[どう考えるべきか?背景はSLCか。画像(左)はMorumon.com]
私は自分の周辺やインターネット上の情報などから懐疑的であるが、日本の末日聖徒が教会について自信を持ち始めた側面も見受けられる。
ごく断片的であるが、最近耳にした三つの例をあげてみたい。まず一つは、中国地方の指導者で地域幹部になった人が説教の中でふと「末日聖徒イエス・キリスト教会には力がある。それを軽く見てはならない」といった趣旨のことを語った。米国で指導を受けた経験から、教会の確固とした存在感や会員層の厚さを実感して語ったものかもしれない。あるいは聞いている教会員を励ます意図からそう話したのかもしれない。
二番目に東京で夫婦宣教師として働いている日本人の長老が、「教会は今日十分大きくなっていて、反モルと称される人たちのいろいろな批判や攻撃を気にしないようになった」と語った。確かにある個人や組織・団体が社会で立派に機能するようになると、考えの違う人やグループの批判や中傷を気にしなくなるものなのだろう。日本のLDS教会もその域に達しているのだろうか。
三番目に関西である指導者がこう語っていた。「教会は大きくなって信頼されるようになっている。例えば、英語スピーチコンテストの評価が定着している。親切で行き届いた気配りは他の同様の催しでは見られないもので好評である。」長年にわたる献血の取り組みも良い評価を得るのに貢献している、と述べた。良い果実を結び始めていると見る。
私はつい内省的な見方になってしまい勝ちであるが、自らの信仰と行ないがよいものであると思うなら、傲慢を戒めながらもう少し自信をもって歩めばよいということかもしれない。
教会に来てせっかく気分よく礼拝しているのに、周囲で猪突猛進した挙句、反モルモンなんていうのが一番困る。
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そういえば。12歳で改宗した時「もうすぐヒツジになるね」と言われ「メェー」って幻聴が。。
>最近は羊飼いを確保するのもままならず、育成どころじゃないんですよメ~
いわゆる「教会バカ」が指導者に採用される時代は過ぎ去るでしょうし、それが健全なんでしょうね。
豚はおとなしくて、素直で飼いやすいのですが、羊はメイメイ好き勝手に動きますので・・・??
モルモン牧場って言うのは、会議や集会が多すぎて、羊の世話がおろそかになってるんですよメ~。
それに、最近は羊飼いを確保するのもままならず、育成どころじゃないんですよメ~
NJさんの言う「自信を持ち始めた」って言うのは、ただ諦めただけで、開き直ってるんじゃないですかね?
確かに、開き直れば強いですけどね。
野球も教団も監督・指導者によってこんなにも違うものなのか。
良き羊飼いを育成することこそ自信の源でしょうか。
選手の年俸が12球団中11番目、メインのスポンサー企業もなく、FA選手は取らず。
スカウトの眼力と、徹底した選手育成で掴んだ2年連続優勝は、プロ野球ファンならずも、称賛せずにはいられません。
いくら負けても、客が入るのをいいことに、いつまで経っても主軸になる選手が育たず、球界のエースとなってもおかしくない投手まで潰してしまうどこかの球団も、目の前で胴上げを見て「何とかしなはれ・・・」って思いますね。
ま、カープの優勝は必然でしょう。
同様に、日本のモルモンの凋落も必然なんでしょうね。
JNさんは、非常に楽観的でカープ同様称賛に値します。
あ?懐疑的って書いてますね。すみません。
私は、根拠のない自信ほど危ないものはないっておもいますね。
モルモンジャパンも、広島カープの様なしっかりした選手の育成システムを構築しないと、根拠のない自信だけではどうにもなりませんね~。
私は、彼からあなたは損をしていると言われとてもがっかりしたことがあります。決して私が得をするために専任宣教師をしたり教会の召しを行ってきたのではないのに!
ただ教会に力があることは 今回の斉藤由貴氏の件で動揺する人が少なかったことをみてもわかります。
桃栗3年 柿8年 カープ優勝25年 ステーク分割35年となって広島ステークが山口のユニットなしでステークを組織できる日を望んでいます。
同じように感じたことがあります。
知り合いも何人かおりましたが、あまり会員の名前を思い出すことができません。
確か光、高須、安古市と3つのユニットがありましたね。
中国地方の会員も保守的なイメージがあります。
同意です。
>三例の発言者を特定せよと言われるのですか。
いえ、まさか。
言葉足らずで誤解を与えたのでしたら申し訳ありません。
お三方のような方々はずっと以前より教会内でお見受けしておりますので、それが理由で教会が「自信を持ち始めた」とNJさんがお感じになったわけでもあるまいに、と思っただけです。
むしろNJさんは「懐疑的であるが」と断りを入れておられるので、ではどうして「自信を持ち始めた」と感じられたのだろうなと、ふとした疑問を書かせていただきました。
>ところで、アランドロンさんには以前、コメント自粛を要請したかyellow card を出していませんでしたか?
