現在、俗にいう花見も元は野山の花の観賞ではないという。
「ハナミ(花見)」・・・花の心をうらげ楽しませて鎮めおちつかせ、
稲の花が散ることを忘れさせ、その稔りの
将来を占おうとしたのが源。
【 農村での「ハナミ」 】
三月三日に行われる土地が多い。
見晴らしのよい山・丘に登って飲食をして一日遊ぶ。
農作に先立ってのその協力を予約する春の儀礼になっている、
という信仰から出発していると考えられる。
≪「花」とは≫
★「ホ(秀・穂の内容)」「ウラ(兆・占・卜の内容)」と意義が近い。
もともとものの前兆・先触れという意味になる。
「うらもなく吾が行く道に 青柳が萌(は)りて立てれば
もの思(も)いひづつも」
(何気なく私が行く道に、柳が芽吹きだしていたので
忘れていた恋を思いだしたよ――「万」・巻十四・三四四三)
★正式・本物でない意より借り物、いえば物の「先触れ」の意味でもよかった。
「初尾花 はなにみむとし 天の川へなりにけらし 年のを長く」
(初(※)尾花ではないが、一夜妻として会わせようと長年天の川が
邪魔しているのに違いない――「万」巻二十・四三〇八)
(※尾花=ススキの別名・ススキの花穂・ハナススキ)
ホススギ・ハナススキが、同じものであることを考え合わせればわかる。
「見る」は会う、交接するの意。
「雪」・・・稲の花(雪は豊年のシルシとする)と見立てている。
「柊」・・・立ち樹のまま冬祭りの鎮魂歳に引き抜いてくる。
冬花が咲くその咲き方や柊の梢で大地をついて占った。
三月は桜が代表、卯月(四月)には「卯の花」、五月には「皐月(さつき)」
「躑躅(つつじ)」、などなど村から山の花々を遠く眺めて稲の稔りを占い、
花が早くに散ってしまうと大変なので「花鎮祭(はなしずめまつり)」が行われた。
「柳」・・・垂れ枝が多く根のつきやすいもので、一種の花である。
この枝の多いところから正月の飾り物は、すべての花に見立て
られる(餅の花・花の木・繭玉・若木・作り物など)。
このような(削り花・削り掛けなど)のもとの姿は、仙人のついて
来た杖の先のささけたもので、それが「花のしるし」になった。
「卯杖」・・・土地をつつきまわるとその先の方がささけ、
根は土の中でつく。このささけが花のしるしとなる。
「簓(ささら)」・・・卯杖と同じように竹でしたものをいう。
簓も一種の占いの花で、葬式などには髯籠(ヒゲコ)
をつくる、その先の分れ形で占う。
★「粉」=「ハナ」と呼ぶ。
色が黄色なのを稲の花に見立てての予祝い。
「タカハナ」・・・田植えの日に必ず飯にコガシ(=キナコ)をふりかけ食う。
「稲の花」・・・東北地方ではたいてい炒り豆の粉のことをいう。
★「花アテ」・「山アテ」(=山野の花を見て耕作の時期を感じる)
「田の花」=紫雲英(げんげ)・・・ハナとも呼び、田の花の略。
「辛夷(こぶし)」=タネマキザクラ・・・播種の頃を知らせるもの。
★最短・先端・最初の意義の「ハナ」
「ハナザル」・・・「猿のボス(指導者)」のこと。
★神聖なもの、または行事用
「花占」・・・梅や桜の花が横向きに咲けば強風、下向きに咲けば雨、
上向いて咲けば晴れなど。
「赤い花」・・・光る花と感じ、神・精霊のものとする。
(梅や桜の花をみだりに家の庭に植えることを禁じる所もある)
「菫(スミレ)」「鳳仙花(ツマグレ)」
★蘇生・復活・転生の招代・・・魔よけの呪力をも含む
「色のある花」・・・後には仏様に手向ける花となる。
「秋風や むしり残りの 赤い花」(一茶句集)
「手向くるや むしりたがりし 赤い花」(一茶句集)
色のある花は仏様に手向ける花なので、
一茶が愛娘にねだられても与えなかった。
「花輪」「花籠」・・・身体が離れた霊魂(先天魂・後天魂)が戻る。
これらのものが神の憑代に一転すると、
神の意思を示すことになり、邪霊は怖れて寄ってこない。
神を招ぐ折の花は、その作法をするものの象徴となる。
早処女はツツジをかざし、禊の女は藤の花房を身につけていた。
『日本民族語大辞典』文学博士石上堅:著(桜楓社)参照