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<パリ五輪2024> メダリスト 佐藤大宗

2024-09-06 05:52:36 | パリ五輪2024

 「佐藤大宗」 銀-近代五種

*https://www.sankei.com/paris2024/medalist/?qrkydog_paris2024_page=PROFILE-1887939-------------------- より

 佐藤 大宗(さとう たいしゅう、1993年10月20日 - )は、日本の近代五種の選手。2024年パリオリンピックの近代五種競技の銀メダリスト。自衛隊体育学校所属の自衛官(2024年8月現在の階級は2等海曹)。

*Wikipedia より

 認知症の父親に届けたい近代五種初のメダル、一度は引退決意した佐藤大宗に「死ぬ気でやってみろ」「まだ本気でやってないだろ」 2024/07/26 14:00

 日本代表約400人が出場するパリ五輪で、佐藤 大宗たいしゅう 選手(30)は近代五種初のメダル獲得を目指す。厳しかった父の口癖は「死ぬ気でやれ」。その言葉に奮い立ち、諦めかけた夢の舞台へとたどり着いた。認知症で入院する父に最高の結果を届ける。(蛭川裕太)

 礼儀を守らず、半袖短パンで、雪が降る青森の家の外に出されたこともある。トラック運転手だった父の勇蔵さん(70)は怖かった。「始めたことは中途半端にやるな。やるなら死ぬ気でやれ」と言われ続けた。

 習っていた競泳と少林寺拳法の練習や試合が重なっても、休むことは許されない。大会で優勝すると、「よくやった」と褒めてくれた。「いつかおやじに『お前すごいな』と言わせる実績を残したい」。その思いが原動力だった。

 高校卒業後、同じく海上自衛隊に入った兄の光蔵さん(32)の紹介で、自衛隊体育学校で近代五種を始めた。「オリンピックでメダルを取れば、人生が変わる」。そう夢を描いたが、東京五輪は落選し、代表の強化選手からも外れた。その日、電話をかけて父に告げた。

 「引退しようと思う」。返ってきたのは「体も心もボロボロになるまで、死ぬ気でやってみろ。まだ本気でやってないだろ」という言葉だった。苦境から逃げ出そうとする自分の心の内を見透かされた気がした。

 ミスをするといら立ち、立て直せない悪癖を直そうと、メンタルトレーニングを取り入れた。真夏にマスクを着け、意識がもうろうとするまで走り込んだ。

 2021年、初めて全日本選手権で優勝した。帰省すると父に言われた。「すごい。だけど、まだ世界一を取ってないからな」。父らしいエールだと思った。母と2人きりになると、父はうれしそうに言った。「佐藤家一番の自慢だ」

 フェンシングを強化するため、東京五輪金メダリストから足の使い方やフェイントのかけ方を教わった。昨年のワールドカップで2位に入り、日本勢初の表彰台に上がった。

 父は2年ほど前から前頭側頭型認知症を発症し、入院生活を送る。記憶は少しずつ薄れているが、息子のニュースが流れればテレビに見入り、新聞に載ればうれしそうに眺める。

 6月の面会時、父は弱々しかった。「五輪に出るだけでもすごい」と笑顔で祝福してくれる。「まだここからだろ」と手を握ると、ようやく最後に言われた。「死ぬ気で戦ってこい」

 父の教えが正しいとは思わないが、自分には合っていたのだと思う。「逃げたらおやじに負けたことになる。だから頑張れた」。夢をかなえた時、父はどんな言葉をかけてくれるだろうか。歴史に名を刻むための挑戦は8月8日に始まる。

  ◆近代五種 =近代五輪の創始者クーベルタン男爵が発案し、「キング・オブ・スポーツ」と称される。フェンシング、水泳、馬術に加え、ランニングと射撃を合わせた「レーザーラン」で競う。日本男子の最高は15位。

*https://www.yomiuri.co.jp/olympic/2024/20240726-OYT1T50118/2/ より

 

 近代五種 佐藤大宗 銀メダル 近代五種で初のメダル パリ五輪 2024年8月11日 3時45分 NHK NEWS

 パリオリンピックの近代五種で初出場の佐藤大宗選手が銀メダルを獲得しました。近代五種で日本の選手がメダルを獲得するのは初めての快挙です。

 目次
 佐藤大宗(たいしゅう)とは

 初のメダル 支えとなったのは…

 近代五種は馬術、フェンシング、水泳、それにランニングと射撃を組み合わせたレーザーランの総合得点を競い10日、18人による決勝がヴェルサイユ宮殿で行われました。

 ◆馬術 2位と好スタート 
 佐藤選手は最初の馬術で障害を1つも落とさない安定した騎乗を見せ、2位に入る好スタートを切りました。

 ◆3種目終え4位でレーザーランへ 
 続く30秒1本勝負のフェンシングでは1勝1敗として、8日のランキングラウンドと合わせて5位となる得点をあげ、このあとの200メートル自由形で競う水泳は12位でしたが、3種目を終えた総合得点では4位につけて最後のレーザーランに臨みました。

