、ネズコ以外の4木が育っています。上の写真はヒノキかサワラのどちらか。教えてもらった直後は覚えていたのに写真だと、見分けがたくなりました。とげとげしているのがヒノキ、すべすべなのがサワラだったとおもいますが、逆かも。サワラはにおいがとてもよかった。葉の付き方も違っていて、サワラのほうがまばら。
ヒノキは、五木のうちで材木としてもっとも高級とされています。サワラはその10分の一。建材ではなく、桶など日用品に用いられるそうです。

ハイイヌツゲ。大きくなりそうな葉っぱなのに、低木なのだそうです。

ヒノキの人工林。10数年前に間伐したきりの場所です。稲武あたりに比べたら木の間が空いているとおもうのですが、下の方の枝は枯れ枝が目立ち、木の肌も荒れています。美林といわれる木曽ですら、こんなに手入れがなされていないのかと、暗澹とした気持ちになりました。

木曽川の上流のひとつ。水の色がうつくしくて見とれました。

ウナリ島という場所にはコウヤマキの群生が見られました。コウヤマキは成長が遅く、これだけ群生している場所は珍しいのだそうです。

ここでは、バイカオウレンがいっぱい生えています。でも、植物の数は、すぐ近くのほかの場所と比べてかなり少ない。

マルバノキです。紅葉がとてもきれいだそう。この渓谷にはマルバノキがあちこちにあり、美しい紅葉を見せるそうです。すでにはじまりかけています。日の光にすかせてみると、いっそう美しい。


昼食を終えてから、昔の森林鉄道跡に造られた道を歩きました。左側の石垣は、大正時代、線路が敷設された折に積まれたもの。右下の河原から同じ大きさの石を拾ってきて組んだものらしい。

形がそろっていることに驚きます。当時のことなので、すべて人力。大変な仕事です。戦後まもなくトラック輸送の発達によって鉄道は廃線に。わずか30年ほど使われただけだったようです。そしていまは、材木自体を伐り出すことがなくなり、人の行き来はありません。伐って売れば何十万とか何百万とかするというヒノキが、放置されたまま。もったいないことです。

ホトトギスの野生種。かわいい。

サワグルミの木。垂れ下がっているのが実です。

こんなに小さい。

こちらは拾ってきたオニグルミの実。大きさがこんなに違うとは思わなかった。ところで、このオニグルミ、山で見つけたとき、講師の北岡さんが石で叩き割り、中の身を取り出して食べさせてくれましたが、渋みはなくてちゃんとクルミの味がしたので、びっくりしました。クルミは地面に埋めてしばらく置いて渋みをとってしか食べられないと思い込んでいました。

フサザクラ。数年前、うちの玄関前の石垣の間から生えてきた木に似ています。葉の形がとてもよく似ているのですが、どうなのでしょうか。

写真中央の三角状のところは、数年前に山崩れのあった場所。両側とは違う植生になっています。北岡さんがおっしゃるには、「山崩れは、自然界にとっては必要なこと。崩れることによってその場所が再生し、森林が新しく生まれ変わるのです。人間は山崩れの起きそうなところに住まないようにするしかない」と。なるほどと、納得したことでした。

ニホンカモシカがこちらを見ています。私たちがいっせいに足を止めて写真を撮り始めたのに、動じもしません。写真中央の木々の間。まだ若くて白っぽい色をしています。このカモシカ、40分以上あとで私たちがこの道を引き返してきたときも、まだ同じ場所に立っていました。

左下の赤い橋は鉄橋。ここから向こうはヒノキの原生林で、いまは手つかずの森になっているところ。

左側のガードレールは、昔の線路を利用したものです。

愛知、岐阜あたりのみに育っているハナノキ。もとはたくさんあったらしいのですが、いまこの森にはこの太い木一本だけが生き残っています。愛知県の県木はこのハナノキなのですが、実はあまり見かけない木なのです。
北岡さんの話を聞いて、これまで在来種のハナノキとおもってながめていたうちのハナノキは、アメリカハナノキと在来のハナノキを掛け合わせてできたハナノキだと知りました。がっかりです。

帰宅してから撮った写真です。右の葉は、阿寺の森のハナノキの葉。左はうちのハナノキの葉です。形からしてこんなに違います。
何十年も前、ハナノキが県の木に指定されたとき、県民に苗が配られたそうですが、その苗は全部、掛け合わせてできた苗だったそう。うちの一本も、どうやらその苗の一つだったようです。
いま、北岡さんたちは、数少ない在来種である豊田市旭地区の旭高原のハナノキから苗を作り、増やすことを始めているそうです。
これまで、大事なハナノキだからと、周囲にあるイタヤカエデやカキノキ、ヒバを邪魔に思っていましたが、この事を聞いてから、せっかく大きくなった木ですが、潔く切ることにしました。ほんとのハナノキの苗が手に入ったら、ぜひともどこかに植えてみたいと思います。
北岡さんの案内で歩く観察会、今回四度目の参加ですが、いつもとても有意義。私の望みは、うちの敷地内にある木々と雑草の名前を全部知ること。今回は、今庭のあちこちに咲いている野菊のちゃんとした名前と、ハナノキの正体を知ることができました。

この日の観察会の講師は北岡明彦さんと北岡由美子さん。現地に到着してすぐに教えてもらったのがこの野菊です。ユウガギクというのだそう。普通よく見かける野菊はノコンギク。こちらは、花がまばらで白いのが特徴だそうです。うちの敷地内にたくさん育っているのはこの野菊のようです。花が少ないのになぜ「優雅」と名付けたのか不審に思って北岡さんに尋ねると、「柚香菊がなまって優雅菊になったのです」とのこと。柚子の香りがするということなのだそうですが、香りはほとんどありません。