それはNJさんが私を別の誰かと勘違いなさっていたからでしたね。誤解は解けたと認識しております。
中国地方の地域七十人は、米子市在中の兄弟しか思い出せませんね。
たまWEB、陰謀史観や謀略ありきの延長に乗っかってる感じで毎度お騒がせしてます。
あ、ちなみに、その記事のコメントに父方祖母の旧姓一字は何??みたいなのありましたが、’星’という名字にて御座候。
今回は青葉さんについてのコメントを拝見いたしました。
実は青葉さんってまっすぐでとてもいい人なんですよ。
信仰を根底にして行動する方ですから腹の中に黒いものはないと思います。
私は半島の個性に魅力をまったく感じませんが、あのような方が在日なら友人になりたいと思わせる人格を備えておられる方です。
どうぞ、ご安心ください。
長年傍から見てきましたが、<まとも>と言える人物で、私は教会から離れた後も尊敬のまなざしで見ています。
教会は高慢な指導者を召す場合もありますが、彼を選んだ時は教会も見る目があるなと思ったものです。
教会をちょっとだけ見直しました。
教会には腹黒い輩もいますが、彼はどこかと結託して裏で何かをたくらむ人ではないです。
まあ信仰に忠実な立派な方です。
ご安心ください。
会って話すときっと彼のファンになりますよ。
屈折した ・ 先走りすぎ ・ 大げさ過ぎる ・ 裏読みのし過ぎ ・ 深読みし 過ぎ ・ 思いこみ ・ 盲目的 ・ 空気が読めない ・ 分かったつもり ・ 短絡的な ・ 勘違い ・ 履き違え ・ 早とちり・愚かな錯覚・妄想的読み違え・・・・どうもいまいち、脳への栄養が足りないかなぁぁ。
いずれもこのブログで言及するのは初めての方々です。
ところで、アランドロンさんには以前、コメント自粛を要請したかyellow card を出していませんでしたか?
"長老の紹介. 青葉太一長老は,2014 年 4 月 5 日,. 末日聖徒イエス・キリスト教会の七 十. 人第八定員会会員に召されました。 青葉長老は阿佐ヶ谷美術専門学校で学. び, 現在,個人で陶芸家として活躍していま. す。日本福岡神殿には,青葉長老の焼いた・・・」2014・7月ローカルページ
在日系のお方でしょうかぁぁ・・・
http://blog.goo.ne.jp/yoriissouno/e/4f1afad38e1579f010f748e6aab93416
教会指導層に米国諜報機関・政府機関コネで世界支配のための力・情報等が入ってるなら、そういう意味での力はあるんでしょうが、そういう意味のことだったら、ぎゃぁぁだな・・・
一度、その年だったか翌年だったか秋頃お話ステークセンタで聞いたことあります。その記事も書いとったわけで、多少は緊張し注意深かったかも。何となくあれっと思ったひとつの印象は日本に対し怒り?憎しみ?みたいに思わせるような、もちろん、言葉に明確に出してないですが、なんだったかはっきり覚えてはいないんですが、表情も一瞬厳しくなったような・・・まぁ、そんな記事を書いてたせいもあってそんな感じに受け取ったかも・・・
これはコメント欄を持つブログをネットに公開されているNJさんに対して、読者としての感想をお伝えする正当な行為であります。
私の書き込み内容自体に問題があるのでしたらそれはブログの作者様から具体的にご指摘いただくべきものと存じます。
NJさん自身は懐疑的で内省的であるとのことですが、それは良いことであり必要なことだと思います。
教会には間違いなど無いのだから反省など必要ないと言った論調の人が昔はたくさんいましたねェ・・・そうした根拠のない過剰な自信と言いますか思い込みはよろしくないだろうなァという気がします。
反モルモンの攻撃はパターン化されているので、相手が全然納得しなくても、ネット時代には第三者が聞いてある程度納得感のある反論は必要なことで、反論の反論に関しては相手にしないで、自分なりの証を述べればいいわけで、反モルモンによる攻撃は伝道の好機くらいに考えられる自信を持てれば本物なのだろうと思います。
LDSは初期に脱カルト化の過程で、苦難から経験して、原理主義よりも原則主義のほうがイエスの福音に近いことを学び、社会的な信頼を得てきた歴史があるわけで、
一方でアメリカにおいて苦労して学んだ金の教訓があるのに、日本法人が貴重な成長期に原理主義(脱カルトからカルトに逆行していった感がある)に傾いてしまったことはずいぶんな無駄な道草だったと思います。
宗教の良い実とは、もちろん献血やスピーチコンテストの結果も含んでいますが、本筋で言えば、良い模範によって、このモルモン教の格言は本物だと第三者が認めて実行してみることを言うのでしょう。
キリスト教の一種にも関わらず、生を受けた人々が最後にはイエスによって、殆ど全員救済されてしまうユニークな奥義とか、自分たちの問題は自分たちで解決しようを努力する自立性とか、楽観性とか、不要な借金を避けて収入の範囲以内で生活しなさいとか、色々あると思います。