確か南インドを訪ねた時でした。
船旅の朝。
早朝の寝ぼけまなこで、ガイドさんに連れられて朝日観賞に出ました。
朝焼けのあぜ道を歩きながら、お客様と話したことを思い出します。
「BSなんかで海外の美しい映像はいくらでも観られますが、
やっぱりこればっかりは、現地でないとダメですよね」
五感を感じる旅ってキャッチで使われがちですが、
匂い、こればかりは映像では難しいでしょう。
その朝。
ガァガァ、うるさいカエルや、アヒルや、名も知れぬ闇から出る自然の声。
それと同じく、ふんと鼻腔を抜けていく朝の匂い。
亜熱帯性のじっとり湿りっ気もありながら、
早朝だからこその、川から抜けて来るひんやりした風、
そこに加わる、田んぼの泥や、1日が始まる家々からこぼれる暮らしの匂い。
そうそう、ここはアジアなんだよなぁ、と鼻から感じる臨場感。
こればっかりは、リモートでは無理ですよね。
と、そんなことを久しぶりに思い出したのは、
先日訪ねた、琵琶湖に浮かぶ沖島でのこと。
実は匂いは関係ないのですが、、、
コロナ禍で、島への観光客はもちろん激減。
島外の人といえば釣り人がちらほら、カメラ小僧が数名程度。
ここは、猫がのんびり暮らしている島ということもあって、
もともとは写真を目的に国内外から島を訪ねる方も多かったようです。
公衆トイレの案内が、英語だったことを見ても、わかります。
その日、早々に島内観光を終えて、船乗り場で、時間を持て余していると、
島の足としても、よく雑誌などに取り上げられている三輪車で、
ギコギコ近づくひとりの女性。
「お姉ちゃん観光?おばあちゃん助ける思って、買ってくれへん?」
歳の頃80歳はゆうに超えているでしょう。
聞くと自家製の切り干し大根を、観光客を見込んでたくさん作ったものの、
大量に余って困っているとのこと。
「ちょっとついてきてーなぁ、そこまで、なぁ」
まぁ、相手がおばあさんとあって、
しかも1日数便しかない船の出港待ちの身としては、
ちょうどいい暇つぶし、そんな程度で三輪おばあさんについて行きました。
そこは、島の人がそれぞれに保有する倉庫の長屋のような場所でした。
それぞれにナンバーがうたれた倉庫を指さして、
「私んとこは、No.2、それ開けてえなぁ」
重いシャッターを開けると、二階建ての倉庫には、
日常の不要品が山積みになっていました。
おばあさんは、ちょっと照れ臭そうに、へへへと
「いらんもんの隠し場所。とにかく二階に上がって」
足の踏み場もない猫の額ほどの隙間をぬぐって階段をあがると、
洗濯バサミで吊るされた切り干し大根が確かにありました。
そうしておばあさんは、
「これ全部おばちゃんの手作り。
いっつも人気で、観光客にはあっという間に売れてたん」
ジプロックらしき袋に小分けされたものも10袋ほど
カゴに山積みされていました。
「前に来た学生さんたちは、おばちゃんの美味しかったからって、
またすぐ来てくれたんよ。ようさん買ってくれて」
いかにこの切り干し大根が手間暇かけて作られたものか、
おばあさんの語りはよどみなく続いていました。
同時に買い手がなく困っている現状も折り混ぜながら。
ちらっと時計を見て、
「ほんなら、これ全部買うから、ちょっとおまけしてよ」
ちょっとおまけしてよ、、、これがあかんかったんですね、きっと。
おばあさんは、
『え?困ってる島のおばあちゃんですよ、値切るか?
都会の人って、こんな島での思いがけない出会い好きでしょう!』
とは、もちろん言葉には出されなかったのですが、
私には、なんかそう押し付けのように聞こえてしまったのです。
「これはホンマ人気やし、他でも欲しい人ようさんおるから」
密室空間で、どんどん饒舌になるおばあさんと、しわしわの切り干し大根。
あかん。
「ほんなら二つだけもらうわ」と言うなり、
お釣りも受け取らずその場からそそくさ逃げ出してしまったのです。
去り際、右目の端に映り込んだおばあさんの顔。
モノトーンでした。
私、大人気ない!?なんか後味悪いし。
ふたたび出港待ちをしながら、盛りのついた猫の奇声が、
イライラに拍車をかけるなか、左目の端に映り込んだ先ほどの三輪おばあさん。
釣り人に、話しかけていました。
出港まで残り15分。
おばあさん、まだいくか?いけるのか?頑張れ頑張れ。
商魂たくましいおばあさんに、なぜだ。
すっかりエールを送っていました。
さて、冒頭に戻って。
こういうのはやっぱりリモートでは無理なんですよね、と言いたかった。
おばあさんの言うところの「旅の出会い」ってやつですよ。
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