この観察会の主な目的は、木曽五木を見ること。木曽五木とは、江戸時代、尾張藩が伐採を禁止し5つの木のことで、ヒノキ、サワラ、ネズコ、コウヤマキ、アスナロを指します。阿寺渓谷には、ネズコ以外の4木が育っています。上の写真はヒノキかサワラのどちらか。教えてもらった直後は覚えていたのに写真だと、見分けがたくなりました。とげとげしているのがヒノキ、すべすべなのがサワラだったとおもいますが、逆かも。サワラはにおいがとてもよかった。葉の付き方も違っていて、サワラのほうがまばら。
ヒノキは、五木のうちで材木としてもっとも高級とされています。サワラはその10分の一。建材ではなく、桶など日用品に用いられるそうです。

ハイイヌツゲ。大きくなりそうな葉っぱなのに、低木なのだそうです。

ヒノキの人工林。10数年前に間伐したきりの場所です。稲武あたりに比べたら木の間が空いているとおもうのですが、下の方の枝は枯れ枝が目立ち、木の肌も荒れています。美林といわれる木曽ですら、こんなに手入れがなされていないのかと、暗澹とした気持ちになりました。

木曽川の上流のひとつ。水の色がうつくしくて見とれました。

ウナリ島という場所にはコウヤマキの群生が見られました。コウヤマキは成長が遅く、これだけ群生している場所は珍しいのだそうです。

ここでは、バイカオウレンがいっぱい生えています。でも、植物の数は、すぐ近くのほかの場所と比べてかなり少ない。

マルバノキです。紅葉がとてもきれいだそう。この渓谷にはマルバノキがあちこちにあり、美しい紅葉を見せるそうです。すでにはじまりかけています。日の光にすかせてみると、いっそう美しい。


昼食を終えてから、昔の森林鉄道跡に造られた道を歩きました。左側の石垣は、大正時代、線路が敷設された折に積まれたもの。右下の河原から同じ大きさの石を拾ってきて組んだものらしい。

形がそろっていることに驚きます。当時のことなので、すべて人力。大変な仕事です。戦後まもなくトラック輸送の発達によって鉄道は廃線に。わずか30年ほど使われただけだったようです。そしていまは、材木自体を伐り出すことがなくなり、人の行き来はありません。伐って売れば何十万とか何百万とかするというヒノキが、放置されたまま。もったいないことです。

ホトトギスの野生種。かわいい。

サワグルミの木。垂れ下がっているのが実です。

こんなに小さい。

こちらは拾ってきたオニグルミの実。大きさがこんなに違うとは思わなかった。ところで、このオニグルミ、山で見つけたとき、講師の北岡さんが石で叩き割り、中の身を取り出して食べさせてくれましたが、渋みはなくてちゃんとクルミの味がしたので、びっくりしました。クルミは地面に埋めてしばらく置いて渋みをとってしか食べられないと思い込んでいました。

フサザクラ。数年前、うちの玄関前の石垣の間から生えてきた木に似ています。葉の形がとてもよく似ているのですが、どうなのでしょうか。

写真中央の三角状のところは、数年前に山崩れのあった場所。両側とは違う植生になっています。北岡さんがおっしゃるには、「山崩れは、自然界にとっては必要なこと。崩れることによってその場所が再生し、森林が新しく生まれ変わるのです。人間は山崩れの起きそうなところに住まないようにするしかない」と。なるほどと、納得したことでした。

ニホンカモシカがこちらを見ています。私たちがいっせいに足を止めて写真を撮り始めたのに、動じもしません。写真中央の木々の間。まだ若くて白っぽい色をしています。このカモシカ、40分以上あとで私たちがこの道を引き返してきたときも、まだ同じ場所に立っていました。

左下の赤い橋は鉄橋。ここから向こうはヒノキの原生林で、いまは手つかずの森になっているところ。

左側のガードレールは、昔の線路を利用したものです。

愛知、岐阜あたりのみに育っているハナノキ。もとはたくさんあったらしいのですが、いまこの森にはこの太い木一本だけが生き残っています。愛知県の県木はこのハナノキなのですが、実はあまり見かけない木なのです。
北岡さんの話を聞いて、これまで在来種のハナノキとおもってながめていたうちのハナノキは、アメリカハナノキと在来のハナノキを掛け合わせてできたハナノキだと知りました。がっかりです。

帰宅してから撮った写真です。右の葉は、阿寺の森のハナノキの葉。左はうちのハナノキの葉です。形からしてこんなに違います。
何十年も前、ハナノキが県の木に指定されたとき、県民に苗が配られたそうですが、その苗は全部、掛け合わせてできた苗だったそう。うちの一本も、どうやらその苗の一つだったようです。
いま、北岡さんたちは、数少ない在来種である豊田市旭地区の旭高原のハナノキから苗を作り、増やすことを始めているそうです。
これまで、大事なハナノキだからと、周囲にあるイタヤカエデやカキノキ、ヒバを邪魔に思っていましたが、この事を聞いてから、せっかく大きくなった木ですが、潔く切ることにしました。ほんとのハナノキの苗が手に入ったら、ぜひともどこかに植えてみたいと思います。
北岡さんの案内で歩く観察会、今回四度目の参加ですが、いつもとても有意義。私の望みは、うちの敷地内にある木々と雑草の名前を全部知ること。今回は、今庭のあちこちに咲いている野菊のちゃんとした名前と、ハナノキの正体を知ることができました。