この特別企画展については何度か触れたことがあると思います。
古文書などの被災文化財等レスキュー活動について書いたと思います。
展示では,網干加藤家の鯰絵が印象に残ったことも書いたことがあると思います。
鯰絵は安政江戸地震の時に描かれたものだそうです。
だから,私は安政江戸地震の方ばかり思っていました。
この度,南海トラフによる安政地震について調べると,
この特別企画展でも取り上げていたことがわかりました。
その時は,関心がなかったから,ほぼ素通りしていたんですね。
図録によると,
嘉永7年(のちに安政と改元,1854年)11月4日に東海沖を震源とする東海地震,
その32時間後の11月5日に紀伊水道を震源とする南海地震が発生しました。
南海トラフが連動した巨大地震で,
いずれもマグニチュード8.4と推定されています。
東海地震では,関東・東海・近畿で揺れによる被害,
津波は房総半島から土佐までの太平洋岸。
南海地震では,中部から九州まで揺れによる被害,
津波は紀伊半島から九州までの太平洋岸を襲い,
大坂などでも津波の被害が伝えられているそうです。
(先日,関西テレビ「報道ランナー」でもこの地震・津波を特集していました。)
以前に読んだ
寺脇弘光氏の『兵庫県地震災害史 古地震から阪神・淡路大震災まで』では,
網干も相当揺れて,被害が出ていたことを書いていました。
図録には,
網干・余子浜の加藤家の
安政江戸地震の鯰絵だけでなく,
地震状況について書かれた古文書,瓦版などが載っていました。
つまり,
私が興味がなかったころ,見ていたはずのものが複数載っているのです。
そして,ちょっと探せば,
あっちこっちからいろいろ本や史料が出てくるのです。
でも,安政江戸地震の方が多いかも・・・。
引き続き,頑張ります!
今回はほぼ,私の独り言です。
失礼しました。
古文書などの被災文化財等レスキュー活動について書いたと思います。
展示では,網干加藤家の鯰絵が印象に残ったことも書いたことがあると思います。
鯰絵は安政江戸地震の時に描かれたものだそうです。
だから,私は安政江戸地震の方ばかり思っていました。
この度,南海トラフによる安政地震について調べると,
この特別企画展でも取り上げていたことがわかりました。
その時は,関心がなかったから,ほぼ素通りしていたんですね。
図録によると,
嘉永7年(のちに安政と改元,1854年)11月4日に東海沖を震源とする東海地震,
その32時間後の11月5日に紀伊水道を震源とする南海地震が発生しました。
南海トラフが連動した巨大地震で,
いずれもマグニチュード8.4と推定されています。
東海地震では,関東・東海・近畿で揺れによる被害,
津波は房総半島から土佐までの太平洋岸。
南海地震では,中部から九州まで揺れによる被害,
津波は紀伊半島から九州までの太平洋岸を襲い,
大坂などでも津波の被害が伝えられているそうです。
(先日,関西テレビ「報道ランナー」でもこの地震・津波を特集していました。)
以前に読んだ
寺脇弘光氏の『兵庫県地震災害史 古地震から阪神・淡路大震災まで』では,
網干も相当揺れて,被害が出ていたことを書いていました。
図録には,
網干・余子浜の加藤家の
安政江戸地震の鯰絵だけでなく,
地震状況について書かれた古文書,瓦版などが載っていました。
つまり,
私が興味がなかったころ,見ていたはずのものが複数載っているのです。
そして,ちょっと探せば,
あっちこっちからいろいろ本や史料が出てくるのです。
でも,安政江戸地震の方が多いかも・・・。
引き続き,頑張ります!
今回はほぼ,私の独り言です。
失礼しました。