 ◆レーザーラン 2位でフィニッシュ 
 総合得点の高い順に時間差でスタートするレーザーランで、佐藤選手はメダル圏内の選手を6秒差で追う中、正確な射撃と安定した走りで順位を上げて2位でフィニッシュし、総合得点を1542点として銀メダルを獲得しました。近代五種で日本選手がメダルを獲得するのは初めてです。

 金はエジプト選手 銅はイタリア選手
 前回、東京大会の銀メダリストでエジプトのアハマド・エルジョンディー選手が世界記録を更新する1555点をマークして金メダルを獲得しました。銅メダルは1536点をマークしたイタリアのジョルジョ・マラン選手でした。

 佐藤大宗(たいしゅう)とは
 佐藤大宗選手は青森市出身の30歳。子どものころから取り組んでいた水泳を生かせる仕事に就きたいと、高校卒業後に海上自衛隊に入隊し教官からスカウトされて競技を始めました。

 フェンシングに加えて、ランニングと射撃を組み合わせたレーザーランを得意とし、去年行われたワールドカップでは2位に入り、日本選手で初めて表彰台に立ちました。

 そして去年9月のアジア大会で6位に入ってパリオリンピックの出場枠を獲得し、その後の国際大会の成績なども踏まえて、初めてのオリンピック代表に決まっていました。

 初のメダル 支えとなったのは…
 「やるなら死ぬ気でやれ」
 近代五種で日本選手として初めてメダルを獲得した佐藤選手が支えとしてきたのが、厳格な父のことばでした。

 初めて出場したパリオリンピックの前、大会に向けての意気込みとして佐藤選手は「死ぬ気で戦うのみ」と自分に言い聞かせるように繰り返しました。それは子どものころから少林寺拳法や水泳に励んでいた佐藤選手が父親の勇蔵さんからいつも言い聞かされてきた「何事もやるなら死ぬ気でやれ」ということばがもとになっていました。

 厳格な父親 それでも…
 トラック運転手の勇蔵さんは佐藤選手にとって厳格な父親でした。子どものころには怒られて、雪が降り積もる家の外にたたき出されたこともありました。反発を覚えることもありましたが、挫折したときに支えてくれたのも父のことばでした。

 2019年の全日本選手権で4位となった佐藤選手は日本代表から外され、目指してきた東京オリンピックへの道が閉ざされました。目標に届かずに引退を決意し、勇蔵さんにも電話して伝えたところ「やめるんだったらやめればいい」と言われたあと「ボロボロになるまでやったのか。やるなら死ぬ気でやれ」と言われたといいます。

 子どものころから聞き慣れた父のことばを改めて聞いて「自分は逃げている」と感じた佐藤選手は、再びオリンピックを目指すことを決めました。

 フェンシングを強化
 そこから強化に力を入れたのが、海外勢との差を感じていたフェンシングでした。コーチのつてをたどり、東京大会で金メダルパリ大会でも銀メダルを獲得した男子エペ団体のメンバーと一緒に練習を始めました。

 子どものころに練習していた少林寺拳法で培った独特な間合いに加えてフェンシング世界トップレベルの選手にももまれて高度な技も吸収し、日本代表の石川公文監督が「世界のトップレベルの選手が警戒しても、技が読めないくらいレベルが上がった」と高く評価するほどになりました。

 勢い止まらず銀メダル 
 その成果は初めてのオリンピックの舞台でも発揮されました。

 初日に行われたフェンシング。エペによる1分間1本勝負で出場する36人が総当たりで対戦する「ランキングラウンド」では、佐藤選手は6位につけて好スタートを切りました。そして「フェンシングで流れに乗ったらその後の競技も勢いに乗る」と話していたことばどおりに、すべての競技を1日で行う2日目以降も準決勝でフェンシングと馬術で得点を伸ばして全体の2位で通過。決勝でも勢いが止まることはなく、銀メダルを獲得しました。

 大会前 父親との面会で… 
 実は勇蔵さんはおととしから認知症などを患って入院をしています。それでも佐藤選手が大会前に面会に行くと「死ぬ気でやってこい」と激励を受けていました。父のことばを支えに初めて挑んだ大舞台。30歳の息子が日本選手として初めての快挙を成し遂げました。

 近代五種とは
 近代五種は近代オリンピックの父・クーベルタン男爵が古代オリンピックで行われていた「やり投げ」「円盤投げ」「幅跳び」「短距離走」「レスリング」の「五種競技」にヒントを得て考案し、1912年のストックホルム大会から実施されています。

 現在は「フェンシング」「水泳」「馬術」に加えて、「ランニング」と「射撃」を組み合わせた「レーザーラン」で総合得点を競います。

 これを1人で行うことから、近代五種は海外では“キングオブスポーツ”とも呼ばれています。ヨーロッパ勢が強い競技で日本は1960年のローマ大会で初出場して以降、男女を通じて8位以内の入賞を果たした選手はいませんでした。

 一方で馬術をめぐっては、国によって環境を整えるのが難しいことや安全面をどう整備するかなどが課題となっていて、2028年のロサンゼルス大会では馬術に変わって障害物レースが行われることが決まっています。

*https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240811/k10014545891000.html より


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