ねこ庭の独り言

ちいさな猫庭で、風にそよぐ雑草の繰り言

大いなる失敗 - 9 ( 日本の特殊事情 )

2018-12-09 10:16:03 | 徒然の記

  今回は、「なぜ未だに日本では、マルクス主義の信奉者がいるのか。 」について、日本の特殊事情を説明します。 

 社会主義を信じる教授は、戦前は保守教授たちに押さえ込まれていましたが、GHQの統治が始まると、立場が逆転しました。マッカーサーが彼らを解放したことで、学内を越え、学界での勢力争いに大勝しました。その喜びを、民法学者我妻栄氏の回想記から一部を紹介します。

 「委員のうちの相当の数が、貴族院議員や、法令制定を任務とする委員会の委員となったので、その際には憲法研究委員会で得た知識を活用した。」

 氏の言う委員とは、昭和21年に東大内に作られた「憲法研究委員会」の委員のことです。南原繁総長の発案で作られたとなっていますが、構成メンバーを見ますと、GHQの意向を受けた人選であることが事情を知る者には分かります。

 「敗戦日本の再建のために、大日本帝國憲法を改正しなければならないことは、」「誰もが知っていた。」「多数の優れた学者を持つ、東京帝国大学としても、これについて、貢献する責務があると考えられたからであろう。」「発案者は南原総長であったが、学内にそうした気運がみなぎっていたことも確かであった。」

  我妻氏は、このように説明しています。ここで「憲法研究委員会」の委員名を紹介します。

 委 員 長 宮沢俊義(法学部)

 特別委員 高木八尺(法学部)  杉村章三郎      岡 義武  末弘厳太郎

      和辻哲郎(文学部)  舞出長五郎(経済学部)

 委  員 我妻 栄(法学部)  横田喜三郎      神川彦松  尾高朝雄

      田中二郎      刑部 荘       戸田貞三(文学部) 

      板沢武雄      大内兵衛(経済学部)  矢内原忠男

      大河内一男    丸山真男(法学部助教授) 金子武蔵(文学部助教授)  

  ここで注目するのは、委員長の宮沢俊義氏です。昨年の2月、「変節した学者たち」と言うブログを書きました。宮沢氏について別途調べたことを、もう一度紹介します。

 「宮沢は、敗戦後、松本烝治憲法大臣と美濃部教授とともに、助手として、帝国憲法改正作業に、従事していた。その時は外務省に対して、憲法草案に関し、新らたな憲法は必要なしとアドバイスしていた。」

 「占領軍が、松本大臣を嫌っていることを知ると、氏は彼らを裏切った。」「ここで占領軍に取り入れば自分は、神のごとき権威になれると判断した。なぜなら、GHQは権力を振りかざすことはできても、細かな国際法や、憲法学の議論ができなかったからだ。」

  憲法学者として、第一級の人物として知られていた氏は、GHQが作る憲法案に協力するよう、強い圧力を受けていました。松本大臣とGHQの反目は、渡りに船の好機で、氏はGHQの要請に従いました。つまり憲法研究委員会は、宮沢氏を中心にGHQへの協力機関となったのです。
 
 占領軍が、占領中の他国で憲法を制定することは国際法違反でした。GHQもこれを知っていましたが、宮沢氏は「8月革命説」という詭弁で押し通しました。

 以後東大の左翼教授たちは、政府委員として、あるいは議員として、その発言が重要視されるようになります。東大だけにとどまらず、関西、近畿、中部、中国、四国、九州、北海道と、教授たちの連携が広がり、マッカーサーと阿吽の呼吸で通じた彼らが一大勢力となり、現在の「憲法改正反対」勢力の先頭に立っています。

 わざわざマルクス主義と直接関係のない話を、挿入したのは、敗戦後の学界の動きが、今日までの73年間、日本中を反日左翼の天下にした大元だと言いたかったからです。

 メンバー表を見れば分かる通り、彼らは日本をリードした著名な学者たちです。彼らは全国で系列の教授を育成し、日本の学界と思想界を牛耳っていきます。反日の朝日やNHKに寄稿すれば、有識者の言として全国に発信されます。彼らの意に反する学者の意見は取り上げられず、戦前を肯定する教授は昇進の道を塞がれました。

 戦前の彼らが、保守系の教授から冷遇されたのと、そっくり同じことをやっています。これが、「戦後日本の特殊事情」です。彼らがマルクス主義について、どのような意見をのべていたのかを、紹介します。

[ 大内兵衛 ]

 「日本は、社会主義を否定したり、排斥したりすることは、決してできない筋と思われる。」「もともとマルクス主義又は、レーニン主義といっても、本来、個人の自由の要求に出発するものであり、到達点もそうであるから、階級的独裁を、人権の自由に優先させることでないのは自明であるが、一定の条件の元では、そういう傾向をもつのも又事実である。」 

  「ロシアの経済学は、二十世紀の後半において、進歩的な特色のある学問として、世界の経済学界で、相当高い地位を要求するようになるだろう。」「こういう歴史の変革のうちに、経済学者としていよいよ光彩を加える名は、レーニンと、スターリンでありましょう」

[ 宇都宮徳馬 ]

 「中国共産党こそが、半植民地中国の解放という仕事において、献身的努力を、一番実行してきたという事実を誰も否定できないだろう。」「もしその点に疑いがあるというのなら、どん底にある貧窮者の地位向上において、共産主義者や、社会主義者と競争してみればよい。」

  「ここで注意しておきたいことは、米ソがお互いを 、平和の敵 呼ばわりをしているが、アメリカの言う共産主義の侵略性向は、いわば強盗の論理であるに対し、中ソ側の言う米帝国主義は、マルクス主義的な社会科学分析を背景とした、いわば歴史の論理であるという点である。」

 「歴史の論理として言っているのに、アメリカは、これを強盗の論理としてしか、受け取らないという食い違いが生じている。」

 [ 末川博 ] 

 「人類のながい歴史のなかで、それぞれの民族や国家は波瀾興亡をくりかえして きたが、現代における奇跡といってもよいほどに、驚異的な発展をとげて、栄光と勝利に輝いているのは朝鮮民主主義人民共和国である。」

 「かって幾世紀かの間、内憂と外患のために苦しんできた朝鮮民族は、いま金日成首相を天日と仰いで、社会主義国家としての基本路線をまっしぐらにつきすすみ、 ゆるぎない基盤を築きあげている。」

 「まさに金日成首相は、百戦錬磨の偉大な政治家であるとともに、国際共産主義運動と、労働運動の卓越したリーダーである。」

 「世界史上にもまれな、民族解放闘争を勝利へと導いた、人間金日成将軍の伝記は、感動あふれる一大叙事詩であり、輝かしい朝鮮 近代史であり、人類の良心とも、希望ともいえる不滅の人間ドラマである。」 

 「朝鮮民主主義人民共和国こそ、立命館大学が理想とする国家である。」

 こんな学者たちが、反日野党の後ろ盾となり、腐れマスコミの権威付けをしてきたのです。
 
 明日はもう一度、ブレジンスキー氏の中国共産党礼賛文を紹介し、書評を終わりたいと思います。明日一日、おつき合いください。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする