ATSUー歴女(おばさん?)のひとりごとー

見たこと・聞いたこと・ちょっと調べたこと,気ままに「My 日記」として書いています。

太子町立図書館御中 ありがとうございます。 ー『菜の花の沖』ほか

2015-12-15 14:25:54 | 日記
以前,「朝ドラの子みたいやなあ」でこんなこと書きました。

(歴博で)
「高田屋嘉兵衛のことを書いた小説ってなんでした?」
え,え・・・っと,
司馬遼太郎の『菜の花の沖』です。
お客さんに聞かれたらしい。
高田屋嘉兵衛は兵庫県・淡路島の人。
北前船でも有名ですが,高校の教科書的に言うと,
「ゴローウニン事件」で有名。
今読んでいる本(村井早苗『キリシタン禁制と民衆の宗教』:寺請制度が知りたくて・・・)が読み終わったら,
図書館で借りて読んでみます。


そして,先日,『菜の花の沖』1巻を読み終えました。

読書メーターに書き込み


兵庫県に住んでいて,
歴博で北前船や高田屋嘉兵衛に関する事が展示されていているのに,
この本を読んでいないのは恥ずかしい・・・そう思って図書館で借りました。

昔,日本史で,ゴローウニン事件は学んだけれど,今後の展開が楽しみです。
(学生時代に司馬遼太郎は,戦国時代・幕末を中心に何冊も読みました。
去年は大河にあわせて,『播磨灘物語』を再読。でも,この本は読んでいませんでした。)


最近,姫路市民でも,手続きをすれば,近隣市町村の図書館で本を借りる事ができるようになりました。
近くの網干図書館が改装工事のため閉まっている今,
駐車場が狭い広畑図書館よりも,駐車場が広い太子町立図書館の方が便利。
どうせ子どもの都合で,毎日太子町に行っているしね。

というわけで,
太子町立図書館御中
ありがとうございます。

前回は,『菜の花の沖』1巻と,益川敏英『科学者は戦争で何をしたのか』を借りました。
(「映像の世紀」と「フランケンシュタインの誘惑」の影響です。)
昨日は,『菜の花の沖』2巻と,呉座勇一『一揆の原理』を借りました。
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自分の墓は?

2015-12-12 14:01:43 | 日記
主人の母はクリスチャンです。
死ぬと当然,田舎の教会の墓にはいるでしょう。
(すでに,父親が入っていますし。)

私の実家は,浄土真宗大谷派の寺の檀家です。
両親は死ぬと当然,その寺にある先祖の墓にはいるでしょう。

じゃあ,私は?

クリスチャンは「個人」です。「家」ではありません。
それに,私個人はクリスチャンではありません。
ですから,私が死んでも,教会の墓には入りません。
それに,仏教式にいえば,実家を出て嫁いだ者である私は,
実家の浄土真宗大谷派の墓には入れません。

主人は田舎の教会の墓には入りたくないといいます。
キリスト教は,「個人」ですから,入る必要もありません。


というわけで,私たち夫婦に入る墓はありません。
そんな事をふっと思ったのは,
近くの寺が,墓を売りに出したからです。
墓・・・いや,スペース?

浄土宗萬福寺
宗教問いません。檀家制度関係ありません。
スペース代や石代などを払えば,追加料金なしで,
寺がお盆やお彼岸の法要をします。
三十三回忌まで

一人用と夫婦二人用があります。

これって本当に今風!

とりあえず,今週月曜日に私だけ見学に行きました。

私よりも少し年配のご夫婦も来られていて説明を受けていました。
待っている間に,ご本堂も見せてもらいました。
当然ですが,ご本尊は阿弥陀如来

寄付した人の名前の中に知っている人の名もありました。

本堂から外に出ると,お墓参りの人がいました。

私が「垣内って,お寺が少ないですね。」(萬福寺だけですから)
すると,「昔は垣内は人が少なかったですからねえ。余子浜の一部だったんですよ。」
とか,「檀家も少ないですよ。徳栄寺さんは多いけど」
「私が墓を買った時は,こんな墓しかなかったからねえ。今は,いいですね。」

徳栄寺とは,おとなり,余部の浄土真宗本願寺派の寺院。
黒田官兵衛の異母弟の創建とか・・・。保育園も経営しています。


家に帰ってから,主人と相談。
夫婦二人用だと,
子どものだれかが独身で,親と一緒の墓に入りたいと思っても入れないね。

ということで,結論は先送りとなりました。
まだ50代,されど50代。

浄土宗だと南無阿弥陀仏だし,私はオッケーです。
(なんとなく。)
でも,子どもの事まで考えていなかったなあ。


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兵庫県の地名 日本歴史地名大系

2015-12-07 10:12:49 | 歴博
先週金曜日は,歴博の日

私がいる部屋にはたくさん本があります。

午後は,団体さんがたくさん来る予定だったようだしたが,午前中はのんびり。
本を読みたい放題(!?!)でした。

その中で見つけたのが,この本。
『兵庫県の地名Ⅱ 日本歴史地名大系29』 平凡社 1999年

前回,職員さんが,「英賀と英賀保ってどう違うの?」
の答えを探しました。
明治22(1889)年 町村制施行 
        英賀保村成立
昭和11(1936)年 英賀保村が飾磨町に合併される
昭和15年には飾磨市になり,
昭和21(1946)年 飾磨市が姫路市に合併される

しかし地名は,
古代・和名抄には,英賀郷
これを継承し,中世には,英賀庄 英賀城 その後 英加村(英賀村)
今も,駅周辺だけに「英賀保」の文字が見え,そのほかは「英賀宮町」など,「英賀」

じゃあ,なぜ「英賀」ではなく「英賀保駅」?「英賀保村」?

山陽鉄道は,
明治21(1888)年 兵庫ー明石,そして,明石ー姫路
明治22(1889)年 神戸ー兵庫,そして,姫路ー龍野
その徐々に延びて,
明治34(1901)年 山口県馬関(現 下関)
明治39(1906)年 鉄道国有法により,国有化。山陽本線に

こうやって見ると,
英賀保村ができた時と,鉄道が,英賀保を通った時と重なる。
でも,その時から英賀保駅があったのか,なぜ英賀じゃなくって英賀保なのかわからない。
こういうことは,地元で聞く方がいいのかも?

それはともかく,おもしろい本を見つけた。

次は,網干,中世の福井荘,そして,近世の網干と寺の関係をこの本で見てみよう。

ATSUの独り言につきあってくださった方,ありがとうございました。


PS.この日は学芸員・Hさんとも話をしました。
稲岡神社の絵馬のことをちょっと聞いたけど,研究目的とかいろいろないと,簡単には見ることができないそうです。
Hさん,お忙しいのにすみませんでした。
でも,逆に聞かれました。
新聞社から,いつ頃から穴子を食べるようになったのか,質問があったらしくて,私がいる本の部屋で調べていました。
浜手の人間である私は,穴子の話,祭の時のこのしろの寿司の話をしました。
このしろは,さかなへんに祭と書くそうです。
民俗学的な観点から,浜手に住む私の話はおもしろかったらしく,逆に「ありがとう」と言ってくださいました。
私は時間が来て,家に帰りましたが,その後,穴子はどうなったのかしら?
きっと,どこかの新聞記事に載ったことでしょう。




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キリシタン禁制と民衆の宗教

2015-12-01 10:14:21 | 日記
中世から近世の民衆の信仰に興味が出た。
歴博の影響で,地獄関係の本を何冊か読んだ。
でも,もとをたどれば,昔から中世の一揆の勉強をし,それが,JMOOCの本郷先生の影響で,一向一揆になり,
JMOOCの川村先生の影響もあり,キリシタンにも目がむいた。
じゃあ,近世における仏教って何?そこからこの本を見つけて買った。


村井早苗『キリシタン禁制と民衆の宗教』

まず,キリシタンから宗門改・キリシタン改は始まった。
キリシタン禁制を目的として,寺壇制度や宗門改帳ができた。
しかし,キリシタン以外の人がすべて,どこかの寺院に属していたわけではなかった。
「幕府は1671年に,直轄領に宗門改帳の基準を示した。それによると,百姓一軒ずつ,村単位で宗旨を改め,男女の人数を合計するように命じている。」

え?村単位?じゃあ,「私はこの宗派の信者です。」ってわけにはいかないの?

でも,
「宗門改帳支配の単位である村や町ごとに作成されるが,寺壇関係は必ずしも村や町単位ではないのである。おそらく,寺壇制度や宗門改帳の作成は,「小農」の土地緊縛に加えて,寺院に民衆の宗教意識の統制など何らかの役割を果たすことを求めていたのではないだろうか。」

「幕府は民衆に,先祖法要に熱心で,旦那役を相応に務め,寺詣でをよくすることを求めながらも,寺が民衆に強化すべき宗教意識の内容については言及していないのである。」

わかったような,わからなかったような・・・。

と思っていると,家の本棚から古びた新書が・・・

清水紘一『キリシタン禁制史』
なんと,1981年出版の本
内容は忘れたけど,確かに昔,私が読んだ本。
1981年と言えば,私が大学に入学した年。

私って,結局,30年前と同じ事やってるのね。

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